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プレスリリース

1-C量子ビーム科学部門2017/06/15

イオンビームが植物の染色体構造をがらりと変えることを発見
―植物ゲノムはしなやかに進化を目指す―

発表のポイント

  • イオンビームにより、植物の染色体に劇的な構造変化が生じることを実験的に証明した。
  • 構造変化を起こした植物は正常に生長して(たね)も出来るが、元の植物とは交配しにくくなり、別の(しゅ)のような性質を持つ。
  • 本成果は、遺伝的に独立した(しゅ)の作成や遺伝子資源の拡散防止などへの応用が期待される。

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫、以下「量研」という。)量子ビーム科学研究部門高崎量子応用研究所放射線生物応用研究部 プロジェクト「イオンビーム変異誘発研究」の坂本綾子上席研究員らは、東京理科大学理工学部、松永幸大教授、藤本聡研究員らと共同で、モデル植物であるシロイヌナズナ1)にイオンビーム2)を照射し、ひとつの染色体3)のうちの3分の1が別の染色体に挿入されている突然変異植物の作出に成功しました。この植物は正常に生長して(たね)もできますが、元の植物と交配すると次の代では種が出来にくくなり、別の種(しゅ)4)のような性質を持ちます。本研究により、イオンビームは単に個々の遺伝子を破壊して変異のバリエーションを得るだけでなく、染色体構造をがらりと変える能力があることを初めて実証しました。今後、染色体をデザインする技術が進歩することで、従来の「育種」の常識を越えて、遺伝的に独立した種を創る可能性を示すことが出来ました。
イオンビームは、イオンを加速器で高速に加速したもので、がん治療や材料科学に用いられています。量研・高崎量子応用研究所内に設置されたイオン照射研究施設(TIARA)5)では、植物の種子や組織片にイオンビームを照射する事により、植物の遺伝子に突然変異を起こし、従来の方法ではなかなか得られなかった新しい特徴を持つ新品種を作り出す事に成功して来ました。
イオンビームを生物に照射すると、ビームが細胞の中を通過する際にDNAを破壊し、その後のDNA修復の過程でエラーが起こる事で、効果的な突然変異がもたらされると考えられています。量研・放射線生物応用研究部プロジェクト「イオンビーム変異誘発研究」では、イオンビームによる突然変異誘発メカニズムを明らかにするため、モデル植物であるシロイヌナズナを用いて様々な変異体のデータを集めて来ました。今回、イオンビームによって作り出した突然変異体(uvh3-2と命名)のゲノム配列を調べたところ、この植物では、第3染色体のうちの3分の1がすっぽり抜けて、第2染色体に挿入されていることがわかりました。そこで、蛍光in situ(その場)ハイブリダイゼーション(FISH) 6) という方法を用いて染色体を直接観察したところ、確かに第2染色体が大きくなっていることが検出されました。この突然変異植物は正常に生長して種も出来ますが、元の植物と交配すると次の代で種が出来にくくなります。これは、突然変異植物と元の植物との雑種(F1)では、花粉や卵細胞を作る時に行なわれる減数分裂のときに、遺伝情報が揃っていない組み合わせが出来たり、間違った染色体同士が組み換えを起こして、異常な染色体が出来てしまうことが原因と考えられます。
生物学では2つの生物の雑種が不稔(不妊)になる時、それらは別の「(しゅ)」であると定義されます。今後、イオンビームなどを使って染色体構造をデザインする技術が進めば、従来の「育種」の枠を越えて、遺伝的に独立した(しゅ)を創る次世代のバイオエンジニアリングの発展に繋がることが期待されます。
本研究成果は、Journal of Radiation Research 誌において、2017年6月15日(予定)にオンライン公開されます。
 

本研究の背景と目的

生物の形や振る舞いなどの特徴は、生命の設計図である遺伝子の働きによって決定されます。遺伝子が正確にコピーされることで親から子へ同じ特徴が伝えられる一方で、何らかの理由で遺伝子の活性が無くなったり配列が変わったりすると、親とは異なる特徴を持つ子孫が生まれる場合があります。このことを「突然変異」と呼び、生命の進化の鍵と考えられています。20世紀の初め頃、動物や微生物に放射線を照射することで「突然変異」を人工的に起こせることが発見されました。その後、遺伝子の本体がDNAであることがわかり、放射線がDNAの構造を壊した後で生物がそれを修復する時にエラーが生じ、それが「突然変異」となることがわかりました。
イオンビームは、イオンをサイクロトロンなどの加速器によって高速に加速したもので、従来の放射線(X線、ガンマ線など)と比べ、DNAを破壊する力がより強いことがわかっています。このことから、がん治療などのほか、有用な農作物や微生物の作出を目指した「突然変異育種」の目的で利用されて来ました。しかし、実際に作られた新品種の中でどのような遺伝子の変化が起きたのかはほとんど確認されていませんでした。
今回我々は、DNA配列が全て解明されている小型の実験用植物(モデル植物)であるシロイヌナズナを使い、イオンビーム照射の後でどのような変化が生じているのかを詳しく解析しました。
 

研究手法と結果

1.変異体の発見とDNA配列の解析
シロイヌナズナの(たね)に、サイクロトロンで加速された炭素イオンビームを照射して突然変異を誘発させた後に、指標となる特徴 (紫外線に対する感受性) に着目して約3000株の植物を調べ、uvh3-2変異体を発見しました。シロイヌナズナには5対の染色体があり、それぞれの染色体には数千〜1万の遺伝子が載っています。その中でどの遺伝子に突然変異が生じたのかを決定するために、PCR7)という方法で解析した結果、第3染色体の中央付近にあるXPGと呼ばれる遺伝子が破壊されていることがわかりました。この遺伝子の周囲のDNA配列をさらに詳しく調べてみると、変化しているのは一つの遺伝子だけではなく、約3,000の遺伝子を含む第3染色体の断片がすっぽり抜けて、第2染色体に挿入されていることがわかりました(図1)。


  (図1)イオンビームによって誘発された染色体の構造変化
図1 イオンビームによって誘発された染色体の構造変化
(左)元の植物の染色体の構造とイオンビームによる染色体の切断。第2、第3染色体に合わせて3箇所の切断が起こり、第3染色体上のXPG遺伝子(赤矢印)が分断された。
(右)uvh3-2変異体の染色体構造。DNA修復の過程で誤った切断末端の結合が起こり、第3染色体のDNA断片が第2染色体に挿入されることでuvh3-2変異体が出来た。


2.蛍光プローブによる構造変化の見える化
この大規模な構造変化を確認する目的で蛍光 in situ(その場)ハイブリダイゼーション(FISH)という実験を行いました。これは、特定の染色体の特定の位置にだけ存在するDNA配列を利用して、シロイヌナズナ染色体に蛍光の目印をつける方法です。この方法を用いて元の系統(Columbia)と突然変異系統(uvh3-2)で染色体構造が変わっているかどうかを解析したところ、uvh3-2系統では、第2染色体に特異的な45SリボソームDNAのシグナルと、染色体のくびれ付近に存在する180 bpリピートのシグナル間の距離が離れていることがわかり、大きな染色体断片が挿入していることを裏付ける結果になりました (図2)。

  (図2)蛍光 in situ(その場)ハイブリダイゼーション(FISH)による染色体構造変化の検出
図2 蛍光 in situ(その場)ハイブリダイゼーション(FISH)による染色体構造変化の検出
A. 元の系統(Columbia)では45S rDNAとセントロメア(180bpリピート)のシグナルが接近している。
B. uvh3-2変異体では2つのシグナル間の距離が離れている。


3.染色体構造変化が雑種植物の稔性に及ぼす影響の解析
大きな構造変化を起こした突然変異体は、遺伝的に不安定になって(たね)が出来にくくなったり、元の系統と交雑しにくくなる可能性があります。そこで、元の系統(Columbia)と突然変異系統(uvh3-2)、および元の系統に突然変異系統を交配してつくった雑種(F1植物)を育て、花が咲いたあとに稔った(たね)の数をカウントしました。その結果、元の系統(Columbia)と突然変異系統(uvh3-2)ではほぼ同じ数の種が稔ったのに対し、F1植物では種の数が半分以下になりました (図3)。すなわち、uvh3-2変異体はそれ自身では安定して生長し子孫もできますが、元の系統と交配すると次の代では種が出来にくくなることがわかりました。この理由として、F1植物で雄しべや雌しべの中にある生殖細胞を作る時に異常な染色体の対合が起こり、正しく染色体が分配されないことが推測されます(図4)。
 

結論と今後の展開

これまでの研究では、イオンビームが効率よく遺伝子を破壊し、突然変異を誘発することがわかっていましたが、遺伝子の範囲を超えた染色体レベルでの変化や、次の世代への伝わり方などについては詳しく調べられていませんでした。今回の研究で、イオンビームは単に遺伝子を破壊するだけでなく、染色体の組換えや分配を変化させることによって、別の(しゅ)のような性質を持たせることも可能であることがわかりました。生物の進化の過程では、大きな染色体の構造変化が起こって互いに交配しにくくなった二つの生物が独自の変化を遂げ、やがて別の種になったと考えられています。今回の成果は、このような生物の進化を実験的に再現したと考えることができ、進化のメカニズム解明に迫る発見といえます。
現在、世界の主要な農作物のほとんどは2種類の異なる系統の品種を掛け合わせてつくったF1作物です。

  (図3)元の系統(Columbia)、uvh3-2変異体、および両者の雑種(F1)を自家受粉させて出来た種の数
図3 元の系統(Columbia)、uvh3-2変異体、および両者の雑種(F1)を自家受粉させて出来た種の数
それぞれの植物で開花後7〜10日後のさやを開き、正常種子および生長の止まった胚珠の数を計測した。植物では、生殖細胞(花粉や胚珠)を作る時に相同な染色体の間で組換えが起こります。uvh3-2変異体と元の植物との雑種(F1)では、第2、第3染色体の両方の特徴を持つ染色体が存在するため、異常な組換えが起きて花粉や胚珠の発達が止まってしまうと考えられます。

    (図4)種ができにくくなる仕組み
図4 (たね)が出来にくくなる仕組み
植物では、生殖細胞(花粉や胚珠)を作る時に相同な染色体の間で組換えが起こります。
uvh3-2変異体と元の植物との雑種(F1)では、第2、第3染色体の両方の特徴を持つ染色体が存在するため、異常な組換えが起きて花粉や胚珠の発達が止まってしまうと考えられます。


F1作物を育てて種を取っても、その種から育った作物は親とは違う性質になります。これは、種が出来る時に遺伝子の組み合わせが変わるからです。本研究の技術を応用すれば、遺伝子の組み合わせを保持することで、親の性質を受け継いだ種をつくることも可能となります。また、栽培品種が野生の植物と交配してしまうのを防いだり、コピー品種が作られるのを防ぐような機能を持たせることも可能です。今後、イオンビームやゲノム編集技術などを使って染色体構造をデザインする研究が進めば、従来の育種の限界を超えて、次世代の農業やバイオ産業の発展に結びつくことが期待されます。
 

用語解説

1) シロイヌナズナ
アブラナ科に分類される小型の双子葉植物。植物として初めて全DNA配列が解読され、モデル植物として世界中の研究室で利用されています。
 
2) イオンビーム
原子から電子を剥ぎ取った原子核(イオン)をサイクロトロンなどの加速器によって高速に加速したもの。生物学実験やがん治療のほか、植物・微生物の有用品種の作出(イオンビーム育種)で利用されています。
 
3) 染色体
多数の遺伝子からなる長いDNAとタンパク質との複合体。遺伝情報を保持し、子孫に伝える役割があります。細胞分裂の時に凝縮して染色されるため、染色体と名付けられました。シロイヌナズナには5対(10本)の染色体があり、最も短いものでも18,500,000塩基の長さがあります。
 
4) 種(しゅ)
生物の分類上の基本単位。二つの生物を交配した時に子孫が出来ないか、またはその子孫が不妊(不稔)となる時、二つの生物は別の「種」であると言えます。
 
5) イオン照射研究施設(TIARA)
バイオ技術や材料科学などの先端的科学技術研究専用として、量研高崎量子応用研究所内に設置されたイオン加速器施設。AVF型サイクロトロンと3台の静電加速器で構成され、イオンビーム育種や大気中の生体試料に対する重イオンマイクロビーム照射など、様々な研究に用いられています。
 
6) 蛍光 in situ(その場)ハイブリダイゼーション(FISH)
蛍光物質の目印を付けたDNAプローブを染色体DNA試料にハイブリダイズ(結合)させ、顕微鏡下で染色体の構造を調べる手法。
 
7) PCR (ポリメラーゼ連鎖反応)
試験管内で特定のDNA断片を増幅する技術。プライマーと呼ばれる短いDNA断片とターゲットのDNAとで部分的な2本鎖を作らせ、酵素(ポリメラーゼ)でDNA鎖の伸長反応を起こさせることで、サンプル中の微量なDNAを100万倍以上に増幅します。増幅されるか否かで、ターゲットのDNA配列がサンプルに含まれているかどうかを判別できます。

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