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プレスリリース

1-J その他の分野2018/01/25

機械学習により実験計画の自動決定が可能に 〜「学習」と「予測」でX線スペクトル測定の高効率化に成功 〜

本研究成果のポイント

  •  機械学習によってX線スペクトル測定の効率が飛躍的に向上、測定時間を1/5に短縮
  •  計測データを学習し、スペクトルを予測することで実験計画を自動的に決定
  •  実験時間の短縮と実験コストの削減により、物質・材料研究の加速化に貢献
     

【概 要】

 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の小野 寛太 准教授と国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)量子ビーム科学研究部門の上野 哲朗 主任研究員を中心とする研究チームは、人工知能(AI)技術の一種である機械学習を用いて物質・材料研究に不可欠なX線スペクトル測定を高効率化する手法を開発しました。
 X線スペクトル測定は物質・材料の機能や性質を支配する電子状態を調べるための実験手法であり、物質・材料研究において頻繁に用いられています。X線スペクトル測定の高効率化は、物質設計・物質合成・測定からなる研究サイクルを迅速に回して新たな物質・材料を開発していく上で不可欠です。
 本研究では機械学習(※1)の一種であるガウス過程回帰(※2)をX線スペクトル測定に応用することで、計測データの学習によってスペクトルを予測し、さらに次の計測データ点を自動的に決定する手法を開発しました。これにより、従来の5分の1程度の測定時間で、これまでと同等の精度で、物理量を決定することが可能になりました。本手法はX線スペクトル測定のみならず様々なスペクトル測定に応用することが可能であり、実験時間の短縮と実験コストの削減により物質・材料研究の加速化に貢献します。
 この研究成果は、英国の学術誌「npj Computational Materials」に1月25日オンライン掲載予定です。
 

【背 景】

 私たちの身の回りは電子材料・磁性材料・触媒などの様々な物質・材料に溢れています。物質・材料の機能や性質はこれらの中に存在する電子の振る舞いによって支配されています。この電子の振る舞いを詳細に調べることで、より高機能な新物質・材料を開発することが可能になります。
 電子の振る舞い(電子状態)を調べるための実験手法のひとつに、物質にX線を照射し、X線のエネルギー(波長)に対する応答を測定するX線スペクトル測定があります。従来、X線スペクトルを測定するにはX線のエネルギーを連続的に細かく変える必要がありました。さらに現在の物質・材料開発では大量の試料に対して、温度や圧力などの試料環境を様々に変えて実験を行う必要があり、X線スペクトル測定の高効率化が課題となっていました。
 一方、最近の人工知能(AI)分野の著しい発展の中で、深層学習(ディープラーニング)(※3)などの機械学習の技術が注目されています。この機械学習を実験に応用することで、測定の高効率化が期待できます。研究チームは機械学習技術の一種であるガウス過程回帰に着目し、X線スペクトル測定への応用に着手しました。
 

【研究内容と成果】 

 X線スペクトルには物質によって特徴的なピーク構造があります。これまでは「ピークの出るエネルギー範囲ではデータ点の間隔を細かく、それ以外のエネルギー範囲ではデータ点の間隔を粗く」測定するなど、実験者の経験と勘に基づいて「効率的な」実験計画を立て、X線のエネルギーを低い方から高い方に順番に変えながら、測定を数百回繰り返す必要がありました。
 今回開発した手法では、ガウス過程回帰を用いて実験データを「学習」し、X線スペクトルを「予測」することで、計測すべきエネルギー点を自動的に決定することができます(図1)。これによって実験者を介在することなく最も効率的な実験計画を立てることが可能になりました。
 具体的に、この手法をX線スペクトル測定の一種であるX線磁気円二色性(※4)スペクトル測定に適用した例で説明します。まず初期データ点として少数のデータ点を計測します(今回は30点)。このデータ点をガウス過程回帰で学習することで、予測スペクトルと予測の誤差スペクトルが得られます。次の計測データ点は、これらの予測スペクトル・誤差スペクトルに基づいて自動的に決定されます。計測ごとに予測スペクトルを定量解析して物理量(今回は磁気モーメント)を決定し、所望の収束条件を満たした場合に測定を終了します。今回はデータ点数が40点で大まかなスペクトルの形が、70点で細かいピークも含めて従来型測定の結果を再現することがわかりました(図2)。この結果、従来の5分の1程度の計測点数(測定時間)でこれまでと同等の精度で物理量を決定できることが明らかになりました(図3)。
 
 本研究は日本学術振興会 科学研究費助成事業若手研究(B)「ナノ磁性材料の3次元磁気特性解析のためのX線強磁性共鳴顕微鏡の開発」(課題番号15K17458)、科学研究費助成事業若手研究(B)「疎表現とノンパラメトリックモデルの融合によるデータ駆動型推論に関する研究」(課題番号16K16108)、科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)「カーネル法による高次元データの非線形スパースモデリング」(課題番号25120011)、文部科学省の委託事業である元素戦略磁性材料研究拠点、及び科学技術振興機構のイノベーションハブ構築支援事業である情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MI2I)の支援のもと実施されました。
 
 <論文情報>
タイトル:Adaptive design of an X-ray magnetic circular dichroism spectroscopy experiment with Gaussian process modelling
著者:Tetsuro Ueno, Hideitsu Hino, Ai Hashimoto, Yasuo Takeichi, Masahiro Sawada, Kanta Ono
雑誌名:npj Computational Materials Vol. No. (2017)
doi:10.1038/s41524-017-0057-4
 

【本研究の意義、今後への期待】

 本手法によってX線スペクトル測定の効率が飛躍的に向上しました。本手法はX線スペクトル以外の様々なスペクトル測定に応用することが可能であり、実験時間の短縮と実験コストの削減を実現します。これによって物質・材料研究の加速化が期待できます。
 

【参考図】



図1. 従来型のX線スペクトル測定と今回開発した手法の比較




 
図2.(a)–(f):ガウス過程回帰に基づくX線磁気円二色性スペクトルデータ取得の様子
点線は従来型測定によるスペクトル、青線はガウス過程回帰による予測スペクトル、赤線は誤差スペクトルを表す。(a)の黒丸は初期データ点を表す。計測の数(白丸:計測データ点)が増えるにつれて予測スペクトルが従来型測定によるスペクトルに近づいていくことが分かる(同時に、予測スペクトルと誤差スペクトルも近づいていき、重なって見えるようになる)。データ点数が40点で大まかなスペクトルの形が、70点では細かいピークも含めて従来型測定の結果を再現することがわかる。
 
 


 


 

図3.
(a):測定数に対する物理量(ここでは、軌道磁気モーメント)の収束の様子
赤、青、緑の点は計測データ点の決定方法を様々に変えた場合の結果を表す。
サンプル方法1:予測誤差最大のデータ点を計測
サンプル方法2:ランダムに選んだデータ点を計測
サンプル方法3:予測誤差で重み付けしたランダム計測
黒実線は従来型測定で得られた軌道磁気モーメントの値、黒点線は±5%の値を表す。
​サンプル方法1(赤点)の場合、従来の実験に比べると5分の1の測定数で済んでいることが分かる。
(b):物理量の収束に必要なデータ点数
灰色の横棒は従来型測定のデータ点数、赤、青、緑の横棒はそれぞれのサンプル方法で設定した収束条件を満たすために必要なデータ点数を表す。いずれのサンプル方法でも50点以下のデータ点数で収束していることがわかる。
(c):従来型測定に対する物理量のズレ
赤、青、緑の横棒はそれぞれのサンプル方法で収束条件を満たした際の、物理量の従来型測定に対するズレを表す。サンプル方法1で特に高い精度で物理量が決定できていることがわかる。

 

【用語解説】

 
※1.機械学習
 コンピュータ(機械)がデータを学習し、それらの中にあるパターン・傾向・法則を発見すること。画像認識、マーケティング、自動運転などへの応用が進んでいます。
 
※2.ガウス過程回帰
 多次元の正規分布(ガウス分布)に基づく曲線を観測データに当てはめる手法。これによって観測データから未観測の情報とその不確実性を予測することができます。
 
※3.深層学習(ディープラーニング)
コンピュータの中で人間の脳をシミュレーションするためのモデルを構築し、様々な機械学習に適用する手法。著名な応用例として英国DeepMind社の囲碁AI「AlphaGo」があります。
 
※4.X線磁気円二色性
  円偏光のX線が磁化した物質を透過する際に、円偏光の方向(右回り円偏光または左回り円偏光)によって透過後のX線の強度に差が現れる現象。X線のエネルギーを連続的に変えながらこの強度を測定することでX線磁気円二色性スペクトルが得られ、物質の磁石としての性質を調べることができます。

 

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