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プレスリリース

1-H 医学・医療2018/01/30

重粒子線の悪性中皮腫に対する効果を世界で初めて確認

【発表のポイント】

  • Ÿ  悪性中皮腫細胞に対する重粒子線単独、または抗がん剤シスプラチン2)との併用による治療効果が従来の治療法に比べ優位であることを確認。
  • Ÿ  悪性中皮腫に対する重粒子線による効果的な治療の実現を目指す重要な一歩。
     

​【概要】


 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫。以下「量研」という。)放射線医学総合研究所(放医研)の放射線障害治療研究部・粒子線基礎医学研究チームの崔星主任研究員、鈴木雅雄上席研究員らは、X線と比較して、重粒子線単独、または抗がん剤シスプラチンとの併用により悪性中皮腫細胞を殺傷する効果が向上することを細胞実験レベルで確認しました。
 アスベストが原因で発生する悪性中皮腫は、数十年にもわたる潜伏期を経て発症しますが、診断が非常に困難であることから、多くの場合進行したがんとして発見されます。このため、外科手術に加えて化学療法やX線治療が併用されますが、悪性中皮腫はこれらの治療に抵抗性を示し、5年生存率が10%以下と非常に予後が悪い代表的な難治性がんの一つです。
 量研 放医研では、骨軟部肉腫や膵がんといった難治性がんの重粒子治療で良好な成績を得ています。また、超伝導回転ガントリー3)の完成により、360度任意の角度から細いビームでがんを塗りつぶすように重粒子線を照射できるようになったことから、形状が複雑な悪性中皮腫でも治療照射ができるようになる可能性があると考えました。
 そこで、悪性中皮腫細胞に対する重粒子線照射単独、または抗がん剤との併用による基礎生物学的な効果として、感受性やがん細胞塊(スフェロイド)形成能4)を細胞実験レベルで確認しました。その結果、悪性中皮腫細胞は重粒子線に高い感受性を示しました。また、重粒子線照射シスプラチンとの併用により、がん幹細胞マーカーである細胞表面分子のCD44およびCD26陽性の細胞集団のスフェロイド 形成能が有意に抑制されることを確認しました。
  本研究成果は、2018年1月30日に米国がん治療分野の総合科学雑誌『Oncotarget』にオンライン掲載されます。本研究は、放射線医学総合研究所・重粒子線がん治療装置共同研究利用、文部科学省・科学研究費補助金・学術研究助成基金助成金(#15H03598)による補助を受け実施されました。
 

補足説明
【研究開発の背景と目的】

 かつて建築資材などに用いられたアスベスト(石綿)が主な原因となる悪性中皮腫で死亡する人は、世界で年約3万8400人との新たな推計が発表され、我が国においては、厚生労働省の人口動態統計によると、悪性中皮腫による年間死者は1995年に500人、2006年に1050人と増加の一途をたどり、2016年には1550人と、1995年と比べて3倍以上に増加しています(図1)。

 


図1 中皮腫により死亡数の推移(厚生労働省 人口動態統計より作成)

 
 悪性中皮腫は、アスベスト(石綿)暴露後40年前後の潜伏期間を経て発症することが報告されており、日本においては1970から80年代までアスベストが多く使われていたことから、2020年代後半が発症のピークと考えられています。悪性中皮腫は、肺を覆う胸膜、心臓を覆う心膜、胃腸・肝臓を覆う腹膜などに発生し、限局性タイプ(1ヵ所で大きくなっていく)とびまん性タイプ(膜全体に広がっていく)があり、多くが後者です。8割程度が悪性胸膜中皮腫、2割弱が悪性腹膜中皮腫となっています。悪性中皮腫は、外科手術と化学療法の併用が標準ですが、5年生存率は10%以下と予後が極めて悪い代表的な難治性がんであり、有効な治療法がないのが現状です。
 量研 放医研では、骨軟部肉腫や膵がんといった難治性がんの重粒子治療で良好な成績を得ています。また、超伝導回転ガントリーの完成により、360度任意の角度から細いビームでがんを塗りつぶすように重粒子線を照射できるようになり、腫瘍に近接した正常組織を避けつつ、腫瘍に対する線量集中性が高いという重粒子線治療のメリットをより活かせるようになりました。こうした治療実績の積み重ねや、照射技術の研究開発により、これまでは形状が複雑なために重粒子線照射は不可能とされていた悪性中皮腫も将来的に治療の対象となる可能性があると考え、悪性中皮腫細胞に対する重粒子線照射単独、または抗がん剤の併用による生物学的な効果を細胞実験レベルで確認することを目的としました。
 

【研究の手法と成果】

1)重粒子線照射に対する悪性中皮腫細胞の感受性
 重粒子線に対する中皮腫細胞の感受性を確認するため、ヒト悪性胸膜中皮腫細胞株(MESO1)に重粒子線またはX線を、線量を段階的に変えて照射した後、一定数の細胞を培地に播種して培養し形成されるコロニー数を、非照射の場合のコロニー数と比較して生存率を算出しました(図1)。
 



図1 コロニーアッセイの概要
 

 その結果、どちらの細胞も線量の増加に伴い生存率が低下しました。また、細胞生存率10%におけるX 線照射線量は5.0-5.4Gy必要であるのに対して重粒子線(LET=73kev/um)線量は1.7-1.9Gyとなり、重粒子の生物学的効果比(RBE)5)は2.8-2.9と算出されました。一般的に言われているのと同様に、悪性中皮腫細胞は重粒子線照射に対しても、X線に比べて3倍程度高い感受性を示すことが分かりました(図2)。
 



図2 コロニーアッセイの結果
 

2)    重粒子線単独照射、または抗がん剤併用による悪性中皮腫細胞の細胞塊(スフェロイド)形成能への作用
 培養細胞を平面培地で培養すると培地に貼りつくように二次元に増殖しますが、生体中のがん細胞は細胞が塊となった三次元構造を構成し、内部の低酸素、低栄養等の状態のところに難治性に関わるがん幹細胞が存在することが報告されています。そこで、難治性がんの特性をよりよく反映した細胞として、がん幹細胞マーカーである細胞表面分子のCD44およびCD26陽性のMESO1細胞を三次元培養法により培養したスフェロイド(がん幹細胞様CD44+/CD26+細胞6)塊)を用いて、重粒子線の単独照射、または抗がん剤併用によるスフェロイド形成能に対する作用を調べました。
 培養したがん幹細胞様CD44+/CD26+細胞塊に、X線2Gy単独照射、重粒子線1Gy単独照射、または抗がん剤のシスプラチン(CCDP)25μM を添加後にX線または重粒子線を照射し、7日後のスフェロイドの面積を計測してスフェロイド形成能を評価しました。その結果、X線、重粒子線とも単独照射よりもそれぞれシスプラチンを併用した場合にスフェロイド形成能が抑制されること、X線よりも重粒子線との併用の方が抑制効果が高いことがわかりました(図3)。



図3がん幹細胞様CD44+/CD26+細胞塊の評価結果(n=3)
 

今後の展開】

 悪性中皮腫細胞は重粒子線単独照射でも高い感受性も示されましたが、抗がん剤シスプラチンとの併用によりさらに殺傷効果が高まることを確認できました。
 本研究は、重粒子線単独、または抗がん剤との併用による悪性中皮腫の効果的な治療の実現に向けた重要な一歩です。今後、重粒子線治療に併用する上で最適な抗がん剤や効果的な投与条件の設定、悪性中皮腫の進行度の異なるモデル動物を用いた治療効果などを確認し、臨床応用へと進めていきたいと考えています。
 

【用語解説】

1) 悪性中皮腫:
アスベスト(石綿)が原因で、暴露後40年前後の潜伏期間を経て発症します。肺を覆う胸膜、心臓を覆う心膜、胃腸・肝臓を覆う腹膜などに発生し、限局性タイプと(1ヵ所で大きくなっていく)とびまん性タイプ(膜全体に広がっていく)があり、多くが後者です。8割程度が悪性胸膜中皮腫、2割弱が悪性腹膜中皮腫となっています。

2)  シスプラチン
悪性中皮腫に対する化学療法に用いられる抗がん剤。別の抗がん剤のペメレキセドの併用が標準治療として用いられます。

3)  回転ガントリー
ガントリーとは架台を意味しますが、医療分野では、CT、MRI、X線治療機のドーナツ状の筺体を指し、そのリングの中に患者が入って診断・治療を受けます。CTやX線治療機では、X線発生装置がガントリー内を移動して、患者にX線を照射します。陽子線や重粒子線治療装置の場合は、放射線発生装置は治療室の外に設置されますが、患者の周囲を照射口が回って照射をおこなう点が同じことから、こうした装置を回転ガントリーと呼びます。量研 放医研では超伝導技術を用いた超伝導回転ガントリーを2016年1月に完成させました。

4) スフェロイド形成能
細胞が足場非依存的に増殖する能力のことであり、がん幹細胞性の指標として用いられています。

5)  生物学的効果比(Relative Biological Effectiveness, RBE)
ある放射線による生物学的効果を与える線量を、同等の効果を与える基準放射線の線量で割って逆数にしたものです。通常、基準放射線にはエックス線が用いられます。 RBE =(ある効果を与える基準放射線量)/(同一効果を与える試験放射線量)

6) がん幹細胞様細胞
がん細胞のうち幹細胞の性質をもったごく少数のがん細胞集団であり、一般放射線や抗がん剤に強い抵抗性を有します。

 
 

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