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プレスリリース

1-H 医学・医療2018/06/28

“頭の回転の速さ”に脳内ヒスタミンが関与

発表のポイント

  • Ÿ  前頭葉のヒスタミンH3受容体と作業記憶が関係していることを発見
  • Ÿ  前頭葉のヒスタミンH3受容体密度が低い人ほど、作業記憶に重要な前頭葉の活動が高い
  • Ÿ  精神・神経疾患患者の認知機能障害に対して、前頭葉のヒスタミンH3受容体を介した治療法の確立が期待される

 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫。以下「量研」という。)放射線医学総合研究所(以下「放医研という。」脳機能イメージング研究部の山田真希子チームリーダーらは、作業記憶1)に関わる前頭葉2)の神経活動が、ヒスタミンH3受容体密度3)と関係していることを発見しました。
 前に言ったことを踏まえて次々と会話を発展させることができる人に接したとき、“頭の回転が速い”と感じることがあると思います。作業記憶(ワーキングメモリ)とは、一時的に情報を保持して複数の作業を同時に行う能力のことで、会話や、買い物中の暗算といった日常生活の様々な場面で働く脳機能の一種です。
 これまでに、動物実験の結果から、ヒスタミンH3受容体が作業記憶などの認知機能に関与することが報告されています。ヒトでは死後脳研究などにより、認知機能障害のある統合失調症患者の前頭葉にヒスタミンH3受容体が多数存在することは確認されていますが、作業記憶に関与するかはわかっていませんでした。
 量研放医研では、脳の機能や活動を調べることができるPET4)とfMRI5)を用いて、様々な認知機能を担う受容体などの分子の機能と脳活動を解明してきました。この手法を応用して、作業記憶とヒスタミンH3受容体との関係性を解明するため、健常被験者10名の作業記憶に関わる脳活動を計測しました。さらに同じ被験者に、PET検査を行い、脳のヒスタミンH3受容体密度を測定し、脳活動との関係を解析しました。その結果、作業記憶に関わる前頭葉の活動が強い人ほど、その領域のヒスタミンH3受容体密度が低いことが判明しました。
 本成果は、統合失調症、うつ病、認知症などの精神・神経疾患患者の認知機能障害に対して、ヒスタミンH3受容体を標的とした治療法の確立に役立つことが期待されます。
 この成果は、英国の科学誌「European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging Research」2018年6月14日にオンライン掲載されました。
 

研究開発の背景と目的


 作業記憶とは、情報を一時的に保持しながら同時に処理する能力のことで、複雑な思考・行動の基盤となる重要な認知機能です。これまで数多くのfMRIを用いた研究によって、作業記憶には前頭葉の働きが重要であることが報告されています。
 近年は、動物を用いた実験から、作業記憶などの認知機能にヒスタミンH3受容体が関与していることが報告されています。ヒスタミンH3受容体は、ヒスタミン神経終末部のシナプス前膜に存在し、ヒスタミンの合成や放出を抑制します。また、他の神経系の終末部のシナプス前膜にも存在し、アセチルコリン、セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミン、グルタミン酸、GABAの放出を抑制します(図1)。ネズミを用いた実験では、ヒスヒスタミンH3受容体の働きを、拮抗薬を用いて阻害することによりヒスタミンの放出量を増大させると、作業記憶が改善することが報告されています。

図1 ヒスタミンH3受容体による神経伝達物質の合成・放出抑制作用
前シナプスから放出される神経伝達物質が、後シナプスに存在する受容体に受け取られることで神経情報が伝達される。ヒスタミンH3受容体はヒスタミンと結合すると、ヒスタミンの合成や放出、非ヒスタミン系神経伝達物質の放出を抑制する働きを担う。

 ヒトにおいては、死後脳研究から、ヒスタミンH3受容体が大脳と基底核に多く分布していることや、認知機能障害のある統合失調症患者の前頭葉でヒスタミンH3受容体の密度が増加していることが報告されています。これらのことから、ヒスタミンH3受容体は、精神・神経疾患患者の認知機能障害の薬の標的となり得ると期待されていますが、ヒトの作業記憶とヒスタミンH3受容体の関係性については、わかっていませんでした。
 量研放医研では、脳内の神経伝達物質の動態を調べることができる画像診断装置のPETと、脳のどの部分が活動しているかを血流の変化で調べることができるfMRIを用いて、様々な認知機能の脳内メカニズムを解明してきました。そこでこれらの手法を用いて、ヒスタミンH3受容体密度と作業記憶に関わる脳活動との関係性を明らかにすることを目指しました。
 

研究の手法と成果


 健常男性被検者10名の作業記憶に関わる脳活動を計測するため、fMRIで脳活動を計測しながらNバック課題6)と呼ばれる作業記憶能力を調べるテストを行いました。このテストでは、被験者には一連の数字が順番に画面に呈示されます。被検者は、0バック課題では、現在画面に提示される数字を、1バック課題では、1つ前の画面に提示される数字を、2バック課題では、2つ前の画面に提示される数字を答えます(図2)。



図2 作業記憶を測定するためのNバック課題
0バック課題では、画面に提示される数字を答え続け、1バック課題では、1つ前の画面に提示される数字を答え続け、2バック課題では、2つ前の画面に提示される数字を答え続ける。

 次に、同一被験者に、脳内のヒスタミンH3受容体に結合する[11C]TASP457という薬剤を用いてPET検査を行い、脳内のヒスタミンH3受容体の密度を計測しました。そしてNバック課題で測定した作業活動の脳活動とヒスタミンH3受容体密度との相関関係について解析しました。その結果、作業記憶に関わる前頭葉の活動が高い人ほど、同じ場所のヒスタミンH3受容体密度が低いことが明らかになりました(図3)。

図3 作業記憶に関わる外側前頭前野の脳活動とヒスタミンH3受容体密度との負の相関関係
Nバック課題中のfMRI検査で測定した作業記憶に関わる外側前頭前野の神経活動(左MRI画像色付き領域)が高い人ほど、[11C]TASP457という薬剤を用いてPET検査で測定した外側前頭前野のヒスタミンH3受容体密度(右下PET画像青丸領域)が低いことが判明した。
 

今後の展開

 本研究により、作業記憶に関わる外側前頭前野の活動が高い人は、ヒスタミンH3受容体密度が低いという、作業記憶とヒスタミンH3受容体との関連が初めて示されました。ヒスタミンH3受容体密度が低いと、ヒスタミンや他の神経伝達物質の合成や放出を抑制する作用が小さくなることで、それらの放出量が多くなると予測されます。今後、統合失調症、うつ病、認知症などの精神・神経疾患患者における認知機能の低下とヒスタミンH3受容体との関連を明らかにすることで、ヒスタミンH3受容体を標的とした新たな治療法の開発に繋がることが期待できます。


用語解説


1)作業記憶
情報を一時的に保ちながら操作するための構造や過程を指す構成概念である。ワーキングメモリとも呼ばれる。作業記憶の構造や脳の関連部位を調べる研究が多数行われている。一般には、前頭皮質、頭頂皮質、前帯状皮質、および大脳基底核の一部がワーキングメモリに関与すると考えられている。情報の操作を伴わず単に一時的に情報を保持する能力は短期記憶と呼ばれ、作業記憶に包含される場合も区別される場合もある。
 
2) 前頭葉
前頭葉は両側の大脳半球の前部に存在し、前頭前野、一次運動野、高次運動野がある。前頭前野は、外側前頭前野、眼窩前頭皮質、内側前頭前野にわけられる。実行機能、行動選択、認知制御、意思決定、情動判断などに関わると考えられている。
 
3)ヒスタミンH3受容体密度
ヒスタミン神経終末部のシナプス前膜に存在し、ヒスタミンの合成および遊離を抑制する。また、他の神経系のシナプス前膜にも存在し、アセチルコリン、セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミン、グルタミン酸、GABAの遊離を抑制する。選択的スプライシングにより複数のアイソフォームが存在する。
 
4)PET
ポジトロン断層撮像法(positron emission tomography: PET)のこと。画像診断装置の一種で陽電子を検出することによってさまざま病態や生体内物質の挙動をコンピューター処理によって画像化する技術である。生体において、脳神経受容体などの脳神経伝達機能の分子指標を定量的に画像化することで、脳の機能を調べることができる。
 
5)fMRI
機能的核磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging: fMRI)のこと。MRIを高速に撮像して、神経細胞の活動に伴う血流動態反応を視覚化することにより、運動・知覚・認知・情動などに関連した脳活動を画像化する手法である。
 
6) Nバック課題
実験参加者の脳活動を調べる際や心理実験などでよく用いられる持続処理課題である。1958年にキルヒナーによって紹介された。実験参加者は一連の刺激を順番に呈示され、現在呈示されている刺激がN回前の刺激と同じかどうかや、N回前の刺激内容を答える。この負荷因子Nによって課題の難易度を調節する。
 
 

掲載論文

Histamine H3 receptor density is negatively correlated with neural activity related to working memory in humans
 
EJNMMI Research 2018 8:48
https://doi.org/10.1186/s13550-018-0406-4
 
 
Takehito Ito1, Yasuyuki Kimura1, Chie Seki1, Masanori Ichise1, Keita Yokokawa1, Kazunori Kawamura2, Hidehiko Takahashi3, Makoto Higuchi1, Ming-Rong Zhang2, Tetsuya Suhara1, Makiko Yamada1*
 
1Department of Functional Brain Imaging Research, National Institute of Radiological Sciences, National Institutes for Quantum and Radiological Science and Technology, 4-9-1 Anagawa, Inage-ku, Chiba 263-8555, Japan
2Department of Radiopharmaceuticals Development, National Institute of Radiological Science, National Institutes for Quantum and Radiological Science and Technology, 4-9-1 Anagawa, Inage-ku, Chiba 263-8555, Japan
3Department of Psychiatry, Kyoto University Graduate School of Medicine, Sakyo-ku, Kyoto 606-8507, Japan
 
*:Corresponding author
 

 

 

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