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プレスリリース

1-I レーザー・放射光2019/01/09

宇宙線発生の仕組みを利用した新たな加速器を提案
- レーザー駆動の衝撃波を利用して光速に近い陽子線を発生できることを発見 -


【発表のポイント】

  • Ÿ 強力なレーザー光を球状の水素クラスター1)に照射することで、球表面から中心に向かう衝撃波2)を生成・増強させて、この衝撃波により陽子線を加速させる仕組みを発見。
  • Ÿ さらに、相対性理論の効果3)による陽子線の圧縮作用とプラズマ4)電場による陽子線の追加速の効果を同期させて、陽子線の品質とエネルギーを向上させる仕組みを発見。
  • Ÿ 衝撃波による陽子線の加速は、高エネルギーの宇宙線5)が発生する仕組みと類似の現象。
  • Ÿ レーザーを用いた高効率で高品質の陽子線加速器の実現につながる成果。

 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫)量子ビーム科学研究部門の福田祐仁上席研究員と国立大学法人京都大学(総長 山極壽一)の岸本泰明教授のグループは、共同研究により、水素クラスター(マイクロメートルサイズの“球状”の固体水素。以下、「クラスター」と呼ぶ。)に高強度のレーザー光を照射して、宇宙線の加速機構と考えられている衝撃波加速と類似の仕組みを利用することで、0.3ギガ電子ボルト(GeV = 109 eV)の高品質の陽子線が発生することを発見し、新奇な陽子線加速手法として提案しました。
 宇宙には、宇宙線として知られる高エネルギー粒子を生成する天然のプラズマ加速器6)があります。一例として、恒星が寿命を迎えたときに起こる超新星爆発7)で見られる衝撃波による加速が知られています。このような衝撃波は、地上では高強度のレーザー光を物質に照射することで発生させることが出来ます。今回、我々のグループは、松井隆太郎氏(京都大学大学院生)を中心に大規模計算機シミュレーションを行い、高強度のレーザー光をクラスターに照射した場合に、球表面に発生した衝撃波が球の中心に向かって伝播・収束する過程でその強度が約8倍に増強されることを発見しました。また、その増強された衝撃波によって、レーザー光の進行方向に陽子線が短時間で効率よく高エネルギーに加速されることを確認しました。さらに、加速されている陽子線に対して、相対性理論の効果でクラスターの中心部まで侵入したレーザーにより後押しされて圧縮される効果と、クラスター外部のプラズマが作る電場により追加速される効果を同期させ、相乗的に加えることで、最終的に光速の65%に相当する0.3 GeVのエネルギーをもった指向性の高い陽子線が発生することを突き止めました。
 本成果は、レーザーを用いた陽子線を高効率、高品質で光速近くまで加速することの出来る加速器の実現につながる新たな知見です。今後、高エネルギーの陽子線を供給する技術として、粒子線がん治療装置の陽子線源としての応用や、物質の水素脆化や放射線損傷のメカニズムを探る研究などへの応用へ繋がることが期待されます。また、高エネルギー宇宙線の起源を解明する研究の一助となることも期待されます。本研究成果は2019年1月10日に発行される米国物理学会誌Physical Review Letters (R. Matsui, Y. Fukuda, Y. Kishimoto)の電子版に掲載されています。

論文へのリンク先  https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.122.014804

【研究の背景】

 1985年に、ジェラール・ムル博士とドナ・ストリックランド博士はチャープパルス増幅(CPA)法8)という、高強度かつ超短パルスのレーザー光を生成させる方法を発明しました。この研究成果に対して、2018年のノーベル物理学賞が両博士に授与されたことは記憶に新しいことと思います。このCPA法を用いることで、この世に誕生した高強度レーザー(図1参照)は、人類がこれまでに経験したことのない、超高圧、超高温の極限状態の物質の地球上での発生を可能にしました。これにより、宇宙で起こっている高エネルギー物理現象、すなわち、惑星中心での核融合反応、パルサーによる電磁波発生、衝撃波による粒子加速、超高圧下での物質特性の変化、といった現象の物理の詳細について、地上で高強度レーザーを用いてこれらを模擬して調べることが可能になりました(図2参照)。
 
図1. CPA法をベースにして量研関西研で開発されたペタワットレーザー装置J-KAREN。世界トップクラスの強度を誇るレーザーとして、粒子加速実験、X線発生実験などに利用されています。

図2.(a)超新星残骸SN1006の表面で衝撃波による宇宙線加速が起こっています。(b)高強度レーザー(矢印の方向に伝搬)をアルミ板(厚さ=25μm)に照射することで作り出したプラズマの中に発生した衝撃波。高強度レーザーは、宇宙で起こっている現象を地上で模擬することができます。
 

 現在、高エネルギー粒子を用いた原子核/素粒子実験を実施するには、粒子を光速に近い速度まで加速するために加速器を用いています。加速器を利用した研究では、宇宙の始まりの謎を解明するためには、粒子のエネルギーを増大させる必要がありますが、エネルギーを増大させればさせるほど、加速器は大型で高額なものにならざるを得ない状況にあります。例えば、スイスの欧州原子核研究機構(CERN)にある世界最大の円型加速器である大型ハドロン衝突型加速器(LHC)は全周が27 Kmもあり、これは、山手線を一周する距離に匹敵する長さです。将来、これより大きな加速器を作るのは、技術的・コスト的にかなり難しいと考えられており、加速器を小型化して建設コストを下げることが可能な新しい加速手法の研究が進んでいます。このような加速器を大幅に小型化できる手法の1つとして注目されているのが、レーザープラズマ加速です。レーザープラズマ加速は、CPA法の発明によって、人類が高強度レーザーを手にして初めて実現したこれまでとは異なる概念の加速手法です。
 宇宙には、宇宙線として知られる高エネルギー粒子(光速の99 %以上)を発生させる天然のプラズマ加速器があり、極めて高エネルギーの粒子を発生させる加速メカニズムが潜んでいます。その例として、恒星が寿命を迎えたときに起こる超新星爆発の残骸の中で起こる衝撃波加速があります(図2参照)。このように宇宙に存在する天然のプラズマ加速器は、衝撃波を上手く利用して粒子を加速しています。従って、地上でレーザーを物質に照射して人工的に作り出したプラズマの中での粒子加速を効率よく行うのであれば、自然が採用する衝撃波加速を利用するのが最も効率よく加速が行えるであろうと予想されます。これまでも、地上でレーザーを物質に照射することで作り出したプラズマの中で類似の衝撃波を発生させ、それによりイオンを加速できることが知られていました(図3(a))。我々は、レーザーを“球形”の物質に照射した場合には、球表面に発生した衝撃波が球の中心に向かって伝播・収束する過程でその強度が増強され、この増強された衝撃波によりイオンを短時間で効率よく加速される現象を発見しました(図3(b)参照)。ここで、衝撃波の強度というのは、衝撃波の中の電荷分布の不均一性から生じる電場の大きさのことを指しています。
 
図3.高強度レーザーを用いて人工的に発生させたプラズマの中での衝撃波の伝搬の模式図。(a)ブロック形の物質にレーザー照射した場合、衝撃波はその強度をほぼ一定に保ったまま伝搬します。(b) 球形の物質にレーザー照射した場合、衝撃波は球中心へ向かって伝搬・収束し、その強度は増強されます。この増強された衝撃波によりイオンは短時間で効率よく加速されます。
 

【研究成果】

 我々の研究グループの一人である京都大学の岸本泰明教授が開発したプラズマ粒子コードEPIC3Dを用いて、1010個程度の水素分子からなる半径0.8 μmの“球状”物質である水素クラスター(以下、「クラスター」と呼ぶ。)に高強度レーザーを照射した際に起こる現象を調べるため、三次元の計算機シミュレーションを実施しました。
 クラスターにレーザー光が照射されると、レーザー光の圧力9)がクラスター表面を強く押すことによって、クラスター表面に三日月形の衝撃波を作り出します(図4(a1))。この衝撃波は、クラスター中心に向かって伝播・収束する過程でその強度が増強されます(図4(a2)(a3))。ここで、衝撃波の強度が増強されるメカニズムは次のように説明されます。すなわち、衝撃波が、球の中心に向かって伝播・収束する過程で、衝撃波内の電子とイオンは狭い領域に閉じ込められることになります。この際、電子密度とイオン密度はともに増加しますが、電子はイオンに比べて軽くて動きが早いため、一部の電子は衝撃波内から外部へ逃げ出して衝撃波内の電荷分布の不均一性が増大します。これにより、衝撃波の強度、すなわち、電場の強さが増強されます(図5参照)。
 

図4.計算機シミュレーションで得られたイオン密度分布(二次元図)の時間発展の様子。(a1)レーザー照射によってクラスター表面に三日月型の衝撃波が生成し、(a2)クラスター中心へ向かって収束しながら伝播し、(a3)クラスター中心で収束し、その強度は増強される。この増強された衝撃波によりイオンは短時間で効率よく加速されます。
 

図5. 衝撃波内部の電子密度、イオン密度、および、電場の時間発展の様子。レーザー光は、40.2 fsでクラスターと相互作用を開始し、56.3 fsでクラスター中心に到達します。衝撃波が、球の中心に向かって伝播・収束する過程で、衝撃波内の電子密度とイオン密度が増加し、その結果、電場は増強されます。衝撃波加速は、緑で示した時間領域で起こります。相対論性理論の効果による陽子線の圧縮は、矢印で示した57.6 fsで起こります。密度は、臨界密度(電磁波がプラズマの中に侵入できなくなる密度)で規格化した値を示しています。

 この増強された衝撃波を用いることで、クラスター中心で従来よりも短時間のうちに効率の良い衝撃波加速が起こります。衝撃波加速では、速度 で伝搬している衝撃波によって加速されたイオンの速度は衝撃波速度の2倍の2 となり、エネルギーの揃ったイオンが加速されることが知られています。
 衝撃波加速が起こった直後、相対論性理論の効果でクラスターの中心部まで侵入したレーザー光の影響を受けて、加速されている陽子線が衝撃波でさらに後押しされて圧縮されます。このことで、エネルギーの揃い具合いが最大約6倍に向上した品質の良い陽子線の塊(バンチ)が生成し(図6)、この陽子線バンチが大砲から弾丸が打ち出されるようにクラスター中心からレーザー進行方向へ向かって加速されるメカニズムを、今回我々が発見しました(図7)。
 
        
図6.計算機シミュレーションで得られた相対性理論の効果のレーザー強度依存性。相対性理論の効果により、エネルギーの揃い具合いが最大約6倍に向上することがわかります。エネルギーの揃い具合いは、図8(b)の「衝撃波によって加速された陽子線」のエネルギー幅の逆数の値を示しています。
                      
図7.計算機シミュレーションで得られたイオンエネルギー分布(二次元図)。衝撃波で加速されると同時に相対性理論の効果で圧縮された陽子線バンチ(赤色)が、レーザー進行方向(+y方向)へ加速されてる様子がわかります。
 
 陽子線バンチは、クラスター中心でレーザー進行方向に加速されたのち、クラスター内部のプラズマが作る電場でさらに加速されてクラスター表面から飛び出します(図8(a)参照)。クラスター表面から飛び出した陽子線バンチは、クラスター外部のプラズマでもさらに加速され続けます。
図8.(a)計算機シミュレーションで得られたイオンエネルギー分布(三次元図)。エネルギーの揃った陽子線バンチ(赤色)が、クラスター内部から外部に向かって飛び出し、レーザー進行方向(+y方向)へ加速されてる様子がわかります。(b)最終的な陽子線のエネルギースペクトル。0.3 GeV(光速の65 %に相当)のエネルギーのよく揃った指向性の高い陽子線バンチが発生していることがわかります。

 これら一連の現象(衝撃波の増強 → 衝撃波加速 → 相対論性理論の効果による圧縮 → クラスター内部/外部での追加速)を相互に同期させて起こすことによって、最終的に0.3 GeV(光速の65 %に相当)のエネルギーのよく揃った(単色化率 約10 %)指向性の高い(発散角約5°)陽子線バンチが発生することを明らかにしました(図8(b)参照)。さらに、半径が少し大きいクラスター(半径1.0 μm)に高強度レーザーを照射すると、エネルギーの揃い具合は悪くなるものの、0.45 GeV(光速の74 %に相当)の陽子線が発生することがわかりました。これは、現在のレーザー技術を用いて達成可能な最大級のエネルギーに相当します。
 

【結果のインパクト】

 本研究の成果であるクラスターによる陽子線加速には、少なくとも二つの大きなインパクトがあります。1つ目は、レーザーだけで陽子を光速近くまで加速する技術の実現に向けた可能性です。これまで現状のレーザー技術の範囲内では、高エネルギー化と単色化とを高いレベルで同時に達成し、サブGeV領域の光速近くに迫るイオンを加速することは困難でした。我々は、この問題が、レーザーを照射される側のターゲットの形状を球形にし、宇宙線の加速機構として知られる衝撃波加速を利用することで解決されることを発見しました。我々は、既にクラスターを真空中で実際に発生させる技術の開発に成功しており、今後、この技術を高度化させて、1-2年後に欧州などで稼働予定のマルチペタワットレーザー装置を用いた実験を実施することで、本研究の成果を実験によって実証することが可能になり、従来型加速器を小型化してコストを下げる新しい加速手法の研究が促進されることが期待されます。また、逆に、宇宙線の加速機構についての理解の一助になることも期待されます。現在、これに向けた準備実験を量研関西研が所有するペタワットレーザー装置J-KAREN-Pを用いて開始したところです。
 もう1つのインパクトは、陽子線の応用にあります。本研究で用いるクラスターは、極低温・超高圧の水素ガスを真空中で細いノズルからパルス状に噴射することで繰り返し発生させることができます。このようにして生成させたクラスターにレーザー照射して加速される陽子線は、不純物を全く含まない超高純度陽子線となります。このような超高純度陽子線は、従来のレーザープラズマイオン加速の手法では、発生させることは出来ませんでした。具体的な応用例としては、本研究の手法で発生する陽子線のエネルギーが0.3 GeVに達することから、粒子線がん治療装置の陽子線源としての応用が期待されます。また、近年、水素エネルギーや燃料電池の普及に伴い、水素エネルギー材料の水素脆化が顕在化していますが、水素脆化のメカニズムは未だ解明されていないのが現状です。加えて、原子力材料の放射線損傷のメカニズムも未だ解明されていません。このような人間の社会生活の安全、安心に関わる問題に対して、我々が発明した手法で発生させた陽子線を材料に繰り返し照射してその変化の様子を時事刻々追うことで、水素脆化や放射線損傷のメカニズムを解明してこれらを未然に防ぐ技術の開発へ向けた研究が促進されることが期待できます。
 

【用語解説】


1)   クラスター:原子・分子の有限個の集合体のことで、固体密度でありながら、ナノメートルからマイクロメートルの有限の大きさを持つ物質のこと。気相(孤立した原子・分子)とも凝集相(固体・液体)とも違う状態であり、気相と凝集相との中間の物質相として考えられています。

2)   衝撃波:一般には、空気中を不連続的な圧力増加を伴う波として,音速以上の速さで伝搬する波のことを指します。しかし、宇宙空間に存在する衝撃波や強いレーザーを物質に照射して発生させた衝撃波は、高密度のプラズマから出来ていながら粒子間の衝突は起きないため、無衝突衝撃波と呼ばれます。これは、空気中の衝撃波とは異なる性質を持つ衝撃波です。本研究に登場する衝撃波は、この無衝突衝撃波です。無衝突衝撃波は、急峻な電場構造を有しており、速度 で伝搬している無衝突衝撃波にイオンが飛び込んでくるとこれを反対方向に速度2 で跳ね返すことができます。このように無衝突衝撃波の電場によって荷電粒子が跳ね返される現象を衝撃波加速と呼んでいます。

3)   相対論性理論の効果:相対性理論(正確には、特殊相対性理論)の教えるところによると、プラズマの中の電子の運動速度が光速に近づくと、電子の質量が増加します。電子質量の増加は、プラズマの様々な性質に影響を与えます。例えば、光(電磁波)を遮断して透過させなかったプラズマが、光を透過させるようになります。このようなプラズマの性質の変化を相対論性理論の効果と呼びます。強いレーザーを物質に照射することで、プラズマの中の電子の運動速度を光速に近づけることが出来、このような相対性理論の効果を生じさせることが可能になります。

4)   プラズマ:物質を構成する原子や分子がより小さな構成物質であるイオンと電子に分離した状態。宇宙空間は、一般に真空と言われますが、プラズマに満ちておりプラズマが支配する空間となっています。放電や強いレーザーを照射することで、物質をプラズマ状態にすることができます。

5)   宇宙線:宇宙空間を交っている高エネルギーの極めて小さな粒子。主な成分は陽子であり、地球にも常時多くの宇宙線が飛来してきています。宇宙線のエネルギーは、108電子ボルトから1020電子ボルト(可視光の1億倍から1垓倍のエネルギー)という幅広いエネルギーを有しています。宇宙線は、衝撃波加速で生成されていると考えられています。

6)   プラズマ加速器:電子やイオンなどの荷電粒子をプラズマの中に作り出した急峻な構造(例えば、衝撃波や航跡場)によって発生させた電場を用いて加速する加速手法のこと。従来の加速器と比べて比較的小さなサイズで、高性能な粒子加速を行うことができます。

7)   超新星爆発:大質量の恒星が、その一生を終えるときに起こす大規模な爆発現象のこと。

8)   チャープパルス増幅(CPA)法:レーザーエネルギーの増幅方法の一種で、増幅する前のレーザーパルスのパルスの時間幅を103倍程度に引き延ばし、尖頭出力を十分抑えた状態で増幅し、その後、再びパルス時間幅を圧縮し、高出力の極短レーザーパルス光を得る増幅手法のこと。

9)   レーザー光の圧力:光に限らず一般に電磁波が物質に当ると、物質内の電子と電磁波とが相互作用し電子はローレンツ力を受けます。すなわち、物質は光から圧力を受けて押されることになります。これが光圧で、輻射圧とも言います。
 







 

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