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プレスリリース

1-H 医学・医療2019/02/18

若年での発症例が多い遺伝性認知症で起こる脳内異常を解明
- 脳内タウ病変を標的に、早期診断と治療薬開発促進につながる成果 -


発表のポイント

  • 40~60歳代で発症することが多い前頭側頭型認知症1)の遺伝性認知症患者の生体脳に蓄積したタウタンパク質2)(以下、タウ)を可視化しその量や分布を調べた
  • 認知症の原因となる遺伝子異常が同一であっても、タウの脳内蓄積量や分布は患者ごとに多様で、非遺伝性の認知症や神経難病と同様にタウの蓄積にはさまざまな遺伝的・環境的要因が影響することがわかった
  • タウを生体で可視化する技術は、同様の病気を持つ患者の診断に有用であるのみならず、さまざまな認知症で神経障害に関与するタウの蓄積を抑える治療薬の効果判定にも有用と期待され、現在臨床試験を実施中である

 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫、以下「量研」)放射線医学総合研究所脳機能イメージング研究部の島田斉主幹研究員と樋口真人次長らは、学校法人順天堂 順天堂大学(学長 新井 一)脳神経内科の西岡健弥准教授と服部信孝教授らと共同で、認知機能障害と運動機能障害をきたす遺伝性の前頭側頭型認知症患者の生体脳に蓄積するタウを可視化し、その蓄積量が病気の進行の速さと関連すること、非遺伝性の認知症や神経難病と同様に、タウの蓄積にはさまざまな遺伝的・環境的要因が影響することを明らかにしました。
 前頭側頭型認知症は、前頭葉3)や側頭葉4)の神経細胞死によりその部分が萎縮していく特徴があります。アルツハイマー型認知症と異なり、40~60歳代で発症することが多く、はじめは自発性の低下や行動の異常が目立ち、認知機能障害が現れるのは病気が進行してからとなるため、早期に診断して適切な治療をすることが難しい病気です。
 これまで、前頭側頭型認知症患者の死後脳を解析した研究では、脳内の病理変化としてタウ蓄積が認められることが確認されていましたが、臨床症状や病気の進行の速さとの関連は十分には明らかとなっていませんでした。そこで、量研で開発した生体脳でタウを可視化するPET5)技術を用いて、単一の遺伝子異常によりタウの脳内蓄積が起こる遺伝性の前頭側頭型認知症(17番染色体に連鎖する家族性前頭側頭型認知症パーキンソニズム:FTDP-17)の患者を対象にタウ蓄積の量や分布と、臨床症状ならびに症状進行の速さとの関連を調べました。
 その結果、遺伝的素因がよく似ていても、家系によって病気の進行の速さには個人差が大きいことがわかりました。さらに、病気の進行が緩やかな家系においてはタウ蓄積が脳幹部6)や側頭葉内側部など一部の脳領域に限局していて蓄積量も比較的少なく、一方、病気の進行が速い家系においては広範な脳領域にタウが多く蓄積していることを見出しました。これらのことは、タウの脳内蓄積が前頭側頭型認知症の多様な臨床症状に関与していることを示すだけでなく、タウの脳内蓄積には単一の遺伝子異常だけでなく、さまざまな遺伝的・環境的要因が影響し得ることを示唆するものです。
 本成果により、今後、タウ蓄積を認める非遺伝性の前頭側頭型認知症を含む、多くの認知症や神経難病において、多様な臨床症状をもたらす脳の病態解明が進むと期待されます。また、生体脳でタウを可視化する技術は、タウの脳内蓄積を認めるさまざまな認知症や神経難病の診断や、神経障害に関与するタウの蓄積を抑える治療薬の効果判定ならびにその開発における有用性が期待されています。現在我々は、この技術を用いて、脳内にタウが蓄積することで認知機能障害と運動障害が出現する神経難病を対象に、脳内タウ蓄積を抑えることが期待される薬物の治療効果を調べる臨床試験を行っています。
 本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)認知症研究開発事業「タウを標的とする新規画像診断法と治療法の研究開発コンソーシアム構築」、MEXT/JSPS科研費JP26713031、JP16K09678などの支援を受けて実施されたもので、当該分野においてインパクトの大きい論文が数多く発表されている米国の科学誌「Movement Disorders」のオンライン版に2019年2月18日(月)14時(日本時間)に掲載されます。
 

研究開発の背景と目的

 アルツハイマー型認知症7)に代表される認知症やパーキンソン病8)などさまざまな神経難病は高齢者で発症するものが多く、その患者数は近年右肩上がりに増加しています。認知症や神経難病においては認知機能障害や運動機能障害など多様な症状がしばしば出現しますが、原因がよくわかっていないことや、同じ病名であっても出現する症状やその進行の速さは患者により多様であるために、早期に診断することが難しく、病状の悪化や介護負担の増大を招いています。
 認知症患者の10%程度を占める前頭側頭型認知症は、前頭葉や側頭葉の神経細胞死によりその部分が萎縮していく特徴があります。認知症の中では唯一の指定難病9)です。アルツハイマー型認知症と異なり、40~60歳代で発症することが多く、はじめは自発性の低下や、自己本位で反社会的なふるまいが多くなるなどの行動異常が目立ちます。認知機能障害は病気が進行してから現れるため、早期に診断して適切な治療をすることが難しい病気です。
これまで、前頭側頭型認知症患者の死後脳を解析した研究では、脳内の病理変化としてタウ蓄積が認められることが確認されていました。しかし、前頭側頭型認知症の早期診断による治療介入を行うために必要となる、生体脳でのタウ蓄積と臨床症状や病気の進行の速さとの関連は十分には明らかとなっていませんでした。
 研究グループはこれまでに、量研が開発したPETにより生体脳でタウを可視化する技術(2013年9月19日プレスリリース)を用いて、アルツハイマー型認知症でみられる意欲低下の症状に関して、脳内タウ蓄積が関与する脳内メカニズムの解明(2018年6月6日プレスリリース)、特定地域で多発する認知症でさまざまな症状が出る脳内メカニズムを解明(2018年12月8日プレスリリース)などの成果をあげてきました。そこで本研究では、この技術を用いて、単一の遺伝子異常によりタウの脳内蓄積が起こる遺伝性の前頭側頭型認知症(17番染色体に連鎖する家族性前頭側頭型認知症パーキンソニズム:FTDP-17)の一人の患者に由来する同一の遺伝子異常を有するFTDP-17患者を対象に、タウ蓄積の量ならびに分布と、臨床症状やその進行の速さとの関連を明らかにする研究を行いました。
 

研究の手法と成果

 本研究では、遺伝子異常が同一の患者に由来するFTDP-17患者4名、健常高齢者13名を対象に、量研で開発した生体でタウを可視化するPET薬剤である11C-PBB310を用いてタウ蓄積が認められる脳部位とその量を調べました。その結果、FTDP-17患者では全例で脳幹部や海馬11)を含む側頭葉内側にタウ蓄積を認めました(図1)。



図1 代表的なFTDP-17患者におけるタウ蓄積
11C-PBB3 PETで調べた結果、FTDP-17患者においては、
健常高齢者と比較して、脳幹部や側頭葉内側を含む脳領域にタウが多く蓄積していた(矢印)。

 
 さらに脳の各領域におけるタウ蓄積と、臨床症状の進行の速さとの関連を調べました。その結果、症状進行が緩徐な症例では、病気を発症してから長期が経過している症例においても、タウ蓄積は比較的限局した脳領域のみに見られており、全脳のタウ蓄積量も少ない状態でした(図2左)。一方、急速に症状が進行した症例においては、発症後間もない症例においてもすでに広範な脳領域にタウ蓄積を認めており、全脳のタウ蓄積量も症状進行が緩徐な症例と比べて多いという結果でした(図2右)。



図2 病気の進行の速さと脳内タウ蓄積との関連
病気の進行が急速な症例は、病早期から脳の広い領域に多くのタウ蓄積を認める。
 
 今回検討したFTDP-17症例は全症例が同一の患者に由来する単一の遺伝子異常を持っており、遺伝的素因は非常によく似ているにもかかわらず、臨床症状の進行の速さや、脳内タウ蓄積の広がりならびに量は非常に多様でした。これは、タウの脳内蓄積には単一の遺伝子異常だけでなく、さまざまな遺伝的・環境的要因が影響することを示唆する結果と考えられます。
 

今後の展開

 本研究でFTDP-17患者におけるタウ蓄積が臨床症状の進行の速さと関連していること、ならびに様々な遺伝的・環境的要因がタウの脳内蓄積に関与する可能性が示されたことにより、今後、非遺伝性の前頭側頭型認知症であるピック病や、タウ蓄積を認める多くの認知症や神経難病において、多様な臨床症状をもたらす脳の病態解明が進むと期待されます。
 また、生体脳でタウを可視化する技術は、タウの脳内蓄積を認めるさまざまな認知症や神経難病の診断や、神経障害に関与するタウの蓄積を抑える治療薬の開発における有用性が期待されています。現在我々は、この技術を用いて、脳内にタウが蓄積することで認知機能障害と運動障害が出現する神経難病である進行性核上性麻痺12)ならびにFTDP-17を対象に、脳内タウ蓄積を抑えることが期待される薬物の治療効果を調べる臨床試験(UMIN試験ID:UMIN000030527)を行っています。

 このプレスリリースは『Movement Disorders』のオンライン版に掲載される「Ikeda A, et al. Clinical heterogeneity of frontotemporal dementia and parkinsonism linked to chromosome 17 caused by MAPT N279K mutation in relation to tau positron emission tomography features (邦題:MAPT N279K変異による17番染色体に連鎖する家族性前頭側頭型認知症パーキンソニズム患者の臨床的多様性とタウPET所見との関連)」に基づいて作成されています。

用語解説

1)前頭側頭型認知症
  性格変化や感情障害、行動異常を呈する認知症で、前頭葉と側頭葉が徐々にやせていく。有効な治療薬は現在のところない。単一の遺伝子異常によりタウの脳内蓄積が起こる遺伝性の前頭側頭型認知症があり、17番染色体に連鎖する家族性前頭側頭型認知症パーキンソニズム(FTDP-17)と呼ばれる。
 
2)タウ
  神経系細胞の骨格を形成する微小管に結合するタンパク質。細胞内の骨格形成と物質輸送に関与している。アルツハイマー型認知症をはじめとする様々な精神神経疾患において、タウが異常にリン酸化して細胞内に蓄積することが知られている。
 
3) 前頭葉
  脳の中で前方に位置する部位。ものごとを計画し順序立てて実行する機能(遂行機能)、注意力、やる気、我慢する力(理性)、感情の動き(情動)、長期の記憶、言葉を話す能力、体の運動など、さまざまな働きを担っている。
 
4)側頭葉
  脳の中で側方に位置する部位。言語の理解、音を感じる機能(聴覚)、記憶、物事の判断、感情の制御など、さまざまな働きを担っている。
 
5)PET
  陽電子断層撮影法(Positron Emission Tomography)の略称。身体の中の生体分子の動きを生きたままの状態で外から見ることができる技術の一種。特定の放射性同位元素で標識したPET薬剤を患者に投与し、PET薬剤より放射される陽電子に起因するガンマ線を検出することによって、体深部に存在する生体内物質の局在や量などを三次元的に測定できる。
 
6)脳幹部
  脳の中でも重要な機能が集中している部位。意識と覚醒、運動機能、感覚機能、自律神経機能などに関わるさまざまな神経回路が存在している。
 
7)アルツハイマー型認知症
  認知症の原因として最も多い病気。脳内に異常タウタンパクやアミロイドが蓄積して、進行性に物忘れなどが目立つ認知機能障害が出現する。
 
8)パーキンソン病
  手足がふるえる、体の動きがゆっくりとぎこちなくなる、転びやすくなるなどの症状が順次進行性に出現する神経難病。かなりの割合の患者で認知機能障害も出現する。
 
9) 指定難病
  「難病の患者に対する医療等に関する法律」(難病法)により規定される難病のうち、「患者数が本邦において一定の人数(人口の約0.1%程度、およそ12万人強)に達しないこと」、「客観的な診断基準(またはそれに準ずるもの)が成立していること」の2要件を満たす疾患。平成31年2月1日現在では331疾患が指定難病とされており、公的な医療費助成の対象となる。
 
10)11C-PBB3
  量研が開発した、脳内に蓄積したタウに対して選択的に結合する薬剤。PBB3のPBBはPyridinyl-Butadienyl-Benzothiazoleの略称。蛍光物質であることから、生体蛍光画像を得るのにも利用できるが、PBB3を放射性同位元素で標識することにより、PET薬剤として使用できる。生体蛍光画像は細胞レベルの詳細な観察を可能にするが、脳の深部を観察することは困難である。PETは脳の深部観察を可能にし、ヒトにも応用可能である。
 
11)海馬
  側頭葉内側に位置する脳領域で、記憶などの機能において重要な役割を担っている。アルツハイマー型認知症を含むいくつかの認知症においては、比較的早期より障害される。
 
12) 進行性核上性麻痺
  眼球運動障害、左右対称性の運動障害、前頭葉機能障害を認め、転倒を繰り返すパーキンソン病類縁疾患。

 

 


 

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