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量子生命・医学部門

緊急被ばく医療 インタビュー(矢島千秋 主任研究員)

掲載日:2020年3月16日更新
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小さな子どもたちの被ばくを正確に測定できる、そんな甲状腺モニターを開発したい

チェルノブイリ原子力発電所事故後、現地では子どもの甲状腺がんが急増したことから、乳幼児の甲状腺被ばく線量の把握が重要な課題となった。しかし、子どもの線量測定には特有の難しさがある。このハードルを乗り越えるべく、新しい甲状腺モニターの開発に携わっている矢島千秋に話を聞いた。

矢島千秋

矢島千秋

(高度被ばく医療センター 計測・線量評価部 物理線量評価グループ 主任研究員)

 

現在のお仕事について教えてください。

私は主に被ばく線量の測定機器評価や測定方法の研究を手掛けてきました。内部被ばく評価のための測定手法に、ホールボディーカウンターや肺モニター、甲状腺モニターなど、体内の放射性核種から放出される放射線を体の外から計測し、体内の放射能を直接測定する体外計測法があります。体の部位によっては測定方法が難しく、精度を高めるための研究も継続的に行っています。私が所属する高度被ばく医療センターは原子力発電所事故など緊急時への対応を行う部署ですので、いざという時にいつでも対応できるよう、機器の精度維持から実際の測定・評価まで幅広い業務に携わっています。

「新甲状腺モニター」の開発の背景について教えてください。

この研究は原子力規制庁の平成29年度放射線対策委託費事業として、3年計画で実施されてきたものです。甲状腺に取り込まれやすい放射性ヨウ素131(131I)は約8日の物理半減期で減衰してしまいますので、放射線災害発生後、なるべく早期に測定する必要があります。東京電力福島第一原子力発電所事故の際は、幸い放出された放射能がチェルノブイリ原子力発電所事故時に比べ少なく、事故直後から食品の摂取を制限するなどの方策もとられ、チェルノブイリ原子力発電所事故ほどの内部被ばく線量には至らずに済みました。しかし、今後の事故発生時に備えて、事故後速やかに、多くの人を測定できる備えが必要です。特に、子どもの放射性ヨウ素による甲状腺被ばくは甲状腺がんのリスクを高めますので、今も重要な課題となっています。

甲状腺の検査は、検出器を首の正面下部(甲状腺近く)に当てて測定します。ところが既存の検出器の形状・サイズでは体が小さなお子さんの首の下部に当てて測定することが困難でした。また、実測データが得られないような状況では、大気拡散シミュレーションを用いて大気中の131I濃度マップを作成し線量を推計する方法等も用いられますが、間接的な評価であり正確さに課題があります。そこで、私たちは乳幼児の甲状腺被ばくを正確に評価できるよう、精度が高く、被災地で持ち運べるコンパクトな甲状腺モニターの開発に取り組んだのです。

工夫された点は?

現在、甲状腺被ばくスクリーニングに用いられている「NaI(Tl)サーベイメーター」は空間線量率を測定する検出器ですが、一般に「スペクトロメーター」を用いればヨウ素131(131I)やセシウム134(134Cs)、セシウム137(137Cs)など一定の核種を弁別分析できる上、より少ない放射線量からの測定が可能です。つまり、被ばく直後の現場で一定の被ばくをされた方を迅速に見つけ出すスクリーニング目的ではNaI(Tl)サーベイメーターが、物理減衰により放射線量が低下している場合や一定の被ばくをされた方、あるいは乳幼児のようにより詳細な測定が求められる場合にはスペクトロメーターが適しています。そこで私たちは「乳幼児を対象とした甲状腺測定のためのスペクトロメーター測定器の開発」を目標とし、乳幼児を測定するための検出器形状の最適化から研究を始めました。また、被災地でできるだけ迅速に多くの子どもたちを測定できるようコンパクトで、専門家以外の方でも操作が可能な測定器にしようと考えました。

試作した甲状腺モニター

今後の課題は?

現在は試作品が完成し、実際のお子さんを測らせてもらう検証を始めたところです。お子さんの反応はさまざまで、測定時間の目安である3分の間、平気でじっとしているお子さんもいれば、嫌がって動いてしまうお子さんも。人を測る難しさを改めて感じています。今後はさらに精度向上に努めつつ、どういった工夫をすればお子さんが嫌がらず測らせてくれるかも次の研究課題になります。

このお仕事にどのようなやりがいを感じていますか?

チームでアイデアを出し合い、パソコン上でイメージを表現し、製作会社と協働して形にしていく。パソコンの中で行う計算プログラムやシミュレーションの開発作業とは異なり、実際のモノができていく過程を直に目にするのはやりがいを感じます。もちろん私たちのアプローチが全てだとは思いませんが、当初の目標を満たす試作品ができたと自負しています。今後もさらに改良を進め、より良いものにしていければと思います。

矢島千秋

*所属・役職はインタビュー当時(2020年1月20日)のもの

(取材・構成:中保裕子/撮影:小林正/制作協力:日本リサーチセンター)

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