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量子生命・医学部門

脳機能イメージング研究 インタビュー(永井裕司 研究員)

掲載日:2020年7月7日更新
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「DREADD(ドレッド)」で精神・神経疾患を治療する日を目指して

QSTでは2011年から、脳神経を外部から薬でコントロールする「DREADD(ドレッド)」技術の研究に着手している。獣医師の資格を持つ永井裕司は研究プロジェクトの開始と同時に参画。サルの脳内に発現させた人工受容体(DREADD)をPETで画像化することに世界で初めて成功した。永井自身はDREADDの未来にどんな展望を持って日々研究に取り組んでいるのか、話を聞いた。​

永井裕司研究員

永井裕司(放医研 脳機能イメージング研究部 システム神経回路研究グループ 研究員)

DREADDとは何ですか?

DREADD(※1)神経活動を制御する人工受容体の一種です。無毒のウイルス(ウイルスベクター)の働きを利用して脳の特定の場所に人工受容体を発現させ、人工受容体に結合する薬(作動薬)を投与して外部から神経細胞の興奮を高めたり、抑制したりすることができます。この技術が2007年に米国で開発された後、放医研でこれを使用するための準備を始めました。放医研でサルにウイルスベクターを利用する実験は初めてでしたのでさまざまな許認可が必要で、実験ができる環境を整えるまでは大変でしたが、全く新しい技術に夢を膨らませる楽しみがありました。

DREADDのPET画像化に取り組んだ理由は?

これまでは、計画通りの位置に正しく人工受容体が発現しているかどうかを確認するには、脳を取り出して調べる以外に方法がありませんでした。しかし、それでは生命倫理等の面から利用できる個体数が特に限られるサルの実験は難しい。さらに将来、ヒトの治療に用いることを考えれば、脳を取り出さなければ確認できないのでは意味がありません。

そこで私たちは人工受容体にきちんと結合しながら、PETトレーサー※2にもなり得る化合物を探しました。これが見つかれば、人工受容体をPETにより画像化し、発現の位置やタイミング、強さを生きたまま確認することができます。

当初は米国でマウスに使われていた作動薬を試しましたが、サルでは脳に十分移行せずPET画像に写りません。脳へなんとか移行させようといろいろと工夫しながら実験を繰り返しましたがどうしても見えません。同僚研究者たちと「だめだね」「見えないね」と言いながら1年がたち、これでだめだったら諦めよう、と最後に「クロザピン」を試したところ初めて人工受容体がPET画像に写ったのです。その時はもうすごくうれしくて「見えた!」と叫んでいましたね。

その後もPETトレーサーの研究を続け、2017年には「DCZ」を開発しました

ただ「クロザピン」はヒトを含めた動物の脳にもともと存在している受容体にも結合することが知られていました。そのためPETトレーサーとして最適ではないことを知りつつ使わなければならないという葛藤がありました。そこで、人工受容体だけに結合する化合物を探しました。世界中の文献を当たって候補薬を探索し、その一つに改良を加えて開発したのが「DCZ(デスクロロクロザピン)」です。DCZはDREADDのPETトレーサーであると同時に、選択的な作動薬でもあることも予想されました。

そこで私たちは、DCZが作動薬となり得るか調べるために、作業記憶に関わる脳部位に人工受容体を発現させたサルに対して、次のような実験を行いました。サルに対して2つの穴の片方にエサが入っているのを見せた後、ふたを閉めて見えなくして10秒後にエサがある方を選ばせる実験です。DCZを投与していないときサルは直前の記憶があるので80~90%の確率でえさのある方のふたを開けましたが、DCZを投与したときその確率が50%程度に下がり、作業記憶に関わる脳部位の機能を抑制することができました。

これにより、DCZでDREADDがうまく作動していることがわかりました。現在では世界中でDCZが使われるようになり、精神・神経疾患の病態解明や治療法の開発に向けたDREADDのより意義のある使い方を提案することができました。

DREADD研究は将来どのようなことに生かされるのでしょうか。

先ほどの作業記憶は、物事を順序立てて行うことにも重要な機能ですが、統合失調症やうつ、双極性障害などの精神・神経疾患の患者さんでは、それがうまく働かないことがあります。どの脳部位の機能が低下すると、作業記憶がうまく働かなくなるかは大体わかっているので、脳のその部位にDREADDを発現させてその機能を修復することは活用の一例として考えられると思います。

私たちはDREADDの技術を、加齢や疾患などで損傷を受けた脳の回路を正常化するなど治療での活用を目指して研究を進めています。その研究の中では、DREADDの技術を活用して脳の特定の部位の機能を低下させることにより、ヒトの疾患を再現したモデル動物を作り、まだよくわかっていない精神・神経疾患のメカニズムの解明も進めていきたいと考えています。メカニズムがわかれば、DREADDでの治療に結び付けていくこともできると期待しています。

研究を続ける上で大切にしていることは?

日々の実験は決して派手なものではなく地味な作業の繰り返しで、それが積み重なって研究が成り立っています。その地味な作業は時に頭を悩ませたりしますが、自分の興味や知りたいことが少しずつ分かってきていると感じることもたしかです。DREADDが画像で見えたのはうれしかったし、論文が受理されるのもうれしいことですが、そういう少しずつ分かってきている感じを「楽しい」と思えることが大事ですね。また、PETトレーサーのような基盤となる研究開発においては、多くの研究者とのコラボレーションが非常に重要だと痛感しました。私もDREADD自体を開発したノースカロライナ大学や、京都大学霊長類研究所などさまざまな施設、研究者の協力を得ています。世界中でそれぞれの研究者が得意な部分を進め、互いに補いながら研究が前に進んでいるのです。

永井裕司研究員

*所属・役職はインタビュー当時(2020年2月7日)のもの

用語解説

※1 Designer Receptor Exclusively Activated by Designer Drugsの略

※2 薬物の標的部位であるタンパク(受容体やトランスポーター、酵素など)に特異的に結合する化合物をポジトロン核種で標識した分子プローブ