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脳機能イメージング研究インタビュー(小野麻衣子 研究員)

掲載日:2020年11月10日更新
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レビー小体型認知症の診断・治療をめざして

脳内に蓄積する「αシヌクレイン凝集体」を画像化する方法を開発

社会の高齢化によって、認知症の原因となる神経変性疾患の患者さんが増えている。神経は一度壊れてしまうと再生しないため、病気を早期に発見することが重要だ。それを可能にする、脳内の「αシヌクレイン凝集体」を画像化する技術が開発されようとしている。その技術開発に携わる小野麻衣子に話を聞いた。

小野麻衣子研究員

小野麻衣子(放医研 脳機能イメージング研究部 脳疾患モデル開発グループ 研究員)

脳内に蓄積するαシヌクレイン凝集体とは何でしょうか

αシヌクレイン凝集体は、認知症のなかで皆さんよくご存知のアルツハイマー病に次いで患者さんが多いレビー小体型認知症の原因とされるタンパク質の異常な塊です。

レビー小体型認知症では認知機能の低下のほかに、ないはずのものが見える幻視や、手足の震えといった運動障害などの症状が見られ、ほかの認知症と区別されます。しかし、病気のごく初期など、症状がはっきり現れない段階では正確な診断が難しく、適切な治療を行えないこともままあります。

レビー小体型認知症の患者さんの脳の中ではどんな変化が起きているのでしょうか

αシヌクレインというタンパク質が変性して異常な凝集を起こし、脳の神経細胞に溜まっていることが解剖の結果からわかっています。αシヌクレインの異常な凝集体は、パーキンソン病や多系統萎縮症などほかの神経変性疾患でも見られ、疾患ごとに凝集体が溜まる場所が異なっています。ということは、αシヌクレイン凝集体を生体で画像化できれば、これらの疾患を高い精度で診断できることになりますが、その方法が見いだせていませんでした。

そこで私たちはポジトロン断層撮影(PET)法を使ってαシヌクレインの異常な凝集体を画像化する方法を開発しようと考えたのです。

PETイメージングではαシヌクレイン凝集体をどのようにして画像化するのでしょうか

αシヌクレイン凝集体に結合する化合物を用意して、その一部を放射性同位元素に置き換えます。これをPET検査薬といい、PET検査薬から放出される放射線を検出して画像化します(図1)。医療現場では、がん細胞を見るためにPETイメージングが使われています。

PET検査の模式図

図1:PET検査薬の模式図

PETイメージングでは、化合物の一部を放射性同位元素に置き換えPET検査薬をつくる。

私たち脳機能イメージング研究部では2013年に、アルツハイマー病の脳に溜まるタウタンパク質に結合するPET検査薬を開発し、タウ凝集体の蓄積を生体脳で画像化しました。このときの経験を生かしてαシヌクレイン凝集体に結合するPET検査薬を開発することにしたのですが、アルツハイマー病の脳に溜まる異常タンパク質に比べて、αシヌクレインは脳内に蓄積する量が少なく、画像化するにはより感度の高いPET検査薬を開発しなければなりませんでした。

まず、QSTがもっているさまざまな化合物の中から、αシヌクレイン凝集体に結合するものを探しました。この過程で、どのような化学構造がαシヌクレイン凝集体と結合しやすいのか研究を進めました。こうしてαシヌクレイン凝集体により結合しやすい化合物C05-05に到達したのです。

次いで、C05-05を使って脳内のαシヌクレイン凝集体を見るために、異常なαシヌクレインの種を脳に植え付けたレビー小体型認知症のモデルマウスにC05-05を投与して、PETで撮像をしたところ、脳内のαシヌクレイン凝集体の蓄積を画像化することができました(図2)。これは世界初の成功例だと思います。

C05-05PET検査で画像化したレビー小体型認知症モデルマウス脳内のαシヌクレイン

図2:C05-05 PET検査薬で画像化したレビー小体型認知症モデルマウスの脳内のαシヌクレイン凝集体

αシヌクレインが変性して異常な凝集を起こし蓄積する様子を、C05-05 PET検査薬によって捉えた。(出典:Ono et al., 2020, bioRxiv, doi: https://doi.org/10.1101/2020.10.23.349860)

今後はヒトで使えるかを検証しなければなりませんね

2021年には、ヒトで探索臨床研究をはじめる予定です。これでαシヌクレイン凝集体の蓄積を画像化できるとわかれば、レビー小体型認知症だけでなくほかの認知症の診断や、治療効果の判定にも応用できるようになります。

さらに、C05-05はそれ自身が蛍光を発する性質を持っていて、C05-05の蛍光を検出することでもαシヌクレイン凝集体を画像化できることがわかりました(図3)。PETでは一部を放射性同位元素に置き換えた薬剤を使って、全脳的にαシヌクレイン凝集体の分布を知ることができますが、この蛍光イメージングは、PETイメージングのように薬剤の一部を放射性同位元素に置き換える必要がなく、また、脳の一部を高い解像度で細かく観察することができます。PETと蛍光イメージングの両方に利用できることもC05-05のとても大きな利点で、PET検査薬としてだけでなく、病気のメカニズムを解明するためのツールとしても役立つことが期待されます。

C05-05を用いたレビー小体型認知症モデルにおける生体蛍光イメージング

図3:C05-05を使った生体蛍光イメージング

C05-05の蛍光で、レビー小体型認知症のモデルマウスの脳内のαシヌクレイン凝集体を画像化できる。

認知症は身近な病気だけに、このPET検査薬への期待は大きいですね

私は常々、QSTの役割は、「人や社会が潜在的にもっている“もっと”という部分、もっと健やかに暮らしたい、もっと知りたいに応える」ことだと考えています。αシヌクレインの画像化も、「病気の診断・治療をもっとよくしたい」という願いに応えるものです。日々の研究活動は私の小さな好奇心からはじまるものもありますが、それが独りよがりでなく、世の中が求めるものにつながればいいと思っています。

小野麻衣子研究員

*所属・役職はインタビュー当時(2020年8月21日)のもの