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量子生命・医学部門

放射線影響研究 インタビュー(森岡孝満 研究統括)

掲載日:2020年11月27日更新
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次世代につなぐJ-SHAREプロジェクト

― 子どもの被ばく影響研究における動物実験資料をアーカイブ化​

放射線被ばく影響の研究には動物実験が欠かせないが、大規模な動物実験を行うことはさまざまな点で困難があり、簡単にできるものではない。このため、放射線影響研究部ではJ-SHARE(Japan-StoreHouse of Animal Radiobiology Experiments)プロジェクトを立ち上げ、これまで子どもの被ばく影響研究で蓄積してきた、膨大な動物実験資料を利用できるように、アーカイブ化を進めている。​プロジェクトを担当する森岡に話を聞いた。

インタビュイー

森岡孝満

(放射線医学総合研究所 放射線影響研究部 長期低線量発がん研究グループ 研究統括)

 

J-SHAREプロジェクトの背景について教えてください

大人の被ばく影響の研究は、多く存在します。しかし、子どもの時の被ばくによる20年後、30年後の影響についての研究は、ほとんどありませんでした。そのため、私たちは、これまで子どもの被ばく影響を調べる研究をしてきました。

実験動物を用いた研究は2005年から開始し、約15年かけて行いました。子どもの影響を正しく調べるためには、比較対照として大人も同時に調べることが重要になります。また、放射線の種類や被ばく総線量の違いによる影響も明らかにすることも必要です。そのため、研究に使用した実験動物(マウス)の数は、総数で1万匹以上になりました。

実験開始後、これらのマウスの解剖所見、肉眼レベルの写真(病変の外見写真)、病理標本、診断名を付けた病変の組織サンプルなど膨大な資料が集積されてきました。このような貴重な資料は、国内外の研究者で利活用する必要があると兼ねてから考えており、2012年にJ-SHAREプロジェクトを立ち上げ、アーカイブ化を開始しました。

アーカイブの意義について教えてください

動物実験は、膨大な予算、人的資源に加え長期の期間を要することから容易に行えるものではありません。また、動物愛護の観点から、今後はさらに困難になると考えられます。さらに遺伝子や病理の解析技術が日々進歩していることを考えますと、組織サンプルをアーカイブ化することは極めて重要です。5年後、10年後には、現在の技術よりはるかに画期的な解析手法が生まれているかもしれません。その際にアーカイブ化されたサンプルを利活用することで、改めて動物実験を行うことなく、最短で新たな成果・知見を見出すことが可能となります。

膨大な資料をアーカイブするのは大変な作業だと思います

約1万匹のマウスを解剖して、採取した全臓器の病理標本を作製しています。1匹あたり約6枚程度の病理標本スライドができますし、病変の正確な診断に特殊な染色が必要になる場合もあり、全体で10数万枚になる見込みです。現在は、このスライドと解剖時所見をデジタルデータとして登録する作業を進めています。

アーカイブを構築する上で苦慮した点は、必要な情報と病理組織画像が容易に検索でき閲覧可能なシステムを構築することでした。そのために、個々のデータをバーコードで一元管理するソフトウエア開発から始めました。もう1点は、組織サンプルの保管と管理です。凍結させた組織サンプルは研究施設内の限られたスペースに13基の冷凍庫を設置して-80℃で保存しています。施設管理の方々の協力の下、年中無休の24時間体制での温度管理を行っています。このJ-SHAREの構築、維持・管理は、放射線影響研究部、情報基盤部、生物研究推進室および施設管理の方々の多大なる協力により進められています。

J-SHAREとアーカイブの全体図

アーカイブの全体図

J-SHAREはどのように活用されますか

2023年頃を目標にすべての資料の登録を完了する予定です。その後、順次公開していきますが、主な活用は、国内外の研究機関との共同研究になります。

私が所属する研究部が、これまでにJ-SHAREを活用して明らかにした成果を紹介します。マウスやラットを用いた大規模な実験により、被ばくした時期(年齢)により、がんになりやすい臓器に違いがあることが分かりました。このような独自のデータは、学術雑誌を通して世界に発信しています。

日本では、J-SHAREほどの規模の放射線影響研究に関する動物実験のアーカイブは初めてになりますが、国外では米国エネルギー省の支援で行われた動物実験資料が蓄積されているノースウェスタン大学によるNURA(Northwestern University Radiation Archive for animal)アーカイブ、欧州の低線量放射線影響研究のプラットフォームであるMELODI(Multidisciplinary European Low Dose Initiative)の一環として、ドイツ放射線防護庁が管理するSTOREアーカイブの2つがあります。どちらも日本にはない動物実験資料が蓄積されているので、将来的には、これらのアーカイブとも連携し、国際的な共同研究に利活用し統合的な解析を通してヒトに対する放射線影響の解明や理解をさらに進めて行きたいと考えています。

特に期待されることは何ですか

東京電力福島第一原子力発電所事故後、地域住民の関心は低線量被ばくによる健康影響、特にがんのリスクに向けられました。これまで、多くの研究者がこの問題の解決に向け、動物実験を含め研究を行い、線量が低くなるとがんのリスクが小さくなることが分かってきましたが正確に評価する手法が未だ確立されていません。また、放射線を利用した検査や治療の進歩および普及による医療被ばくの増加に伴う二次がんのリスクにも関心が持たれています。被ばくによる発がんリスクを科学的に評価することは、我々研究者にとって解決しなければならない課題でもあります。

研究者としての抱負をお聞かせください

日本においてCT検査の普及は、世界でもトップレベルです。放射線を使った治療技術もかなり進歩しています。そのため、子どもたちの医療被ばくが少なからず問題になってきています。日本の未来を支える大切な子どもたちの健康を守るためにも、子どもの低線量被ばくについて詳しく調べていきたいと考えています。

私は、これまでがんの発生のメカニズムと予防法をメインに研究を行ってきました。病気の発見、診断そして治療には、CT検査も放射線治療もどちらも必要です。でもそこに何らかのリスクがあるのであれば、それを予防することも重要です。今後もがんのリスクと予防を同時に考えながら、研究を進めていきたいと考えています。

今後、新たな解析手法が開発された際に我々のアーカイブサンプルを活用し、これらの問題を解決ができるかもしれません。そのためにも、このプロジェクトを維持していきたいと考えています。

インタビュイー

*所属・役職はインタビュー当時(2020年10月19日)のもの