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量子生命・医学部門

緊急被ばく医療 インタビュー(熊谷敦史 グループリーダー)

掲載日:2020年12月15日更新
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広い視野に立った被ばく医療体制の構築を​

“被ばく医療”という言葉からは、原爆や原発における大事故が想起されるかもしれないが、放射線は発電所の中だけにあるのではない。医療はもとより、空港の荷物検査などでも使われる身近な存在だ。今、どのような被ばく医療体制が必要なのか。医療者や行政関係者向けの研修にも取り組む熊谷敦史に話を聞いた。​

インタビューを受ける熊谷敦史

熊谷敦史

(高度被ばく医療センター 被ばく医療部 診療グループ グルーブリーダー)

 

長崎大学に在籍時から被ばく医療に携わってこられたのですね。

私は長崎大学で学び、現在のセンター長である山下俊一先生に薫陶を受けました。家族に広島での被爆者がいた背景もあり、外科医になった後、被ばく医療の研究に携わるようになりました。

広島・長崎の原爆被爆者は国内にとどまりません。海外にも何千人という規模でいて、多くの方が、放射線による病気や高齢化のみならず、長年の社会的な孤立感や疎外感にも苦しんでおられます。行政や現地の赤十字社のような機関が真摯にサポートを模索しており、私たちは医療機関として連携を図りました。

同時に2006年ころからは、国内の原発による事故も想定して、全国の医療機関や大学で救急患者の受け入れや医療対応、周辺住民への対応について情報提供を行っていました。長崎県の原子力災害医療のマニュアル作りや、全国での机上演習や訓練にも講師として参加させていただいておりました。

そこに福島第一原発による事故が起ったのですね。

大地震と大津波の知らせを受けて危険を直感し、すぐに待機しました。2011年3月12日には長崎からここ(放射線医学総合研究所・千葉)に来て、14日に福島に入りました。当初の目的は、先に現地入りしている放医研の医師との交代でしたが、実際には現地での移動手段がなかったことなどから交代できず、現場の状況から福島県立医科大学に対し、被ばく医療の専門的な支援をすることとなりました。現地の状況を見ながら果たすべき役割を見出していかねばならない中で、それまでの緊急被ばく医療の準備が役立ちました。一方で、多くの住民は正確な情報が得られずに、健康に不安を抱えていたのです。

地元の医療者自身が放射線リスクの知識不足から対応に苦慮していました。外部からの医療をはじめとする様々な支援も福島にはなかなか届かない、風評被害も深刻ななか、県全体が孤立感と無力感に落ち込んでいたのです。

住民への医療支援はどのように行われましたか。

緊急対応が一段落した後、住民への医療対応に携わりました。チームを編成し行政と協力して、多くの健康相談を行いました。最初の2年間で5000例ほどになります。当初は強い不安から住民同士で疑心暗鬼になることもあり、「話してもらえる場をなんとかつくらなくては」という気持ちでした。徐々にチームの仲間を増やす活動にも取り組むようになりました。2012年には福島県立医科大学に籍を移し、被ばく医療を大学での医学教育へ展開するとともに、全国の医療者、行政関係者を対象にセミナーを年間3、4回ほど開き、住民の健康相談にも同行するプログラムも取り入れました。

2019年からはQSTにおいて被ばく医療研修を担当されているのですね。

全国の医療者に、原発災害にとどまらない身近な放射線の事故もあり得ることをまず知っていただきたい。そのうえで大規模災害が起きたときは、患者さんのみならず、医療チームの安全、さらには病院や地域の安全も考えなければなりません。また被災地の住民に対し医学的見地から手助けしていくことも必要です。長崎・広島の原爆被ばく者や、福島の患者さんおよび住民と接してきた経験を活かして、そのような幅広い視点から被ばく医療を考えていただきたいと願って、研修事業に携わっています。

被ばく医療体制の全国的な組織化も進んでいるのでしょうか。

国の原子力規制委員会が全国の4大学(弘前大学、福島県立医科大学、広島大学、長崎大学)とQSTを高度被ばく医療支援センターに指定しています。各支援センターはそれぞれ専門教育研修等を行っており、原子力災害時には高度専門的な診療および原子力災害拠点病院等への医療支援等を行います。災害の経験を踏まえ、平時の備えとして、円滑に患者受け入れや対応ができるためのシステムを作ることも仕事の一つです。QSTはとくに基幹センターとしての役割を担っており、緊急時に各支援センターが円滑に連携できるよう、準備を進めています。

原子力災害時における医療体制

被ばく医療に携わる医療者に伝えたいことは何ですか。

福島で住民がもっとも信頼していたのは、放射線の専門家よりも主治医でした。医療者には、放射線のことや、それによる健康リスクを知るとともに、いざというときに住民に寄り添うべきは自分なのだという、当事者意識をもっていただきたいと思います。

また、放射線のリスクだけに囚われると他のリスクを見逃してしまうことも知っておいていただきたいと思います。避難によってもともとの仕事を続けることができなくなったり、屋外の放射線被ばくリスクを気にして子どもたちは校庭で遊ぶのをやめたり、様々な理由で原発事故後には人々の生活スタイルが大きく変化しました。その結果として、肥満やそれに伴う糖尿病が深刻な問題になりました。ある一つのリスクだけを考えていては片手落ちなのです。

一つの視点にとらわれない広い視点をもつこと。医療者としてあたりまえのことですが、専門性が強くなっている現在の医学では難しくなってきています。福島での経験を教訓に、この重要性も伝えていきたいと考えています。

*所属・役職はインタビュー当時(2020年11月9日)のもの