物理工学部は、重粒子線がん治療のためのシンクロトロン加速器、がんや認知症の診断・治療に必要となる放射性同位元素を生産するサイクロトロン加速器、PIXEによる元素分析とマイクロビームによる細胞照射のための静電加速器の運転ならびに研究開発を行っています。また、それらを用いた医学物理・放射線生物・加速器科学研究を実施しています。そこで開発された技術は、医療などの分野で目に見える形で国民生活の向上に役立っています。
研究テーマ
重粒子線がん治療用加速器HIMACと重粒子線治療システム
HIMACとは、"Heavy Ion Medical Accelerator in Chiba"の略で、世界初の重粒子線がん治療装置です。HIMACは、炭素線をはじめとする重粒子線を核子あたり800 MeVのエネルギーまで加速するシンクロトロン加速器と、患者さんに照射するための治療室で構成されています。治療室では患者さんの身体的負担の軽減と治療効果の向上を目指し、超伝導技術を用いて重粒子線を360°任意の角度から患者さんに照射可能な回転ガントリー装置と、複雑な形状のがんを短時間で照射可能な高速3次元スキャニング照射装置を開発し、治療で使用しています1) 2)。
HIMAC模式図(左)と治療室G(右)
画像誘導放射線治療技術の研究開発
治療室では呼吸同期照射をはじめ、リアルタイム画像誘導技術を確立し治療で使用してきました。近年、治療技術の高精度化に伴い、医療スタッフに難しい判断が求められることが増えています。そこで、膨大な医療画像と治療経験をAIに学習させることで、臨床経験則に基づいた最適な治療情報の提案を行う画像誘導技術の開発に取り組んでいきます。これにより、即時適応化(Adaptive therapy)の実現に近づきます3)。
X線透視装置を用いたマーカレス動体追跡治療
マルチイオン治療技術の研究開発
重粒子線がん治療で用いる炭素イオンのような重い粒子は1回の衝突で細胞核に大きなエネルギーを与えることができます。線エネルギー付与(linear energy transfer, LET)はその強さを示す量で、細胞の殺傷効果に強く影響します。重粒子線がん治療の治療効果をさらに高めるために、LETを制御する「LETペインティング」という治療計画技術を開発しています。さらに、LETペインティングでは臨床的に実現できるLETに限界がありますが、複数のイオン種のビーム(マルチイオン)を組み合わせれば制御できるLETの範囲は格段に広がり、線量分布だけでなくLET分布も最適化する重粒子線治療が可能となります4)。
前立腺がんマルチイオン治療の3例の線量分布図(a, c, e)とLET分布図(b, d, f)。plan1は標的のLETを50 keV/ mmに設定、plan2はさらに前立腺の背側に隣接する直腸のLETを30 keV/ mm以下に制限、plan3はさらに前立腺のLETを80 keV/ mmに設定している。
次世代重粒子線がん治療装置(量子メス)の研究開発
重粒子線がん治療装置の小型化・高性能化に向け、マルチイオン源、小型線形加速器、超伝導シンクロトロン、並びに、超伝導回転ガントリーにより構成された、次世代重粒子線がん治療装置の研究開発を行っています5)。特にシンクロトロンは、超伝導電磁石の採用により、装置面積をHIMACの約17分の1まで小型化します。また、マルチイオン源は、ヘリウムからネオンまでの複数の多価イオンを出力するとともに、イオン種を1分以内に高速で切り替えることが可能です。
次世代重粒子線がん治療装置の模式図
静電加速器を用いる照射・分析技術の開発と利用支援
タンデム型静電加速器では、PIXE(Particle Induced X-ray Emission)による元素分析と、陽子・ヘリウムマイクロビームによる細胞照射施設(SPICE; Single Particle Eradiation for Cell)を運用しています。本施設での研究の進捗により、利用者からは様々な要望が寄せられ、それを基にした新規技術の開発を行い、実用化を進めています。PIXEで分析可能な元素範囲の拡充(O, FからUまで)や、細胞照射の速度・照射範囲の向上(2μmのビームサイズで細胞皿あたり10000個の細胞に照射可能)などはその成果の一端です。これらの成果により、近年では国内外の大学・研究機関からの利用希望も増加しています。当施設は今後も科学の発展に寄与する新たな技術開発と研究支援に積極的に取り組んでいきます。
SPICE照射室、ビームライン
SPICE(マイクロビーム細胞照射装置)の外観。上図は照射室、下図はビームライン。2μmのビームサイズで細胞皿あたり10000個の細胞に照射可能。
PIXE分析グラフ
NIST SRM2783標準試料のPIXE分析の結果。赤字が新たに分析できるようになった軽元素。
これら以外にFやU等の元素分析も可能になりました。
サイクロトロン加速器の高度化研究
サイクロトロンは、放射性同位元素(RI)の生産や、物理・生物分野の基礎研究に利用されています。RI生産では、がんや認知症の診断等に用いられる分子イメージング用RIに加え、標的アイソトープ治療用RIが創薬研究のために生産されています。多様かつ充分な量のRIを生産するためには、高品質な大強度ビームの安定的供給が要求されます。そこで、ビームの大強度化技術や、大強度ビームの照射および診断技術の開発など、サイクロトロン加速器の高度化を目指した研究を行っています。
2台のサイクロトロン加速器
RI生産用ターゲットシステム
参考文献
1) Iwata Y et al., Physical Review ST-AB, 15, 044701 (2012).
2) Furukawa T et al., et al., Medical Physics, 37, 4874 (2010).
3) Mori S et al., International Journal of Radiation Oncology* Biology* Physics, 95, 258 (2016).
4) Inaniwa T et al., Physics in Medicine and Biology, 62, 5180, (2017).
5) Iwata Y et al., Nuclear Inst. and Methods in Physics Research, A, 1053, 168312 (2023).
研究グループ
- 先進粒子線治療システム開発グループ
- 治療ビーム研究開発グループ
- 治療システム開発グループ
- 粒子線照射効果研究グループ
- 照射システム開発グループ
- 重粒子運転室
- サイクロトロン運転室
- 静電加速器運転室