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量子生命・医学部門

重粒子線治療研究部

掲載日:2023年5月29日更新
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研究概要

重粒子線治療研究部は、重粒子線を用いたがん治療に関する臨床研究、次世代重粒子線治療のための基礎医学研究およびトランスレーショナル研究を行っています。重粒子線は病巣への線量集中性に優れるとともに治療効果も高く、がん治療に適した性質をもつ放射線です。QSTの前身である放医研では1994年から重粒子線がん治療の臨床研究に取り組み、その成果は国内外でも高く評価されています。2003年には、厚生労働省から高度先進医療(現先進医療)の承認を受け、2016年には骨軟部腫瘍、2018年には頭頸部腫瘍と前立腺がん、2022年には局所進行膵がん、大きな肝臓がん、肝内胆管がん、大腸がん術後再発、子宮頸部腺がんが保険適用となりました。臨床研究グループ(3グループ)では、患者さんの負担がより少なく、治療期間も短く、さらに良好な結果が期待できる治療法の確立を目指して、次世代重粒子線がん治療装置(量子メス)に導入するマルチイオン治療や、他の療法との併用療法の研究開発を行っています。また、放射線によるがん治療の開発や高度化に関する研究や粒子線の基礎医学、生物物理学研究を行っています。

QST病院における1994年6月から2023年3月までの重粒子線治療の登録患者数

QST病院における診療区分別治療数の推移

研究テーマ

重粒子線治療によるがん治療の標準化と適応の拡大(臨床研究グループ)

重粒子線治療の普及に向けては、これまでの臨床研究の成果に基づいた適応の明確化と治療法の標準化が必要です。QSTを含む国内7カ所の重粒子線治療施設が参加する多施設共同臨床研究組織(J-CROS)における共同臨床試験を主導して、保険適用の拡大を目指すとともに、標準治療としての確立に向けた研究開発を行っています。

重粒子治療他施設共同臨床研究組織図

回転ガントリーを利用した重粒子線治療の高度化(臨床研究グループ)

QSTでは2017年5月から回転ガントリーによる治療を行っています。これは自由な角度で重粒子線のスキャニング照射ができる装置で、超伝導電磁石の利用により、先行のドイツの装置より大幅に小型化することに成功しています。患者さんを動かさずに自由な角度で複雑な治療を行うことができる利点を活用し、強度変調重粒子線照射法の研究開発を行いました。これにより、症例ごとに最適な治療が実施できるため、さらなる副作用の低減と治療効果の向上が期待されます。

回転ガントリーを利用した重粒子線治療の高度化の画像1回転ガントリーを利用した重粒子線治療の高度化の画像2

マルチイオン治療による重粒子線治療の高度化(臨床研究グループ)

現在、重粒子線治療の中心となっているのは炭素イオン線ですが、膵がんなどの治療が難しいがんに対しては、酸素やネオンなどの他のイオン線を組み合わせて使うほうが効果的な治療ができる可能性もあります。また、同じがん組織の中であっても、生物学的な違いにより効きやすい部位や効きにくい部位が出てきます。こうした部位の違いに対しても炭素イオン線だけでなく他のイオン線を組み合わせた治療(マルチイオン治療)が効果を発揮する可能性があります。重粒子線治療の高度化の一つであるマルチイオン治療を目指した研究開発を行っています。

次世代放射線治療のための放射線・がん生物学研究(放射線がん生物学研究グループ)

重粒子線治療をはじめとする放射線治療の高度化と革新的な次世代放射線治療開発を目標とした放射線・がん生物学の基礎医学研究やトランスレーショナル研究を行っています。次世代放射線治療として期待されている量子メスの免疫生物学や標的アルファ線治療の開発、放射線治療に伴う有害事象の効果的な予防法開発に向けて、分子・細胞レベルから実験動物レベルまで、様々な手法を用いた生物学的アプローチによる研究を行っています。

次世代放射線治療のための放射線・がん生物学研究の概要図1

次世代放射線治療のための放射線・がん生物学研究の概要図2

粒子線の物理学・化学・生物学における基礎医学研究(粒子線基礎医学研究グループ)

放射線生物作用は、放射線が生体を通過することによって開始される一連の連続した生体反応です。そのため、重粒子線の生物影響を理解し、重粒子線特異的な生物効果を臨床応用に結びつけるには、重粒子線の物理学的特徴と生体内化学反応や生物初期反応の関連性を明らかにする必要があります。粒子線基礎医学研究として、粒子線を含む放射線生物作用の特徴を決める因子である、物理学的パラメーター(LET、線量率、粒子種)、化学的パラメーター(酸素濃度、ラジカルや化学物質による修飾)ならびに生物学的パラメーター(DNA・細胞・組織・固体の放射線感受性、障害の修復と回復)と時間のファクターを加えて、総合・複合領域として粒子線の生物物理学研究を行っています。

粒子線の生物作用による生体反応と、各反応過程を時系列に並べた図

粒子線生物作用の生体内反応と各反応過程の時系列

重粒子線治療研究部

部長 長谷川 純崇

  • 頭頸部・胸部腫瘍臨床研究グループ(中嶋 美緒)
  • 腹部・骨盤腫瘍臨床研究グループ(今井 礼子)
  • 量子メス臨床研究グループ(篠藤 誠)
  • 放射線がん生物学研究グループ(長谷川 純崇)
  • 粒子線基礎医学研究グループ(長谷川 純崇、平山 亮一)

( )内はグループリーダー、研究統括

関連リンク

QST病院

HIMACによるがん治療

放医研の実績をもとに開発された最先端の放射線がん治療装置

放医研がエックス線やガンマ線等によるがん治療を始めたのは、1961(昭和36)年に遡ります。以降50数年、その実績は国内のみならず海外でも高く評価されています。特に、サイクロトロンを用いて1975(昭和50)年から開始した速中性子線治療や、1979(昭和54)年から開始した陽子線治療は、従来の放射線(エックス線、ガンマ線)治療ではなかなか効果のあがらなかった一部のがんに対して優れた治療効果を見ることができました。

しかし、速中性子線や陽子線を用いても治療の困難ながんについては、速中性子線の持つ高い生物効果と、陽子線と同様のシャープな患部集中特性を併せ持った、新たな粒子線による治療を開発することが重要な課題となっていました。

そこで放医研では、これまでの研究成果を生かして重粒子線の医学利用を推進することとし、そのために必要な世界初の医療用重粒子加速装置(HIMAC)を建設しました。重粒子線がん治療は、1994(平成6)年の治療開始以来優れた実績を重ね、2003(平成15)年10月には、厚生労働省によって高度先進医療(現在は先進医療)に承認されました。現在、治療法の国際的な普及とさらなる高度化を目指し、取り組んでいます。

抵抗性の強いがん、深部のがんに効果が期待できる重粒子線

より良い放射線治療のためには、まず治療効果の高い放射線を用いなければなりません。治療効果を示す指標として、生物学的効果比(RBE)と酸素増感比(OER)があります。重粒子(炭素)線とガンマ線の治療効果を比較すると、<図表1>に示す通り、数値が大きいほど効果が高いRBEで約3倍、数値が小さいほど効果が高いOERで約1/2倍という、医学的に優れた特性を備えています。

図表1:各種放射線の生物学的効果比(RBE)と酵素増感比(OER)

重粒子線はガンマ線と比べて、生物学的効果比および酸素増感比が高いことを示すグラフ

一方、正常組織に対する放射線障害を少なくすることも大切です。そのためには照射された放射線の強さ(線量)が、体内でどのように変化するかを知ることが必要です。

<図表2>の深部線量分布に見られる通り、エックス線や速中性子線は身体表面近くでもっとも強く、深く進むにつれて減衰します。このことは、これらの放射線で深部のがんを治療する場合、患部に至るまでに正常組織が障害を受けやすく、また照射標的を通り過ぎた深部にまでも影響を与えてしまうことを示しています。これに比べて陽子線や重粒子線(炭素)の場合は、エネルギーに応じてある深さで急に強くなるものの、その前後は弱く抑えられているため、ピークの部分をがんの患部に合わせることにより、正常組織への障害を少なくすることができます。放医研では、治療効果が大きく、正常組織への影響が少ない理想的な放射線、重粒子(炭素)線によるがん治療に取り組んでいます。

図表2:各種放射線の生体内における深部線量分布

図表2:核種放射線の生体内における深部線量分布

図表3:粒子の大きさ

図表3:粒子の大きさの画像

エックス線やガンマ線は、電磁波の一種です。陽子線、速中性子線、重粒子線(炭素、ネオン、アルゴン等)は、粒子線と呼ばれています。

放射線によるがん治療

世界最先端の重粒子加速装置HIMACによるがん治療

現在、世界各地で粒子線による治療が進められていますが、その数多くが最も軽い原子である水素のイオン(陽子)を用いています。ところが、QSTの前身である放医研での10年以上の臨床試験を通じて、炭素線は陽子線とは異なる優れた性質を持つことが明らかになりました。

放医研では1994年から世界初の医療専用の重粒子線加速装置HIMACから得られる炭素イオン線を使ってがん治療の臨床試験を開始し、2003年10月の高度先進医療(現先進医療)承認を経て、2016年には骨軟部腫瘍が初めて保険診療に承認され、2018年には頭頸部腫瘍及び前立腺がんが保険診療に移行するなど、臨床試験から一般医療に向けて着実に歩みを進めています。

現在、国内及び海外の各地で重粒子線治療への期待が一段と高まりつつあります。QSTは、これまで蓄積した治療技術を国内外に普及させるための技術支援や人材育成のほか、さらに進んだ重粒子線照射法を開発するなど多様な要望に応える努力を行っています。

重粒子線がん治療を普及させるために

画像:重粒子線がん治療を支えるHIMAC(クリックすると拡大)2005年度に終了した重粒子線がん治療装置の小型化のための研究開発により、HIMACと同等のビーム性能を、HIMACの1/3程度の大きさで実現できる見通しが得られました。QSTは、この小型装置を用いた重粒子線がん治療を全国に普及させるために、2010年に重粒子線がん治療を開始した群馬大学に技術的な支援を行う一方で、重粒子線治療医や診療放射線技師、医学物理士等の人材育成の中心的な役割も担っています。

このようにして、小型重粒子線がん治療装置1号機は群馬大学で2010年3月に治療を開始。続いて、2号機が2013年8月に佐賀県で、3号機が2015年12月に神奈川県で治療を開始しました。なお、4号機が2018年10月に大阪で、そして5号機が2021年2月に山形大学で治療開始しました。

[HIMAC共同利用研究]HIMACを利用した基礎研究

HIMACのような高エネルギーの重粒子線を供給できる加速器はその数が非常に限られています。日本ではもちろん、世界を見渡してもアメリカやドイツ、ロシアにあるだけで、医療以外の分野の研究者も貴重な研究資源であるHIMACに注目しています。

HIMACを用いたがん治療は、平日の午前7時から午後7時までの間行われていますが、これ以外の時間帯である夜間や週末に、HIMACからの高エネルギー重粒子線を用いた照射実験を中心として、広い分野の基礎科学研究が行われています。これらの研究を総称して「HIMAC共同利用研究」と呼んでいますが、研究テーマの募集は年に2回、QSTに限定せず広く所外の研究者からの提案を受け付けています。応募された研究課題はQST外の研究者を中心とした「重粒子線がん治療装置等共同利用運営委員会」の「課題採択・評価部会」で審議を行います。こうしたシステムにより透明性・公平性を確保し、貴重な研究施設を有効に活用しています。

共同利用研究は1995年10月から開始され、毎年度100課題を越す研究が行われています。参加する国内外の研究者の数は毎年600人を超える規模になっており、50篇を超える論文が発表されています。近年は大勢の大学院学生も研究に参加するなど、我が国の研究者育成の一端を担っています。

さらに詳しい情報を知りたい方は
共同利用研究「HIMAC」