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量子生命・医学部門

重粒子線がん治療研究インタビュー 免疫治療との併用で、重粒子線治療に新境地を拓く

掲載日:2021年6月2日更新
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免疫治療との併用で、重粒子線治療に新境地を拓く​

放射線治療を行うと、照射範囲外でもがんの縮小がみられる「アブスコーパル効果」という反応が起こりうることが知られている。この反応は免疫細胞であるリンパ球によっておこるとわかってきた。この事実を受けて、通常の放射線治療より強い免疫反応を起こす可能性がある重粒子線治療に免疫治療を併用する新しい療法を、子宮頸がんと肝臓がんに試みる医師主導治験が始まろうとしている。その試みについてQST病院医師の若月優に聞いた。​

QST病院治療診断部長若月優

若月優

(QST病院 治療診断部 部長)

 

QST(旧放医研)が世界をリードしてきた、がんに対する重粒子線治療とはどのような治療でしょうか

重粒子線治療は放射線治療の一種です。通常の放射線治療がX線やγ線で治療するのに対して、重粒子線治療では光の70%ほどの速さに加速した炭素イオンを、がんに照射します。

その特徴は、がんをピンポイントで治療できるので周囲の臓器を傷つけないことと、通常の放射線が効かないがんに対しても非常に高い治療効果を得られることです。治療効果が高いのは、炭素イオンビームががん細胞のDNAの2本鎖を両方とも切るからだと考えられています。

ただ、炭素イオンを加速するのに、サッカー場やテニスコートくらいの大きさの加速器が必要です。そのため日本国内に7カ所、海外を含めても十数カ所しか、重粒子線を治療照射できる施設はありません。中でもQSTは、これまでに世界で最も多くの患者に対して重粒子線治療を行ってきており、重粒子線治療施設として中心的な役割を果たしてきました。

QST病院のがん治療室

QSTの重粒子線治療施設

重粒子線治療と免疫治療を併用した新しい療法の開発が始まるそうですね

免疫について少し話しますと、私たちの体にはがんを抑え込むがん免疫が体に備わっており、何らかの原因で発生したがんのもととなる異常な細胞の増殖を防いで、がんへの進行を妨げております。

このがん免疫をかいくぐって、がんが大きくなるのは、がん細胞ががん免疫をブロックする仕組みを獲得したためです。2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑先生が、この機構を発見しました。そして、がん細胞がもつがん免疫をブロックする仕組みを解除すれば、がんを死滅させられるというコンセプトで開発されたのが、免疫チェックポイント阻害剤を用いた免疫治療です(図1)。

免疫チェックポイント阻害剤のしくみ

図1 がんが、がん免疫をブロックする仕組みと阻害剤による解除

今では、この免疫治療と放射線治療を組み合わせると非常に高い治療効果が得られるとわかり、数年前から世界中で併用されるようになっています。

実は、放射線治療と免疫が密接に関係しているために起こる反応を、放射線治療医は以前から見ていました。「アブスコーパル効果」と呼ばれる、放射線を照射した範囲外のがんが縮小する反応で、私も18年間医師として働く中で、たった1例ですが経験したことがありました(図2)。

当時は「あれっ」と思いはしたものの、どうしてなのかまではわかりませんでした。今は、放射線によって壊れたがん細胞によって、免疫細胞であるリンパ球が賦活化され、がん細胞が死滅したのだと明らかになっています。

重粒子線治療例

図2 アブスコーパル効果。医師になってからの18年間でたった1例経験したという症例。治療後3ヶ月で治療照射部位の子宮頸部腫瘍の縮小に加え、照射していない肺転移腫瘍の縮小を認めた

滅多に報告されることのなかった「アブスコーパル効果」でしたが、免疫チェックポイント阻害剤を使ってがん免疫をブロックする仕組みを解除するようになると、報告数は増えました。そこで、通常の放射線治療より強い免疫反応を引き起こす可能性のある重粒子線治療に、免疫治療を併用する新しい療法を開発することにしました。

どうして、まず子宮頸がんと肝臓がんで医師主導治験を行うのでしょうか

初めての重粒子線治療と免疫治療の併用を、どのがん種で行うかについては、いろいろ考えました。現在行われている子宮頸がんの放射線治療の基礎は、QST(旧放医研)が50年以上前から築いてきたという経緯があります。そこで、まずは子宮頸がん対する新しい治療に挑戦しようと決めました。また子宮頸がんは他の臓器と違い、がん組織を容易に採取できるので、治験では特に治療の経過や予後を詳しく調べたいと考えています。

一方、進行肝臓がんは、最近、免疫チェックポイント阻害剤が認可されたがん種です。重粒子線も、このがん種の治療に力を入れてきました。治験では、強力な免疫チェックポイント阻害剤と、強力な重粒子線治療との併用によって、どれだけ治療効果が得られるかを調べます。

先ほど話したように、重粒子線治療は限られた施設でしか行えないため、重粒子線治療に関する新しい療法の開発は医師主導治験として、私たちが行うのが使命だと思っています。しかし、免疫治療を行うに当たっては、製薬会社に薬を提供してもらい、治療薬の投与や治療にともなう副作用の管理などでは千葉大学の協力を仰ぎ、患者さんが安心して治験に臨める体制を整えました。

また、ゆくゆくはQSTだけでなく、日本全国あるいは海外の重粒子線治療施設と協力して治験を進めたいとも考えています。

新しい療法が確立されれば、重粒子線治療への期待が高まります

私は、中野隆史 量子医学・医療部門長に呼ばれて、2020年3月に約4年ぶりにQSTに戻ってきました。その際に、部門長から「重粒子線治療の、これからの10年20年を考えて仕事をしてください」と言われました。重粒子線治療が開発されて30年近い年月が経ちました。その間に、さまざまなデータを集めて、有効な治療であることは示してきました。しかし、研究している私から見ても、重粒子線治療にはまだまだポテンシャルがあります。これから、さらに発展させるために新たなチャレンジをしなくてはいけないと感じおり、今回の治験はその一つだと考えています。

QST病院治療診断部長若月優

*所属・役職はインタビュー当時(2021年1月26日)のもの