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量子生命・医学部門

重粒子線がん治療研究インタビュー 「不整脈」という新領域に挑む! 重粒子線治療の可能性

掲載日:2021年12月8日更新
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「不整脈」という新領域に挑む! 重粒子線治療の可能性​

近年、不整脈治療の新たな選択肢として、放射線を用いた治療法が世界中で注目されている。この治療法が登場した背景には、20年以上前からQSTの前身である放射線医学総合研究所(以下、旧放医研)と東海大学の共同研究チームが行ってきた、重粒子加速器「HIMAC」を利用した基礎研究が基盤にある。がん以外の疾患に重粒子線を用いるのは新たな挑戦だ。その試みについて下川卓志と若月優に話を聞いた。​

インタビューを受ける2名の研究者

左:若月優 部長(QST病院 治療診断部 部長)

右:下川卓志 研究統括(量子医科学研究所 物理工学部 粒子線照射効果研究グループ)

 

放射線を用いた不整脈治療とはどのようなものですか?

下川:不整脈は心臓の拍動のリズムに異常が見られる疾患です。治療の必要がないものが大半ですが、治療が必要なものの中には、突然死を招くような危険な不整脈もあります。

致死性心室不整脈の治療法としては、不整脈の原因となる心筋を焼いて壊死させる「カテーテルアブレーション」や、体内に埋め込んだ機器から電気ショックを与えて正常心拍に戻す「植込み型除細動器(ICD)」があります。しかし、これらは侵襲性が高く、患者さんにとって体の負担が大きいことが課題になっています。

こうした課題を克服するのが放射線治療です。体外から不整脈の原因となる部位に放射線をあてるため、手術の必要がありません。心室不整脈をライナック(X線治療装置)で実施する場合の治療時間は準備を含めて1時間、照射時間は15分ほどで、体への負担が少なくてすみます。すでにX線を用いた致死性心室不整脈治療が臨床応用されており、2017年に米国で、2019年に日本では東海大学で第一例となる治療が実施されました。

もともとは放医研と東海大学の研究チームが行ってきた研究なのだそうですね

下川:旧放医研の頃から、重粒子加速器「HIMAC」を外部機関と共同利用する取り組みを行っており、1998年から東海大学の吉岡公一郎先生と旧放医研の古澤佳也先生が、HIMACを用いて重粒子線による不整脈治療の基礎研究を行ってきました。その後、2004年ころ東海大学の網野真理先生が研究チームに加わり、また、古澤先生の退職後を我々が引き継いでいます。

研究がスタートして早い段階から、重粒子線の照射によって不整脈が治ることがウサギの実験でわかっていました(図)。しかし、なぜ治るのかというメカニズムがわからなかったため、成果を発表しても注目されず、日の目を見ない時期が長く続きました。

ウサギの不整脈に対する重粒子線照射実験のイメージ

図 ウサギを用いた重粒子線照射による不整脈治療の実験

そうした中、2006年、重粒子線照射により心筋細胞の間をつなぐコネキシンというタンパク質の発現が上がり、これが1年以上持続することを網野先生たちが発見し、ようやくメカニズムの一端がわかってきました。この論文発表を機に、米国を中心にX線を用いた不整脈治療の研究が盛んに行われるようになったという経緯があります。

X線と比べて、重粒子線を使うメリットは何ですか?

若月:放射線治療では、不整脈の原因となっている心臓の一部分に放射線をあてるわけですが、心臓の周りには肺や食道があります。X線は臓器を通り抜ける性質があるので、狙った場所に十分な線量をあてようとすると、どうしても周囲の正常な組織にも放射線をあてざるをえません。

一方、重粒子線は狙った場所に集中的に高い線量を照射できるため、周囲の正常組織への影響を最小限に抑えることができます。より安全に治療できることが重粒子線を用いるメリットです。

HIMACの技術も飛躍的に進歩しています。以前は垂直と水平の2方向からしか重粒子線を照射できませんでしたが、回転ガントリーによって今は360度すべての角度から照射できるようになり、患者さんは寝た姿勢のままで、狙った場所にピンポイントに重粒子線をあてることができます。こうした技術側の進歩も、実用化を後押ししています。

今後の展望や研究にかける思いをお聞かせください

若月: 重粒子線のメリットを活かして、致死性心室不整脈に比べて照射範囲を定めにくい心房細動を主な対象に取り組んでいければと思っています。重粒子線を用いた不整脈治療の安全性は、まだ十分に確認されていません。そこで、過去にがんの重粒子線治療を行った患者さんのうち、心臓に重粒子線があたった方のデータを解析して安全性の評価を行っています。また、1~2年内の開始を目指して不整脈に対する重粒子線治療の安全性を確認する臨床研究も計画中です。

がんの重粒子線治療は、スタートして30年近く経ち、知見が積み重なっていますが、がん以外の疾患の治療に重粒子線を用いるのは初めてです。これは非常にチャレンジングなことですが、逆に言えば、重粒子線治療の可能性を示すチャンスでもあります。将来、より多くの患者さんに重粒子線治療の恩恵を受けていただくために、新領域への挑戦に力を入れていきます。

下川:不整脈の放射線治療は日本で積み重ねてきた研究ですから、我々がもつ重粒子線技術の強みをいかして、一日も早く日本の患者さん、そして世界中の治療が必要な患者さんにこの治療を届けたいと思います。

また、重粒子線で不整脈が治るメカニズムをさらに詳しく解明することで、他にも治せる疾患が見つかってくるかもしれません。クロスアポイントメント制度の下、網野先生が量子医学研究所 重粒子線治療研究部に主幹研究員として加わり、東海大学との連携をさらに強めて、基礎研究を掘り下げるとともに、重粒子線治療の可能性を広げていきたいと思います。

*所属・役職はインタビュー当時(2021年9月27日)のもの