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標的アイソトープ治療 第43回 目印分子にアルファ線放出

掲載日:2022年5月24日更新
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量子科学技術で作る未来 第43回
目印分子にアルファ線放出

国内で2020年にがんで亡くなった人は約38万人であり、1981年以降、がんは死因の1位を占めていることから、がんの治療法の開発は医学分野においては大きなテーマであり、活発な研究が行われている。

標的アイソトープ治療は細胞殺傷性のアルファ線やベータ線を放出するアイソトープをがん細胞等の患者に送達して、病的細胞を焼き殺す治療法であり、がんの原発単だけでなく転移や採種した病巣にも効果的な放射線治療である。しかし、正常細胞に運ばれた場合は、その正常細胞も殺傷してしまう。そのため、アルファ線やベータ線を出す細胞殺傷性アイソトープをいかに正確に治療の標的となる病的細胞、例えばがん細胞「だけ」に送り込むことが出来るか、が治療の成功のカギとなる。

がん細胞だけに細胞殺傷性アイソトープを送り込む戦略の一つとして、がん細胞だけに含まれている分子を目印にすることが有効だ。その目印分子にのみ結合する抗体に細胞殺傷性アイソトープを付加して体内に入れた場合、その細胞殺傷性アイソトープはその目印分子と結合し、がん細胞だけに運ばれることになる。

現在よく知られている目印分子の一つとしてHER2タンパク質があげられる。HER2分子はがん細胞の増殖に関与するタンパク質であり、がん細胞の表面に目印のように発現している。このHER2タンパク質分子に対する抗体が特定の細胞だけを攻撃する分子標的薬の先駆けとして有名な抗体医薬品のハーセプチンであり、現在、乳がんや胃がんで使われている薬である。

量子科学技術研究開発機構(QST)ではこのハーセプチンにアルファ線を放出するアイソトープの一つ、アスタチン211を結合させ、目印分子HER2を発現しているがん細胞だけにアスタチン211、すなわち、そこから放出されるアルファ線を運ぶことでがん細胞だけを殺傷する標的アイソトープ治療薬の開発研究を行っている。本薬品は、動物実験では胃がんの腹膜播種や肝転移に対して顕著な治療効果を示した。懸念される副作用だが、今のところ、治療を行う上で大きな支障となりそうな有害性は確認されていない。近い将来、臨床の舞台に登場することが期待される。

図・写真

標的アイソトープ治療薬の作用メカニズム

執筆者

量子科学技術研究開発機構 量子生命・医学部門 量子医科学研究所

重粒子線治療研究部 放射線がん生物学研究グループ グループリーダー

男性の顔

長谷川 純嵩(はせがわ・すみたか)

長崎大医学部卒。医師免許取得後、がんの基礎研究に従事。米国カリフォルニア大学ロスアンゼルス校やスタンフォード大を経て、独立行政法人放射線医学総合研究所(現QST)に入職。博士(医学)。

本記事は、日刊工業新聞 2022年4月28日号に掲載されました。

■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(43)目印分子にアルファ線放出(2022年4月28日 科学技術・大学)

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