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プレスリリース

核融合炉用3周波数ジャイロトロンを世界で初めて開発 -核融合原型炉の実現に貢献-

掲載日:2022年12月21日更新
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発表のポイント

  • メガワット級の高出力かつ連続動作が可能な3周波数を発生する核融合炉用プラズマ加熱装置「ジャイロトロン」を世界で初めて開発
  • 核融合原型炉の実現に不可欠なジャイロトロンの複数周波数化に道筋

概要

 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野 俊夫。以下「量研」という。)とキヤノン電子管デバイス株式会社 (代表取締役社長 中牟田 浩典。以下、「CETD」という。)は、約1メガワット(100万ワット) の高出力マイクロ波を3つの周波数で発生し、かつ連続動作が可能な核融合プラズマ加熱装置「ジャイロトロン」の開発に成功しました。

 「地上の太陽」と呼ばれる核融合炉では、燃料となる水素同位体ガスを加熱して数億度の超高温のプラズマを生み出す必要があり、その加熱方法の一つとして、電子レンジと同様に高出力マイクロ波を用いて加熱する方法があります。プラズマ中の電子は、核融合炉内の磁場強度に比例する周波数で磁力線に巻き付いて回転運動しており、この回転に同期する周波数のマイクロ波を入射すると電子は共鳴して加速され、プラズマが加熱されます。トカマク型核融合炉では、炉の中心軸に近い場所ほど磁場が強く外側は弱いことから、プラズマ中の位置が変わると共鳴周波数も変わります。様々な位置の加熱を行うことで幅広い運転領域を確保するためには、複数の周波数のマイクロ波を発生できるジャイロトロンを用意することが必要です。

 量研とCETDは、これまで核融合実験炉イーターや量研の核融合実験装置JT-60SAなどに設置するジャイロトロンの大型真空管の研究開発を行ってきました。ジャイロトロンは、内部に発生させた強磁場中で回転する電子の運動エネルギーからマイクロ波を発生させる装置です。従来、その設計は1つの周波数で高出力・連続動作させるように最適化されていたことから、プラズマの加熱も限定された条件下でのみ実施されていました。プラズマを加熱する条件をより広げるためには、発生させるマイクロ波の周波数を複数選択できるジャイロトロンが必要となります。しかしながら、複数の周波数のマイクロ波を発生させると、最適化した周波数では高性能が得られても、その他の周波数のマイクロ波が、マイクロ波を核融合装置に伝搬する導波管の入口で散乱されてしまうことが課題でした。今回開発したジャイロトロンは、モードコンバータと呼ばれるマイクロ波を整形する機器の改良に加え、そのモードコンバータとモードコンバータから出たマイクロ波を伝搬する金属ミラーとを総合的に、導波管内部のマイクロ波形状に合わせて整形するように改良しました。これにより、170ギガヘルツ及び137ギガヘルツに加えて、104ギガヘルツの3つ全ての周波数において散乱を抑えることに成功しました。このようにして、イーター用ジャイロトロンと同等の約1メガワットという高出力かつ300秒間の連続動作を、1本のジャイロトロンでは従来不可能であった3つの周波数で実現することを世界で初めて実現しました。

 今回の成果は、3周波数以上の多周波数ジャイロトロンの開発に道筋をつけるものです。核融合炉では様々な位置での加熱が必要となるため、さらに多くの周波数でマイクロ波を発生できるジャイロトロンが必要であり、今回の成果は最初に発電を行う核融合原型炉用ジャイロトロン開発の第一歩です。日本はジャイロトロン開発で世界をリードしてきており、民間企業の核融合炉開発への参画が活性化している現在、我が国の核融合産業の競争力を具現化した成果です。

研究開発の背景

 核融合炉を稼働するには、強力な磁場の中で水素同位体ガス(重水素と三重水素)を電離してプラズマ化し、数億度に加熱した後も安定に閉じ込め続ける必要があります。この電離・加熱・安定化を行うために、核融合実験炉イーターでは、20メガワット(2,000万ワット)以上のマイクロ波が必要であり、そのために1メガワット級のジャイロトロンを24台用います。量研では、CETDと協力して、これまでにイーターに向けて発振周波数170ギガヘルツのジャイロトロンの開発に取り組み、300秒間の1メガワット連続出力を実証して、2017年にイーター用ジャイロトロン実機の初号機を完成させ、2021年にはイーター向けに調達する全8機の製作を世界に先駆けて完了させました。

 ジャイロトロンは、超伝導コイルが作る磁力線に電子銃から放出される電子を巻きつけて加速し、その運動エネルギーを空胴共振器にてマイクロ波へと変換する装置です。空胴共振器で発生したマイクロ波は、ジャイロトロン内部にあるモードコンバータという機器を通過させることで、レーザー光線のように指向性があるガウシアンビームに変換され、斜め上方に放射されます。しかしながら、その放射角度は、マイクロ波の周波数毎に異なるという特性があり、図1に示すようにマイクロ波はモードコンバータから放出されたのち、複数枚の金属ミラーを介して出力窓まで伝送されるため、モードコンバータからの放射角度が異なると窓まで伝送されなくなります。このため、通常ジャイロトロンは一つの周波数しか窓から出力することができません。一方、核融合炉内でのプラズマがマイクロ波を吸収する位置は周波数により変化します。イーターではマイクロ波を入射する入射ミラーの角度を変化させることで、プラズマへの入射位置を制御しますが、核融合原型炉においては、入射する周波数を変化させることで、その吸収位置を制御することが考えられています。そのため、多数の周波数を選択的に生成するジャイロトロンの開発が望まれています。

ジャイロトロンの外観及びジャイロトロンシステムの概要

図1 ジャイロトロンの外観及びジャイロトロンシステムの概要

 

研究の手法

 ジャイロトロンの空胴共振器で発生するマイクロ波は、周波数によって決まる発振モードと呼ばれる、ある複雑な電界分布を持っています。この複雑な電界分布の発振モードはモードコンバータにより単純な電界分布を持つガウシアンビームへと変換されますが、研究の背景にて説明したとおり、周波数が異なる、すなわち発振モードが異なるとモードコンバータからの放射角度が異なるため、単一周波数(=単一発振モード)での設計が基本となっていました。そこで量研では、発振モードが異なっていても同一の方向にマイクロ波を出力することが可能なモードコンバータの開発に取り組んできました。以前は、ある特定の異なる周波数の異なる発振モードを同じ角度に放射するようにモードコンバータの内面形状の最適化に注力していましたが、限界がありました。そこで、マイクロ波はモードコンバータのような筒状の金属管内ではある角度を持って伝搬し、その角度は発振モードによって決まっていることに着眼し、筒状の金属管内での伝搬角度が一致し、かつ発振可能な発振モードを探索した結果、そのような発振モードが存在することを見いだしました。これにより、2つの発振モード、すなわち2つの周波数で出力可能な2周波数ジャイロトロンの開発に成功しました。

 今回さらに、同様な角度で伝搬する3周波数目の発振モードを出力する設計を試みましたが、当初の想定とは異なり、3つ目の周波数が加わることによりその出力角度及びビーム広がりのばらつきを、モードコンバータの内面形状の最適化だけで抑制するのは難しいことが分かりました。そこで、モードコンバータの出力後にビームを整形・伝搬させる役割を持つジャイロトロン内部及び整合器の計6枚の金属ミラーについて注目し、これまで別々に最適化をしてきたモードコンバータと金属ミラーを一括で最適化することを試みました。具体的には、モードコンバータの最適化計算の入力パラメータである、周期的に変わる構造を有する内面形状の最大振幅、マイクロ波の放射方向、どの発振モードのビーム整形をどれくらい優先させるかの3つのパラメータを変化させ、モードコンバータ出口のビーム出力パターンを計算、そのパターンに対して金属ミラーの曲率を最適化、モードコンバータから出力窓までのビームの伝送効率を最大化させた後、導波管に入射されたビームが作る、導波管内部のマイクロ波形状を評価し、その結果を元に再度モードコンバータの最適化計算の入力パラメータを調整する、という反復作業を行いました(図2)。その結果、3つの周波数の3つの発振モードに対して、導波管出口において、同一のパターンの大きさ及び位置を得ることに成功しました。図3に試験結果を示します。図に示すように、170ギガヘルツ、137ギガヘルツ、104ギガヘルツという3つの異なる周波数のマイクロ波ビームがターゲットの全く同じ位置に、ほぼ同じ大きさのビームとなって到達していることがわかります。これにより、どの周波数においても、ジャイロトロン内部及び整合器内部のマイクロ波の損失が減少、すなわち出力されず内部機器を加熱してしまう不要なマイクロ波が減少し、それによる内部機器の加熱が抑制されることが期待され、これまで実現しなかった3周波数での長パルス運転の目処が立ちました。

モードコンバータの最適化手法フローチャート

図2 モードコンバータの最適化手法フローチャート​

 

同一方向に伝搬する3周波数のマイクロ波

図3 同一方向に伝搬する3周波数のマイクロ波​

得られた成果と今後について

 今回新たに設計・製作したジャイロトロン及び整合器で、170ギガヘルツ、137ギガヘルツ、104ギガヘルツの全ての周波数に対して実際に連続動作試験を行いました。その結果、イーターと同じ周波数である170ギガヘルツに加えて137ギガヘルツ、104ギガヘルツの2つの周波数についてもイーターと同じ出力1メガワットで300秒の連続動作時間に到達することができました。この結果は、今回設計したモードコンバータ及び金属ミラーが計算のとおりに動作し、137ギガヘルツ及び104ギガヘルツ運転の内部損失が170ギガヘルツ運転と同等まで下がったことをこの結果は示しています。イーターでは、その運転計画の前半で低磁場運転が予定されていますが、170ギガヘルツのマイクロ波では周波数が高すぎプラズマ生成が難しいことが問題です。今回開発したジャイロトロンであれば、周波数の低い104ギガヘルツのマイクロ波で低磁場運転時のプラズマ生成を行い、定格の強磁場運転では必要となる170ギガヘルツのマイクロ波も出力できることから、核融実験炉における幅広い実験に適用可能となります。そして、将来的にはさらなる多周波数化を必要としている、核融合原型炉用ジャイロトロンの開発を目指します。

 さらに、今回の成果は、世界的に民間企業の核融合炉開発への参画が活性化している状況において、我が国の産業競争力を強化する成果です。

実証した3周波数のマイクロ波

表1 実証した3周波数のマイクロ波

用語説明

​1)核融合実験炉イーター

 我が国は、世界7極35か国の国際協力により、実験炉の建設・運転を通じて核融合エネルギーの科学的・技術的実現可能性を実証するITER(イーター)計画を推進しています。現在、サイトがあるフランスのサン・ポール・レ・デュランスにおいて、運転開始に向けた建屋の建設や機器の組立が進められているとともに、各極において、それぞれが調達を担当する様々なイーター構成機器の製作が進められています。
イーター計画に関するホームページ(日本語) https://www.fusion.qst.go.jp/ITER/
イーター機構のホームページ(英語)https://www.iter.org/ 

ITER鳥瞰図

ITER鳥瞰図

 

2)ジャイロトロン

 磁場に巻き付いた電子の回転運動をエネルギー源として、高出力のマイクロ波を発生させる大型の電子管です。ジャイロトロンの名は、磁場中の回転運動(ジャイロ運動)に由来します。高出力のマイクロ波は、核融合炉内の燃料(水素の同位体ガス)へ入射することにより、プラズマ点火や、効率よく核融合反応が起こる温度への加熱、プラズマ中で発生した乱れの抑制のためなどに用いられます。

 

3)ギガヘルツ

 「ギガ」は109を意味します。「ヘルツ」は周波数の単位で、1秒間の変動数を意味します。電子レンジでは2.45ギガヘルツのマイクロ波が用いられています。

 

4)メガワット

 「メガ」は106を意味します。「ワット」は電力の単位です。家庭用電子レンジでは500ワットのマイクロ波が用いられています。1メガワットのジャイロトロンが放射するマイクロ波の電力は、家庭用電子レンジ2000台分に相当します。

 

5)空胴共振器

 ジャイロトロンの空胴共振器は、導体壁で囲まれた円筒形状をしており、入口側は狭く、出口側は広くなるテーパー状をしています。空胴共振器に入射された電子の回転エネルギーの一部がマイクロ波となり、入口側で全反射、出口側で部分反射されることにより共振現象が生じ、高出力のマイクロ波として放射されます。

 

6)発振モード

 ジャイロトロンの空胴共振器内の、マイクロ波励起時の電場の構造を示しています。今回開発されたジャイロトロンの170ギガヘルツにおける発振モードはTE31,11とよばれ、周方向に31個の電場のピーク、径方向に11個の電場のピークを持つ非常に複雑な形状をしています。

径方向に11個の電場のピークを持つ非常に複雑な形状をしている

 

7)ガウシアンビーム

 強度分布がガウス分布(中心にピークを有する釣り鐘型の分布)をしている電磁波のことをいいます。そのままの形状で空間を広がりながら直進します。波長の短い電磁波がそのままの形状で空間を伝搬できる唯一の形状です。

 

8)モードコンバータ

 モードコンバータは、空胴共振器の出口側にある機器で、モードコンバータの内壁は、伝搬方向と周方向に周期的な起伏構造を有しています。空胴共振器で励起されたマイクロ波は、円筒形状の周方向と径方向に分布を持つ複雑な形態(発振モード、上述)をしているため、モードコンバータにて指向性の良いガウシアンビーム(上述)に変換した後に、金属ミラーを介してジャイロトロンの出力窓までマイクロ波を伝搬させます。

 

9)整合器

 ジャイロトロンの出力窓から放射されたマイクロ波ビームを低エネルギー損失で長距離伝送するためには、円筒状の導波管と呼ばれる伝送路の中央部に傾きなく入射させる必要があります。整合器は、ジャイロトロンと導波管を仲介する機器で、内部にある金属ミラーでビームの形状と傾きを調整して導波管へと導きます。

 

10)トカマク

 円環状にプラズマを閉じ込める磁気閉じ込め型核融合炉の一つであり、現在主流とされている方式です。円環状の真空容器を囲う複数のトロイダル磁場コイルが作る大円周方向の磁力線と、プラズマをトランスの2次コイルと見なして大円周方向に流した電流が作る小円周方向の磁力線により、捻じれた磁力線を形成してプラズマを閉じ込める装置です。

 

11)JT-60SA

 日本と欧州の協力(幅広いアプローチ計画)により、量研の那珂研究所に建設されたトカマク型超伝導核融合実験装置で、核融合実験炉イーターに次ぐ超大型装置です。イーターと同形状のプラズマ運転を行うことでイーターを先行支援したり、原型炉のための高い圧力のプラズマ運転の研究開発を行います。また、核融合炉実現を目指す研究者・技術者の育成も担っています。

 

12)核融合原型炉

 核融合実験炉イーターの次のステップの装置です。イーターにて一部試験される核融合燃料(トリチウム)増殖の本格的導入、イーターでは行われない核融合出力による発電を実証します。