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超高感度蛍光顕微鏡システムによる分子システムの 磁気感受測定方法を開発 -生体磁気感受のミクロ計測に道-

掲載日:2025年1月22日更新
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​1 ポイント

  • 生体内での磁気の影響を調べるために特化した、きわめて高感度の蛍光顕微鏡システムを自作しました。
  • EMCCD カメラによる測定における磁場のモジュレーションに対する信号のデジタルロックイン検出法、SPAD によるフォトンカウンティング測定を組み合わせ、微小領域における磁場効果測定を可能にしました。
  • FCS 実験等から観測視野中の分子数は約23個であり、極めて少ない分子数での磁場効果測定が可能である事が実証されました。
  • これを用いてフラボエンザイムのモデルとなるタンパク質とフラビン分子との結合状態におけるラジカル反応の磁場効果を観測しました。蛍光の異方性の測定も可能で、分子の回転に関する情報も得られます。

2 概要

Sungkyunkwan 大学のルイスアンテル教授(研究当時:埼玉大学特定プロジェクト研究員)、埼玉大学大学院理工学研究科の前田公憲准教授らの研究グループは、生体内における量子論的な効果であると考えられており、量子生命科学や量子生物学の中心的な課題の一つである、生体分子システムにおける光化学反応中間体の磁場効果を高感度で測定可能な蛍光顕微鏡を作製し、タンパク質とバインドしたフラビン分子系の光反応の磁場効果の高感度測定に成功しました。高感度のEMCCD カメラとフォトンカウンティング用のSPAD とを組み合わせることにより、極めて少ない蛍光分子数での測定が可能となりました。

3 研究の背景

渡り鳥の磁気コンパス候補分子として知られるフラビン酵素、クリプトクロムらの磁場効果の測定は、これまで過渡吸収法などの吸収分光法が中心となっていました。しかし吸収分光法はその測定感度の小ささから、in vitro での測定[1]が中心で、極めて少量のサンプルや細胞内での測定は困難でした。一方で10年ほど前から反応中間体ラジカル対から基底状態へ戻る反応に着目し、それを再励起して蛍光を観測する事により、磁場効果を観測する技術が見つかり[2-3]、蛍光による高感度磁場効果測定が可能となりました。本研究はその手法を究極的な分子数レベルまで高感度化すると同時に、異方性やFCS などの手法への展開の可能性を実証しました。

4 研究内容

生体内での磁気の影響を調べるために特化した、きわめて高感度の蛍光顕微鏡システムを構築しました(図参照)。EMCCD カメラによる測定における、信号のデジタルロックイン検出法、さらにSPAD によるフォトンカウンティング測定から、極めて微小なサンプルの微小領域における磁場効果測定が示されたFCS 実験等から観測視野中の分子数は約23個であり、極めて少ない分子数での磁場効果測定が可能である事が実証されました。これを用いてフラボエンザイムのモデルとなるタンパク質とフラビン分子との結合状態におけるラジカル反応の磁場効果を観測しました。少ない量の分子を観測する場合、サンプルの開裂によるフラビンの構造変化にも着目し、フロー速度依存性から明らかにしました。これらの蛍光強度、その磁場効果から蛍光強度に正の磁場効果の存在を明らかにしました。この結果はタンパク質中での極めて少ないリガンドを観測しており、強くバインドした系で一重項ラジカル対の形成を強く示唆します。この事は分子動力学的ドッキングシミュレーションからも支持されます。さらに蛍光の異方性の測定も可能で、分子の回転に関する情報も得られました。

方法論の概要

a)タンパク内で起こるラジカル反応とその反応スキーム。光励起により励起状態から一重項ラジカル対1[F-● D+●]もしくは三重項ラジカル対3[F-● D+●] がつくられる。この2種類のラジカル対の間の行き来において、量子コヒーレント運動が起こる。この運動は非常に小さな磁場の影響を受ける。この事がその後の反応性に影響して、生体内の磁場効果の原因となりうる。さらに分子に対する磁場の方向の影響もうけるため、渡り鳥の磁気コンパスとの関連が期待される。
b) 装置のセットアップ。
c) 少量の分子における蛍光の観測は雑音の中で埋もれていて直接観測は困難。
d) SPAD 検出におけるタンパク質とリガンドとの結合の例。リガンドとタンパク質との光化学反応。ラジカル対においてField on およびoff におけるフォトンカウンティングによる磁場効果測定。
e) EMCCD 検出においては信号をデジタルロックイン検出する事により、磁場のモジュレーションに対する応答のS/N 向上を図ることが出来る。
出典:https://doi.org/10.1038/s41566-024-01593-x(オープンアクセス)

5 今後の展開

本手法の開発により、生体組織におけるフラビン蛍光とその磁場効果を空間分解する事が可能となり、より現実的な生体システム例えば、網膜中のフラビン酵素などの化学反応の磁場効果などにアクセス可能となります。このように天然の組織で測定を行う事により、生体システムの磁気感受等の問題の解決につながります。蛍光の磁場効果のみならず、フォトンコリレータを用いればより高度な分子ダイナミクスや反応ダイナミクス計測とそれらの磁場効果の観測が可能となります。

​6 論文情報

掲載誌:Nature Photonics (2025).
論文名:Introduction of magneto-fluorescence fluctuation microspectroscopy for investigating quantum effects in biology.
著者名:Antill, L. M. *, Kohmura, M., Jimbo, C. & Maeda, K.
DOI:doi.org/10.1038/s41566-024-01593-x
URL:https://doi.org/10.1038/s41566-024-01593-x

7 研究支援

本研究は JST PRESTO (Quantum Bio) JPMJPR19G1 (L.M.A.)と JSPS 科研費 18H01184 (K.M. and L.M.A.) を中心に行われ、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP) JPMXS0120330644 の支援を受けて実施しました。

8 用語解説

ラジカル対:不対電子を持つ分子すなわちラジカルが対となって近距離に存在する状態を表す。 このような状態における2つの電子スピンの相対配向を含めた状態として三重項と一重項とが存在する。この2種類の状態の割合が、極めて小さな外部磁場においても変化する事により、その後の反応性に違いが現れる。これらが分子に対する磁場の向きにも影響を受ける事から、化学的なコンパスとして機能する可能性がある。

レーザー蛍光顕微鏡:レーザー光を光源として、試料の蛍光を観察する顕微鏡。

EMCCD:電子増倍型 CCD カメラ。

SPAD:シングルフォトンアバランシェフォトダイオード、フォトンカウンティング測定が可能なアバランシェフォトダイオード。

蛍光相関分光法(FCS):蛍光によるフォトンの相関から分子系のダイナミクスを観測する分光法。 

​9 参考文献

[1]Maeda, K. et al. Magnetically sensitive light-induced reactions in cryptochrome are consistent with its proposed role as a magnetoreceptor. Proc. Natl Acad. Sci. USA 109, 4774– 4779 (2012).
[2] C A Dodson, C J Wedge, M Murakami, K Maeda, M I Wallace, and P J Hore. Fluorescence- detected magnetic field effects on radical pair reactions from femtolitre volumes. Chem. Commun., 51(38):8023–8026, May 2015.
[3] Joshua P Beardmore, Lewis M Antill, and Jonathan R Woodward. Optical absorption and magnetic field effect based imaging of transient radicals. Angewandte Chemie International Edition, 54:8494–8497,June 2015.

10 問い合わせ先

埼玉大学大学院理工学研究科 担当教員 前田 公憲

埼玉大学ホームページ 研究トピックス