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生体内で強い発光と低毒性を両立する量子ドットを開発 ~未開拓の硫化銀ゲルマニウム半導体(Ag8GeS6)を、ナノサイズ化・組成制御することで、世界初の高輝度量子ドット合成と生体イメージング応用に成功~

掲載日:2025年7月3日更新
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【本研究のポイント】​

・量子ドット注1)は、強く安定な発光を示すナノ発光プローブとして2023年にノーベル化学賞を受賞して注目されたが、ディスプレイや太陽電池などと比較して、生体イメージング用途の開発は遅れていた。

・硫化銀ゲルマニウム半導体(Ag8GeS6)は、天然鉱物(アルジロダイト)としても存在する安定な材料であり、近赤外波長領域の光をよく吸収し、太陽電池材料として注目されている。しかし、これまで室温での発光は全く報告されておらず、発光特性は未開拓な材料である。

・本研究ではAg2Sにゲルマニウム(Ge)を添加してナノサイズ化することで、これまで世界中で誰も実現できていなかった、近赤外領域で強く安定に発光するAg8GeS6多元素量子ドットの開発に世界で初めて成功した。

・Ag8GeS6量子ドットを水溶性化することで、生体イメージング用発光プローブに応用できた。マウスに注射して発光イメージングを行うと、生体内深部の明瞭なイメージング画像が取得できた。

・Ag8GeS6量子ドットは、生体・細胞への毒性が極めて低く、既存の量子ドットに比べて環境・生体への負荷が格段に低いことが特徴であり、今後の産業・臨床応用に向けた「グリーン・ナノマテリアル」として幅広い分野で応用が期待される。

 

【研究背景と内容】​

・研究背景

サイズが10 nm以下にまで小さくなった半導体ナノ粒子は、量子ドットとも言われ、物理化学特性がサイズや組成によって大きく変化し、分子やより大きな結晶とは全く異なる特性を示します。近年の量子技術への期待の高まりに加え、2023年ノーベル化学賞の対象になったことから、注目を集めています。特に、近赤外光領域にエネルギーギャップを有する量子ドットは、発光ダイオード(LED)、太陽電池、近赤外光センサー、光ファイバー通信、生体イメージング、臨床診断など幅広い分野への応用が期待されることから、非常に注目されています 。

 

量子ドットと生体深部イメージング

図1 粒子組成の精密制御と表面被覆によって作製した近赤外発光Ag₈GeS₆量子ドットと生体深部イメージング(模式図)

 

量子ドットは、量子サイズ効果によりエネルギーギャップや発光波長を調整でき、高い発光量子収率を示します。特にバイオイメージングでは、従来の有機色素に比べて優れた光安定性と生体適合性を持ち、生体の窓(700–1800 nm)注2)において発光させることができるために、発光プローブとして有用です。従来から研究されてきたCdTe、CdSe、PbS、HgTeなどのII–VI族やIV–VI族の二元素量子ドットは高い発光量子収率を持ちますが、毒性の高いCd、Pb、Hgを含むためその使用には厳しい制限があります。これを解決するために、現在、低毒性元素からなる多元素半導体を用いて、高性能な量子ドット(多元素量子ドット)を開発する研究が、世界的に活発となっています。しかしながら、バイオイメージング応用に適した低毒性と発光特性をいずれも満足し、良好な生体イメージング画像が得られる量子ドットは、これまで全く開発されていませんでした。

 

・研究内容

低毒性かつ近赤外光領域に応答可能な半導体の1つとして、 I–IV–VI 族半導体量子ドットがあります。特に、Ag₈GeS₆半導体は、バルク材料のバンドギャップエネルギーが1.48 eVであり、これまで太陽電池の光吸収層への応用が研究されてきました。しかし、Ag₈GeS₆の室温での発光特性は、全く報告されていませんでした。

そこで、本研究チームでは、ナノサイズ化するとAg₈GeS₆が結晶構造を維持したままGeを過剰に取り込んだナノ結晶となることを発見し、最適なGe含有率を見出すことで、近赤外光波長領域で強く発光するAg8GeS6量子ドットを作製することに世界で初めて成功しました(図1)。​

化学量論組成のAg₈GeS₆では、全金属イオンに対するGe4+の割合(Ge/(Ag+Ge))は0.11ですが、量子ドットとすることでGe含有量を約0.2にまで増加させることができ、化学量論組成から大きくずれた値となります。これらのAg8GeS6量子ドットは、波長約900 nmに近赤外発光ピークを示し、その発光強度は、量子ドット中のGe含有量が多くなるほど増加しました。さらに量子ドット表面を硫化亜鉛(ZnS)で被覆し、コア・シェル構造量子ドット(Ag8GeS6@ZnS)とすることで、発光量子収率を 40%に増大させることに成功しました(図2)

量子ドットの発光スペクトル

図2 非化学量論組成をもつGeリッチAg8GeS6量子ドットとZnS被覆したAg8GeS6@ZnS量子ドットの発光スペクトル。

 

Ag8GeS6@ZnS量子ドットは、生体イメージング用発光プローブとして用いることができます。粒子表面をメルカプトプロピオン酸(MPA)で化学修飾することで親水性置換基を導入し、量子ドットを水溶化しました。これをマウスに静脈注射して近赤外発光イメージングを行いました。注入直後にはマウスの体内では量子ドットは循環しますが、4時間後には体の一部(肺、肝臓、腎臓)に集まります。図3は、量子ドットの発光像とX線CT像を重ね合わせたものですが、皮下15 mmまでの生体内深部から、明瞭な量子ドットの発光が観察されていることが分かりました。

低毒性元素で構成されるAg8GeS6量子ドットは、細胞毒性および生体への毒性が非常に低いため、既存の量子ドットに比べて生体および環境への負荷を格段に低減することができ、今後の臨床応用に向けての「グリーン・ナノマテリアル」として期待されます。

マウスのレントゲン写真

図3 Ag8GeS6量子ドットによる生体マウスの生態深部発光イメージング(X線CT画像と発光像をマージ)。

 

【成果の意義】

生体窓の波長領域(700~1800 nm近赤外光波長領域)で強く安定に発光し、低毒性元素から構成される量子ドットは、従来技術では作製できませんでした。本技術は、近赤外光を吸収できるAg8GeS6量子ドットの組成を精密に制御し、さらに粒子表面処理することによって、発光強度の課題を解決し、“高発光性の低毒性量子ドット”を実現したものです。非常に強く発光するために、Ag8GeS6量子ドットが生体深部バイオイメージング用発光プローブとして利用できることを実証しました。

本技術で作製したAg8GeS6量子ドットは、近赤外光領域に光吸収と発光を示すことから、バイオイメージング以外にも、近赤外発光ダイオード(LED)、太陽電池、近赤外光センサーなど、幅広い分野への応用が期待されます。また、将来の近赤外光機能デバイス作製のための新しい基盤マテリアルになることも期待されます。

本研究は、研究開発とSociety 5.0との橋渡しプログラム・BRIDGE(内閣府)「多元素活用を基盤とした生体イメージング技術革新」(代表者 名古屋大学 清中茂樹)、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)(課題番号JPMXS0120330644)(代表者 量子科学技術研究開発機構(QST) 馬場嘉信)、及び、文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ事業(ARIM)次世代バイオマテリアル拠点 名古屋大学(代表者 名古屋大学 馬場嘉信)の支援の下に行われました。

 

【用語説明】

注1)半導体ナノ粒子(量子ドット):

量子サイズ効果を示す半導体ナノ粒子のこと。10 nm以下の半導体粒子では、粒子中の電子および正孔がナノ子空間に強く閉じ込められるためにエネルギーが増加するという量子サイズ効果が発現し、バンドギャップなどの物理化学特性が粒子サイズに依存して変化する。これらの半導体ナノ粒子は強く発光するために、LEDやディスプレイなどの発光デバイスへの応用が試みられている。また粒子サイズによって電子エネルギー構造が変化するために、次世代太陽電池の光吸収層としての開発が進められている。現在は、CdS、CdSe、PbSなどの二元素量子ドットを用いる研究が盛んであるが、高毒性元素を含むために、広範囲な応用が望めない。これに対して、毒性元素を含まない三元素以上からなる多元素量子ドットの開発が進められており、サイズの単分散化と組成の均質化によって特性の高性能化が達成できれば、非常に広範囲なデバイス応用が期待されている。

注2)生体の窓:

医学や生体工学の分野で主に使用される用語で、光が生体組織を比較的透過しやすい波長領域を意味する。特に、近赤外光(NIR: Near Infrared)の波長帯がこれに該当する。生体組織には、光を吸収・散乱する物質(例:水、ヘモグロビンなど)が多く存在するが、以下の波長帯ではそれらの吸収・散乱が比較的少なく、光が深部まで届きやすくなることから、「生体の窓」と表現される。

生体の窓

波長範囲

特徴

第1の窓

(NIR-I)

約700〜900 nm

最も広く利用される波長領域である。網膜などの断層画像を取得するOCT(光干渉断層画像)、酸素飽和度測定(パルオキシメータ)などに利用されている。

第2の窓

(NIR-II)

約1000〜1350 nm

より深部まで光が届き、散乱が少ない。生体イメージング用のプローブ開発に加え、計測機器の開発が課題である。

第3の窓

(NIR-III)

約1550〜1800 nm

深部観察が可能だが、第2の窓と同様に技術的課題が多い。

 

【論文情報】

雑誌名: Small, 2411142 (2025)

論文タイトル:Enhancing Near-Infrared Photoluminescence of Ag8GeS6 Quantum Dots Through Compositional Fine-Tuning and ZnS Coating for In Vivo Bioimaging

著者:Nurmanita Rismaningsih, Junya Kubo, Masayuki Soto, Kazutaka Akiyoshi, Tatsuya Kameyama, Takahisa Yamamoto, Hiroshi Yukawa*, Yoshinobu Baba, and Tsukasa Torimoto*

DOI: 10.1002/smll.202411142

URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/smll.202411142

* : 責任著者

 

【研究者連絡先】

名古屋大学大学院工学研究科/名古屋大学未来社会創造機構

教授 鳥本 司(とりもと つかさ)

TEL:052-789-4614

E-mail:torimoto@chembio.nagoya-u.ac.jp

 

量子科学技術研究開発機構(QST) 量子生命科学研究所 プロジェクトディレクター(PD) /

名古屋大学未来社会創造機構 特任教授

湯川 博(ゆかわ ひろし)

TEL:043-206-3446

E-mail:yukwa.hiroshi@qst.go.jp

 

【報道連絡先】

名古屋大学総務部広報課

TEL:052-558-9735   FAX:052-788-6272

E-mail:nu_research@t.mail.nagoya-u.ac.jp

国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構(QST) 国際・広報部 国際・広報課

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E-mail:info@qst.go.jp