QSTの強みは、放射線・量子ビームと物質や生命との相互作用における物理・化学・生物過程に関する理解や研究開発において世界のトップクラスに位置していることです。この強みを生かして最先端の研究開発を進めています。
1.地上に太陽を
核融合エネルギーは、燃料が無尽蔵にあり、高レベル放射性廃棄物が発生せず、安全性が高いことから、人類にとって究極のエネルギー源です。「QST未来戦略2016」に掲げたとおり、QSTは世界的なプロジェクトである「イーター(ITER)計画」や欧州との「幅広いアプローチ(BA)活動」を推進し、核融合実験炉イーターの主要機器の製作から、イーター完成までは世界最大の超伝導トカマク装置であるJT-60SAの建設・運転、原型炉設計の検討、材料開発のための中性子源開発まで総合的に取り組んでいます。
イーターの主要機器の開発と製作
核融合エネルギーを実証するイーター計画は、日本、欧州、米国、ロシア、韓国、中国、インドの7極が参加する超巨大国際プロジェクトです。各極が製作した機器を建設地の南フランスに輸送して、計画の実施主体であるイーター機構が組み立てます。QSTはこの計画の国内機関として、イーター機構と連携し、日本が担当する機器の開発や製作を進めてきました。日本が担当するのは、プラズマを閉じ込める磁場を作る中心ソレノイドやトロイダル磁場(TF)コイル、加熱装置、遠隔保守機器などの中枢機器です。QSTは2017年に中心ソレノイド用超伝導導体の製作を完了し、その後の組み立てを担当する米国に引き渡しました。TFコイルは2020年1月の初号機完成を皮切りに、2021年6月までに計5機を製作。極低温用特殊ステンレス製の大型で、かつ約15cmと肉厚な構造物の溶接技術を確立し、高さ16.5m、幅9m、総重量310tの巨大機器に対して誤差1万分の1(10-4)以下の高精度を実現するなど、日本の技術力の高さを世界に示しました。また、マイクロ波を用いる高周波加熱装置、ジャイロトロン実機の製作を2017年に開始し、2021年4月に全8機の製作を完了しました。ジャイロトロンはTFコイルなどとともに、イーターの運転開始に必須の機器です。2025年に運転開始を予定しているイーター計画において、QSTは大きな役割を担っています。
完成したトロイダル磁場コイル ©ITER Organization
JT-60SAの完成
BA活動の一環として、欧州と共同で那珂核融合研究所(那珂研)のJT-60をJT-60SAへと改造してきました。プロジェクトは日本原子力研究開発機構(JAEA)時代の2007年6月に始まり、2020年3月に完成。JT-60が運転を停止した2008年以来12年ぶりに、日本国内で唯一のトカマク装置が始動しました。
JT-60SAの建設では日欧が機器製作を分担し、欧州が製作した高さ7.5m幅4.6m、総重量20tのTFコイルなどを那珂研に輸送しました。JT-60SAは高さ16m、幅20m、総重量約2600tという大型の装置であるとともに、精密な装置でもあります。組み立て作業にはミリ単位の精度が求められました。レーザー三次元測定機による位置合わせや、溶接時の金属粉飛散や酸化を防止するガス流の活用など、新たな技術的な工夫を考案して課題を克服しました。
ここで得られた組み立ての技術やノウハウは、イーターにも活用される重要な知見です。JT-60SAでは、核融合発電の実現に向けて、イーターやその後に建設予定の原型炉につながるプラズマ制御技術などの研究を行うとともに、将来の核融合研究を担う人材の育成も進めています。
運転を開始したJT-60SA
核融合発電の実現に向けた
原型炉の基本概念の決定
イーターの次のステップとして、今世紀中ごろの発電実証を目指して原型炉の設計に取り組んでいます。日本はBA活動の一環として欧州と合同で共通設計課題を検討するとともに、原型炉研究開発の司令塔として六ヶ所核融合研究所(六ヶ所研)に設置された産学連携の「原型炉設計合同特別チーム」が、産業界の発電プラント技術や運転経験なども活用してオールジャパンで原型炉の概念設計を行っています。原型炉で高い電気出力を達成するためには、イーター以上の技術的性能が求められます。
QSTを中心とする特別チームは、4.208ペタフロップスの演算速度を有するスーパーコンピューターを駆使した炉内の除熱性能のシミュレーションや作業動線を考慮した設備配置による遠隔保守の効率化など、産学の専門知識やノウハウを生かしてさまざまな技術的な工夫を行い、2019年に原型炉の基本概念を明確にしました。この基本概念は、今世紀中ごろに約64万kWの電気を出力する日本独自の原型炉の建設が可能であることを示し、核融合発電実現への道筋を確かなものとしています。QSTは2025年ごろまでの日本の原型炉概念設計の完了を目指すとともに、経済性を向上した運転計画の策定や中性子源を用いた核融合材料の開発など、核融合発電の実現に向けた原型炉の技術基盤の構築を進めていきます。
原型炉プラントの概念図
IFMIF原型加速器の開発
核融合発電炉の炉内機器は、核融合反応によって発生する高エネルギーの中性子にさらされます。核融合発電の実用化には、この環境に耐えられる材料の研究開発が不可欠です。そのために考えられたのが、加速器を使った中性子源の開発です。BA活動の一環で日欧が協力して国際核融合材料照射施設(IFMIF)の工学実証のための技術開発を進めており、六ヶ所研ではこのための原型加速器を開発しています。IFMIF原型加速器の大パワー重陽子ビーム加速を実現するため、世界初の8系統の四重極線形加速器(RFQ)の開発を進め、2018年に8系統のRFQによる世界初で世界最長(9.8m)となるビーム加速に成功しました。
また、世界最大電流の重水素イオンを生成する入射器や、RFQに世界最大のパワーを注入する高周波加速器システムを新たに開発しました。そして2019年に世界最高強度の重陽子ビーム加速(125mA、エネルギー500万eV)に成功し、日欧で取り組むIFMIF開発の重要なマイルストーンを達成しました。QSTはIFMIF原型加速器の開発を着実に進めることで、核融合発電の実用化に必要な核融合材料の開発に貢献していきます。
IFMIF原型加速器の四重極線形加速器(RFQ)
核融合研究開発からのスピンオフ
核融合炉の燃料製造に必要なリチウムの安定確保のため、イオン伝導体をリチウム分離膜として利用するイオン伝導体リチウム分離法(LiSMIC)を開発し、海水からリチウムを回収する革新的な基盤技術を確立しました。この技術は需要がさらに増加すると考えられるリチウムイオン電池のリサイクルにも適用できるため、環境に優しいリチウム循環型社会の実現につながります。
また、核融合炉の燃料の一つであるトリチウムの効率的な生産に必要なベリリウムの精製技術も開発しています。世界で初めて確立した革新的な精製技術はマイクロ波加熱と化学処理を複合した低温処理と湿式工程を主とし、経済性と安全性を飛躍的に向上する一方で、二酸化炭素の排出を抑制できます。
この技術は他の鉱石や多金属団塊などの精製技術にも適用可能で、省エネ化を実現する技術として、金属製造産業での幅広い活用を進めていきます。