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量子科学技術研究開発機構 設立5周年誌 「QST5年間の成果」

掲載日:2021年9月27日更新
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05QSTの強みで拓く量子科学技術のフロンティア

QSTの強みは、放射線・量子ビームと物質や生命との相互作用における物理・化学・生物過程に関する理解や研究開発において世界のトップクラスに位置していることです。この強みを生かして最先端の研究開発を進めています。

2.革新材料の開発


 量子ビームの利用により初めて解決できる本質的課題に集中的に取り組み、量子ビームナノ加工・解析技術や計算科学的手法等を活用した「量子材料・物質科学」を推進する―――。「QST未来戦略2016」で定めた道筋に従い、量子ビームを利用した革新的材料開発を進めることで、社会的・学術的課題解決を推進しています。代表的な取り組みとして、超スマート社会の実現に不可欠な電力消費が極めて少ないデバイス材料開発のために、従来の電流による制御ではなく、電子のスピンという磁気的性質および光とスピンとの相互作用を利用する「スピンフォトニクス」という新技術の確立に取り組んでいます。また、量子ビームを用いたグラフト重合、橋かけ技術などの高度化により、生体適合性材料の形状加工に留まらず、 硬さや機能までをも自在に制御することで、革新的なバイオデバイスの創製にも取り組んでいます。

情報処理の高速化・省エネ化の切り札となる
スピンフォトニクス材料開発

 量子ビームナノ加工技術の代表的な研究開発がスピンフォトニクスであり、その中核が、スピントロニクスデバイス材料の開発です。従来のエレクトロニクスでは電子の「ある」「なし」を情報処理に用いますが、スピントロニクスは電子のスピンの「上向き」「下向き」もデジタル情報として扱えるようにすることで、飛躍的に高い処理速度を持ち、かつ、エネルギー消費が少ないデバイスを実現できます。

グラフェン中を伝搬するスピン流のイメージ

 QSTはスピントロニクスデバイス用の新しい積層材料として、磁性体の中でスピンの向きをそろえる性質に最も優れるホイスラー合金と、非磁性体の中でスピンの向きを保つ性質に最も優れるグラフェンからなる材料の開発に、世界で初めて成功しました。この新しい積層材料を使って電子スピンを自在に操作できるようになれば、身の回りの膨大な情報をデータとして瞬時に記録、処理して活用することが可能になり、私たちがこれまでに経験したことがない超高速情報通信の世界の扉を開くことができます。

四つ葉のクローバ(約500μm四方)のような模様がグラフェンで成膜した試験素子であり、その電気的特性を4本のプローブにより計測します。​

量子コンピューター・量子通信のための
多量子ビット形成技術

 スピンフォトニクスのもう一つの柱が、光とスピンの情報交換を実現する技術です。その技術を応用して進めているのが量子ビットの研究開発です。量子ビットは量子コンピューターや量子通信などにも用いられ、多量子ビット化技術が重要となります。

 代表的な量子ビットが、ダイヤモンド中の窒素不純物とその隣にできた空孔で形成されるNVセンターです。QSTは窒素イオンビーム注入による作製技術の研究開発を行ってきました。二つのNVセンターによる2量子ビット形成から10年弱の間、NVセンターのみによる3量子ビット化への進展はありませんでした。このため、新しい多量子ビットの形成技術が求められていました。

 これまでのNVセンター作製では窒素原子や窒素分子をイオン注入していましたが、窒素だけにこだわらず、窒素を含む有機化合物イオンに着目し、これをダイヤモンドに打ち込むことで3量子ビット形成を実現しました。この技術はさらなる多量子ビット化の可能性を秘めています。今後、室温で使える超並列計算が可能な量子コンピューターや量子通信の実現に貢献していきます。

有機化合物イオンをダイヤモンドに打ち込む模式図​

多量子ビット形成の模式図​

創薬や医療診断の高度化に向けた
バイオデバイス創製

 量子ビームによる材料の微細加工や橋かけ技術の高度化により、先端医療やバイオ研究に欠かせないバイオデバイスを創出するため、体内環境を模した細胞培養基材の開発や、従来は一枚型だったマイクロ流路チップを多層化する技術の開発研究に取り組んでいます。

 QSTは量子ビームを駆使して、体内環境を模したり、医療材料として人の体の中に入れたりすることを念頭に置き、有害物が発生する薬品などの使用を避け、安全・安心を確保した上で素材に新しい機能を付加する技術を開発しています。

 その一つが、体内における細胞の周囲環境を模擬したタンパク質ハイドロゲル培養基材の開発です。通常、生体から取り出した細胞はプラスチックなど硬い材料の上で育てますが、細胞本来の姿や能力を維持したまま細胞を育てるためには、体の中の柔らかい環境を再現できるような材料が必要です。量子ビーム橋かけでタンパク質から作ったハイドロゲルは、その成分・柔らかさともに体内環境に非常に近いのものです。今後も、ハイドロゲル培養基材の優位性の実証を進め、再生医療や創薬など幅広い分野で役立つよう、研究に励んでいきます。

 また、マイクロ流路チップは、髪の毛よりも細い幅の流路や容器を手のひらサイズのシリコーン基板の中に組み込んだデバイスで、血液検査や細胞の分離などに使われ始めています。しかし、チップ1枚に搭載できる分析機能や投入できる液量が限られているため、チップを複数貼り合わせて積層することで性能を向上させる技術の開発が切望されています。ところが、シリコーンは化学的に安定で、従来の方法ではチップ同士を接着させることが困難です。また、接着時に重ね合わせる位置がずれると、流路がつながらずチップとして機能しなくなってしまいます。そこで、QSTではこの課題解決に取り組み、チップ同士の位置を正確に合わせて積み上げた後に量子ビーム照射の1工程で複数のマイクロ流路チップや関連パーツをすべて同時に貼り合わせる一括積層技術を新たに開発し、多層マイクロ流路チップの実現にめどをつけることができました。引き続き、実用化に向け、生産レベルに適用できるよう、技術を確実なものに発展させていきます。

複数枚同時に積層化されたシリコーン製流路チップ​

 

 

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