現在地
Home > 刊行物/データベース > 量子科学技術研究開発機構 設立5周年誌 「QST5年間の成果」

刊行物/データベース

量子科学技術研究開発機構 設立5周年誌 「QST5年間の成果」

掲載日:2021年9月27日更新
印刷用ページを表示

05QSTの強みで拓く量子科学技術のフロンティア

QSTの強みは、放射線・量子ビームと物質や生命との相互作用における物理・化学・生物過程に関する理解や研究開発において世界のトップクラスに位置していることです。この強みを生かして最先端の研究開発を進めています。

5.健康長寿社会の実現


 「QST未来戦略2016」は、「がん死ゼロ」と認知症やうつ病などの精神・神経疾患の早期発見と予防・治療を究極の目標と位置付けています。QSTは「がん死ゼロ」に向けて、腫瘍塊を死滅させる重粒子線がん治療、治療し切れなかった少数のがん細胞や転移がん細胞に対する標的アイソトープ療法と、がん免疫の増強療法などを研究開発しています。

 精神・神経疾患については、量子イメージング技術による診断・治療の研究開発を進めています。今後は、標的アイソトープ療法と量子イメージングを統合して治療と診断を同時に行うセラノスティクス(TherapyとDiagnosticsを組み合わせた造語:Theranostics)を構築し、健康長寿社会の実現を目指します。

重粒子線治療の国民医療への定着と
さらなる高度化を目指して

 QSTの発足時点で、重粒子線がん治療はすでに20年を超える経験と実績を持っていました。がん医療における位置付けをより確固としたものにするため、保険適用の実現に重点的に取り組むとともに、より高度な治療の実現を目指して研究開発を進めてきました。国内の重粒子線多施設共同臨床研究グループ(J-CROS)を主導し、臨床的エビデンスの創出と発信に努めた結果、2016年に骨軟部腫瘍が初めて保険適用となり、2018年に頭頸部腫瘍と前立腺がんも加わりました。これまでの治療患者数は、これら3疾患が全体の半数近くを占めています。

QST病院

 2019年4月には、組織改革「QST ver.2」の柱の一つとして、放射線医学総合研究所に設置されていた病院を量子医学・医療部門(当時)の直轄組織として病院経営を強化し「QST 病院」と改称しました。罹患率の高いがんの多くはまだ保険ではなく先進医療の対象です。3疾患以外も早期に保険適用となるよう日本放射線腫瘍学会との協力活動をさらに活性化し、成果の発信に努めています。

 一方、治療の高度化に向け、2017年から回転ガントリーによる治療を開始し、これにより強度変調重粒子線照射をはじめとするより優れた線量分布での治療が可能になりました。今後は、マルチイオン照射の実現や免疫療法など異なる治療法と組み合わせる集学的治療戦略により「がん死ゼロ健康長寿社会」の実現を目指します。

重粒子線回転ガントリー治療室​

標的アイソトープ治療の国産化、
さらなる普及を目指して

 戦後すぐからの長い歴史を持つ日本の標的アイソトープ治療(TRT)は、これまですべて輸入に頼るβ線核種製剤によるもので、放射線管理区域となるRI治療病室の不足に悩まされてきました。世界初のα線TRT製剤、塩化ラジウム223Raが国内導入された2016年に発足したQSTは、TRTのさらなる普及、TRT製剤の国産化、RI治療病室が不要なα線TRT製剤の開発を目指して研究を進めてきました。

 国内初の国産TRT製剤として64Cu-ATSMの開発を進め、2018年には治験用製剤を製造・供給し、国立がん研究センターでの臨床治験を開始しました。治療薬として64Cu-ATSMの品質を保証するため、化学や生物学などの専門家、薬剤の品質保証を担当する部署が製剤化プロジェクト「STAR-64」を立ち上げてONE TEAMとして活動しています。現在、脳腫瘍に対する治験を進めています。注目の新規α線核種225Acの製造競争が世界的に加速する中、2018年に225Acの加速器製造に国内で初めて成功し、225Ac標識TRT製剤の国内初の臨床利用も準備中です。さらに、α線TRT製剤「アスタチン-211(211At)AITM」による悪性黒色腫の顕著な抑制に成功するとともに、「211At-MABG」のヒト初回投与試験(FIH試験)も間近となりました。今後もTRTの普及を進め、重粒子線治療との併用で「切らずに治すがん治療」「がん死ゼロ健康長寿社会」を実現できるよう、研究開発を推進します。

健康長寿の実現に向け、
認知症等の精神・神経疾患の克服に挑む

 QSTでは、PET (陽電子放出断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像診断)をはじめとする量子イメージング技術を用いて、認知症などの精神・神経疾患の脳病態を明らかにし、診断・治療法の開発につなげる研究に取り組んでいます。

 認知症では、異常なタウタンパク質が脳内に蓄積します。このタウを高精度に可視化するPET検査薬(18F-PM-PBB3)を開発し、アルツハイマー病や前頭側頭葉変性症など様々な認知症を症例ごとに鑑別することを初めて可能にしました。

 また、認知症の早期発見を目指して、血液と画像の相互参照によるバイオマーカー開発の拠点を立ち上げました。この拠点が国内に多数存在する臨床施設や、PET施設と緊密に連携することにより、血液検体や画像データをいち早く収集していきます。多施設連携体制をMulticenter Alliance for Brain Biomarkers(MABB:マブ)と名付け、今後の認知症超早期診断法の確立や治療薬の臨床試験で日本の基幹ネットワークになることを目指しています。

 一方、疾患で障害を受けた脳の神経回路を正常化するための「DREADD(ドレッド)」技術の開発も行っており、サルの作業記憶回路を任意のタイミングで操作することに成功しました。この技術を用いて、症状の出現に関わる多様な神経経路の役割を解明し修復する研究を進めています。

 タウPET検査は認知症の診断薬として臨床試験を進めるとともに、タウ病態を標的とする抗認知症薬剤・補助食品の開発にも活用され、一部は製品化に至りました。DREADDも、モデル動物における多様な神経回路の役割解明のみならず、脳疾患の治療を見据えた回路修復へと活用を広げています。脳の可視化と操作による研究開発を、健康長寿社会の実現へ向けて大きく前進させます。

 

 

 

section front
量子科学技術研究開発機構 設立5周年誌 メーンページ​に戻る

 

Achievement of 5 years

Adobe Reader

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe社が提供するAdobe Readerが必要です。
Adobe Readerをお持ちでない方は、バナーのリンク先からダウンロードしてください。(無料)
Adobe Reader provided by Adobe is required to view PDF format files.