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未来のクルマ 第3回 燃料電池、低コスト・高出力

掲載日:2022年6月30日更新
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量子科学技術でつくる未来 未来のクルマ
第3回 燃料電池、低コスト・高出力

「アニオン型」電解質膜を開発

 燃料電池自動車では、燃料の水素を空気中の酸素と反応させて発電する燃料電池が用いられ、その核となる材料が燃料電池膜(電解質膜)だ。現在流通している燃料電池は、「プロトン型」と呼ばれ、水素イオンであるプロトンが電解質膜を通って電極間を移動することによって発電する。しかし、電極触媒の白金が高コストであり、小型化のための高出力化も課題となっている。

 これらの課題を根本的に解決するものと期待されているのが、水酸化物イオンが電解質膜を通って発電する「アニオン型」燃料電池だ。「アニオン型」は電極触媒に廉価な鉄を使用でき、かつ高出力も得やすいが、実現には、高温アルカリ性雰囲気の動作環境でも分解しない電解質膜の開発を必要としている。

 量子科学技術研究開発機構(QST)では、量子ビームの一つのガンマ線を使って、機械的強度と耐薬品性に優れる高分子膜材料にイオン伝導性を持つ有機分子を結合させ、耐久性に関わるアルカリ耐性と、出力に関わる水酸化物イオン伝導性とを両立させる、新しい電解質膜を開発した。

 ガンマ線を使って高分子材料と有機分子とを結合させる技術は放射線グラフト重合(グラフト=接ぎ木)と呼ばれる。この技術では、既存材料に1ステップの処理で新たな機能を付加でき、さまざまな化学構造をあらかじめ膜状に成形した高分子材料に導入できる。

 この技術を使って、フッ素を含む高分子膜に、プラスの電荷が分散した構造を付加した「イミダゾリウム塩構造」が「アニオン型」電解質膜の性能向上に有効であることを見いだした。市販の電解質膜は通常「アルキルアンモニウム塩構造」をとり、連続運転下では24時間程度で破断する。私たちはその原因が膜の過度な膨潤によることを突き止め、イオン伝導性を維持したまま、膨潤を抑えられる構造を探索した結果、この新しい化学構造にたどり着いた。

 新開発の電解質膜では、実証試験への移行に十分な600時間以上のアルカリ耐性を実現し、イオン伝導性もプロトン型の実用電解質膜の約1・6倍に達した。燃料電池システムとしてもプロトン型と同等の出力が既に得られている。

 今後、電解質膜と電極触媒の接合を改善することにより更なる高出力化を図り、アニオン型燃料電池の市場投入を目指す。(木曜日に掲載)

アニオン型燃料電池模式図

執筆者略歴

第51回著者

量子科学技術研究開発機構(QST)
量子ビーム科学部門 高崎量子応用研究所
プロジェクト「高分子機能材料研究」主幹研究員

吉村 公男(よしむら・きみお)

専門分野は構造有機化学と高分子化学。ガンマ線、イオンビーム、中性子線、放射光X線などを用いて、高分子電解質膜の構造と機能の相関の解明に関する研究に従事。博士(工学)。

本記事は、日刊工業新聞 2022年6月30日号に掲載されました。

■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(51)未来のクルマ 燃料電池、低コスト・高出力(2022/6/30 科学技術・大学)