量子科学技術でつくる未来 超省エネスマホ
第6回 イオン注入、NVセンター精密配列
宝石の王様ダイヤモンドが超高感度センサーになり、そのセンサーの心臓となるのが窒素―空孔(NV)センターであることを以前紹介した。高感度で性能の良い量子センサーを作るにはNVセンターを精密に並べて作る技術がそのカギを握る。
量子科学技術研究開発機構(QST)では、イオン注入技術を進化させ、NVセンターを20ナノメートル(ナノは10億分の1)の間隔できれいに並べることを狙っている。その実現には、直径10ナノメートル程度の軌道の中で窒素イオンを飛ばして、窒素イオンを1個ずつダイヤモンドの狙った位置に打ち込み、NVセンターを1個ずつ作る究極のイオン注入技術の確立が必要になる。
そのカギを握るのが「イオントラップ」と「レーザー冷却」という挑戦的な二つの技術だ。イオントラップ技術は、これまでに、イオンを閉じ込めることができるところまで開発が進んでいる。問題は、もう一つのレーザー冷却だ。この技術は、イオントラップで閉じ込めた窒素イオンにレーザー光を当て、窒素イオンがほぼ静止した状態をつくる。窒素イオンをレーザー冷却するには、波長124ナノメートルの真空紫外レーザーが必要だが、産業への普及を考えると、高額の導入資金を要することがその妨げとなりそうだ。
そこで、導入のハードルが低い光源技術を用いたレーザー冷却法を選択することにした。共同冷却と呼ばれる技術だ。共同冷却では、カルシウムイオンが既存の半導体レーザーで冷却できることを利用する。窒素イオンとカルシウムイオンを同時にイオントラップに閉じ込め、カルシウムイオンをレーザー冷却することで、カルシウムイオンとクーロン相互作用する窒素イオンも冷却されるという寸法だ。現在、窒素イオンの冷却の実現を目指し、カルシウムイオンとの共同冷却の技術開発を進めている。
このナノメートルの精度で制御できるイオン注入技術は、高感度量子センサーの開発だけでなく、さまざまに応用が可能な基盤技術となり得る。量子センシングを活用した省エネ・小型デバイス開発、すなわち超省エネスマホの実現にもつながると期待している。これだけではない。量子通信に必要な量子中継器やさらには量子コンピューターの開発にもつながる、正に究極の技術なのだ。(木曜日に掲載)
執筆者略歴
量子科学技術研究開発機構(QST)
量子ビーム科学部門 高崎量子応用研究所
先端機能材料研究部 プロジェクトリーダー
鳴海 一雅(なるみ・かずまさ)
イオンビームと固体との相互作用、イオンビームを用いた材料改質・分析に関する研究に従事。現在、レーザー冷却技術とイオントラップ技術を用いた超精密イオン注入技術の開発を主導。博士(工学)。
本記事は、日刊工業新聞 2021年12月9日号に掲載されました。
■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(27)超省エネスマホ イオン注入、NVセンター精密配列(2021/12/9 科学技術・大学)