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プレスリリース

イータープラズマ加熱用100万ボルト加速器で高電流密度ビームの60秒間連続生成に世界で初めて成功―核融合燃焼プラズマの長時間維持に向けた大きな前進―

掲載日:2016年10月12日更新
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発表のポイント

  • 国際熱核融合実験炉イーターのプラズマ加熱に用いる中性粒子入射装置100万ボルト負イオン加速器の実現に向け、3次元ビーム軌道シミュレーションを高精度化し、これに基づきビームの曲がりを修正するとともに電子の発生を抑制する技術を開発。
  • その結果、ビーム連続生成の長時間化を阻害していた電極への熱負荷を従来の3分の1まで低減でき、イーターと同等の加速電圧97万ボルト、電流密度190 アンペア毎平米の高電流密度ビームを60秒間連続で生成することに世界で初めて成功し、0.4秒に留まっていた従来の生成時間を大幅に伸長した。
  • 極の温度はビーム生成開始後20秒でほぼ一定となるため、イーターの目標値である3,600秒の実現に向けて、更なる連続生成時間の伸長が期待できる。

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫、以下「量研」という。)は、現在、南フランスに建設中の国際熱核融合実験炉イーター1)のプラズマを数億度まで加熱するとともに高温状態を長時間維持する中性粒子入射装置2)(以下「NBI」という。)用100万ボルト負イオン加速器の実現に向けて、負イオンビームを長時間連続生成する技術を確立しました。その結果、イーターと同等のエネルギー・電流密度を持つ水素負イオンビームを、60秒間に渡り安定に連続生成することに世界で初めて成功し、核融合燃焼プラズマの長時間維持に向けて大きく前進しました。
イーターNBI用負イオン加速器は、大電流化を図るため多数のビーム通過用孔を設けた加速電極を5段に積んだ多孔5段静電加速器です。その要求値は、従来のNBIと比べて、エネルギー2倍の100万電子ボルト、電流密度は1.5倍の200A/m2、ビーム時間は100倍以上となる連続3,600秒(1時間)にもなります。量研では、この実現に向けて、イーターと同様の多孔5段原型加速器を開発してきました。この加速器は100万ボルトの高電圧で加速する間にビームが飛ぶ距離が長く、電流密度が高く、かつ負イオンと共に電子が加速されるのを抑制するために加速器内に永久磁石を用いているのが特徴です。このため、各孔を通して加速されるビーム同士の反発や電子抑制用磁場の影響によりビームの軌道がほんの少し曲がるだけでビームが電極に直接衝突して電極を溶融するために、ビーム生成時間は0.4秒にとどまっていました。この際の電極への熱負荷はビームパワーの30%以上にもなり、連続ビーム生成を実現するためにはこれを15%以下に低減する必要がありました。
そこで、負イオンが加速器内のガスや電極と衝突して発生する電子・原子などの2次粒子の発生も考慮して3次元ビーム軌道解析の高精度化を図り、電極熱負荷の原因を詳細に調べました。その結果、負イオンビームが電極に衝突して発生する電子が加速され、電極に衝突して与える熱負荷が無視できないほど大きいことが分かりました。そこで、ビームの曲がりを補正してビーム軌道を高精度で直進させる電極、並びに負イオンが衝突しないように電極孔側面に傾斜角を付け、負イオンが衝突しても発生した2次電子を捕捉するトラップを有する電極を考案し、電子加速を抑制した結果、電極への熱負荷を従来の1/3以下まで低減させることができました。その結果、イーターと同等のエネルギー97万電子ボルト、電流密度190 A/m2の高電流密度ビームを60秒間連続で生成することに世界で初めて成功しました。この運転時間は試験設備に制限されたもので、電極の温度は運転開始後20秒程度でほぼ一定となっているため、更なる連続生成時間の伸長が期待できます。
なお、今回の成果は、医療・物理・材料の分野で使用されている従来の高エネルギー加速器がミリアンペア以下のビーム電流であることに対し、桁違いに高い電流値(260ミリアンペア)を持つビームを長時間安定に生成することに成功したものであり、核融合だけでなく、これら分野における応用も期待されます。本成果は、本年10月に京都で開催される第26回IAEA核融合エネルギー会議にて発表する予定です。

研究開発の背景と目的

中性粒子入射装置(以下「NBI」という。)は、プラズマに中性粒子(原子)ビームを入射し、プラズマを数億度まで加熱するとともに定常状態を維持する装置です。この中性粒子ビームを生成するためには、まずイオン源でイオンを生成します。次に、このイオンを静電的に加速して、イオンビームを生成します。そして、ガスで充満した容器(中性化セル)にイオンビームを通すことにより、イオンの電荷を中和して、電気的に中性な原子ビームに変換し、プラズマに入射します(図1)。イーター計画においても、このNBIを利用したプラズマ加熱により、核融合プラズマを燃焼する試験を実施します。

中性子入射装置の模式図
図1 中性粒子入射装置(NBI)の模式図

イーター用NBIでは、その心臓部である負イオン加速器において、引出部の電極に直径14mmのビーム引出孔を1280個も設けて大電流負イオンを引き出し、5段の静電加速器で加速することにより、100万電子ボルト、電流密度200アンペア毎平方メートル(A/m2)、総電流40アンペア、ビーム生成時間1時間という、負イオンビーム生成が要求されています。これまでの世界最大の装置であるJT-60用NBIではエネルギー50万電子ボルトでしたが、イーターでは核融合プラズマがさらに大きく、高密度となるため、既存のNBIよりエネルギーが2倍、電流密度が1.5倍、総電流は2倍、ビーム加速時間が100倍という、これまでにない世界最高出力・最長ビーム生成時間が必要となっています。
日本は、イーター用NBIの性能を決定づける100万ボルト電源機器(高電圧電源、高電圧送電管、高電圧ブッシング)及び5段静電加速による100万ボルト加速器の調達を担っており、量研は国内機関としてこれらの挑戦的な機器の開発に取り組んできました。特に、負イオンビーム加速を担う100万ボルト加速器(図2)の開発に向けては、試験設備の電源電流容量の制限から、ビーム引出孔を9個に絞る必要があったものの、イーターと同等の引出部、5段の加速電極、及び電極支持構造を有する原型加速器を開発し、この原理実証を目指してきました。

イーター用100万ボルト加速器及び原型加速器の模式図
図2 イーター用100万ボルト加速器及び原型加速器の模式図
引出部では、イーター用には1280個、原型加速器では9個のビーム引出孔(直径14 mm)を設け、各孔からビームを一斉に引き出します。次に加速電極を5段重ねることにより、各孔を通してイオンビームを100万電子ボルトまで段階的に加速します。

当初、各孔から引き出されるビーム同士の空間電荷反発、及び電子を除去するための加速器内の磁場によりビーム軌道が大きく曲げられて電極に直接衝突している状態が観測され、それにより電極間の絶縁破壊が誘発されて、ビームエネルギーは要求値の8割程度となる80万電子ボルトにとどまっていました。そこで、3次元ビーム軌道解析を用いてこれらのビーム軌道の曲がりを修正する電極構造を適用しました。その結果、ビームエネルギーは100万電子ボルトに到達しましたが、電極への熱負荷は総ビームパワーの30%程度と高く、それによる電極の過度な温度上昇により、連続生成時間は0.4秒にとどまっていました。電極の温度上昇に関し、更なる原因解明が大きな課題となっていました。

研究の手法と成果

この原因を解明するために、3次元ビーム軌道解析モデルでは、負イオン生成部から加速器への漏れ磁場のほか、電極を支える電極支持構造のミリ単位の凹凸なども考慮してビーム領域の不平等電界分布も精度よく取り入れました。さらに、負イオンが加速器内の残留ガスや電極と衝突した際に発生する原子や電子の2次粒子の軌道解析も行いました(図3)。

 本研究で構築した3次元ビーム軌道解析モデル
図3 本研究で構築した3次元ビーム軌道解析モデル

その結果、本加速器ではビームを加速する距離が従来加速器より2倍程度も長いため、負イオン生成部からの漏れ磁場、及び不平等電界により曲がったビームは、5段のうち下段の電極に直接衝突していることがわかりました。また、2次粒子としての電子発生も多いことがわかりました。
そこで、本シミュレーションモデルを基に改良を検討し、加速器に適用しました(図4)。

大電流ビームを長時間連続で生成する技術の概要
図4 大電流ビームを長時間連続で生成する技術の概要

ビームが加速される前の負イオン引出部においては、2層の電極の孔同士の位置をずらすことで孔内の電界レンズの収差を生み出し、その収差でビームの軌道を変えてビームの曲がりを修正する電極構造としました。併せて、ビームの端部が引出部の電極に衝突して発生する電子量を抑えるため、ビーム径に合わせて孔の径を大きくすることも検討しましたが、孔径が大き過ぎると、孔のレンズの電界が弱くなり、ビームの曲りを修正できなくなるため、孔の径や位置を細かく調整して、それらを両立できる工夫をしました。
また、引き出されたビームには常に発散成分が存在するため、5段の加速電極のうち、上流の2段の電極のみ、ビーム通過用孔の直径を小さくして、ビームエネルギーが高くなる前に、この発散成分を除去するようにしました。
さらに、ビームが電極に衝突する際に発生する電子は、孔の内壁で発生した場合にのみ、ビームとともに加速されることを突き止め、電極の厚みを半分にして内壁への衝突量の低減を図るとともに、電子を発生させにくい内壁形状を考案しました。
これらの改良により、各ビームが直進して、ビームが電極に直接衝突する量が低減でき、さらに、この衝突により発生する電子の量も減少して、結果として電極への熱負荷を従来の1/3に抑えることができました(図5)。これはイーターの設計値15%以下を満足するものです。

電極熱負荷の低減
図5 電極熱負荷の低減

その結果、イーターと同等のエネルギー98万電子ボルト、電流密度190 アンペア毎平方メートルの高電流密度負イオンビームを世界で初めて60秒間連続で生成することに成功しました(図6)。このとき、電極の温度は運転開始後20秒程度でほぼ一定となっており、試験設備の改良後には連続生成時間の更なる伸長が期待できます。

 ビームの連続生成時間の進展
図6 ビームの連続生成時間の進展

本成果により、イーターNBI用ビームの原理実証を達成し、核融合プラズマの燃焼に向けて大きく前進しました。また、今回の成果は、医療・物理・材料の分野で使用されている従来の高エネルギー加速器の電流ミリアンペア以下のビームに比べ、桁違いに高い電流値(260ミリアンペア)を持つビームを長時間安定に生成したものであり(図7)、核融合だけでなく、これら分野における活用も期待されます。

ビームのエネルギーと電流の進展
図7 ビームのエネルギーと電流の進展

今後の展開

イーターと同レベルの千秒クラスの負イオンビーム連続生成を実証するため、試験設備の改良後に更なる長時間生成の実現を目指します。また、今回得られた成果は第26回IAEA核融合エネルギー会議にて発表する予定です。

用語解説

1) イーター:ITER (国際熱核融合実験炉)

制御された核融合プラズマの維持と長時間燃焼によって核融合の科学的及び技術的実現性を実証することを目指したトカマク型(超高温プラズマの磁場閉じ込め方式の一つ)の核融合実験炉です。1988年に日本・欧州・ロシア・米国が共同設計を開始し、2005年に南フランスのサン・ポール・レ・デュランスに建設することが決定しました。2007年に日本、欧州連合、米国、ロシア、中国、韓国、インドの7極が加盟する国際協定が発効し、国際機関「イーター国際核融合エネルギー機構(イーター機構)」が発足しています。イーター計画は、各極が機器を調達・製造して持ちより、イーター機構が全体を組み立てる仕組みです。現在、イーターが格納される建屋の建設が進められており、各極が調達する、イーターを構成する様々な機器の調達取決めが、順次締結されて、各極で機器の製作が進められています。各極の貢献(必要な機器の調達や人事派遣等)は、国内機関を指定して実施するものとされ、日本においては量研が文部科学省から国内機関に指定されています。イーターは、2025年頃からのプラズマ実験の開始を目指しています。イーターでは、重水素と三重水素を燃料とする本格的な核融合による燃焼が行われ、核融合出力500メガワット、エネルギー増倍率10を目標としています。

2) 中性粒子入射装置(Neutral Beam Injector: NBI)

プラズマにビームを入射し、プラズマを数億度まで加熱するとともに定常状態を維持する装置です。最初に、イオンを生成し、静電的に加速して大出力のイオンビームを生成します。そのイオンビームを一定圧力で満たしたガスセルを通すことによりイオンの電荷を中和して電気的に中性な原子ビームに変換し、プラズマに入射します。中性化する理由は、核融合プラズマの閉じ込めには強い磁場が用いられているため電気を帯びたイオンビームは、磁場で反発されてプラズマに入射できないためです。イーターではNBIを2基製作することとなっており、それには、エネルギー100万ボルト、電流40アンペア、電流密度200 A/m2のイオンビームが必要とされており、これは従来のNBIに比べてエネルギーが2倍、電流が2倍、電流密度1.5倍となる世界最大出力のビームとなります。