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プレスリリース

がん細胞を狙い撃ちするα線放出核種を標識した新しい治療薬剤を開発―アスタチン-211がん治療薬剤による褐色細胞腫の大幅な縮小に成功―

掲載日:2016年6月13日更新
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アスタチン211がん治療薬研究概要

発表のポイント

  • 加速器によるα線放出核種アスタチン-211(211At)1)の効率的な製造に成功
  • これにより悪性褐色細胞腫2)のがん治療薬剤候補211At-MABG(メタアスタトベンジルグアニジン)3)の製造に成功し、有効性を確認
  • 異なる専門性を持つ機関統合によって実現した量研機構ならではの研究成果

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫、以下「量研機構」という。)量子ビーム科学研究部門高崎量子応用研究所の石岡典子上席研究員・大島康宏主任研究員・渡辺茂樹主幹研究員、量研機構放射線医学総合研究所の東達也部長・脇厚生室長・吉永恵一郎チームリーダー・辻厚至チームリーダー・永津弘太郎サブチームリーダーらは共同で、悪性褐色細胞腫を標的とした治療薬剤211At-MABG(メタアスタトベンジルグアニジン)の製造に成功し、これがマウスに移植した褐色細胞腫に対して高集積し、さらに腫瘍を大幅に縮小できることを世界で初めて明らかにしました。
褐色細胞腫は主に副腎に発生する腫瘍で、悪性の場合、遠隔転移4)が認められるため外科手術による根治は難しく、従来β線5)を放出するヨウ素-131(131I)6)を使用した131I-MIBG(メタヨードベンジルグアニジン)7)による治療が行われていますが、その治療効果は限定的です。
β線よりも、飛程8)が短く生物効果が高いα線5)が利用できるようになれば、強力に細胞内のDNA9)を破壊し、正常組織に対する放射線の影響も最小限に抑えられることから、現在よりも腫瘍だけを集中的に攻撃する効果の高い治療が期待できます。そこで、本研究チームは、α線を放出し、ヨウ素と似た化学特性を有する211At(半減期:7.2時間)に着目してα線がん治療薬剤を作り出す研究を進め、今回、211At-MABGの製造に成功しました。この211At-MABGを、褐色細胞腫を移植したマウスに1回投与した結果、腫瘍に集積してその増殖を抑制するだけでなく、投与7日後までに腫瘍を約半分に縮小することができました。一方、副作用の指標である体重に影響は認められませんでした。これらの研究成果から211At-MABGが悪性褐色細胞腫の効果的な治療薬となることが大いに期待されます。
本研究成果は、これまで別々の研究機関(国立研究開発法人日本原子力研究開発機構と国立研究開発法人放射線医学総合研究所)に属していた研究チームが、機関統合を契機に、基礎から臨床研究までを切れ目なく見据えた効率的な研究体制を構築し、それぞれが有していた放射性同位体製造技術と薬剤合成技術を融合させることにより、初めて実現したものです。今後は安全性について、さらに詳細な検討を進めます。本研究成果は2016年6月15日(日本時間6時45分)に開催される米国核医学会において口頭発表されます。

​用語解説

1)アスタチン-211(211At)

 アスタチンはハロゲン族に属する元素で、ギリシャ語の「不安定」を意味する「astatos(アスタトス)」が名前の由来であり、その名の通りアスタチンは放射線を出して別の元素に変わってしまう性質があります。そのうち211Atはがん治療に有用なα線という放射線を放出する核種で、安定な鉛-207(207Pb)に変わります。211Atの半減期(物質量の半分が別の元素に変わってしまうまでの時間)は7.2時間ですが、この減っていくスピードは、

  1. 患者さんの体内にいつまでも残って放射線を出し続けることがなく、211At-MABGの場合、投与するとがん組織に素早く集積するため、がん組織に十分なα線を照射することができるとともに、日帰り治療が可能
  2. 211At標識薬剤を製造した後、離れた場所にある病院に届ける時間的余裕がある

といった利点を生む、ちょうどよい速さです。

2)褐色細胞腫

主に副腎髄質(副腎の一番内側にある組織)に発生する腫瘍で、神経伝達物質であるカテコールアミン(例:エピネフリン、ノルエピネフリン)を過剰に分泌するため、血中カテコールアミン濃度の上昇によって過度な高血圧、頭痛、動悸の他、発汗過多による慢性的な脱水状態や血糖値上昇による糖尿病等が誘発されます。しかし、疾患特異的な症状が無いため、診断が非常に難しい疾患と言われています。
褐色細胞腫は、患者数が国内でも約3000人という非常に稀ながんのひとつです。大部分が良性腫瘍で手術による根治が望めます。一方約10%の患者さんに全身への腫瘍の転移が認められ、悪性褐色細胞腫と診断されます。悪性の場合、有効な治療法が確立されておらず、難治性疾患のひとつとされています。症例数が前述の様に非常に少ないため、製薬企業が新薬開発に着手しづらい疾患であり、治療薬の研究開発が進まないことが有効な治療法が確立されない原因のひとつでもあります。このような希少疾患に対する新薬開発は、我々のような公的研究機関の重要な使命のひとつです。我々の研究チームはこれまでに放射性臭素を利用して、褐色細胞腫のための新しいPET診断薬の開発に成功するなど、以前から褐色細胞腫に着目した放射性薬剤の研究開発を進めており、211Atを利用することで従来よりも治療効果の高い新薬を開発できると考え、211At-MABG開発を進めました。

ノルエピネフリンの化学構造図

3)211At-MABG(メタアスタトベンジルグアニジン)

ノルエピネフリンと似た化学構造を有するベンジルグアニジンという物質に、211Atを組み込んだ薬剤です。211At-MABGは、褐色細胞腫がノルエピネフリンを積極的に取り込む通路(ノルエピネフリントランスポーター:Norepinephrine transporter、NET)を利用し、ノルエピネフリンと同様にNETを通って褐色細胞腫細胞に取り込まれます。褐色細胞腫細胞ではNET数が通常の細胞に比べて多く、多量の211At-MABGが細胞内に取り込まれます。さらに211At-MABGは褐色細胞腫細胞特異的に、細胞内の分泌小胞内に貯蔵されます。そのため、長時間に渡って褐色細胞腫細胞内に留まることができます。この結果、褐色細胞腫細胞により多くのα線を照射することができます。

アスタチン211MABGの化学構造図

4)遠隔転移

原発がんが進行し、血管やリンパ節に浸潤後、がん細胞が血液やリンパの流れに乗って身体のあちこちに転移してしまう現象のことです。悪性褐色細胞腫の場合、骨、肝臓、肺、リンパ節に対して転移することが多いと言われています。

5)α線とβ線

α線はHe原子核、β線は電子が非常に速いスピードで飛んでいるものです。いずれも物質中を通過する際、物質と相互作用し、例えば物質中の分子が持っている電子を弾き飛ばしたり(電離といいます)することで、物質に対してエネルギーを付与します。α線(He原子核)はβ線(電子)の8000倍と質量が大きく、物質中の分子などと衝突しやすいため、透過性が非常に低く、紙一枚で遮断することができる代わりに、物質中では短い通過距離で高いエネルギーを付与することから、分子などを密に電離することができます。α線を細胞に照射した場合、DNAに修復することが難しいキズ(DNA二重鎖切断)ができます。この現象はα線が、がん細胞を効果的に殺滅できる理由のひとつです。これに対し、電子から構成されるβ線は、物質中を散乱しながら通過します。透過性はα線より高く、電離はα線に比べて疎になるため、腫瘍に照射した場合は、狙ったがん細胞への影響が小さくなる上に、周囲の通常細胞にも影響がおよぶことになります。

6)ヨウ素-131(131I)

 ヨウ素の放射性同位体のひとつで、半減期約8日、崩壊に伴ってβ線とγ線を放出します。核分裂生成物として、原発事故の際に問題視される放射性同位体のひとつですが、医療や製薬分野では有用な放射性同位体として使用されています。ヨウ素は甲状腺ホルモンの原料で、体内に入ると甲状腺に集積する特徴があります。そのため、バセドウ病や甲状腺がんの治療に131Iが使用されています。また、国内では未承認ですが、131I-MIBGやベキサールといった131I標識薬剤が、国外ではがん治療薬として使用されています。

7)131I-MIBG(メタヨードベンジルグアニジン)

 131I-MIBGはベンジルグアニジンに131Iが標識された放射性薬剤で、211At-MABGとほぼ同じ化学構造(違いは131Iと211Atのみ)を有しています。131I-MIBGも211At-MABG と同様にNETを介してがん細胞内に取り込まれ、131Iから放出されるβ線によってがん治療を行います。また、131Iから放出されるγ線を体外計測し、画像化することによって悪性褐色細胞腫の診断にも利用されています。131I-MIBGは1980年代から海外において臨床使用されています。しかし、悪性褐色細胞腫に対する131I-MIBGの治療効果は、個人差が大きく、その有効性については今も議論が絶えません。また、β線の飛程が長いことから、腫瘍周囲の正常組織への影響が懸念されています。

ヨウ素131MIBGの化学構造図

8)飛程

放射線が物質内でエネルギーを失って止まるまでの距離を示します。飛程は放射線のエネルギーや粒子の大きさ等に依存して変わりますが、α線では<100 μm、β線では0.2 ~ 10 mmと言われています。

9)DNA

デオキシリボ核酸の略号で、Adenine、Thymine、Guanine、Cytosineと呼ばれる塩基から構成され、二重らせん構造をとる生体内物質です。DNAは染色体の構成成分として、生物を構成するタンパク質の設計情報を保存しています。