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プレスリリース

プラズマの特異点からの強力な軟X線バーストを発見-宇宙でも起こり得る普遍的な新しい放射機構の提案-

掲載日:2017年12月22日更新
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発表のポイント

  • 強力なレーザー4)が作るプラズマ中に、電子の流れの特異点が生成し、そこから位相の揃った5)強い軟X線バーストが発生することを発見し、その放射機構を解明した。
  • この軟X線バーストの放射機構は、波を放出する特異点には普遍的なもので、宇宙のブラックホールや超新星爆発などでも生じている可能性がある。

概要

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫)量子ビーム科学研究部門のピロジコフ・アレキサンダー上席研究員、エスケポフ・ティムル上席研究員、神門正城グループリーダーのグループは、強力なレーザーにより作られるプラズマ中から位相の揃った強い軟X線バーストが発生していることを発見し、これが、電子の流れが1ヶ所に集まって出来る特異点から発生していることを突き止め、新たな放射機構として提案しました。
 自然界には、川、風、宇宙プラズマ流のように流れは至る所にあります。流れが集まる場所では非常に媒体の密度が高くなることがあり、これは数学のカタストロフィー理論6)において特異点と呼ばれています。プラズマの中においても、電子の流れが特異点を作ることは予想されていましたが、その特異点から光(電磁波)が発生する現象については、これまで全く考えられていませんでした。
本研究では、関西光科学研究所(京都府木津川市)にある強力なレーザー装置「J-Karen」を用いたプラズマ実験を行うことで、プラズマ中で多数の電子が小さい領域に集中する特異点を生成することに成功しました。更に、この特異点では、電子が一体となって振動することで、個々の電子から放射される軟X線が、位相が揃った状態のまま相乗的に強め合って強力な放射となるバースト現象が起こることを発見しました。われわれは、この放射機構をバイザー(Biser; Burst Intensification by Singularity Emitting Radiation)と名付けました。
バイザーを理解し実験条件を最適化すれば、より短波長のX線もレーザーを用いた小型施設で発生出来るようになり、創薬や機能性材質の研究を加速することができると期待されます。また、バイザーは特異点を持つ流れには普遍的なものであり、物質が特異点を成しているブラックホール7)からの重力波8)も、バイザーの一種の可能性があります。バイザーをよりよく理解することにより、宇宙で起こっている現象を理解する一助になることも期待されます。
なお、本研究成果は、Scientific Reports誌に、12月21日に掲載されました。
(論文 Burst intensification by singularity emitting radiation in multi-stream flows | Scientific Reports

研究の背景

自然界には、水の流れ、空気の流れ、プラズマ中での荷電粒子の流れといった様々な流れがあります。光(電磁波)も流れという見方ができます。特に収束する流れの中には、流れを構成する要素が集まって、特徴的な形が見られることがあります。これを専門用語では、“流体の分布が特異性を示す”、と表現します。例えば、光の流れでは、コップで集められた光が作る火線(図1a)や水面に現れる集光模様(図1b)が生じます。このような特異性は数学的には、カタストロフィー理論によって定性的に解析されています。

自然界で見られる、流れが作る特異性の例。a) コップで集められた光が作る火線の画像
図1 自然界で見られる、流れが作る特異性の例。a)コップで集められた光が作る火線。
b)水面の揺らぎで集められた光が作る模様。

このような特徴的な形は、数学や物理では特異点と呼ばれ、上に示したようにわれわれの身の回りには極めて自然に登場します。別の例として、図2に半透明なシートを折り曲げて、下に投影したものを示します。赤いシートは折り目の開始点以外では滑らかにつながっているのですが、それを投影した青い分布では折り曲げたところの投影に密度分布は尖った特異点となっています。これは折り目(フォールド)と呼ばれる特異点です。それ以外にも折り目2つが交わるところはより複雑な高次の特異点(カスプ)となっています。このような分類や考え方は、1960年代にフランスの数学者ルネ・トムによってカタストロフィー理論として体系化されました。カタストロフィー理論では、簡単なモデルを用いて、フォールドやカスプといった特異点の分類をしています。これまでに、レーザーで作られるプラズマ中にも、このような分布が生じることがプラズマ分野の研究者によって見出されていました。しかしながら、プラズマ中でこのような特異点が生じたときに、そこで何が起こるのかということについては詳しく調べられていませんでした。

半透明なシートを折り曲げたものとそれを投影したものの画像

図2 半透明なシートを折り曲げたものとそれを投影したもの。a)計算したもので、赤色のシートを射影し、色の濃さを高さで表したものが青色の分布。投影した分布の方では、カスプやフォールドという特異点が分かりやすくなっている。b),c)はa)の状況を実際に透明シートを用いて再現したもの。

経緯と発見

われわれのグループは、強力なレーザー光をヘリウムガスに集光してプラズマを生成する実験を行った際、非常に強い軟X線放射を観測していました。しかしながら、この軟X線放射については、これまで理論的に説明できず謎となっていました。今回、これが図3に示すような、プラズマ中の電子の流れが作る特異点から発生するコヒーレント放射である可能性に着目し、実験とシミュレーションによる解析を行いました。

バイザー機構の説明図の画像

図3 バイザー機構の説明図。個々の放射源(青い丸)が集まった特異点からの伝播する波の様子を表した図。本件では、青丸が電子、伝播波が軟X線(電磁波)に対応する。放射される電磁波の波長が特異点の大きさよりも長い場合、特異点に含まれる放射源の個数(N)の二乗に比例した強度になる(コヒーレント放射)。

実験で軟X線の放射光源の大きさを計測した結果(図4(a))、サイズが1 µm以下と小さいこと、また2つの光源があることを確かめました。さらに詳しい解析を行ったところ、放射光源の大きさは0.2 µm以下である可能性があります。また、粒子シミュレーションによる計算の結果(図4(b))、これらの実験結果は、プラズマ中の電子の流れに出来る密度の特異点からの放射として説明できることがわかりました。
実験で同時に放射された軟X線のスペクトルを観測したところ、軟X線放射は、プラズマを生成するために照射したレーザー光のハーモニクス(周波数が元の光の自然数倍になる成分)で構成されていることがわかりました(図5)。これは、観測された軟X線放射は位相の揃ったコヒーレント放射であることを示しています。
これらの結果から、観測された強い軟X線放射は、プラズマ中に電子の流れの特異点が発生し、その特異点の中で電子が一体となって振動することで、個々の電子から放射される軟X線が、位相が揃った状態のまま相乗的に強め合って生じたバースト現象であることがわかりました。われわれは、この放射機構をバイザー(Biser; Burst Intensification by Singularity Emitting Radiation)と名付けました。
実験ではこの軟X線放射(バースト)のパルス幅を直接計測することは出来ていませんが、シミュレーションを用いて計算した結果、光の周波数帯域から決まる理論限界値に近い、170アト秒という極短いパルスであるという結果が得られています(図6)。

(a)実験で計測した放射光源の大きさ。空間放射光源は2つあり、約12 µm離れて1つ1つの大きさは1 µm程度である。(b)シミュレーションで得られた電子密度分布(青色)と光の強度分布(赤色)の画像
図4(a)実験で計測した放射光源の大きさ。空間放射光源は2つあり、約12 µm離れて1つ1つの大きさは1 µm程度である。(b)シミュレーションで得られた電子密度分布(青色)と光の強度分布(赤色)。上は3次元での様子を示しており、下はその密度を平面上に投影したもので高さが密度を表している。実験と同様に、放射光源が2つあること、密度の特異点となっていることがわかる。

実験で計測したBiserによる軟X線のスペクトル。図中には、用いたレーザーの基本周波数の何倍の周波数に相当するのかを表したハーモニック数を示しているの画像

図5 実験で計測したBiserによる軟X線のスペクトル。図中には、用いたレーザーの基本周波数の何倍の周波数に相当するのかを表したハーモニック数を示している。図中の点線がハーモニック数に相当するラインを表しており、得られた軟X線のスペクトルは用いたレーザーの周波数倍の高調波となっていることがわかる。この実験では放射光源が2つある(図4(a)参照)ので、それらを別々に表示している。

シミュレーションで計算したBiserの軟X線の時間波形の画像

図6 シミュレーションで計算したBiserの軟X線の時間波形。
左図:全体のパルス波形で、いくつかの櫛状のパルス列から構成されている。
右図:パルス列の中の一番強いパルスの波形。極めて短い170アト秒(1アト秒は100京分の1秒、10-18秒)が得られている。

結果のインパクト

本研究の成果であるバイザーには、少なくとも二つの大きなインパクトがあります。1つ目は、新たな高輝度X線光源としての可能性です。今回われわれの得た結果から、軟X線(70電子ボルト)におけるピーク輝度を計算したところ、およそ1027 光子数/s/mm2/mrad2/0.1%Bwという値を得ました。図7に、既存のX線コヒーレント光源(Synchrotron)、X線自由電子レーザー(Xfel)との比較を示します。同じ軟X線のエネルギーでのピーク輝度で比較した場合、今回の結果は、X線自由電子レーザー(Flashxfel)の300分の1程度に達しているがわかります。今後、よりパワーの高いレーザーを用い、バイザーを最適化することなどにより、X線自由電子レーザーの輝度に迫ることが期待されます。これは、数百mから数kmの大きさが必要なX線自由電子レーザーを、レーザープラズマを用いたバイザーで数十mの大きさに小型化できることを意味します。また、X線自由電子レーザーでは、完全なコヒーレント光になっておらず、様々な付加装置が必要となりますが、バイザーでは完全なコヒーレント光が得られる点も光源としての大きな特長です。高性能な高輝度X線源が小型化し普及することで、創薬や機能性材質の研究を加速することが期待されます。
もう1つのインパクトは、バイザーはレーザープラズマ中だけで起こる現象ではなく、より普遍的な放射機構であるという点です。例えば、昨年度発見され今年のノーベル賞受賞対象となった重力波や、超新星爆発からの放射なども、宇宙の中で生じる特異点からのバイザーである可能性があります。われわれの発見したバイザーという新たな知見を加えて自然界を観測することで、宇宙の構造や理解の一助になると期待されます。

コヒーレントX線光源の輝度。Lclsは米国、FlashはドイツのX線自由電子レーザー装置、BessyとPetra IiiはドイツにあるX線放射光装置の輝度を表しているの画像
図7 コヒーレントX線光源の輝度。Lclsは米国、FlashはドイツのX線自由電子レーザー装置、BessyとPetra IiiはドイツにあるX線放射光装置の輝度を表している。

用語解説

  1. プラズマ:物質を構成する原子や分子がより小さな構成物質であるイオンと電子に分離した状態。放電や、強いレーザーで照射することで、物質をプラズマ状態にすることができる。
  2. 特異点:数学や物理で用いられ、微分ができなかったり、物理法則が適用できなかったり、ある量が無限大に発散したりしてしまう点。本資料では、(物理が破綻している訳ではなく、)電子などの放射体がナノスケールの小さい領域に集まっている点を表している。
  3. 軟X線バースト:ここでは光子エネルギーがおよそ100 から1000電子ボルト、波長で10 nmから0.08 nm程度のものを軟X線と呼んでいる。大量の軟X線が短時間に発生する様子を表す。宇宙で最も明るい現象であるガンマ線バーストになぞらえてここではこう呼んでいる
  4. 強力なレーザー:レーザー光を短い時間に、小さく絞ることで、1秒当たり、1平方センチメートルあたりのワット数を極めて高くすることができるようなレーザー。最近では、持続時間が30フェムト秒(1フェムト秒は10-15秒=1000兆分の1秒)で30Jのレーザーにより、ピークパワーがペタワット級のものが得られるようになっている。
  5. 位相の揃った(光):部屋の照明光や太陽光では、多数の光の波からできているが、その波のピークとピークは揃っていない(位相が揃っていない)。これらの波の位相が揃った光はとても強くなる。例えばレーザー光が位相の揃った光である。
  6. カタストロフィー理論:フランスの数学者ルネ・トムによって研究された力学系の理論である。状態が突然変わるような現象を扱えることができる。
  7. ブラックホール:宇宙に存在する、極めて大質量な天体で、その強い重力により光でさえ脱出できない。ブラックホールはある種の特異点であると考えられている。
  8. 重力波:水面に広がっていく波紋のように、宇宙空間で大きな質量を持つ天体の運動により伝播するとされる空間の伸び縮みの波。アインシュタインが作った一般相対性理論により、その存在が予言されており、昨年2月に米国のレーザー干渉計重力波天文台(Ligo)で初めて観測された。