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プレスリリース

使用済燃料中パラジウム-107の存在量を世界で初めて実測-試料に近づかずに高純度パラジウムを分離し正確に測定-

掲載日:2017年2月3日更新
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成果のポイント

  • 使用済燃料中に存在する放射性核種パラジウム-107の量を世界で初めて測定
  • レーザーを利用して高純度パラジウムを遠隔で分離することに成功
  • 分離操作時の被ばくや汚染を大幅に低減する新しい分離法として期待

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄、以下「原子力機構」という。)原子力科学研究部門原子力基礎工学研究センター分析化学研究グループの浅井志保研究副主幹らと、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長:平野俊夫、以下「量研」という。)高崎量子応用研究所の佐伯盛久研究主幹らは、原子力発電で使用された燃料(使用済燃料)から高純度のパラジウムを分離し、パラジウム-107(107Pd)の存在量を世界で初めて測定しました。
107Pdは、ウランの核分裂1)によって生成する半減期2)の長い放射性核種の1つで、使用済燃料中に存在します。放射線を長期間放出し人体に影響を及ぼす可能性があるため、その存在量を正確に把握する必要があります。しかし、現状では107Pdの分析法がなく、実測値の代わりに理論計算による推定値が使われています。
107Pdを正確に測定するには、使用済燃料から純度の高いパラジウムを分離できる方法が不可欠です。しかし、使用済燃料は、主成分のウランの他、多種多様な元素で構成され、そのうえ強い放射能をもつため、分離が難しく、確実な方法がないことが課題となっていました。
開発した方法では、離れた場所から試料にレーザーを照射して選択的にパラジウムを沈殿させることにより、99.9%以上の純度でパラジウムを簡便に分離できます。今後、破損した燃料や高レベル放射性廃棄物3)といった放射性物質を多量に含む試料に適用することにより、作業者の被ばくや分析設備の汚染を大幅に低減できると期待されます。
本研究成果は、「Analytical Chemistry」に掲載されました。
本研究はJSPS科研費15H042480の研究成果を含みます。

研究背景

使用済燃料は、元素組成の90%以上を占めるウランの他、ウランの核分裂や核反応によって生成するさまざまな物質で構成されています。107Pdは、こうした核分裂によって生成する放射性核種の1つです。半減期は約650万年と極めて長く、放射線を長期間放出し人体に影響を及ぼす可能性があるため、その存在量を正確に把握する必要があります。しかし、使用済燃料中の107Pd存在量を測定した例はこれまで報告されていませんでした。
107Pd存在量を正確に測定するには、使用済燃料から純度の高いパラジウムを分離する方法が不可欠です。沈殿法やカラム法といった従来の分離法4)を適用する場合は、複数の操作を組み合わせて段階的に純度を高めていくことになります。しかし、従来法では近距離での操作が避けられないため、使用済燃料のように多量の放射性物質を含む試料を長時間取り扱うと、作業者の放射線被ばくが問題となります。また、試料溶液を密閉容器から取り出して操作するため、分析設備を放射性物質で汚染させるおそれがあります。したがって、単純な操作だけで分離を完了できる方法が必要でした。

研究の目的

パルスレーザー5)を使った新しい元素分離法に関する研究開発が、量研において進められています。この方法では、液体試料に外部からパルスレーザーを照射するだけで、特定の元素を選択的に沈殿させて分離することができます。原子力機構は、この方法によって、使用済燃料からのパラジウム分離における従来法の課題を一度に解決できると考え、量研と共同で世界初の107Pd存在量の実測を試みました。

分析方法

レーザー照射によって使用済試料から高純度パラジウムを遠隔で分離する方法を図1に示します。まず、エタノールを添加した使用済燃料溶解液を石英セルに入れて密閉し、パルスレーザーを照射します。パラジウムは、通常、使用済燃料溶解液中で2価の陽イオン(Pd2+)として溶存していますが、レーザー照射によって高いエネルギーをもつ不安定な状態(励起状態)に変化します。そして、励起したパラジウムイオンはエタノールから電子を受け取って、電荷をもたない金属パラジウムへと還元されます。レーザー光の刺激によって還元反応6)が起きるので、これを「レーザー誘起光還元法」と呼んでいます。外部からのレーザー照射によって、密閉したガラス容器内で還元反応を起こせることから、放射性物質が飛散するおそれがありません。こうして生成した金属パラジウムは原子同士が凝集して大きな粒子へと成長し、沈殿します。この沈殿を回収して王水7)で溶解すると、高純度のパラジウム溶液が得られます。

レーザー照射によって高純度パラジウムを分離する方法の概念図
図1 レーザー照射によって高純度パラジウムを遠隔で分離する方法の概念

回収されたパラジウム中107Pdの存在量は質量分析法によって定量します。質量分析計では、選択した質量数(陽子と中性子の数の和)をもつ物質だけを検出します。ここでは最も普及が進んでいる誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)を用いました。使用済燃料中には、107Pdの他、5つの同位体(104Pd, 105Pd, 106Pd, 108Pd, 110Pd)が異なる割合で存在しています。ICP-MSで、これらの6つの同位体のうち107Pdだけを選んで定量します。

誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)によりパラジウム107を識別して定量する原理
図2 ICP-MSによって6つのパラジウム同位体のうち107Pdを識別し定量する原理

研究成果の概要

使用済燃料試料中に存在する主要元素がパラジウム沈殿へ取り込まれる割合(混入率)を表1に示します。再現性を確認するために、使用済燃料の濃度が異なる2つの溶液(試料1、試料2)を用意し、同様の条件でレーザー照射をおこないました。いずれの場合も沈殿中にはパラジウム以外の元素はほとんど検出されず、パラジウムの純度は99.9%以上となりました。これまでに、「レーザー誘起光還元法」が、同程度の濃度レベルで存在する2、3種類の元素混合液から選択的にパラジウムを分離できることはわかっていましたが、今回得られた結果によって、使用済燃料のような複雑な組成をもつ試料中であっても極めて高純度のパラジウムを分離できることが実証されました。
得られたパラジウムの純度が高いことは、パラジウム沈殿中に強い放射線を放出する137Csなどの放射性核種がほぼ存在しないことを意味しています。つまり、回収後の試料を、被ばくや汚染の心配なく取り扱うことができる安全性の高い分離法であるといえます。
ICP-MS測定の結果から、使用済燃料の主成分である238Uの重量1mgあたりの107Pd存在量は、試料1および試料2において、それぞれ、239±9ngおよび246±8ngとなり、互いに不確かさ8)の範囲内で一致しました。「レーザー誘起光還元法」の適用によって、純度の高いパラジウムが確実に得られるようになり、その結果測定に十分な量の107Pdを回収できたことが高精度な実測値の取得につながりました。

元素の種類 Pd沈殿中混入率[%]※1
試料1 試料2
白金族 Rh <0.001 <0.001
Ru <0.001 <0.001
アルカリ金属 Cs <0.001 <0.001
Rb <0.001 <0.001
アルカリ土類金属 Ba 0.001 0.001
Sr <0.001 <0.001
希土類元素 Ce 0.001 0.002
La 0.001 0.002
Pr <0.001 <0.001
Nd 0.001 <0.001
Sm <0.001 <0.001
アクチノイド元素 U 0.004 0.005
Np <0.001 <0.001
Pu <0.001 <0.001
Am <0.001 <0.001
その他 Zr 0.014 0.022
Mo <0.001 0.001

表1 使用済燃料試料に含まれる主要元素のパラジウム沈殿への混入率
 ※1各元素の混入率は以下の式を用いて算出しました。
 元素混入率[%]=(回収したパラジウム沈殿中の元素の重量)/(パラジウム沈殿の重量)×100

書籍情報

  • 雑誌名:Analytical Chemistry
  • 論文題名:”Determination of 107Pd in Pd Recovered by Laser-Induced Photoreduction for Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry”
  • 著者名:Shiho Asai1, Takumi Yomogida1, Morihisa Saeki2, Hironori Ohba2, Yukiko Hanzawa1 Takuma Horita1, Yoshihiro Kitatsuji1,
  • 所属:1日本原子力研究開発機構、2量子科学技術研究開発機構