発表のポイント
- 稀な難治性疾患で、外科手術、X線治療ともに少数症例での治療成績しか報告がなかった頭頸部粘膜悪性黒色腫1)について、260症例の重粒子線治療データを多施設から収集、解析。
- 治療後の生存率が通常のX線治療を大幅に上回るなどの結果から、重粒子線治療2)がこの病気に対する有望な治療の選択肢となることが示された。
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫)放射線医学総合研究所 臨床研究クラスタ 重粒子線治療研究部 頭頸部・胸部腫瘍臨床研究チームの小藤昌志 医長は、希少かつ難治性疾患である頭頸部粘膜悪性黒色腫に対し、通常のX線治療と比較した重粒子線治療の有効性を国内重粒子線治療4施設の260例のデータから明らかにしました。
頭頸部の粘膜悪性黒色腫は主に鼻、副鼻腔、口腔、のど(咽頭)の粘膜に発する非常に珍しい病気(希少がん)で日本では年間に100~200例の発症と言われています。手術が第一の治療法として選択されますが、腫瘍部分の広がりなどにより手術が困難であることが少なくありません。また、手術が可能であっても、顔の変形等を理由に拒否する患者さんもいます。これらの場合は、放射線治療が選択肢となりますが、通常のX線治療の5年生存率は一般に10~20%と言われ、治療成績は満足できるものではありませんでした。一方、X線に比べて細胞の殺傷効果が強く、高い線量を腫瘍部分にピンポイントで照射できる重粒子線では、正常組織への影響を抑えつつ良好な治療成績を得られる可能性があります。しかし、これまで実際に日本の重粒子線治療4施設で行われた治療例のうち、結果が報告されたものは少数に留まっていたため、その有効性は明確になっていませんでした。
そこで今回の調査では、日本の重粒子線治療4施設で2003~2014年に治療された頭頸部粘膜悪性黒色腫260例(手術が困難な症例171例を含む)のデータを収集し、解析を行いました。このデータ数は、この病気の外科手術およびX線による治療の報告と比較しても最大規模です。解析の結果、治療の2年後、5年後までに重粒子線治療を行った場所に病気が再発しない割合(2年、5年局所制御率)はそれぞれ約84%、72%と推計されました。治療部位以外での再発などもあるため、治療の2年後、5年後までに患者さんが生存している割合(2年、5年生存率)はそれぞれ約69%、45%と推計されました。これはX線治療の5年生存率を大幅に上回る結果です。この結果は、一般に5年生存率が25~46%と言われる外科手術の成績に匹敵します。これらのことは、重粒子線治療が頭頸部粘膜悪性黒色腫に対する有望な治療の選択肢となることを示しています。
この成果は、放射線腫瘍学分野でインパクトの大きい論文が数多く発表されている米国の放射線腫瘍学誌「International Journal of Radiation Oncology • Biology • Physics」にオンライン掲載されました。
研究開発の背景と目的
頭頸部粘膜悪性黒色腫は稀な疾患で、外科手術が唯一の根治治療法と言われていますが、予後が極めて悪く、術後の5年生存率は25~46%に留まっています。外科手術が困難な症例については放射線治療が選択されますが、従来一般的に行われてきたX線治療の場合、5年生存率が10~20%程と報告されています。
近年発達した重粒子線治療は、X線治療と比較して腫瘍部分に線量を集中させることができる、高い殺細胞効果を有するといった特長があり、この疾患に対してもX線治療と比較して有効性が期待できます。量子科学技術研究開発機構放射線医学総合研究所(以下、量研機構放医研)では、重粒子線治療の開始当初からこの疾患の治療を行っており、これまでも少数例ですがこの疾患に対する重粒子線治療の有効性を報告してきました。今回、その有効性をより明確にするため、全国の重粒子線治療施設からこの疾患に係る大規模な症例数のデータを収集し解析する研究を、2014年に立ち上げた「重粒子線治療多施設共同臨床研究班」Japan Carbon-ion Radiation Oncology Study Group (J-CROS)3)を中心に行いました。
研究の手法と成果
国内の重粒子線治療4施設(量研機構放医研病院、兵庫県立粒子線医療センター、群馬大学重粒子線医学研究センター、九州国際重粒子線がん治療センター)で2003年~2014年に高度先進医療或いは先進医療として、重粒子線治療が行われた頭頸部粘膜悪性黒色腫260症例のデータを解析しました。そのうち、171例(66%)は腫瘍の局所の進展により外科手術が不能と診断されていました。
追跡調査の期間は中央値4)で22ヶ月です。その結果、治療2年後、5年後までに重粒子線治療を行った場所にがんが再発しない割合(2年、5年局所制御率)はそれぞれ84%、72%と推計されました。治療部位以外での再発などもあるため、治療2年後、5年後までに患者さんが生存している割合(2年、5年生存率)はそれぞれ69%、45%と推計されました。
この結果は、通常のX線治療の成績(5年生存率10~20%)を大幅に上回るものです。また、可能な場合には第一に選択される手術の成績(5年生存率25~46%)にも匹敵する結果となりました。これらのことから、頭頸部粘膜悪性黒色腫に対しては重粒子線治療が有望な選択肢となることが明らかになりました。
今後の展開
この病気に対する重粒子線治療は現在先進医療5)の枠組みで行われており、患者さんの経済的な負担が大きく、保険が適用されることが望まれていますが、それには、多施設間で統一した治療方針に基づいて重粒子線治療を行った上で、そこで得られるデータからより信頼度の高い有効性を示す必要があります。そのため、現在も日本放射線腫瘍学会の指導の下、国内の重粒子線治療施設とともに症例の全例登録を推進してデータを収集、解析し、将来、この病気に対する重粒子線治療の保険適用が実現するよう努力していきます。
用語解説
1)頭頸部粘膜悪性黒色腫
鼻・副鼻腔、咽頭、口腔の粘膜から発生するがんの一種です。年間発症数は100~200例と予想され稀な疾患(希少がん)といえます。浸潤性が強く、また遠隔転移も多いため、手術が可能なケースでもその5年生存率は25~46%です。放射線(X線)に抵抗性があり、従来のX線治療を主とした治療例の5年生存率は10~20%程です。
2)重粒子線治療
重粒子(炭素イオン)を加速して病変部に照射する治療法。通常の放射線治療と比較して、線量集中性に優れるために正常組織への影響が抑えられ、殺細胞効果が強いために放射線抵抗性の腫瘍に対しても効果が期待できます。
3)J-CROS
日本の重粒子線治療施設が中心になった重粒子線治療多施設共同臨床研究組織で、保険適用の拡大を視野に治療の標準化、更なる向上を目的としています。重粒子線治療施設のメンバーや他の施設の放射線治療医、各疾患の専門医(外科系、内科系)が参加しています。
4)中央値
データを大きさの順に並べたとき中央に位置する値。本研究では、260症例について治療後の追跡期間(1~132カ月)を順に並べて算出しました。
5)先進医療
先進的な医療技術の中で臨床試験を重ね、安全性と治療効果が確認された新しい治療法として厚生労働省が承認したものです。診察料、検査料、投薬料、入院料など通常の治療と共通する部分は保険診療となりますが、技術料は全額自己負担となります。