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プレスリリース

世界に先駆けた技術を用いて、酸化亜鉛に放射線を照射すると強磁性が現れるしくみを解明-次世代デバイスの開発に向けた分析技術の有用性を実証-

掲載日:2017年4月25日更新
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発表のポイント

  • 量研が世界に先駆けて開発に成功した技術(陽電子ビーム磁性空孔分析技術1))を用いて、放射線の照射で酸化亜鉛2)に強磁性3)が現れるしくみを解明
  • 本手法は、次世代デバイスと注目されるスピントロニクスデバイス5)の開発や、強磁性半導体材料の特性評価などに役立つことが期待される。

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫、以下「量研」という。)量子ビーム科学研究部門高崎量子応用研究所先端機能材料研究部 プロジェクト「陽電子ナノ物性研究」の前川雅樹主幹研究員らは、量研が世界に先駆けて開発した技術である「陽電子ビーム磁性空孔分析技術1)」を使い、これまでメカニズムが不明であった、磁性を持たない半導体の酸化亜鉛2)に放射線を照射すると強磁性3)が現れるという現象は、その原因が、結晶中の亜鉛原子の欠損部分に生じた電子スピンの偏り4)であることを初めて解明しました。これは、次世代デバイスの開発に向けた分析技術の有用性を実証するものです。

半導体である酸化亜鉛は、鉄などの磁性元素を含んでいないため、通常、磁性を持っていません。しかし、これに放射線を照射すると強磁性体に変化することが知られており、記憶素子等への応用が期待される「強磁性半導体」の材料として注目されています。しかし、そのメカニズムは今まで解明されていませんでした。
一般に、磁性の源となるのは電子スピンの偏りであり、放射線によって結晶中にできた空孔(原子が欠けた穴)にそのような電子状態が生じていることが従来から予想されていました。量研では、原子空孔にある電子のスピンを直接検出できる「陽電子ビーム磁性空孔分析技術」の開発に世界に先駆けて成功しており、今回この技術を用いて放射線を照射した酸化亜鉛を調べました。
その結果、電子スピンの偏りが亜鉛原子空孔に存在することを世界で初めて実験的に観測し、強磁性発現のしくみを解明することに成功しました。
今回、従来からの理論予測が実証されたこと、またその計測技術が確立されたことで、今後、より強い磁性を持たせる方法や、安定して磁性を維持できる方法、酸化亜鉛以外の物質が強磁性を持つ方法などを見出していく道筋が示されました。本手法は、磁性元素を混合することなく半導体に磁性を持たせる新たな原理による強磁性半導体の開発に役立つことが期待され、ひいては、近年、従来の「エレクトロニクス」に代わる次世代技術として注目を集めている、電子スピンを制御・利用する「スピントロニクス」5)のデバイスの実現につながるものです。
本研究成果は、Applied Physics Letter誌において、2017年4月25日(予定)にオンライン公開されます。

本研究の背景と目的

半導体デバイスは、これまで電荷(電流)を制御する技術、すなわち「エレクトロニクス」を中心に発展を遂げてきました。しかし近い将来、電力消費量の2割近くをこうしたデバイスが占めるようになると予測されており、デバイスの低消費電力化が重要な課題となっています。このためには、回路の微細化と集積化が効果的ですが、線幅は今や数ナノメートルの領域にまで縮小され、これ以上の微細化は容易ではなくなりつつあります。そのため、新しい原理に基づく超低消費電力デバイスの開発が望まれています。そこで電子が持つ性質のうち、従来用いられてきた電荷だけではなく、これまで使われてこなかったスピンという性質も利用した「スピントロニクスデバイス5)」の開発が進められています。
スピンと磁気は一体のものであり、スピントロニクスデバイスの動作には、磁性を持った半導体材料が必要不可欠です。そこで、半導体の一種であるが磁性を持たない酸化亜鉛2)に磁性元素を混ぜ込む方法により強磁性半導体を作る試みが続けられていました。しかし、これには磁性元素が均一に分散しないという大きな問題があるため、磁性不純物を使わずに磁性を持たせる方法が望まれるようになりました。そのような方法として、熱処理や放射線照射によって酸化亜鉛が強磁性体になる現象を利用する方法があります。理論的な研究から、この現象は亜鉛原子空孔にある電子スピンの偏り4)によって引き起こされることが予測されていました。しかし、電子スピンの偏りが亜鉛原子空孔にあることは、直接観測されていませんでした。これは、原子空孔にある電子のスピンを高感度に検出できる手法がなかったためです。
量研では、これまでに、原子空孔にある電子のスピンを高感度に検出できる「陽電子ビーム磁性空孔分析技術」1)の開発に世界に先駆けて成功しています。今回この手法を用いて、放射線照射によって強磁性体になった酸化亜鉛の電子スピンの偏りと原子空孔の観測を試みました。

研究手法と成果

酸化亜鉛(図1(a):照射前の状態)中に原子空孔を導入するため、量研・高崎量子応用研究所のイオン照射研究施設(TIARA)で酸素イオン照射を行いました(図1(b):照射後の状態)。磁性の強さを測る磁化測定によって、照射後の酸化亜鉛が強磁性体になっていることを確認しました(図1(c))。

研究手法と成果の図1
図1 (a)照射前の酸化亜鉛の結晶。亜鉛と酸素の原子が規則正しく並んでいる。
 (b)酸素イオン照射を行うと、原子が欠損し原子空孔が生成する(図は亜鉛原子空孔の場合)。
 (c)磁化測定を行うと、原子空孔を導入した酸化亜鉛では磁性が現れる。

次に、「陽電子ビーム磁性空孔分析技術」(図2(a))を用いて、酸素イオンを照射した酸化亜鉛中にできた原子空孔に、磁性の源となる電子スピンの偏りが存在しているかを調べました。陽電子を物質に当てると、陽電子は原子空孔に捕まり、周りの電子と結合し、ガンマ線が発生します。このガンマ線の強度は、電子スピンの向きに応じて変化します。そこで、試料に外部から磁場をかけ、電子スピンの向きを入れ替えることによって、ガンマ線の強度がどう変化するのかを測定しました。その結果、酸素イオンを照射する前では、磁場の向きを変えてもガンマ線の強度が変化しないのに対して、照射をした後では磁場の方向を変えるとガンマ線の強度が変化することが見いだされました(図2(b))。陽電子は、酸化亜鉛の原子空孔のうち、亜鉛原子空孔に対して高い感度を持つことが知られているため、酸素イオンを照射した酸化亜鉛では亜鉛原子空孔に電子スピンの偏りがあり、これにより強磁性体としての性質を帯びていることが裏付けられました。これは、原子空孔と電子スピンの偏りを同時に検出できる「陽電子ビーム磁性空孔分析技術」を用いることで初めて明らかになったことです。この理論予測が実証されたことで、より強い磁性を持たせる方法や、安定して磁性を維持できる方法についての道筋を示すことができ、更には酸化亜鉛以外の物質においても、同じメカニズムを利用して磁性を持たせることができうることが示されました。

研究手法と成果の図2
図2 (a)陽電子ビームにより原子空孔の電子のスピンを検出する原理。測定対象物質に陽電子を当てると、物質中の電子と結合し、ガンマ線が発生する。外から磁場をかけることで電子のスピンの向きを変化させると、この結合のしやすさが変わり、ガンマ線の強度が変わる。
(b)酸素イオンを照射した酸化亜鉛に、陽電子を当てて発生するガンマ線の強度の差((1)-(2))を測定した結果。照射前にはほとんど差が見られないが、照射後には差が観測された。これは陽電子が捕まっている位置(原子空孔)に電子のスピンの偏りがあることを意味している。

今後の展開

今後は、酸化亜鉛を始めとする様々な半導体材料において、放射線の照射で現れる強磁性の特性評価を進め、強磁性体としての特性をより強めた強磁性半導体材料の開発に貢献することを目指します。
放射線によりもともと非磁性体であった材料が強磁性体になるという現象は、これまでとは異なる原理に基づく全く新しい磁性体材料の創製につながる可能性があります。もし、広く使われている半導体材料が、原子空孔を入れるだけで強磁性を持つようになれば、磁性元素を均一に混ぜ込む工程が不要となり、デバイス作製工程の単純化や低コスト化が期待できます。これは、強磁性半導体を利用したスピントロニクスデバイスの実現を大きく進展させることにつながります。
本手法は、スピントランジスタや磁気メモリーといった、消費電力がほぼゼロ、あるいは極めて少ないという、従来の半導体技術では実現できない革新的デバイスの開発につながると期待され、我が国が目指す「超スマート社会」の実現や、社会の持続的な成長と発展に寄与するものと考えています。
なお、本研究はJSPS科研費15K14135の助成を受けたものです。

用語解説

  1. 陽電子、陽電子ビーム磁性空孔分析技術
    陽電子は、電子と反対のプラスの電荷を持つが、質量やスピンの大きさは電子と全く同じという電子の反粒子である。陽電子のエネルギーと飛翔方向を揃えることで光線状の陽電子ビームを形成することができる。これにより、物質中に陽電子を入れる深さを自在に変えることができる。陽電子は、電子と結合するとガンマ線(消滅ガンマ線)を放出して消滅する。この消滅ガンマ線の観測から、物質中の原子空孔を検出することができる。更に、電子のスピンの向きによって消滅ガンマ線の強度が変わる性質を利用すると、原子空孔にある電子のスピンを検出することも可能である。これが陽電子ビーム磁性空孔分析技術である。
  2. 酸化亜鉛
    亜鉛と酸素の化合物。半導体の特性を示すことで知られる。高純度な単結晶は透明であるため、ディスプレイのような光学デバイスに用いる透明電極材料としても注目されている。また最近は、半導体と磁性体の両方の性質を持つ強磁性半導体の基材としても研究が進められている。
  3. 強磁性
    強磁性とは、鉄などのように磁石に着いたり、磁石になったりする性質を指す。磁場中に強磁性体を置くと、電子のスピンが全部同じ向きに揃い、物質全体が強く磁化される。
  4. 電子スピンの偏り
    一つ一つの電子は「スピン」という棒磁石のような性質を持っており、これには上向きと下向きの二種類の状態がある。物質中の電子について、二つの状態が同じ数であるときには磁性は現れないが、どちらかの向きが多くなり、数に偏りが生じることで、磁性が現れる。
  5. スピントロニクス
    従来のエレクトロニクスでは、電子の電荷の流れ(電流)を制御することで様々な動作をする素子が開発されてきた。スピントロニクスとは、これに加え電子のスピンの流れ(磁気の流れ)も利用する技術の総称である。スピントロニクスデバイスでは、発熱の極めて少ない演算素子や待機電源の不要なメモリーなど、従来のエレクトロニクスでは実現不可能な低消費電力性能を持つ電子デバイスの実現が期待される。