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プレスリリース

世界最高濃度の室温量子スピンを有するダイヤモンド結晶の作製により、理論的に存在が予測されていた「時間結晶」の室温観測に成功

掲載日:2017年3月9日更新
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成果のポイント

  • ダイヤモンド結晶中のNVセンターの高濃度化により、強い相互作用と不規則性をあわせもつ、106個程度の電子スピンの集団を作製しました。
  • 非平衡状態での存在が理論的に予測されていた「離散的時間結晶」の室温での観測に成功しました。
  • 新しい物質相の存在が実証されたことは、量子コンピューティング、量子計測、量子シミュレーションに重要な、量子多体系のダイナミックス制御へのマイルストーンとなります。

国立大学法人筑波大学(以下「筑波大学」という)知的コミュニティ基盤研究センター 磯谷順一名誉教授、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構高崎量子応用研究所(以下「QST高崎研」という)小野田忍博士、住友電気工業株式会社アドバンストマテリアル研究所 角谷均博士らは、ハーバード大学(米国)、ウルム大学(ドイツ)、プリンストン大学(米国)、カリフォルニア大学バークレー校(米国)などのグループとの共同研究により、室温での離散的時間結晶(Discrete Time Crystal)の生成を実験により実証することに成功しました。
液体から結晶への相変化のように、3次元空間の並進対称性の破れは、物性分野で既に知られているのに対して、時間並進対称性の破れは、その存在が理論的に予測されるにとどまっていました。ごく最近、報告された最初の観測例では、極低温の捕獲イオン1)10個の1次元配列を用いています。それに対して、本研究では、ダイヤモンド結晶中の強い相互作用と不規則性とをあわせもつ、約100万個の量子電子スピン集団を用いて、室温での離散的時間結晶の生成の観測に成功しました。この試料は、本研究グループが開発した高温電子線照射技術によって作製されたもので、ダイヤモンド結晶中のNVセンター(nitrogen-vacancy、図1)と呼ばれるカラーセンター(点欠陥)を平均距離5nmという世界最高濃度で含んでいます。このような、時間並進対称性を破った離散的時間結晶という新しい相を、非平衡状態の量子系で実現できたことは、量子多体系のダイナミックス制御のマイルストーンとなる成果であり、量子コンピューティングの量子メモリや量子計測の高精度化への応用も期待されます。

ダイヤモンドのNVセンサー解説図
図1 ダイヤモンドのNVセンサー
(左)ダイヤモンド中のNVセンターは、隣接する2個の炭素原子を窒素と原子空孔のペアーが置き換えた構造で、電荷-1、スピンS=1を持つ。(右)共焦点蛍光顕微鏡を用い、単一分子に相当する単一の欠陥を室温で検出でき、さらに光検出磁気共鳴を組み合わせて単一電子スピンの電子スピン共鳴スペクトルを室温で観測できる。単一NVセンターの単一電子スピンは、室温で、光による初期化、光によるスピンを読み出し、マイクロ波パルスによるコヒーレント操作ができ、長いコヒーレンス時間をもつなど、「室温量子スピン」と呼ばれるのにふさわしい特性を持っている。そのため、量子コンピューティングなどの量子情報処理デバイスやナノスケールのNMRなどの量子センシングへの応用の研究が進んでいる。

本研究成果は、3月8日付Nature誌(オンライン版)に掲載される予定です。
*本研究の一部は、科研費基盤(A)「ダイヤモンド中のNVセンターのナノ配列作製による数量子ビット量子レジスタの作製」(研究代表者:磯谷順一筑波大学名誉教授)の支援のもとに実施されました。

研究の背景

液体や気体は、密度が一様な状態で、一つの点から任意の方向・距離の別の点に移動しても変わらないという「連続的並進対称性」を持ちます。また、原子が規則的に並んだ結晶においては、単位胞ごとに移動するともとの状態と区別がつかなくなるという「離散的並進対称性」を持ちます。水が氷になるのは、連続的並進対称性を自発的に破り、離散的並進対称性へ相変化が生じていると言うことができます。
時間も一様に流れており、連続的並進対称性を持つと考えられますが、それを自発的に破り、時間的な繰り返しの周期性という離散的並進対称性を持つ「時間結晶」が現れる可能性が、2012年にマサチューセッツ工科大学のF.Wilczek教授によって唱えられました[Ref.1]。自発的対称性の破れを4次元時空間に拡張した時間結晶は、全く新しい物質相であり、大きな注目を集めるとともに、議論の対象になりました。2015年、東京大学物性研究所の押川教授らは、自発的時間並進対称性の破れを数学的に定式化し、平衡状態では時間結晶が存在しないこと証明しました[Ref.2]。しかし、非平衡状態では時間結晶が存在するという可能性は残されていました。
最近、量子コンピュータ、量子通信、量子センシングなどの量子を操る技術が進展し、さらに、量子スピン間に強い相互作用をもつ量子多体系の非平衡状態・ダイナミックスの理論的研究が進んでいます。非平衡状態で実現する時間結晶は、周期Tを持つ外場で駆動すると、周期Tではなく、Tの2倍、3倍、・・の周期という超格子構造に相当する繰り返しを示す離散的時間結晶であることが予測されるようになりました。2016年、カリフォルニア大学バークレー校のYao准教授は、量子系を対象に時間結晶を生成し、その生成を確かめる実験の青写真となる提案を発表しました[Ref.3]。
これを受けてメリーランド大学のMonroe教授らは、電子スピンをもつ捕獲イオン(171Yb+)10個を一次元に並べた極低温の実験により、時間結晶の生成を示しました[Ref.4]。これはまさしく、Yao准教授の提案にあげられていた例を実現したものです。
本研究では、高濃度のNVセンターを含むダイヤモンド結晶を用い、上記の例とは全く異なる約100万個の3次元の電子スピンの集合に対して、しかも室温で時間結晶の生成を実現しました。

研究内容と成果

本研究グループはNVセンターを含む高品質結晶を作製するため、QST高崎研の電子線加速器を用いて、電子線照射しながらNVセンターを作製できる高温電子線照射技術を開発しました。試料として100ppm程度の窒素を孤立置換型不純物として含む高温高圧法合成ダイヤモンドを用い、真空中、700-800℃で、2MeV電子線を、285時間にわたって照射しました。途中および最後に1000C、2時間の熱処理(真空中)を行いました。これにより、照射ダメージとしての格子欠陥の生成を抑え、世界で最高濃度(45ppm)のNVセンターの高品質作製に成功しました(図2)。

本研究に用いたダイヤモンド結晶の写真
図2 本研究に用いたダイヤモンド結晶
(左)高圧高温法ダイヤモンド結晶
炭素原子を置き換える形の不純物窒素原子を高濃度(百数十ppm程度)に含むので黄色を示す。(1ppmは炭素原子100万に1個の割合)
(中)NVセンターを高濃度に含む結晶
NVセンターは光を強く吸収するので、高濃度ではほとんど黒色に近づく。
(右)NVセンターを低濃度に含む結晶
不純物窒素濃度の低い結晶と低フルエンスの電子線照射を用いた。0.05ppmという低濃度でもNVセンターによる着色が明瞭である。

次に、このダイヤモンド単結晶から取り出した〜106個の三次元の電子スピンの集団を用いて、時間結晶の生成法と生成の確認、時間結晶生成の相図の理論的提案の実証を、以下の実験により行いました(図3)。

離散的時間結晶の生成と検証実験の解説図
図3 離散的時間結晶の生成と検証
周期Tでスピン集団を駆動する外場に回転(フリップ)角度をπ(180°)からずらすという不完全性を加えても、スピン同士の強い相互作用があるために、スピンの集団は周期2Tで初期状態に戻る振動をnが100程度を越えるまで持続する。

  1. レーザー照射による光ポンピング(MS=0とMS=-1の2準位の占有数をMS=0にそろえる)に続いてマイクロ波パルスを加えて初期状態を作製します。その後、スピンロッキング2)(時間τ1)、角度Θの回転(フリップ)操作(時間τ2)の2つのマイクロ波パルスの組み合わせをn回繰り返したのち、初期状態との時間相関を蛍光強度として読み出しました。駆動のもつ周期T=τ12の繰り返しという時間並進対称性を破り、2Tの周期で初期状態に戻る繰り返しの振動が長く続くことを観測しました。また、MS=0とMS=-1、MS=+1の3準位を用いて、周期3Tの離散的時間結晶の観測にも成功しました。
  2. 駆動する外場に不完全性[マイクロ波パルスの回転(フリップ)角をπ(180℃)からずらす]を導入しても、スピンの集団は2T、3Tの周期でシンクロナイズして初期状態へ戻る振動を示すという頑丈さを観測しました。これは、離散的時間結晶の生成を確認する確固たる証拠を得たことになります。
  3. 相互作用時間(τ1)および駆動するパルスの不完全性(πからのずれ)を系統的に変えて、時間結晶の相(駆動する外場の時間並進対称性を自発的に破った状態)と時間結晶が融解した相((駆動する外場の時間並進対称性を破らない状態)の境界を求めることができました。時間結晶の生成に強い相互作用が重要であることが確かめられました。

ダイヤモンド中のNVセンターは、量子スピンとしての優れた特性を室温でも発揮するため、量子コンピューティングや量子センシングへの応用研究が盛んに行われています。このNVセンターを高濃度で作製することにより、量子スピン間の相互作用が強くなります。またNVセンターは、ダイヤモンド結晶中にランダムに含まれる不純物窒素を変換することで得られるため、NVセンターも不規則に配置されています。本研究では、このような、強い相互作用と不規則性とをあわせもつ電子スピンの集団を用いたことで、室温での時間結晶観測が実現しました。

今後の展開

自発的な対称性の破れは、空間結晶ばかりでなく、宇宙論や素粒子物理学(南部陽一郎シカゴ大学名誉教授が2008年ノーベル物理学賞を受賞)、物性論(強磁性、超伝導)の基本的概念です。今まで手つかずであった、時間並進対称性を破る方法が実験で証明されたことは物性分野における大きな進歩と言えます。離散的時間結晶という非平衡状態の新しい相の存在が実証されたことは、量子多体系のダイナミックスの制御の前進をもたらしたと言えます。離散的時間結晶が、駆動する外場の不完全性に対して頑丈であることは、量子コンピュータにとって重要な量子メモリや高精度の量子測定に対しても寄与すると考えられます。

用語解説

  1. 捕獲イオン
    電磁場を用いて超高真空中の限られた空間内にイオンを閉じ込める装置であるイオントラップを用いて、捕獲されたイオン。イオンを鎖状に並べることができ、コヒーレンス時間が長いので量子コンピューティングの原理実証に先駆的な結果を出してきた系ですが、極低温を必要とすることに加えて、多量子ビット化に限界があります。
  2. スピンロッキング
    核磁気共鳴において、RFパルスで磁化をπ/2回転したのち、位相をπ/2ずらしたRFパルスを磁化の倒れた方向にかけ続けます。回転座標系では外部磁場が存在していないかのようにふるまうので、RF磁場を静磁場として、磁化の方向は固定されたままになるとともに、回転座標系のスピン格子緩和として磁化は緩やかに減衰します。異なる核種の間のラビ周波数を一致させて交差分極による感度増大に用いられます。本研究では光ポンピングでスピン分極(+Z方向)したのち、-Y軸方向からのマイクロ波のπ/2パルスで+X方向に向きを変えて初期状態[(|0>+|-1)/√2]を生成しています。スピンロッキングは、+X方向のマイクロ波パルスを加えます。スピンロッキングの間、隣接するスピン同士の相互作用は分極を保つようにはたらきます。

参考文献

  1. Frank Wilczek, “Quantum time crystals”, Phys. Rev. Lett. 109, 160401 (2012).
  2. H. Watanabe and M. Oshikawa, “Absence of quantum time crystals”, Phys. Rev. Lett. 114, 251603 (2015).
  3. N. Y. Yao, A. C. Potter, I. -D. Potirniche, and A. Vishwanath,”Discrete time crystals: rigidity, criticality, and realizations”, Phys. Rev. Lett. 118, 030401 (2017).
  4. J. Zhang et al., ``Observation of a discrete time crystal,''arXiv:1609.08684.

掲載論文

  • 題名 Observation of discrete time-crystalline order in a disordered dipolar many-body system
    (不規則性をもつ双極子結合した多体系による離散的時間結晶秩序の観測)
  • 著者名 Soonwon Choi1, Joonhee Choi1,2, Renate Landig1, Georg Kucsko1, Hengyun Zhou1, Junichi Isoya3, Fedor Jelezko4, Shinobu Onoda5, Hitoshi Sumiya6, Vedika Khemani1, Curt von Keyserlingk7, Norman Y. Yao8, Eugene Demler1, and Mikhail D. Lukin1
    1Department of Physics, Harvard University, Cambridge, Massachusetts 02138, USA
    2School of Engineering and Applied Sciences, Harvard University, Cambridge, Massachusetts 02138, USA
    3Research Centre for Knowledge Communities, University of Tsukuba, Tsukuba, Ibaraki 305-8550, Japan
    4Institute for Quantum Optics, Ulm University, 89081 Ulm, Germany
    5Takasaki Advanced Radiation Research Institute, National Institutes for Quantum and Radiological Science and Technology, 1233 Watanuki, Takasaki, Gunma 370-1292, Japan
    6Sumitomo Electric Industries Ltd, Itami, Hyougo 664-0016, Japan
    7Princeton Center for Theoretical Science, Princeton University, Princeton, New Jersey 08544, USA
    8Department of Physics, University of California Berkeley, Berkeley, California 94720, USA
  • 掲載誌 Nature