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プレスリリース

電子の動きを止めて観る、極短パルスX線の実現にあらたな道筋 ~自由電子レーザの光の位相を制御し未踏の時間領域に迫る~

掲載日:2017年11月14日更新
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発表のポイント

  • 自由電子レーザ発生装置に外部から微弱なレーザを連続的に注入することで、これまでできないと考えられてきた自由電子レーザ(Free-Electron Laser; FEL)パルスの位相制御ができることを見出した。
  • 紫外線の波長領域で実績のある高次高調波発生(High Harmonics Generation; HHG)技術と組み合わせることで、アト秒(10-18秒)の時間領域の極短パルスをX線の波長領域で高繰り返し(10MHz以上)で発生させることを可能とした。
  • 本研究成果により、化学反応や物質の変化を引き起こす電子の動きを止めて観ることが期待できる。

概要

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫)量子ビーム科学研究部門の羽島良一上席研究員と永井良治上席研究員は、自由電子レーザ発生装置に外部から微弱なレーザを連続的に注入することで、レーザ光が持つ波としての性質の一つである位相が制御できることを見出しました。
ストロボ撮影を使うと高速で動く物体を止めて観ることができますが、より高速な動きを観測するためには、より短い時間幅の光パルスが必要となります。近年、近赤外線領域(波長=約1μm)の極短レーザパルスをガス中に集光することで得られる高次高調波発生技術により、時間幅が数十アト秒(1アト秒=10-18秒)で波の性質のそろった光パルスを紫外線の波長領域で発生し利用することが可能になっています。このような光パルスを使って電子の動きなどのストロボ撮影を行うためには、HHGの元となるレーザパルスの光の位相が制御されている必要があります。
自由電子レーザは、加速器で得られる高エネルギー電子ビームからレーザを作り出す装置で、電子エネルギーを変えるなどでレーザの波長を自在に変えることができます。しかし、FELでは、電子ビームに含まれる「電子のゆらぎ」が「種光」となりレーザ発振を得るため、これまで、光の位相を制御することはできないと考えられてきました。
本研究では、あらかじめ光パルスの振幅と位相を制御した微弱なレーザをFELの光共振器に連続的に注入し、発生したFEL光のパルス先頭部の位相をピン止めすることで、パルス全体の位相が制御できることを見出しました。今回の手法を取り入れることで、位相を制御したFELパルスの発生が可能になります。さらに、HHGの短波長化に有利な中赤外線領域(4μm以上の波長)を選んでFELを動作することによって、これまでよりはるかにエネルギーの高い1keV以上のアト秒X線を1秒間に1千万回(10MHz)以上の繰り返しで生成することが可能となります。
一般に化学反応や物質の変化が生じる際のカギとなる電子の「励起」や「緩和」などの現象はそれぞれフェムト秒(10-15秒)、ピコ秒(10-12秒)程度の間に起きるとされています。今回の成果が生み出すアト秒はこれよりはるかに短い時間であり、電子や原子をはじめあらゆるものが「止まって」見える世界です。これをX線という非常に透過力の強い光で観察できることは、物質変化のプロセスばかりでなく、現在予想もされていない新たな現象を見出し、さらには制御する可能性も秘めています。本研究成果は、アト秒X線光源の実現に新たな道筋をつけるものであるとともに、未踏の時間領域を開拓するための有力な手法として期待されます。
本研究成果は米国物理学会が発行するPhysical Review Lettersの11月14日号に掲載されます。なお、本研究の一部は(公財)光科学技術研究振興財団の研究助成によるものです。

研究の背景

(1)共振器型自由電子レーザ

自由電子レーザ(FEL)は、電子エネルギーを変えるなどで発振するレーザの波長を自在に選ぶことができます。特に、可視光や赤外線の波長領域では高反射率のミラーが得られるため、共振器型FELを構成することができます。共振器型FELは、図1に示すように、電子加速器、アンジュレータ(周期的に交代する磁場で電子を蛇行運動させる)、光共振器(レーザパルスを閉じ込めて繰り返し電子と相互作用を行わせる)からなります。電子加速器は、線形加速器、円形加速器のいずれも利用可能ですが、ここでは線形加速器(リニアック)の例を示しています。
図2は、共振器型FELにおけるレーザ発振の様子を示したものです(FELシミュレーションコードの結果)。FELパルスは共振器を往復しながら指数関数的に増大し、飽和強度に至ります。加速器で発生する電子ビームのパルス(電子バンチという)には多数の電子(この例では約109個)が含まれます。電子の分布は統計的な揺らぎを持っており、この揺らぎが作る「ショットノイズ」が、FEL発振の「種光」となります。

図1:共振器型自由電子レーザの画像
図1:共振器型自由電子レーザ

図2:共振器型自由電子レーザにおけるレーザ発振の例(シミュレーション)。FELパルスは指数関数的に増幅し、約150回往復後に飽和強度に到達している。の画像
図2:共振器型自由電子レーザにおけるレーザ発振の例(シミュレーション)。FELパルスは指数関数的に増幅し、約150回往復後に飽和強度に到達している。

(2)レーザパルスの位相(キャリアエンベロープ位相)

図3に示すように、非常に短いレーザパルスでは、光の波が一パルス内にたった数個しか含まれないことがあります。このような時、パルスに含まれる光の波の位相がレーザパルスを特徴づける重要な指標のひとつとなります。レーザーパルスの包絡線(エンベロープ)に対する、光の波(キャリア)の位相を、キャリアエンベロープ位相(carrier envelope phase; CEP)と呼びます。極短パルスレーザでは、CEPの値によって光の波が作る最大電場の値が変わります。図3に示すように、CEP=0度ではパルスピークで光の電場が最大になりますが、CEP=90度ではパルスピークで光の電場はゼロとなり、パルスピークから外れた位置で電場が最大値をとります。次に述べる高次高調波発生のように、レーザと物質の相互作用に基づく現象では、光の電場が最大となるタイミング(CEP)が変わると相互作用の時間発展の様子が変わってしまいます。極短パルスレーザの利用では、CEPを安定化することが重要な技術のひとつです。

図3:極短レーザパルスにおけるキャリアエンベロープ位相(φCEP)。左:φCEP=0、右:φCEP=90°。の画像
図3:極短レーザパルスにおけるキャリアエンベロープ位相(φCEP)。左:φCEP=0、右:φCEP=90°。

(3)高次高調波発生

高次高調波発生(HHG)は、高強度レーザをガス中に集光した時に、原子と光の非線形相互作用によって高い次数の高調波(入射した光に比べてエネルギーの非常に高い光で、光の波長が元の光の3分の1、5分の1…と奇数分の1となる特徴を持つ)が発生する現象です。HHGで発生する最も高い次数の高調波に対応する光のエネルギーをカットオフエネルギーと呼びます。数サイクルの極短パルスレーザを入射すると、同じく、数サイクルの高調波が発生するので、高調波パルスの時間幅は真空紫外線領域ではアト秒(10-18秒)の時間スケールとなります。高次高調波の発生効率とカットオフエネルギーは、入射するレーザの波長、強度に加えて、キャリアエンベロープ位相によっても大きく変わります。

研究成果

これまで、われわれの研究グループが行った実験では、共振器型FELにおいてパルス幅が波長の2.3倍の極短FELパルスの生成に成功しています(2003年9月1日プレス発表)。この実験からは、FELパルスが光共振器を往復する時間と電子バンチの間隔と精密に一致した場合にのみ、このような極短FELパルスが生成できることがわかり、この条件を「完全同期長発振」と名付けました。
今回の研究では、この完全同期長発振のもとで、キャリアエンベロープ位相を安定化する条件を探索するため、独自に開発したFELシミュレーションコードを用いた計算を行いました。電子ビームのエネルギーを50MeV、FEL波長を6μmに選びました。
図4は、完全同期長発振において得られるFELパルスの計算結果です。左の図には、光共振器中の往復回数(n)が1500、2000、2500回のFELパルスの時間波形を重ねてプロットしています。2500回往復後のFELパルスの幅(半値全幅)は、4.4波長となりました。しかしながら、FELパルスの波形は一定していません。右の図は、FELパルス内のレーザ位相が光共振器の往復によって変化する様子ですが、パルスの位相が不安定になっていることがわかります。
われわれグループは、完全同期長発振においてFELパルスが安定しない原因がパルス先頭部(図4の破線で囲んだ部分)に現れる揺らぎにあることを突き止めました。パルス先頭部は電子ビームのショットノイズが支配的な部分で、FELパルスのピークに比べて11桁小さな強度しかありません。ショットノイズはFEL発振の種光として重要な役割を果たしますが、発振後には、このショットノイズの微弱な揺らぎがFELパルスを不安定にしていることがわかったのです。
そこで、われわれは、あらかじめ光パルスの振幅と位相を安定化した外部レーザを用意し、この外部レーザで発生したレーザパルスを種光(シード)として共振器型FELの光共振器に連続的に注入することで、ショットノイズによる揺らぎを抑制することを考えました。図5に、外部レーザからFEL共振器に種光を入れた場合のシミュレーション結果を示します。往復回数(n)が1500、2000、2500回までのいずれの場合も曲線はよく一致し、波形がきれいにそろっています。振幅と位相が安定した外部レーザによってFELパルスの先頭部をピン止めし、これによって、FELパルス全体が安定化することが明らかになりました。
これらの結果から、「FELパルスの位相制御」が可能であることを見出しました。

図4:完全同期長発振におけるFELパルスの計算結果。の画像
図4:完全同期長発振におけるFELパルスの計算結果。(左)FEL発振後のパルス波形:光共振器の往復回数(n)が1500回、2000回、2500回の場合。横軸は波長で規格化した光パルスの長さ方向の座標。「bunch」はアンジュレータ入口(z=0)と出口(z=Lu)での電子バンチの位置。(右)FELパルス内のレーザ位相が光共振器の往復(round trips)によって変化する様子。

図5:外部レーザ(seed laser)を注入した場合のFELパルスの計算結果。の画像
図5:外部レーザ(seed laser)を注入した場合のFELパルスの計算結果。外部レーザを注入することでFELパルスの先頭部が安定化し、これによりFEL発振後のパルス波形、位相ともに安定化している様子が示されている。

成果の波及効果

チタンサファイアレーザ(波長0.8μm)に代表される極短パルス固体レーザ技術の成熟により、HHGによるアト秒光パルスの発生と利用が進んできましたが、これまで、HHGの利用は紫外線領域(おおむね、光の波長で10nm以上、光のエネルギーで100eV以下)にとどまっていました。最近、米国グループによる研究にて、波長3.9μmのレーザで駆動されるHHG実験において1keVを超えるエネルギーの高次高調波が得られました。この実験結果は、HHGで発生する高調波の波長短くする(光のエネルギーを高める)ためには、波長の長いレーザーが有利であるという理論に裏付けられています。
今後、1keV以上のX線領域においてHHGによるアト秒パルスの利用を開拓するには、波長4μm以上の中赤外線の波長領域で動作し、なおかつ、位相を安定化した極短パルスレーザが求められます。先に述べた米国グループの研究は中赤外線の固体レーザを用いたものですが、固体レーザでは、光パラメトリック増幅や差周波発生といった波長変換技術を駆使することで中赤外線の極短パルスの発生が可能である一方、波長変換の効率が低いために高い繰り返し(10MHz以上)でHHGを駆動するような中赤外線レーザを実現するのは困難です。
今回の研究成果は、波長可変、高平均出力の特徴を持つFELに、あらたに、極短パルスと光パルス位相の安定化を同時に実現するものです。この新たな光を用いて、波長4μm以上の中赤外線の波長領域にてHHG技術を利用すれば、これまでよりはるかにエネルギーの高い1keV以上のX線をアト秒の時間幅で作り出すことができます。従来の紫外線領域のアト秒光科学をX線領域に拡大することにつながります。
一般に化学反応や物質の変化が生じる際のカギとなる電子の「励起」や「緩和」などの現象はそれぞれフェムト秒(10-15秒)、ピコ秒(10-12秒)程度の間に起きるとされています。今回の成果が生み出したアト秒(10-18秒)はこれよりはるかに短い時間であり、電子や原子をはじめあらゆるものが「止まって」見える世界です。これをX線という非常に透過力の強い光で観察できることは、物質変化のプロセスばかりでなく、現在予想もされていない新たな現象を見出し、さらには制御する可能性も秘めています。
FELによるX線の発生は、X線自由電子レーザ(XFEL)として既に実現しています。XFELはエネルギーが数GeVの電子ビームを使ってX線を発生する装置で、発生するX線パルスはフェムト秒(10-15秒)の時間領域です。今回の研究成果であるFELを使った高次高調波発生(FEL-HHG)は、XFELよりも2桁小さなエネルギーの電子ビームを用いてXFELとは異なる方式により従来よりはるかに短いパルスのアト秒X線を発生する手法であり、シンクロトロン放射光、XFELと進化してきた加速器光源の未来に新たな可能性を開くものです。

図6:これまでに実現している極短パルス光源である高次高調波とXFEL、本研究の成果で実現するFEL-HHG光源について、それぞれの波長とパルス幅を示したもの。の画像
図6:これまでに実現している極短パルス光源である高次高調波とXFEL、本研究の成果で実現するFEL-HHG光源について、それぞれの波長とパルス幅を示したもの。

用語解説

1.)高次高調波発生技術

レーザをガス中に集光した時、レーザ強度が大きい場合(レーザ光の電場が大きい場合)には、ガスを構成する原子とレーザの非線形相互作用によって、入射レーザの波長の奇数分の1の波長を持った高調波が発生します。フェムト秒の赤外線レーザを入射して、アト秒の紫外線パルスを得ることができます。高調波は入射レーザと同じく空間干渉性と時間干渉性を持っています。利用実験に供することができるアト秒光パルスの発生では唯一の実用的な技術です。

図7:高次高調波発生の画像
図7:高次高調波発生