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プレスリリース

超高温プラズマ加熱用高出力マイクロ波源の製作完遂 ~イーター初プラズマに道筋~

掲載日:2021年5月28日更新
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発表のポイント

  • 核融合実験炉イーターのプラズマ加熱に用いる高出力マイクロ波源「ジャイロトロン」の日本分担分全8機の製作を、ロシアや欧州に先駆けて完遂
  • 初プラズマで使用される4機が性能確認検査に合格し、イーターの運転開始とその後の 核融合実験に向けて大きく前進

 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野 俊夫。以下「量研」という。)とキヤノン電子管デバイス株式会社 (代表取締役社長 中牟田 浩典。以下「CETD」という。)は、南フランスに建設中の核融合実験炉イーター1)でプラズマ加熱に用いる高出力マイクロ波源「ジャイロトロン」2)24機のうち日本分担分全8機の製作を、同じく分担して製作しているロシアや欧州に先駆けて完遂させました。さらに、このうち初プラズマ3)の実現に必要な8機のうち日本が担当する4機について、性能確認検査を成功裏に終了させ、今後、順次イーター機構に輸送する計画です。本成果は、イーターの運転開始に向けてプロジェクトを大きく前進させるとともに、その後の実験運転や研究に大いに貢献するものです。

 未来のエネルギー源として期待される核融合発電では、燃料である水素ガスを数億度に加熱したプラズマという状態を長時間維持する必要があり、この高度な加熱技術を確立することが実現の鍵です。イーターではプラズマ加熱の手法の一つとして、マイクロ波と呼ばれる電磁波を使用します。マイクロ波は電子レンジでも利用されていますが、電子レンジで用いるマイクロ波源は2.45ギガヘルツ4)、500ワット程度であるのに対し、イーターで使用するマイクロ波源は、周波数で約70倍の170ギガヘルツ、出力で2千倍の100万ワットの出力性能とともに、長期間にわたって使用可能な耐久性が必要とされています。

 量研とCETDは、核融合プラズマ加熱装置としてのジャイロトロンの研究開発を1993年から開始し、2008年に世界で初めてイーターが要求する出力、電力効率及びマイクロ波出力時間を満たすジャイロトロンの開発に成功しました。一方、マイクロ波発生回路である空洞共振器への熱負荷が過大であり、100万ワット出力の繰返しには耐えられないという問題が明らかになりました。その後、量研とCETDによるさらなる研究開発の末、2016年に空洞共振器の大型化による熱負荷の低減を実現し、イーターが要求する安定な繰返し運転が可能なプロトタイプの開発に成功しました。2017年よりイーター用ジャイロトロンの実機製作に着手し、本年4月に日本調達分全8機の製作を完了させ、うち初プラズマに必要な4機については、量研におけるならし運転5) の後に実施した性能確認検査において、100万ワット出力で300秒以上のマイクロ波出力の繰り返し運転などの厳しい検査項目をクリアしました。現在、この4機はイーター機構へ輸送を待っているところです。

ジャイロトロンの研究開発

​ 核融合を起こすためには、プラズマの生成や数億度までの加熱、さらに高温状態の長時間維持が必要であり、それら全てを行うことのできる加熱方式として、周波数が100ギガヘルツ(GHz)帯、パワーが数十万ワットのマイクロ波をプラズマに入射する方式が考えられています。その高出力マイクロ波を発生させる装置がジャイロトロンです(図1)。図に示すとおり、三極型電子銃6)のカソード電極より電子がアノード電極による電圧で引き出され、超伝導マグネットの磁力線に沿って回転しながら、ボディ電極による電圧で加速され、空洞共振器7)部分において電子のエネルギーがマイクロ波に変換されます。その後、モード変換器によって空中伝搬が可能なガウスビームに変換され、内部ミラーを経由してダイヤモンド窓から高出力のマイクロ波が出力される仕組みです。

 イーターでは、出力100万ワットのジャイロトロンが要求されており、量研とCETDで協力してジャイロトロン開発を進め、2008年に最大出力100万ワットで長時間動作が可能なジャイロトロンの開発に世界で初めて成功しました。一方、マイクロ波発生回路である空洞共振器への熱負荷が過大であり、100万ワット出力の繰返しには耐えられないという問題が明らかになりました。イーターでは、ジャイロトロンを数分から最大1時間というこれまでの核融合実験装置では経験したことのない長時間動作で、かつ繰返し運転することを計画しており、そのため、長時間動作を安定に繰り返すことができるジャイロトロンの開発を目指して、空洞共振器の大型化による熱負荷の低減を試みました。空洞共振器を大型化することにより、空洞共振器への熱負荷は減少しますが、大型な共振器の中で様々な周波数の電磁波が励起されてしまい、安定な運転領域が狭くなります。また、図1に示すように、空洞で発生する電磁波の形状は、非常に複雑ですが、大型な空洞を用いることにより、この形状がさらに複雑になるため、空洞で発生したマイクロ波を空中伝搬が可能なガウスビームに変換するモード変換器の改良や、それに合わせた主要内部機器の設計の見直しが必要となります。数本の試験用ジャイロトロンによる様々なトライ&エラーを経て、2016年に世界で初めてイーターが要求する長時間動作で、かつ繰返し運転が可能なプロトタイプジャイロトロンの開発に成功しました。その後、2017年からイーター用のジャイロトロン実機の製作を進めてきました。

イータージャイロトロン(左)とジャイロトロン構成図(右)

図1 イータージャイロトロン(左)とジャイロトロン構成図(右)

性能確認検査

 性能確認検査としてイーターが要求する性能試験は、世界に類を見ない厳しさです。具体的には出力100万ワット以上、持続時間300秒以上、電力効率50%以上、繰返し運転(20回)の成功率90%以上、5キロヘルツ以上の高速でのオン/オフ切り替え運転などです。そのため、各国でこの厳しい条件をクリアするための開発が行われてきており、例えば日露は欧州に先駆けて300秒以上の運転に成功し、また、日本は5キロヘルツのオン/オフ切り替え運転の試験をロシアに先駆けて成功しています。

 性能確認検査の中で、最も難しいのが電力効率50%以上と繰返し運転(20回)の成功率90%以上を両立することです。なぜなら電力効率を上げるためにはジャイロトロンを不安定な状態で運転する必要があるからです。すなわち、ジャイロトロンの運転パラメータを最も電力効率がよくなる非常に狭い領域、いわば高いチューニングをほどこした状態で固定することが必要となり、そのような領域では少しパラメータがずれると出力が停止してしまいます。このような不安定な領域での運転では、繰返し運転の成功率が下がってしまうという問題がありました。そこで、ジャイロトロンに加える電圧のパラメータを、図1の緑色の線で示す電子ビーム電流の時間的な変化に合わせて変化させるきめ細かい制御をすることにより、安定な運転を実現しました。これにより電力効率50%以上と繰返し運転の成功率90%以上を両立することに成功し、これが4機の性能試験の成功につながりました。図2は4号機の繰返し運転の波形を示しています。

4号機の性能試験(繰返し運転)の様子(20回中10回の電力効率)

図2 4号機の性能試験(繰返し運転)の様子(20回中10回の電力効率)

今後の予定

 今回、性能試験が完了したジャイロトロンは、日本が納める8機のうち1機目から4機目となるものです。今後、本年度を皮切りに順次イーターサイトへ輸送する計画です。図3左は、マイクロ波による加熱装置の全体構成を示しており、ジャイロトロンは組立棟に隣接したジャイロトロン建屋に設置されます。図3右上は、ジャイロトロン建屋内における日本のジャイロトロンの設置概略を示し、右下は2020年11月時点でのジャイロトロン建屋及びイーターサイトの建設状況を示したものです。また、残りの4機についても順次ならし運転と性能試験を行い、2024年までに全てのジャイロトロンをイーターサイトへ輸送する予定です。

プラズマ加熱装置の全体構成(左)、日本のジャイロトロン設置(右上)、及びイーターサイトの建設状況(右下)

図3 プラズマ加熱装置の全体構成(左)、日本のジャイロトロン設置(右上)、及びイーターサイトの建設状況(右下)

用語解説

1) 核融合実験炉イーター

制御された核融合プラズマの維持と長時間燃焼によって核融合の科学的及び技術的実現性の確立を目指すトカマク型(超高温プラズマの磁場閉じ込め方式の一つ)の核融合実験炉です。1988年に日本・欧州・ソ連(後にロシア)・米国が共同設計を開始し、2006年に日本、欧州、米国、ロシア、中国、韓国、インドが「イーター協定」を締結して、2007年に国際機関「イーター国際核融合エネルギー機構(イーター機構)」が発足しました。現在、サイトがあるフランスのサン・ポール・レ・デュランスにおいて、建屋の建設や機器の組立が進められているとともに、各極において、それぞれが調達を担当する様々なイーター構成機器の製作が進められており、2025年頃からのプラズマ実験の開始を目指しています。イーターでは、重水素と三重水素を燃料とする本格的な核融合による燃焼が行われ、核融合出力500MW、エネルギー増倍率10を目標としています。
イーター計画に関するホームページ https://www.fusion.qst.go.jp/ITER/index.html (日本語)
イーター機構のホームページ     https://www.iter.org/ (英語)

ITER鳥瞰図

2)ジャイロトロン

磁場に巻き付いた電子の回転運動をエネルギー源として、高出力のマイクロ波を発生させる大型の電子管です。ジャイロトロンの名は、磁場中の回転運動(ジャイロ運動)に由来します。高出力のマイクロ波は、核融合炉内の燃料(水素の同位体ガス)へ入射することにより、プラズマ点火や、効率よく核融合反応が起こる温度への加熱、プラズマ中で発生した乱れの抑制のためなどに用いられます。

3)初プラズマ

イーターなど核融合実験装置で、運転開始において最初に生成されるプラズマのことを初プラズマと呼称しており、重要なマイルストーンです。

4)ギガヘルツ(GHz)

「ギガ」は109を意味します。「ヘルツ」は周波数の単位で、1秒間の変動数を意味します。電子レンジでは2.45ギガヘルツのマイクロ波が用いられています。

5)ならし運転

ジャイロトロンは真空管であるため、使用するためには、ならし運転を行う必要があります。製作したばかりのジャイロトロンは千分の一秒という、非常に短い時間しか運転することができません。この状態から、300秒まで運転を持続する状態にするまで、量研において数ヶ月にわたる長時間のならし運転を行っています。このならし運転を行うためには、経験を積んだ技術者がジャイロトロンの状態を見ながら、慎重に様々なパラメータを調整することが必要となります。また、ジャイロトロンの据付けも容易ではなく、0.1ミリメートル以内の精度で全高3メートル、重量700キログラムのジャイロトロンの中心軸と超伝導マグネットの中心軸を合わせる必要があります。量研においてこれらの作業を行っており、各々のジャイロトロンに対して数ヶ月程度の時間をかけてならし運転をした後、性能確認検査に臨んでいます。

6)三極型電子銃

電子ビームを引き出す電極として、陰極、陽極の他に引出し電極(電子の引出し電位を制御する電極)の合計3つの電極を持つタイプの電子銃を三極型と呼びます。陰極、陽極の2つの電極のみを持つ二極型も存在します。二極型電子銃は電極数が少ないため、構造が簡単で製作しやすいというメリットがあります。一方、三極型電子銃では引出し電極の電位を任意に制御できるため、電子の全運動エネルギーに対する回転運動エネルギー比率(電子のらせん軌道の巻き具合)を制御することができる特徴があります。

7)空洞共振器

中空の導体壁に囲まれた空間を利用したマイクロ波発生回路です。ジャイロトロンには円筒状の空洞共振器があり、ここで、電子の回転運動エネルギーの一部をマイクロ波に変換します。