現在地
Home > 分類でさがす > お知らせ・ご案内 > プレスリリース > 医学・医療 > > プレスリリース > 国際宇宙ステーションの「きぼう」日本実験棟で約6年間、宇宙放射線に曝露された精子からマウスの作出に成功 -人類の宇宙生殖の可能性を示す-

プレスリリース

国際宇宙ステーションの「きぼう」日本実験棟で約6年間、宇宙放射線に曝露された精子からマウスの作出に成功 -人類の宇宙生殖の可能性を示す-

掲載日:2021年6月14日更新
印刷用ページを表示

 山梨大学大学院総合研究部発生工学研究センターの若山清香助教、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の鈴木智美研究開発員、量子科学技術研究開発機構、日本宇宙フォーラムなどからなる研究グループは、国際宇宙ステーション(ISS)を利用した生物学実験では史上最長となる5年10か月間ISSに保存したマウスのフリーズドライ精子から健康なマウスを多数作出することに成功しました。宇宙放射線に長期間被ばくした精子で受精した胚は、地上で同期間保存した精子で受精した胚に比べ、わずかに質が低下する傾向が見られましたが、次世代には影響がありませんでした。実際に被ばくした宇宙放射線量と地上でのX線照射実験の結果を合せて考えると、理論上フリーズドライ精子は国際宇宙ステーションで約200年間保存できることになります。このような知見は、今後、月近傍有人拠点ゲートウェイにおける深宇宙環境での放射線研究などに向けた活用が期待されます。本成果はScienceの姉妹紙、Science Advancesにオンライン掲載(月日付け:日本時間6月12日(土)午前3時)されました。

タイトル:Evaluating the long-term effect of space radiation on the reproductive normality of mammalian sperm preserved on the Space Station.

本研究のポイント

  • 国際宇宙ステーションでの生物学実験としては最長となる510ヵ月間保存したマウスのフリーズドライ精子からマウスの作出に成功
  • 作出されたマウスは正常であり、次世代への影響もない(孫も元気) 
  • 地上でのX線照射実験との比較により、宇宙で200年以上保存できる可能性を示した
  • 月近傍有人拠点ゲートウェイにおける深宇宙環境での放射線研究にも利用が期待される

​1.背 景

​ 近年、月だけでなく火星への有人探査の計画が本格的になってきました。近い将来、月面基地やスペースコロニーなどが建設され永住する時代が来るとされています。その時代には、人類だけでなく家畜の生殖・繁殖も必要になりますが、宇宙環境は無重力や強力な宇宙放射線が降り注ぐため、本人だけでなく子や孫世代への影響が懸念されます。しかしマウスなどの哺乳類は宇宙での飼育が難しく、これまで哺乳類の宇宙生殖実験はほとんど行われたことがありませんでした(注1.今年8月に国際宇宙ステーションで胚の無重力培養実験が行われる予定です)。

 山梨大学の研究グループらは以前から哺乳類の宇宙生殖に関する研究を行ってきましたが(注2)、地上の疑似宇宙環境での実験には限界があり、実際に宇宙で実験する必要性を強く感じていました。そこで研究代表者らが開発した“フリーズドライ精子”(注3)を用いて、宇宙放射線が精子および次世代へどのような影響を与えるのか調べる研究を、JAXAの「きぼう」船内実験室第二期利用(2009年)に応募しました。フリーズドライ精子を用いれば、液体窒素を使わなくても国際宇宙ステーション(ISS)内で精子を長期間保存できること、小さくて軽いため打ち上げコストが安いこと、難しい実験を宇宙飛行士に依頼する必要がないことが本研究の強みです。本研究は「きぼう」搭載候補テーマとして選定後、宇宙実験を行うための様々な条件をクリアし、2012年に最終審査に合格、そして2013年にH-IIBロケットでISSに打ち上げられました(図1)。2014年に回収した最初の試料により破損などの技術的な問題はないことが確認され(注4)、世界初となる哺乳類の精子を用いた宇宙生殖研究が本格的にスタートしました。

 2019年6月、ISSを利用した生物学研究としては世界最長となる、5年10か月間宇宙で保存した凍結乾燥精子が無事ISSから回収され、詳細な解析が行われました。本プロジェクトにより、ISSでの宇宙放射線被ばくが哺乳類の精子DNAにどのような影響を与えるのか、宇宙でどのくらいの期間保存することが可能なのか、そして宇宙精子で生まれた仔の次世代、次々世代への影響はあるのか、などを明らかにすることが出来ました。

 本プロジェクトは、山梨大学発生工学研究センターの若山清香助教、若山照彦教授、同大学生命環境学部生命工学科の幸田尚教授、JAXAの鈴木智美研究開発員、永松愛子研究領域主幹、一般財団法人日本宇宙フォーラムの嶋津徹主任研究員、量子科学技術研究開発機構(QST)の荒木良子グループリーダー、有人宇宙システム株式会社、株式会社エイ・イー・エスなどによる共同研究であり、プロジェクト名は「Space Pup」(図1)です。

2.研究方法(解析については補足説明を参照)

 宇宙実験を絶対に成功させるために、4種類のマウス系統から合計66匹のオスマウスを用い、それぞれの個体から30本以上のフリーズドライ精子が入ったガラスアンプルビンを作製し、ロットチェックにより成績上位12匹を選びました(図1)。

 それぞれの個体のフリーズドライ精子は6グループ(箱)に分け、3箱は「きぼう」内の冷凍庫で9か月間(以降1年間保存とします)、2年9か月間(3年間保存)および5年10か月間保存し(6年間保存)、残りの3箱は地上保存区(対照区)として、JAXAの筑波宇宙センター内の冷凍庫で、宇宙保存用と同じ条件(同温度・同期間)で保存しました。

 宇宙保存用の3箱は2013年8月4日にH-IIBロケット4号機/宇宙ステーション補給機「こうのとり」4号機で打ち上げられ、第1回の回収となる1箱目は2014年5月19日にアメリカのスペースX社のドラゴン補給船運用3号機にて地上に回収されました。第2回目は2016年5月12日に同8号機で、第3回目は2019年6月4日に同16号機で回収されました。

 また、フリーズドライ精子の放射線耐性の限界を明らかにするため、この実験と並行して地上で、フリーズドライ精子および新鮮精子にX線を0から30Gyまで照射しました。

3.結果

 X線照射実験により、フリーズドライ精子のDNA損傷度は被ばく量が増加するにつれて増加しましたが、放射線耐性は新鮮精子に比べ非常に高く、最大で30Gyまで照射した精子からも産仔を得ることができました。これは新鮮精子の約10倍の耐性があることになります。次いで、ISSで6年間保存した精子の宇宙放射線被ばく量を、JAXAが開発したPADLES線量計(注5)を使って測定したところ、合計被ばく量は吸収線量869.8mGy(線量当量1302.9mSv)でした。1日当たりにすると0.41mGy(0.61mSv)です。これはJAXAの筑波宇宙センターで保管した地上保存区(対照区)の約170倍の線量に相当しました。

 フリーズドライ精子の宇宙保存の影響については、宇宙で3年間、および6年間保存した精子のDNAダメージを、地上で3年間および6年間保存した精子と詳細に比較しました。その結果、細かいDNAダメージや受精能力については、宇宙3年間と宇宙6年間の間だけでなく、宇宙区と地上区の間にも全く差が見られませんでした。使用したマウス系統すべてで同様な結果でした。しかし重度のDNA損傷を示す染色体分配異常は宇宙保存で増える傾向が見られました。

 次に宇宙保存精子を用いた受精卵の正常性について比較しました。胚盤胞への発生率については全く影響が見られませんでしたが、宇宙で6年間保存すると若干ですが胚盤胞の細胞数が低下する傾向が見られ、またアポトーシス陽性細胞数が宇宙保存全体で増える傾向が見られました。

 しかし受精卵をメスマウスへ移植して産仔への発育率を調べると、宇宙で3年間保存した場合(12.3%)と6年間保存した場合(12.9%)とで差はなく、また、地上3年保存(12.4%)や6年保存(12.1%)とも差はみられませんでした(表1)。本研究では宇宙で6年間保存した精子から合計168匹の産仔が生まれていますが、いずれも外見は正常であり、網羅的遺伝子発現解析でも異常はみられませんでした。一部のマウスについては性成熟後に交配し、健康な仔および孫が生まれることを確認しました(図1)。

表1.宇宙で長期保存した精子からの産仔作出

宇宙で長期保存した精子からの産仔作出

 *:移植した胚に対する出産率

4.今後の期待

 将来、人類が宇宙で生活する時代には、不妊治療や家畜の人工授精のために、保存精子から子孫を作ることが今以上に行われると考えられます。本研究は、宇宙でも保存精子を使った生殖が可能であることを初めて示しました。本研究で明らかになったフリーズドライ精子の放射線耐性(最大30Gy)と、実際に被ばくした宇宙放射線量(0.41mGy/日)から、フリーズドライ精子はISSで理論上約200年間保存できることもわかりました(30,000mGy ÷ 0.41mGy ÷ 365日=201年。ただし実際の宇宙放射線には様々な種類や線質の放射線が含まれているため、この値はX線照射実験との単純な線量比較にすぎません)。本研究のような長期搭載実験のデータを蓄積することにより、宇宙で長期滞在した時の放射線影響や耐性が明らかになることが期待されます。また今回の研究から、フリーズドライ精子の技術を用いれば、2024年から建設が始まる月周回有人拠点「ゲートウェイ」内で深宇宙放射線の研究も可能になると思われます。そこで本研究者らはJAXAと共同で、ゲートウェイでの研究に採択されることを目指した予備実験を開始しています(注6)。

 一方現在の地球においても、生物多様性、すなわち遺伝資源は人類の貴重な財産であり、可能な限り多くの遺伝子資源を永久に保存する必要があります。本研究で使用した精子の凍結乾燥保存技術を用いれば、動物の遺伝子資源も植物の種子と同様に簡単に保存できるようになりますが(注7)、地球上には大地震や洪水、温暖化の影響などがあるため、長期間安全に保管できる場所はありません(注8)。もし最近発見された月の縦孔(注9)に動物の遺伝資源を保管することができれば、将来必要になるときまで安全に保存できるでしょう。宇宙時代が到来した時、新天地で地球の動物種を維持するためにはそれぞれの種で多数の個体を運ぶ必要があります(近交退化を避けるため)。本研究は、月で安全に保存してある凍結乾燥精子を利用することで、各動物種の遺伝資源を他の星へ運搬するためのコストを大きく減らせることを示しています。

 

謝辞 この研究は浅田生殖医学研究助成金などで実施されました。

 

原論文情報

原論文情報

論文のイメージ画像

<補足説明>

注1.国際宇宙ステーションでマウス初期胚を培養する実験について

 山梨大学の研究グループは、凍結したマウス初期胚をISSへ打ち上げ、無重力でも哺乳類の胚が正常に発生できるのか明らかにする世界初の実験を今年8月に実施します。

https://humans-in-space.jaxa.jp/kibouser/subject/life/72818.html

 

注2.疑似無重力再現装置を用いた、胚発生への無重力の影響

 山梨大学の研究グループは以前、地上で疑似無重力環境を再現する装置を用いて、マウスの体外受精および胚の発生が無重力でも可能かどうか調べる実験を行いました。その結果、微小重力環境では胎盤の発育が悪くなり、出産率が大きく減少してしまうことが示されました。

http://www.riken.jp/pr/press/2009/20090825/

 

注3.フリーズドライ精子

 哺乳類の細胞や精子は凍結乾燥するとすべて死んでしまいます。しかし本研究グループは1998年に、凍結乾燥により死んだ精子から健康な産仔を作ることに世界で初めて成功しました(Wakayama et al, Nature Biotech. 1998,16:639-641)。この技術によって、それまで液体窒素がなければ保存できなかった精子を室温でも保存できるようになりました。

 

注4.本研究の先行実験

 ISSは限られた空間のため、確実に実施可能な試料しか保存できません。そのため長期保存実験を開始する前に、1つ目の試料を使って打ち上げおよび回収時の衝撃や温度変化などで試料が破損していないか調べた実験です。ところが予備実験であったにも関わらず、哺乳類初の宇宙生殖実験だったこともあり、比較的レベルの高い科学雑誌に掲載され、海外でも紹介されました。

https://www.ccn.yamanashi.ac.jp/~twakayama/LSHP/Space%20pup%20press%20release%2020170523.pdf

 

注5.受動積算型宇宙放射線線量計(PADLES)について

 軌道上に搭載される生物試料は、DNA損傷・突然変異の誘発など、分子・細胞・組織・個体レベルの宇宙放射線の影響を受けます。搭乗員や生物試料に対する宇宙放射線影響を定量的に解明するために、生物学的指標と照らし合わせる物理的な環境パラメータのひとつとして、正確な被ばく量の測定と線質の把握が必要です。宇宙放射線による被ばく量を精度よく測定するために、JAXAが実施する様々な宇宙実験にPADLES線量計が使われています。

ISS宇宙放射線環境計測データベース https://humans-in-space.jaxa.jp/spacerad/

 

注6.Space Pup 2プロジェクト

 山梨大学の研究グループは、「深宇宙放射線が哺乳類の次世代へ与える影響について」というテーマまで2020年度「きぼう」利用フィジビリティスタディーに採択されました。

https://iss.jaxa.jp/kibouser/subject/invitation/fs/72634.html

本研究は、2024年から建設が始まる月周回有人拠点「ゲートウェイ」での研究に採択されることを目指した基礎研究となります。ゲートウェイで研究を実施することができれば、深宇宙放射線が生殖細胞および次世代へどのような影響を与えるのか明らかにすることができます。

 

注7.凍結乾燥精子の極限環境耐性と長期保存

 山梨大学の研究グループは、精子を凍結乾燥すると様々な環境変化に対して強い耐性を獲得すること、容器の改良により机の引き出しの中でも長期間保存可能なことを発見し、環境に変化があっても長期保存が可能であることを示しました。

https://www.yamanashi.ac.jp/wp-content/uploads/2019/04/20190403pr.pdf

https://www.yamanashi.ac.jp/wp-content/uploads/2018/07/20180718pr.pdf

 

注8.スバールバル世界種子貯蔵庫

 永久凍土の地下で世界中の種子を貯蔵することで、たとえ世大規模災害が起き電力供給が止まっても半永久的に保存を可能にした施設。世界中の種子を集めて保存しています。しかし温暖化により永久凍土が溶け、絶対に安全とされてきたスバールバル種子貯蔵庫が洪水被害にあってしまいました。

https://www.regjeringen.no/en/topics/food-fisheries-and-agriculture/jordbruk/svalbard-global-seed-vault/id462220/

 

注9.月の縦孔と溶岩洞

 2009年に日本の月周回人工衛星「かぐや」によって発見された月の縦孔は、火成活動により作られた溶岩洞のような巨大な地下空間へとつながる可能性が高いと考えられており、この中は宇宙放射線による被ばくが月表面の10%以下になるという計算結果が報告されています。

https://www.qst.go.jp/site/press/44251.html

 

解析に用いた手法について

精子のDNA損傷について

宇宙で長期間(3年間あるいは6年間)宇宙放射線に被ばくした精子の核(DNA)にどのような損傷が生じているのかについて、精子をコメット法、γH2AX免染、受精能力測定、および染色体分配解析を用いて調べました。

受精卵の正常性について

宇宙保存精子と受精した受精卵の正常性を、胚盤胞への発生能力、得られた胚盤胞の細胞数、細胞分化、アポトーシス陽性率、および産仔への発育能力で調べました。

産仔の正常性について

生まれた子供の正常性については網羅的遺伝子発現解析を用いました。また、生まれた子供が大人になった後で交配し、次世代、次々世代への影響についても調べました。

Adobe Reader

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe社が提供するAdobe Readerが必要です。
Adobe Readerをお持ちでない方は、バナーのリンク先からダウンロードしてください。(無料)
Adobe Reader provided by Adobe is required to view PDF format files.