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プレスリリース

モエジマシダが猛毒のヒ素に耐えるしくみが見えてきた!― 世界初、ヒ素高蓄積植物の根茎の役割をイメージング技術で解明 ―

掲載日:2021年7月8日更新
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発表のポイント

  • モエジマシダは猛毒のヒ素を体内に吸収・蓄積することが可能な植物です。
  • この植物がヒ素を根から吸収し体内に輸送していく様子を、植物が生きたままの状態で可視化することに世界で初めて成功しました。
  • この植物の根茎という組織がヒ素の吸収・輸送に果たす役割を解明しました。
  • これらの成果は、この植物を利用したヒ素汚染土壌の浄化(ファイトレメディエーション)の推進に貢献します。

​概要 

 モエジマシダ(図1)は、有害元素であるヒ素を吸収し体内に蓄積する能力が高いことで知られています。しかし、この植物が体内にどうやってヒ素を取り込むのか、その詳細についてはよくわかっていませんでした。特に、モエジマシダが有している根茎という組織の役割については全く不明でした。

 東北大学の黄田毅博士研究員と井上千弘教授ら、東北学院大学の宮内啓介教授ら、量子科学技術研究開発機構の鈴井伸郎主幹研究員と河地有木プロジェクトリーダーらのグループは、ポジトロン放出核種のヒ素-74(As-74)と植物RIイメージング技術を用いることによって、モエジマシダが根からヒ素を吸収し、その一部を根茎に蓄積させながら葉までヒ素を輸送する様子を、生きたままの状態で連続的な動画像データとして撮像することに成功しました(図2)。また、モエジマシダ体内のヒ素の蓄積場所や蓄積量を調べることで、モエジマシダにおける根茎の役割として、根から吸収されたヒ素を一時的に蓄積することや、特にヒ素の高曝露下では、若い葉の成長を守るために、ヒ素を成熟した葉へと積極的に輸送するという転流の調節をこの根茎が担うことを明らかにしました(図3)。本研究で得られた知見は、この植物のファイトレメディエーションへの応用(図4)に対しても有益な情報を提供することになります。

 この成果は、ネイチャー出版グループが発行する学術誌Scientific Reports(2021年7月8日付けオンライン掲載)に発表されました。

詳細な説明

 国立大学法人東北大学(総長 大野英男)環境科学研究科の黄田毅博士研究員と井上千弘教授ら、サイクロトロン・ラジオアイソトープセンターの渡部浩司教授らは、東北学院大学(学長 大西晴樹)工学部環境建設工学科の宮内啓介教授ら、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫)量子ビーム科学部門高崎量子応用研究所プロジェクト「RIイメージング研究」の鈴井伸郎主幹研究員と河地有木プロジェクトリーダーら、株式会社フジタの北島信行主任研究員と共同で、ポジトロン放出核種ヒ素-74(As-74)と植物RIイメージング技術を用いることによって、ヒ素を体内に高濃度で蓄積する植物モエジマシダにおけるヒ素の吸収・輸送の様子を初めて生きた状態のままで可視化することに成功しました。

 モエジマシダは有害元素であるヒ素を吸収し、最大2%の濃度まで体内に蓄積する能力を持つことが知られており、ヒ素で汚染された土壌を植物で浄化する処理(ファイトレメディエーション)への応用が期待されています。しかしながら、この植物が体内にヒ素を取り込む過程については詳しく知られておらず、特にモエジマシダが保有する根茎(こんけい)という組織の役割については不明でした。

 今回の研究では、植物中のヒ素の動きを捉えるため、短寿命RI供給プラットフォームから供給を受けたポジトロン放出核種のヒ素-74(As-74)と、量子科学技術研究開発機構が進めている植物RIイメージング技術で開発されたポジトロンイメージングを応用しました。これらを用いた実験では、水耕栽培で育成中のモエジマシダが根からヒ素を吸収し、その一部を根茎に蓄積させながら葉までヒ素を輸送する様子を連続的な動画像で、撮像することができました。さらに、オートラジオグラフィー法と誘導結合プラズマ質量分析法によって、モエジマシダ体内のヒ素の蓄積場所や蓄積量を求め、モエジマシダにおけるヒ素の輸送過程の全体像を明らかにしました。低濃度のヒ素を投与した場合、最終的に根茎と葉にヒ素の多くが蓄積され、葉に蓄積されたヒ素は主に若い葉の全体と成熟した葉の中央脈および中軸に存在することが確認されましたが、その一方で、高濃度のヒ素を投与した場合には最終的に成熟した葉の周辺部にヒ素の多くが蓄積され、その部分では組織の壊死が観察されました。これらの結果から、モエジマシダの根茎は根から吸収されたヒ素の一時的な蓄積と、特にヒ素の高曝露下で若い葉を保護するために成熟した葉へのヒ素の転流を調節する役割を担うことが示されました。

 本研究では、ヒ素高蓄積植物のモエジマシダが根から吸収したヒ素を体内に輸送する過程を連続的画像データとして可視化するとともに、ヒ素体内輸送の過程でモエジマシダの根茎が果たす役割を明らかにしたものです。本研究で得られた知見はこの植物のファイトレメディエーションへの応用に対しても有益な情報を提供することになります。なお、この成果はネイチャー出版グループが発行する世界最大の学術誌「サイエンティフィック・リポーツ」に、2021年7月8日(木)18:00(日本時間)に掲載されました。本研究は文部科学省科学研究費基盤研究A並びに「短寿命RI供給プラットフォーム」事業による補助を受けて実施されたものです。

用語解説

1)ヒ素

 ヒ素は原子番号33番で、窒素、リン、アンチモンやビスマスと同族の元素です。生物毒性が高い一方で比較的容易に入手できたことから、古代ローマ時代から暗殺などに使われてきました。またヒ素は発がん物質であり、低濃度のヒ素を継続的に摂取すると皮膚がん等が誘発されます。そのためヒ素とその化合物に対しては厳しい環境基準が定められており、日本の場合、水質環境基準値は0.01 mg/L未満、土壌環境基準(溶出量)も0.01 mg/L未満となっています。

2)モエジマシダ(Pteris vittata

 モエジマシダはイノモトソウ(Pteris)属に属する常緑性のシダ植物の1種で、世界の熱帯・亜熱帯域に広く分布し、日本では九州や沖縄地方で自生しています。比較的乾燥した草地や石垣などでよく見かけられる繁殖力の強い種です。ヒ素を2%(20 g/kg-植物乾燥重量)の濃度まで蓄積しても正常に生育する能力を持ちます。この能力を利用してヒ素で汚染された土壌や排水のファイトレメディエーションに適用することが期待されています。

 モエジマシダをはじめとするシダ植物の主要な部位は、葉(羽片)、根茎、根となります(図1)。シダ植物では種子植物や裸子植物の茎に相当する部位はほとんどが地下に存在しており、根茎と呼ばれています。シダ植物の葉は根茎から伸長しており、根も根茎から地中に伸びていきます。シダ植物の葉は葉身と葉柄で構成され、葉身は複数の羽片から構成されています。シダ植物における光合成は主に羽片で行われます。葉柄は根茎と葉身を結ぶ柄となります。

3)ファイトレメディエーション

 植物の中には体内にカドミウムやヒ素などの有害金属を高濃度で蓄積させる能力を持つものがあります。その能力を利用して、土壌や排水中から有害元素を除去する技術をファイトレメディエーションと呼びます。他の方法と比べて浄化に要する時間は必要ですが、コストはあまりかからず、また浄化に伴う環境への負荷も小さいため、今後の発展が期待されている技術です。

4)ポジトロン放出核種ヒ素-74(As-74)

 質量数74のヒ素の放射性同位元素で,生体内では天然に存在するヒ素(As-75)と同じ挙動をします。As-74(半減期:17.7日)は、サイクロトロンを用いた核反応により製造され、放出されるポジトロンをたよりに撮像できます。このAs-74を用いて、ヒ素の植物体内の詳細な動きが明らかになれば、植物に取り込まれたヒ素がどのような過程を経て植物体内を移動し、最終的に蓄積していくのかを容易に知ることができるようになります。

 なお本研究では、大阪大学核物理研究センターが中心となって進める科研費新学術領域研究学術研究支援基盤形成「短寿命RI供給プラットフォーム」の支援を受け、As-74の提供を受けました。

5)サイクロトロン

 イオンを電磁気の力で光の速さに近くなるまで加速する装置です。サイクロトロンから発生させた高速のイオンビームを物質に照射することで、核反応が起こり、ポジトロンを放出する放射性同位元素が生成されます。

6)植物RIイメージング技術、ポジトロンイメージング

 植物RIイメージング技術とは、植物体内の元素の動きを生きたままの状態で体外から見ることができる技術を示しています。その中でもポジトロンイメージング(PETIS)は医療で用いられているPET装置と同じ計測原理をもち、植物を撮像するために特化した技術になっています。温度、湿度や照度を制御した人工気象器の中でポジトロン放出核種の位置を計測し、植物体内の元素の動きを画像化できるので、様々な植物生理機能の解析に適しています。

【本研究の成果】

黄田 毅1, 銭 照杰1, 簡 梅芳1, 宮内 啓介2, 遠藤 銀朗2, 鈴井 伸郎3, 尹 永根3, 河地 有木3, 池田 隼人1, 渡部 浩司1, 菊永 英寿1, 北島 信行4, 井上 千弘1

“New evidence of arsenic translocation and accumulation in Pteris vittata from real-time imaging using positron-emitting 74As tracer”, Scientific Reports(2021).

1東北大学,2東北学院大学,3量子科学技術研究開発機構,4株式会社フジタ)

DOI:10.1038/s41598-021-91374-1

モエジマシダについて

図1.モエジマシダ(Pteris vittata)について

 

(A)PETIS実験の撮像領域 (B) PETISを用いたモエジマシダ中のヒ素分布状態の経時変化

図2.(A)PETIS実験の撮像領域 (B) PETISを用いたモエジマシダ中のヒ素分布状態の経時変化

 

モエジマシダの根茎の役割について

図3.モエジマシダの根茎の役割について

 

ファイトレメディエーションの概略およびモエジマシダを用いたヒ素汚染土壌とヒ素汚染水の浄化

図4.ファイトレメディエーションの概略およびモエジマシダを用いたヒ素汚染土壌とヒ素汚染水の浄化