要点
- 高温の液体金属を用いることで、水素製造などもできる核融合炉発電ブランケットの高性能化へ見通し。
- 900℃で機能する高純度の液体リチウム鉛合金の大量合成に成功。
- 900℃の液体金属が生じる厳しい腐食性に耐える構造材の候補材料を発見。
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所の近藤正聡准教授と工学院 機械系 原子核工学コースの畑山奨大学院生(研究当時)、横浜国立大学 理工学部の大野直子准教授、量子科学技術研究開発機構 量子エネルギー部門 六ヶ所研究所の野澤貴史グループリーダーらは、核融合炉(用語1)の心臓部であるブランケット(用語2)の冷却材の新概念として検討されている液体金属(用語3)の研究において、900℃の高温で機能する高純度の液体リチウム鉛合金(用語4)の大量合成に成功した。さらに、その構造材の候補物質として、アルミニウムを含む鉄クロムアルミニウム(FeCrAl)酸化物分散強化合金(用語5)が、900℃の液体リチウム鉛合金の厳しい腐食性に耐えることを明らかにした。
近藤准教授らは、リチウムとその約20倍重い鉛という、まったく密度の異なる2種類の金属を、ポテトマッシャーのような器具を用いて低い温度で一気に混ぜ合わせて大量に合成する技術を幅広いアプローチ(BA)(用語6)活動の下の共同研究を通じて開発した。さらに、この液体リチウム鉛合金を900℃まで加熱した状態で、複数の種類の材料を対象に共存性試験を実施した結果、一般的な構造材料である316Lオーステナイト鋼(用語7)が激しく腐食する一方、FeCrAl酸化物分散強化合金は、その表面に自ら保護性酸化被膜を形成しながら優れた耐食性を示すことを発見した。
本成果は、核融合炉などにおいて高温の液体金属を水素製造の熱源としても応用する技術革新につながり、カーボンニュートラル社会とゼロカーボンエネルギーの実現に繋がる新たな扉を開くものと期待される。本研究成果は、Elsevierの「Corrosion Science」オンライン版に2021年12月30日付で掲載された。
研究の背景
稼働の際にCO2や高レベル放射性廃棄物を出さない核融合炉は、持続可能なエネルギー源の一つとして現在、世界中で開発が盛んになっており、フランス南部では日本、EU、米国、韓国、中国、ロシア、インドの連携により、核融合実験炉(ITER/イーター)の建設も進められている。
この核融合炉では、心臓部にあたるブランケットと呼ばれる機器で、いかに高効率・革新的なエネルギー変換を行うかという点が重要になる。その手法として高い関心を集めているのが、液体金属である液体リチウム鉛合金をブランケット内に流して使用する液体ブランケットの手法だ。日本の原型炉で検討している発電ブランケットは、約300℃の高温高圧水で熱を取り出す方式である。もしブランケットに用いる冷却材を液体金属に置き換え、900℃近い高温の条件で使用することができれば、ブランケットにおけるエネルギーの生産や核融合炉燃料の増殖に加え、カーボンニュートラル社会に不可欠とされる水素を水から製造するための高温熱源としても応用できる可能性が広がる。しかし、その温度で発揮される液体金属の高い腐食性に耐える材料がネックとなっていた。例えば、鉄鋼材料を構造材に利用した場合、鋼鉄に含まれる鉄(Fe)やクロム(Cr)といった成分が液体金属中に溶出したり、液体金属が材料中の組織に入り込んだりすることで、材料の組織がぼろぼろになってしまう。そのため、液体金属の腐食性に耐える構造材の探索が求められていた。
液体金属は純度が低いと性質が変わり腐食性が強くなるため、高純度の液体合金の合成方法を確立する事が課題とされてきた。一方で、液体金属が持つ高い腐食性は機器の信頼性を左右する重要な課題であり、液体金属の純度管理技術の開発に加え、優れた耐食性を示す材料を発見するための研究が世界中で行われてきた。従来の研究では、液体金属の温度域が600℃以下の場合がほとんどであり、900℃という極めて高温の条件における液体金属ブランケットの成立性に関しては乏しい状況であった。
核融合炉をはじめとする次世代エネルギー分野で注目されている液体金属を取り上げ、さまざまな構造・機能材料との化学的共存性を中心に研究を実施してきた近藤研究室では、こうした課題を解決すべく、純度が高く900℃で機能する液体リチウム鉛合金の合成と、その腐食性に耐える構造材の発見に取り組んだ。
研究の手法と成果
(1) 高純度の液体リチウム鉛合金を合成する装置の開発
液体金属は、純度によって性質や腐食性などが大きく変化する。特にリチウム鉛合金の場合、水の半分程度の密度しかないリチウムと、水の約10倍の密度を有する鉛を均一に混ぜることが非常に難しく、合成時の純度の制御が大きな課題とされてきた。そこで近藤正聡准教授らの研究グループは、量子科学技術研究開発機構の野澤貴史博士のグループと共に、幅広いアプローチ(BA)活動の下の共同研究を通じ、新たな高純度リチウム鉛合金合成装置(図1)を開発した。
図1 高純度リチウム鉛合金合成装置(量子科学技術研究開発機構との共同研究)
この装置は、蒸したジャガイモをつぶす器具から着想を得た、マッシュポテト式攪拌法を応用したもので、原料を350℃という低温で一気に攪拌。純度を管理する上で理想的な条件である減圧環境下で混合することによって、原料に付着した水分等の不純物を昇温脱離させ、高純度のリチウム鉛合金を合成する事に成功した。これまでは不純物を若干含む不活性ガス雰囲気下で300g程度の合成量が限界であったが、今回の研究により、原子組成において、鉛が84%、リチウムが16%のリチウム鉛合金を10kg合成することに成功した。特に今回の合金合成試験では、鉄(Fe)やクロム(Cr)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)などの金属不純物の混入を既往研究に比べて大きく抑制できている事に加え、中性子を吸収して放射性物質を生産してしまうビスマス(Bi)の濃度や、構造材料の腐食を促進してしまう溶存窒素(N)の濃度も従来の1/10以下に抑える事ができた。
(2)各種構造材候補に対する共存性(耐食性)の調査
次に、こうして合成した高純度リチウム鉛合金を用いて、一般によく用いられる耐食性構造材である316Lオーステナイト鋼、耐高温材料として期待されているシリコンカーバイド(SiC)、さらに鉄クロムアルミニウム(FeCrAl)酸化物分散強化合金であるNF12(Fe-12Cr-6Alのタイプ)とカンタル社製のFeCrAl 合
金のAPMT(Fe-22Cr-5Alのタイプ)を対象として、600℃、750℃、900℃の条件で共存性(耐食性)を調査。耐食性の試験は畑山奨大学院生と共同で実施し、その結果については、走査型透過型電子顕微鏡観察で実績を持つ横浜国立大学の大野直子准教授と共同で調査した。
その結果、600℃、750℃では大幅な違いは見られなかったものの、900℃の条件では図2上側に示すように316Lオーステナイト鋼が激しく腐食する一方で、SiCはその表面に酸化物等の化合物を形成しながら緩やかな速度で腐食し、FeCrAl酸化物分散強化合金はほとんど腐食しないことが分かった。
さらに詳しく調査したところ、FeCrAl酸化物分散強化合金は、図2下側に示した写真のように約5~10μm(人間の髪の毛の1/10から1/5程度の厚さ)の酸化被膜を形成しながら、液体金属から身を守ることが明らかになった。この酸化被膜はガンマ-リチウムアルミネート(γ-LiAlO2)といい、FeCrAl酸化物分散強化合金は組織内のアルミニウム成分を使って、高純度合金において、化学的に活性な状態で存在しているリチウム成分や適度に溶存している酸素成分と選択的に反応し、表面に保護性のある酸化被膜を自己形成したことになる。この酸化被膜は人間の皮膚のように破壊されたり剥がれたりしても同様のメカニズムで再生するため、FeCrAl酸化物分散強化合金は優れた耐食性を維持し続けると期待できる。
図2 液体金属中で優れた耐食性を示すFeCrAl合金とその表面に形成される酸化被膜
今後の展開
本研究で新たに開発したリチウム鉛合金の高純度合成技術により、これまでよりも純度の高い液体金属の合成が可能となった。これにより、日本国内のみならず、液体増殖ブランケットの開発を進めている欧州や中国、インドを中心として世界中の液体金属研究が一層活発になり、実現へ向けた課題の解決が加速されると期待できる。また、液体金属とFeCrAl酸化物分散強化合金が、既往研究を上回る極めて高温の条件においても材料化学的に共存しうる可能性が示唆された。これは、異なる種類の液体金属を冷媒とするシステムにも応用が可能な成果である。
以上の成果は、水素製造機能を備える核融合炉のような革新的エネルギーシステムの成立を促進するものであり、ゼロカーボンエネルギーに基づくカーボンニュートラル社会の実現に大きく寄与するものである。世界が注目する核融合スタートアップの更なる活性化にもつながると期待される。
用語説明
(1)核融合炉:
膨大なエネルギーを生む核融合反応を人工的に発生させ、発電などに活用できるようにする装置。稼働時にCO2を排出せず、高レベル放射性廃棄物も出さない次世代電源として期待されている。水素の同位体である重水素と三重水素の核融合反応を利用する。
(2)ブランケット:
一般的には「毛布」の意だが、核融合炉においては、正負に帯電した粒子(プラズマ)を“毛布”のように覆う炉の心臓部を指す。核融合反応で発生する中性子を取り込みながら、熱エネルギーと新たな燃料を生産する役割を持つ。
(3)液体金属:
液体状の金属。液体としての流動性を持ち、金属として熱や電気を伝える能力に優れており、冷却材をはじめさまざまな用途に使用される。広義では液体となった金属すべてを指す。狭義では、融点が約-39℃の水銀や約30℃のガリウムなど室温やそれに近い温度で液状のものを指す場合、融点が約181℃のリチウムや約232℃のスズ、約328℃の鉛など比較的低温で液状になるものを含める場合、また、使用温度で液体状態になっている金属を指す場合などに分かれる。鉛やその合金などの液体重金属と呼ばれるものや、リチウムなどの液体アルカリ金属と呼ばれるものがある。
動画:研究者たちによる液体金属の応用の紹介動画「液体金属 その新たな可能性 – Tokyo Tech Research」 https://youtu.be/mydvATdYlA4
(4)液体リチウム鉛合金:
液体状をしたリチウムと鉛の合金。伝熱特性に優れるものの水や大気との反応性が激しく、取り扱いに注意が必要な液体アルカリ金属であるリチウムと、水や大気と化学的に反応しないものの腐食性が激しい液体重金属である鉛、それぞれの長所を合わせ持った液体金属流体。
(5)酸化物分散強化合金(ODS:Oxide Dispersion Strengthened alloy):
酸化物の微粒子を組織内に分散させた合金で、極めて優れた高温強度を有する。
(6)幅広いアプローチ(Broader Approach:BA)活動:
日欧の国際協力の下、核融合実験炉であるイーター(ITER)を支援するとともに、イーターを補完して次のステップである核融合原型炉の早期実現を目指す研究開発プロジェクト。この活動は国際核融合エネルギーセンター(IFERC)、国際核融合材料照射施設の工学実証・工学設計活動(IFMIF/EVEDA)、サテライト・トカマク計画(STP)の3つの事業を日欧共同で2007年6月から実施している。
(7)316Lオーステナイト鋼:
鉄の中にクロムやニッケル等の元素を固溶させて耐食性を高めた代表的なステンレス鋼の一つで、食品工業や石油化学工業などの分野をはじめさまざまな用途で用いられる。
論文情報
掲載誌:Corrosion Science
論文タイトル:Corrosion-resistant materials for liquid LiPb fusion blanket in elevated temperature operation
著者:Masatoshi Kondo, Susumu Hatakeyama, Naoko Oono, Takashi Nozawa
DOI:10.1016/j.corsci.2021.110070