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プレスリリース

マイクロ波加熱を用いる省エネ・CO2削減精製技術でリチウム実鉱石の溶解に成功 ―社会実装に向け加速―

掲載日:2022年7月13日更新
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ポイント

  • レアメタルの新たな省エネ精製技術として化学処理とマイクロ波加熱を組み合わせた実証試験を進め、リチウム鉱山で実際に採鉱された約100グラムのリチウム鉱石を溶解させることに成功しました。
  • 従来技術と比較し、設備投資(CAPEX)と運用コスト(OPEX)は70%程度、CO排出量は90%以上削減できる見通しを得ました。
  • 本成果は新たな省エネ精製技術の産業化へ大きな一歩を踏み出すものであり、熱利用製造プロセスの省エネ・CO2削減を進めている各種産業での社会実装を加速できます。

概要

 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫。以下「量研」という。)量子エネルギー部門六ヶ所研究所とマイクロ波化学株式会社(代表取締役社長CEO吉野巌。以下「MWCC」という。)は、令和3年12月22日に、マイクロ波加熱を用いたレアメタルの省エネ精製技術に関する共同研究契約を締結し(令和4年1月20日共同プレス発表)、実証試験を進めてきました。この度、リチウム鉱山で採鉱し選別された実際のリチウム鉱石であるスポジュミン精鉱に省エネ精製技術を適用し、マイクロ波加熱温度300℃で溶解することに成功しました。

 レアメタルの一つであるリチウムの溶解では、スポジュミン精鉱を1,000℃以上のか焼処理の後、濃硫酸による250℃以上の焙焼処理が必要です。今回、量研が開発した化学処理とマイクロ波加熱を組み合わせたアルカリ・マイクロ波溶融技術を実際のリチウム鉱石に用いて実証試験しました。具体的には、プラント設計に用いる工学データの取得のため、これまでに適用できていたグラム規模を扱うラボ装置から、100グラム規模を取り扱うMWCCのマイクロ波ベンチ装置に約100倍スケールアップし、効率よくマイクロ波が照射できるようにさらに工夫して溶解実証試験を行いました(図1参照)。その結果、塩基試薬による常圧下での300℃のマイクロ波加熱処理と常圧・室温下での酸溶解により、全溶解させることに成功し、従来技術で必要だった1,000℃以上での反応を、本技術により300℃という非常に低い温度で進めることができました。本結果はリチウム以外のレアメタル鉱物の溶解にも反映できる成果です。

 量研六ヶ所研究所で実証試験に用いたマイクロ波加熱ベンチ装置

図1 量研六ヶ所研究所で実証試験に用いたマイクロ波加熱ベンチ装置

 

 設備投資(CAPEX)、運用コスト(OPEX)及びCO2排出量を従来技術と新たな低温精製技術で相対比較した結果、CAPEXとOPEXは70%程度、CO排出量は90%以上削減できる見通しを得ました。この結果から、今まで精製コストが高かった鉱山からのリチウム精製コストの低減に貢献できることから、リチウム精製に係る対環境負荷の低減のみならず、リチウム価格の低下にも期待できます。溶融条件のさらなる最適化により、いっそうの省エネ・CO2削減が期待できるため、本共同研究を通じて、事業規模のプラント設計に資する工学データを蓄積し、早期の社会実装を目指します。

 現在、鉱物資源の供給を巡っては、コロナ禍、紛争などにより、非常に激しい流動期を迎えています。鉱物資源産出量の減少のみならず、エネルギー源の供給不足による製造事業における生産量の縮小の影響も受けており、鉱物資源の安定的確保は、喫緊の課題です。本技術は、1)マイクロ波による加熱の高効率化、2)化石由来エネルギー源から電化エネルギー源への転換、3)化学処理による低温化により、経済の持続的発展に不可欠な鉱物資源を、環境親和性を有しつつ安定的に確保することに貢献できます。量研とMWCCは、この新しい精製技術の社会実装を通してカーボンニュートラル化とともに経済発展に貢献していきます。

 

補足説明

技術開発の背景と目的

 日本では、各種金属資源をほぼ海外からの輸入に頼っており、核融合炉で不可欠なリチウムやベリリウム1)も例外ではありません。現在、鉱物資源の供給を巡っては、コロナ禍も含め、紛争、自然災害、世界情勢、供給国の政情などに大きな影響を受けています。そして、これら供給国側における鉱物資源産出量の減少のみならず、エネルギー源の供給不足による製造事業における生産量の縮小の影響も受けており、鉱物資源の安定的確保は、喫緊の課題です。さらに、鉱物からの多くの金属精製工程は、高温処理の工程を含んでおり、高エネルギー消費やCO2排出が問題となっています。

 そこで、量研では、経済性や環境性に問題のある従来のベリリウム精製技術を、省エネ・CO2排出抑制できる新たな精製技術へ置換して社会実装することを目指しています。量研で開発した新精製技術は、化学処理とマイクロ波2)による内部加熱3)を組み合わせた技術であり、従来2,000℃の高温が必要であったレアメタル4)のベリリウムの精製を、250℃以下のマイクロ波加熱により、世界で初めて実現しました。この技術はリチウムを始め多くのレアメタル鉱物などに適用が可能です。この新精製技術を各種産業へ技術移転して社会実装するためには、事業規模のプラント設計に必要な工学データを取得するための実証試験が不可欠です。​

量研とMWCCの技術的基盤

 ベリリウム精製の従来技術は、鉱石(ベリル)を外部加熱により2,000℃に溶融後急冷して結晶性を弱めないと酸溶解できませんでした。そこで量研では、まず、化学処理とマイクロ波加熱による低温湿式精製技術を開発し、加圧条件下(60kg/cm2以下)ですが、250℃という低温でもベリリウム鉱石を溶解できることを見出しました。さらに、耐圧設備が不要で、常圧での低温溶融を実現する技術の開発にも取り組んだ結果、アルカリ溶融技術5)にマイクロ波加熱を適用することにより、常圧下でもベリリウムを全溶解することに成功しています(https://www.qst.go.jp/site/press/20210527.html)。本技術は、令和3年3月10日に国内特許出願し、現在国際PCT出願へ移行しています。

 MWCCは、従来、大型化は困難であるとされていたマイクロ波プロセスについて産業利用に取り組み、独自技術で課題を克服し、世界初の産業レベルでのマイクロ波プロセス工場立ち上げに成功し、化学業界における多様な分野に「省エネルギー」×「高効率」×「コンパクト」をもたらすマイクロ波プロセス導入を進めています。

 そして、同社は、マイクロ波プロセスの導入による産業部門のCO2排出量削減を通じて、2050年までのカーボンニュートラル実現をリードする構想である“C NEUTRAL 2050 design”を独自で策定しました。「電化」と「マイクロ波プロセス」の2つの要素の掛け合わせたマイクロ波技術をあらゆる化学プロセスに導入することにより、化石資源を利用している従来プロセスと比較して90%以上のCO2排出削減し、2050年までに日本で30%、世界で10%の生産プロセスに導入することで、それぞれ年間1億トン、10億トンのCO2を削減するという、具体的な目標の実現に向け取り組んでいます(https://mwcc.jp/carbon_neutral/)。

 このように、金属精製プロセスに大幅なエネルギー削減とCO2発生量の削減をもたらす、アルカリ・マイクロ波溶融技術を開発した量研と、マイクロ波技術をあらゆる化学プロセスに導入して90%以上のCO2排出削減を目指すMWCCは、両者が協働することで、互いが目指す「マイクロ波加熱を用いたベリリウムの省エネ精製技術の実用化」を強力に推進できるという考えで一致し、これまでに培った技術・ノウハウを基に、新精製技術の早期社会実装を目指す共同研究契約を締結し、青森県六ヶ所村にある量研の六ヶ所研究所において、事業規模のプラント設計に資する工学データを構築するため、処理量増加に伴って課題となるマイクロ波加熱のスケール効果の確認・最適化や実鉱物を用いた実証試験を開始しました。

 そしてこの度、ベリリウムと同じくレアメタルの一つであり、現在電動車化促進が進む中、注目を集めているリチウムについて、実際のリチウム鉱山で採鉱し選別されたリチウム鉱石のスポジュミン6)精鉱を用いて技術実証しました。従来技術ではリチウムを抽出するためにスポジュミン精鉱を先ず1,000℃以上の「か焼」処理7)によって結晶を相転移させ、濃硫酸による250℃以上の「焙焼」処理8)を必要としています。そこで、MWCC製の直径約50cm、高さ約100cmの反応器を有するマイクロ波加熱ベンチ装置を用いて、スポジュミン精鉱のアルカリ・マイクロ波溶融技術による溶解性を調べる実証試験を開始しました(図1参照)。従来技術では1,000℃以上必要な反応温度が本技術により300℃でリチウムを溶解可能であることを実証しました。

共同技術開発の意義及び波及効果

従来技術と新たな低温精製技術におけるCAPEX/OPEX/CO2排出量の相対比較図(従来技術ではエネルギー源に天然ガスを利用しており、低温精製技術では電化エネルギー源に太陽光発電を利用した場合で評価)

​図2 従来技術と新たな低温精製技術におけるCAPEX/OPEX/CO2排出量の相対比較

(従来技術ではエネルギー源に天然ガスを利用しており、低温精製技術では電化エネルギー源に太陽光発電を利用した場合で評価)

 

 今後は、さらに共同研究を進め、事業規模プラント設計のための工学データを構築することにより、マイクロ波加熱を用いたベリリウムの省エネ精製技術を、従来の精製技術に置き換わる新たな精製技術として、早期社会実装を目指します。また、本技術は、このような鉱石のみならず、各種セラミックスなどの化合物の溶解処理やそれらに含まれる希少金属の回収技術としても適用可能であることから、製造業のみならず、リサイクル産業への幅広い導入が期待されます。さらに、本技術の実用化が進めば、新規事業者の参入による市場拡大に伴う、資源の価格適正化及び安定確保へと繋がることも期待されます。

 今回の量研とMWCCによる共同研究契約による実証試験は、様々な金属や材料などの製造やリサイクルにおける熱利用製造プロセスの省エネ・カーボンニュートラル化に寄与できます。量研六ヶ所研究所は、熱利用製造プロセスの省エネ・CO2削減化を進めている各種産業への新技術導入を支援し、当該技術の社会還元・早期実装を進める事業開拓拠点として、社会実装を進める取り組みを継続して発展させる考えです。

用語解説

1) リチウム(Li:Lihitum)及びベリリウム(Be:Beryllium)

 リチウムは、原子番号3で、白銀色の柔らかい元素で、アルカリ金属、そして、レアメタルの一つでもあります。融点(180℃)と沸点(1330℃)はアルカリ金属元素中で最も高く、比重0.534は、全金属元素の中で最も軽いという特徴があります。携帯電話、ノートパソコン等の充電用電池である小型リチウムイオン電池、電気自動車、家庭用蓄電池用の大型リチウムイオン電池の原料です。リチウム資源は、南米、オーストラリア、中国、アメリカなどに偏在し、地上埋蔵量は約3000万トンと推定されています。

 ベリリウムは、原子番号4で、銀白色の固体金属で細密六方晶の結晶構造、軽い(1.85 g/cm3)、融点が比較的高い(1,285℃)、高い熱伝導率などの特徴があり、レアメタルの一つでもあります。特定化学物質であり、その粉塵などが呼吸器を通して吸収されると肺の機能障害を生じる可能性があることから、粉塵などを取り扱う際には、局所排気設備など作業者の健康障害を予防するための措置・設備が必要です。

 核融合炉の燃料の三重水素は、リチウムに中性子を当てて生産しますが、より多くの三重水素を生産するためには、中性子を増やす中性子増倍材であるこのベリリウムが大量に必要となります。

2) マイクロ波

 電波の一つで、その応用範囲は広く、前述の電子レンジにおけるマイクロ波加熱以外には、携帯電話、衛生テレビ放送、無線通信、レーダーなど、現代の日常生活において、不可欠な技術として多く利用されています。

3) マイクロ波による内部加熱

 電磁波(マイクロ波)を使って食品を加熱する電子レンジと同じ原理で、化学製品の原料や金属鉱石などを加熱する方法です。

 「奥までマイクロ波が届かない」「外に漏れやすい」「反射する」「電波の分布を均一にしないと加熱ムラが発生する」等の理由から、これまでは、産業レベルのボリュームに応用するのがほぼ不可能とされていました。

4) レアメタル

 英語の表記どおり、「希少な金属」を意味しており、厚さ30キロメートル前後の地球の表層である地殻での存在量が少ない金属や、存在量は豊富でも純粋な質では得ることが困難な金属などであり、現代の産業を支える非常に有用な金属です。

5) アルカリ溶融技術

 溶融対象の試料と、試料を溶融させるためのアルカリ(塩基)試薬(融材)を混ぜて、500℃から1,100℃程度の高温で試料を溶融する方法です。通常は、ヒーターやバーナー等による外部加熱方式です。マイクロ波加熱もありますが、実用化されているのは発熱体を介した外部加熱です。

6) スポジュミン

 リチウム(Li)鉱石の一つで、リシア輝石とも呼ばれており、現在のLi資源の約70%は、この鉱山資源のスポジュミンからLiを回収しています。化学式は、LiAlSi2O6で、最近では、新たな誕生石として追加されたクンツァイトもスポジュミンであり、宝石にもなることから、ベリル同様に安定で難溶解性の鉱石です。

7) か焼処理

 鉱石などの原料の性質を変えるために加熱処理することで、熱分解や相転移を起こすための熱処理の工程です。

8) 焙焼処理

 鉱石などの原料を、加熱下で化学反応によって処理しやすい化合物に変化させるための熱処理の工程です。

9) 設備投資(CAPEX)

 Capital Expenditureの略で、事業における投資コスト・設備投資を示します。

10) 運用コスト(OPEX)

 Operating Expenseの略で、事業運営に必要な経費の総称です。