要点
- 積極的なパルス励起を必要としないナノスケール発光寿命計測電子顕微鏡を実現。
- 個々の電子をパルスとして利用し、加速電子と電子線励起発光光子の時間相関を計測。
- 発光ダイナミクスの観察や、異粒子間のもつれを利用した量子技術への応用を期待。
概要
東京工業大学 物質理工学院 材料系の柳本宗達大学院生(博士後期課程)、山本直紀研究員、三宮工准教授、静岡大学 理学部の弓削達郎准教授、九州大学 先導物質化学研究所の斉藤光准教授、量子科学技術研究開発機構 高崎量子応用研究所の秋葉圭一郎主幹研究員らの研究グループは、加速電子と、電子線励起発光(カソードルミネセンス(用語1))による光子の時間相関により、電子一つ一つを励起パルスとして利用することで、ナノスケールでの物質の発光寿命(用語2)計測に成功した。
今回新たに開発した電子−光子相関電子顕微鏡法により、光の回折限界をはるかに上回る電子線分解能での発光ダイナミクス観察だけでなく、加速電子と放出光子の量子もつれの効果を抽出できる相関パラメタの評価も可能になった。本手法は、標準的な電子源から放出された電子一つ一つをパルスとして利用するため、大掛かりな電子線パルス装置が必要なく、通常の電子顕微鏡の電子線源をそのまま利用できる。この成果は、発光ダイナミクスの観察や、異粒子間のもつれを利用した量子技術などへの応用が期待される。
本成果は2023年9月20日発行のSpringer Nature社 「Communications Physics」に掲載された。
背景
電子顕微鏡は、半導体、セラミック、ポリマー、生体組織や分子などのさまざまな材料のナノスケール構造や原子のイメージングに利用されている。最先端の走査型透過電子顕微鏡(用語3)の空間分解能は、加速された電子のドブロイ波長が短いため、すでにボーア半径をはるかに下回るスケールに達している。電子顕微鏡の入射電子の一部はサンプルによって非弾性散乱される。この非弾性散乱過程を解析することにより、物質のさまざまな情報を得ることができる。電子顕微鏡による分析方法としては、入射電子のエネルギー損失を分光する方法(EELS)のほか、入射電子の非弾性散乱過程を通じて生成された電子や光子などの二次(準)粒子を解析する方法である、エネルギー分散型 X 線分光法(EDS)やオージェ電子分光法(AES)、カソードルミネセンス分光法(CL)などが用いられている。これらの二次粒子は、時間、エネルギー、運動量などさまざまなパラメタを通じて、入射電子と関連付けられる。
研究成果
本研究では、カソードルミネセンス分光法(CL)による放出光子に注目し、相互作用後の個々の入射電子と放出光子の時間相関を検出することで、サンプルの発光寿命の計測に成功した。この方法では、サンプルから放出される光の光子状態によらず、光の回折限界をはるかに超えたナノスケールでの発光寿命の分布を可視化することが可能となった。また、標準的な電子源から連続的に放出された電子一つ一つが励起パルスになるため、空間電荷効果による電子線の広がりがなく、電子顕微鏡の高い空間分解能をそのまま利用できる。
電子と光子の相関検出には、量子光学の計測で光子-光子の相関に用いられる、Hanbury-Brown Twiss強度干渉計の片側を電子検出に置きかえ、電子検出用のシンチレータ(用語4)からの発光信号を用いた(図1)。電子検出に利用するシンチレータの発光寿命はサンプルの発光寿命とは独立に得ることができるため(図2)、時間分解能はシンチレータの時間分解能に左右されない。さらに、運動量選択による電子光子対検出では、電子-光子の励起相関パラメタの量子もつれに起因する変化を捉えた。
図1 電子-光子相関計測の模式図。(a)光子-光子相関と、(b)電子-光子相関の概念図。(c)電子-光子相関計測装置模式図。(d-f)サンプルからのCL自己相関、サンプルとシンチレータの相互相関(電子-光子相関)、シンチレータからのCL自己相関。
図2 インコヒーレントなカソードルミネセンス過程(a)における発光寿命測定(b-e)。電子検出用のシンチレータの発光寿命とサンプルの発光寿命は、遅延時間の負側(スタート)と正側(ストップ)にそれぞれ完全に独立に得られる。
社会的インパクト
開発した手法では、自然放出された電子一つ一つを励起パルスとして利用するため、電子ビームのアクティブなパルス化を必要とせず、パルス電子銃を備えた時間分解 CL 機器と比較して、はるかに簡便な装置構成での計測が可能になる。また、光子状態によらず発光寿命が得られるため、どんな材料でも光の回折限界を超えた発光寿命を簡便に計測できることから、LEDや量子ドットなどの発光材料の開発に貢献できる。
今後の展開
本研究で得られたコヒーレントな光子生成過程における電子-光子ペアの相関は、エネルギー・運動量・位相関係が保存される異粒子間の量子もつれの検出に向けた第一歩であり、発光プロセスの解明や、量子光源評価を可能とする新規な電子顕微鏡技術の実現につながることが期待される。
付記
この研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR17P8)、同 創発的研究支援事業(JPMJFR213J)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(21K18195、22H01963、22H05032、23KJ0892)、公益財団法人 光科学技術研究振興財団の支援を受けて実施された。
用語解説
加速電子により励起された発光。古くはブラウン管ディスプレイ(CRT)などで用いられている。
物質内の電子が励起されてから、光子を放出して緩和するまでの時間。LEDやレーザーダイオードなどの発光材料の性能を左右するだけでなく、生体内のpHや局所温度などさまざまな計測にも用いられる。
高エネルギーの電子線試料に収束させ、電子線をスキャンすることで、ナノスケール(およびサブナノスケール)で物質や生体をイメージングする顕微鏡。
加速粒子により発光する材料で、加速粒子の検出に用いられる。
論文情報
掲載誌:Communications Physics
論文タイトル:Time-correlated electron and photon counting microscopy
著者:Sotatsu Yanagimoto, Naoki Yamamoto, Tatsuro Yuge, Hikaru Saito, Keiichirou Akiba, Takumi Sannomiya
DOI:10.1038/s42005-023-01371-1