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プレスリリース

光が金属の中を突き進む! ―相対論効果が拓くレーザーイオン加速の新世界―

掲載日:2023年3月16日更新
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発表のポイント

  • 光が入らない物質の中へレーザー光を侵入させ通り抜けさせる「相対論的透過現象」の実験に成功。アインシュタインが唱えた相対論による現象を超高強度レーザーで実現。
  • 「相対論的透過現象」に基づくレーザー駆動により発生するイオンビームの加速効率は従来の2倍となり、世界最高効率まで飛躍的に向上。
  • 本成果により、従来型加速器に比べて、よりコンパクトかつ高効率のレーザー駆動型加速器の実現に期待。

概要

 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫、以下「量研」という。)量子ビーム科学部門関西光科学研究所(以下「関西研」という。)の西内満美子上席研究員、英国インペリアルカレッジロンドンのNicholas Peter Dover研究員、独国ドレスデンヘルムホルツ研究所のTim Ziegler博士研究員、Karl Zeilグループリーダー、Ulrich Schramm部長、九州大学大学院総合理工学研究院の榊泰直客員教授(量研上席研究員)らの国際共同研究グループは、J-KARENおよびDracoシステムの高強度レーザー光による相対論的透過現象を実現し、従来よりも2倍高い効率で高エネルギーイオンを発生することに成功しました。
  一般的にレーザー光が金属のような不透明物質を透過することは不可能と考えられています。ところが、理論的には、超高強度レーザーを不透明物質に照射すると、レーザー光が表面で吸収されず、不透明な物質中に侵入・透過する「相対論的透過現象」が起こることが予測されています。我々は、時間波形を最適化した超高強度レーザーパルスを膜状物質に照射することで、「相対論的透過現象」起こすことに成功しました。さらに、その現象発生に伴い、照射エリアの全ての膜状物質が電離・分極し、その分極により膜状物質内に生じたイオンの塊が1ミクロンメートル以下の短いスパンで光速の40%まで加速されることを観測しました。従来手法では膜状物質表面のイオンのみ加速されたのに対し、今回の実験では、膜状物質の表面から裏面までの全ての領域のイオンが加速され、その結果、世界最高の加速効率(従来の2倍以上)を得ることが出来ました。
 本研究成果は、将来の重粒子線がん治療への応用が見込まれる小型の高効率レーザー駆動重イオン加速器の実現に加え、イオンの加速エネルギーの高エネルギー化を進めることで宇宙誕生初期に物質が合成された過程等、元素の起源解明へとつながることが期待されます。
 本国際共同研究は、量研の国際リサーチイニシアティブ・創成研究、及び日本学術振興会・研究費補助金22H00121、21KK0049の支援を受けて実施されました。
 本研究成果はSpringer社が発刊するNature姉妹誌『Light: Science & Applications』に2023年3月13日(月)(日本時間)に掲載されております。

補足資料

研究開発の背景

 2018年のノーベル物理学賞を受賞した、ジェラール・ムル博士とドナ・ストリックランド博士はチャープパルス増幅(CPA)法1)という、超高強度かつ超短パルスのレーザー光(以下、「超高強度レーザー」という)を生成する方法を発明しました。超高強度レーザーを用いることで、地上では実現することが不可能と考えられていた超高温・超高圧状態のプラズマ2)を作り出すことが可能となりました。このプラズマは高エネルギーのイオンなどの荷電粒子を加速する特性を兼ね備えており、関西研の元所長・田島俊樹博士等により、荷電粒子の新加速手法としての応用も提案されました。この新加速手法はレーザー駆動イオン加速と呼ばれ、プラズマを媒質とするため、絶縁破壊を起こすことがなく、既存の高周波を用いた線形加速器3)に比べて、1千万分の1程度の短い長さで、粒子を同じエネルギーまで加速することができます。すなわち、原理的に、既存の加速器に比べて、単位長さ当たり、1千万倍以上高い加速電場4)を生成可能ということです。そのため、この方法を用いることで、整備・維持管理に高いコストを要し、広い敷地面積が必要だった従来の大型加速器と同程度のスペックをもつコンパクトな次世代加速器の開発が可能と考えられます。この医学応用や、先端科学へ大きな貢献が期待できるコンパクトな次世代加速器の開発を目指し、この粒子加速手法の研究開発が世界中で行われています。
 従来のレーザー駆動イオン加速では、超高強度レーザーを膜状の物質に照射することで生成された物質表面にできるプラズマの高強度電場によって、イオン5)を加速するというものです。このとき、通常の高強度レーザー光は膜状物質の内部に侵入できず大部分は表面で反射され、イオン加速に使用される膜状物質内部に吸収されるレーザーのエネルギーは極僅かにとどまります。その結果、膜状の物質の表面に存在する一部のイオンのみが加速され、効率の良いイオン加速は実現できていませんでした。

研究成果

 通常、光やレーザー光を磨き上げられた金属などに照射すると表面で反射が起こりほとんど内部に吸収されることはありません(図1)。これは金属の内部の自由電子と呼ばれる電子がエネルギーをわずかに吸収しながら振動し、物質の内部へ光の侵入を防ぐからです。通常は光が透過するガラスのような透明物質でも強い光を照射すると物質表面が電離して自在に動ける自由電子が発生するので金属に弱い光を入射した時と同じように、光はほとんど反射されてしまいます。しかし、レーザー光の強度を極限的に高めると相対論的効果により、通常なら反射して侵入できない物質の内部へ光が侵入できることが理論的に予測されています(相対論的透過現象(図2))。そこで、我々研究グループは、膜状物質に照射する超高強度レーザーを制御し、照射強度を十分に高めることで、相対論的透過現象を実現しました。さらにそれと同時に、レーザーパルスの時間波形を巧みに操ることで膜状物質の内部に生成したイオン全体を効率よく加速することも実現できました。

通常の光の入射と反射の図
​図1:通常の光の入射と反射

相対論的透過現象と高エネルギーイオン発生の概略図
​図2:相対論的透過現象と高エネルギーイオン発生の概略図

 実験には、超高強度レーザー装置である量研関西研のJ-KARENシステム及びドイツのドレスデンヘルムホルツ研究所のDraco-PWシステムを用いました。これらのシステムは、高強度レーザーで生じるメインパルスに先立って発生するレーザー光の強度が極めて低い(時間コントラスト6))ことに加え、上記の相対論的透過現象を起こし、高効率イオン加速が実現可能な高いピーク強度を持つことから、イオン加速に最適な時間波形のレーザーパルスを生成することができます。図3に実験の概略図を示します。
 実験では、加速されたイオンのエネルギーをレーザー進行方向及び膜状物質の裏面垂直方向に設置したトムソンパラボラ分光器7)及び積層型ラジオクロミックフィルム8)を用いて計測しました。また、膜状物質からのレーザーの反射光量・透過光量の同時に計測も実施しました。さらに、相対論的透過現象を生じ、同時に高エネルギーの水素イオンを発生させる最適な厚さを調べました。
 その結果を図4に示します。図4上部のグラフには、膜状物質の厚さにおける加速された水素イオンのエネルギーの最高値を示し、下部のグラフには、レーザーの透過光量(透過エネルギー)を示しています。緑がJ-KARENシステムを用いた実験結果、青がDraco-PWシステムを用いた実験結果です。点線が複数回ショットした時に得られた水素イオンの最高エネルギーの値、塗られた領域が平均値からの標準偏差の領域を示します。

実験の概略図レーザーは図(紙面)の手前から奥側へ照射し、高エネルギーイオンは膜状物質の裏側(紙面の奥側へ)生成する
​図3:実験の概略図
レーザーは図(紙面)の手前から奥側へ照射し、高エネルギーイオンは膜状物質の裏側(紙面の奥側へ)生成します。

 膜状物質の厚さ1,000ナノメートル(= 1ミクロン)の時は、加速された水素イオンのエネルギーは低く、かつ反射光の強度が高く、透過光はほぼ観測されていない状態でした。膜厚を薄くするとともに加速エネルギーが高くなり、厚さが250ナノメートルになった時、水素イオンが最も高いエネルギーに加速されました。その際に計測された透過光の量は、膜状物質に投入されたレーザー光のエネルギー(約10ジュール)に対して、その1パーセント(0.1J)以下でした。この結果から、膜状物質の厚さが250ナノメートルの時に、相対論的透過現象によって膜状物質内部に侵入したレーザー光のエネルギーのほぼすべてが吸収され、効率よく高強度電場が形成され、水素イオンのエネルギーが最も高くなったことが分かりました。さらに膜厚を薄くしていくと、反射光の量がさらに減少していく一方、相対論的透過現象による透過光の量が増加し、発生するイオンのエネルギーが低くなることを確認しました。

膜状物質の厚みを変化させて実験を行った結果
​図4:膜状物質の厚みを変化させて実験を行った結果、加速された水素イオンのエネルギー(上)、膜状物質との相互作用の後透過したレーザー光の量(下)を示す。緑色がJ-KARENシステム、青色がDraco-PWシステムを用いた実験の結果。上図における点線は、発生した水素イオンの一番高い値を示す。それぞれの色で塗られた領域は平均値から一標準偏差の領域を示す。赤の点線で示すのは数値シミュレーション結果。

 この超高強度レーザー照射によって膜状物質に生成される高密度プラズマの相互作用の結果起こる相対論的透過現象や水素イオンの加速メカニズムの詳細を解析するため、実際に実験で使用したJ-KARENシステムのレーザーパルス形状を用いた2次元の流体シミュレーション9)及び3次元のParticle-In-Cellシミュレーション10)による計算を実施しました。その結果、J-KARENシステムの非常に高コントラストなレーザーパルスを用いることで、膜状物質がメインパルスに先立つ低強度のレーザー光により破壊されない状態に保たれ、その後に到達するレーザー強度のピークと膜状物質の内部との相互作用が起こるタイミングで、レーザーが物質内部まで侵入する「相対論的透過現象」が引き起こされることが分かりました。この時、超高度レーザーと膜状物質との相互作用により、照射エリア内の膜状物質中の全ての原子を電離すると同時に発生した全ての電子が光圧で吹き飛ばされ、膜状物質として残ったイオンの塊が自ら作るクーロン電場で光速の40%まで加速されることも分かりました(図5)。

レーザーパルスの時間波形の最適化と高エネルギーイオン発生
​図5:レーザーパルスの時間波形の最適化と高エネルギーイオン発生

 イオン発生に必要なレーザー投入エネルギーと発生した水素イオンの最高エネルギーの比をイオン発生効率の指標として評価した結果を図6に示します。本実験において膜状物質内部での高エネルギーイオン発生の相互作用が最大になるようにレーザーパルスの時間波形を調整し、相対論的透過現象を最適化した結果、これまで実施されてきた国内外の高エネルギーイオン発生実験に比べてイオン発生の効率が約2倍に達しています(図6)。

世界の超高強度レーザーによって得られた実験結果を評価したグラフ
​図6:世界の超高強度レーザーによって得られた実験結果を、横軸にレーザーのパワー、縦軸に得られた水素イオンエネルギーを使用したレーザーシステムのエネルギーで割った値をイオン発生の効率的なイオン発生の指標として評価したグラフ。

結果のインパクト

 今回実証した高強度レーザーの相対論的透過現象を用いたレーザー駆動イオン加速の飛躍的な効率向上は、従来の2倍となる世界最高効率まで達しました。また、日本とドイツの別々の超高度度レーザーシステムを用いて同じ実験結果を得られたことで、この相対論的透過現象を用いた高効率のイオンの加速メカニズムの再現性も示されました。本結果から、この原理に基づく加速メカニズムは、超高度レーザーを用いた高エネルギーイオンの応用研究やレーザー駆動イオン加速器の実用化に役立つもので、その進展に大きく貢献するものと言えます。
 例えば、重粒子線がん治療11)への応用が見込まれる小型の高効率レーザー駆動重イオン加速器の実現に加え、将来的には、超高強度レーザーを用いて短寿命のイオン核種を高エネルギーまで加速し、崩壊前に原子核との衝突を起こすことで、天体現象でしか発生の可能性がない地球上では生成することができなかった新しい核種を作ることにより、宇宙誕生初期における元素組成の起源に迫れるような小型の重イオン加速器の実現につながることが期待されます。

用語解説

1) CPA法:

 レーザーエネルギーの増幅方法の一種。増幅する前のレーザーパルスの時間幅を1000倍程度に引き延ばし、ピーク強度を十分抑えた状態で増幅し、その後、再びパルスの時間幅を縮めて元に戻し、超高強度かつ極短パルスのレーザーを得る手法のことです。

2) プラズマ:

物質が電離し、イオンと電子に分離された状態。正負の荷電粒子からなり、それらが相互作用しながら集団的に運動している状態です。自然界では、蛍光灯の内部やキセノンランプ、オーロラなどでも見られます。幅広い分野で応用、研究され、工業用では、プラズマを用いた微細加工、プラズマディスプレイなどに応用されています。

3) 加速器:

 電荷粒子のエネルギーを高めるため(加速)に用いる装置です。加速には、電場(事項参照)を用います。電荷を持った粒子を電場の中に置くと、クーロン力により加速されエネルギーが高くなります。たくさんの電極を直線上に並べ、荷電粒子を高いエネルギーまで加速するため、より高いエネルギーに加速するには、装置を大きくする必要があること、二次的に放射される電子線やX線の遮蔽のための防護壁をより厚くする必要があることから、加速器全体が巨大化するという問題点を招いています。

4) 電場:

 電荷に力を及ぼす空間の性質をいいます。レーザー照射によって生成されるプラズマ中の電場の大きさが大きいほど、イオンや電子に与える力が大きくなり飛び出すイオンのエネルギーが大きくなります。

5) イオン:

 原子核周りにまとっている電子を放出することで、正の電荷を帯びた原子のことをイオンといいます。

6) 時間コントラスト:

 レーザーパルスの時間波形をピーク強度との比で表した値。一般的には、ピーク強度を1として光ノイズの強度がどれくらいの高さであるかを示します。時間コントラスト比が高ければ高いほど高性能なレーザーパルスです。また、時間コントラスト比は、光ノイズの強度やピーク強度の時間差などの条件よりさまざまな計測器によって計測する必要があります。

7) トムソンパラボラ分光器:

 荷電粒子を静電場と静磁場の中を通過させ、質量と電荷数の比とエネルギーによって進行方向を偏向させ、荷電粒子の質量と電荷数の比ごとのエネルギーを計測するする手法。エネルギースペクトルの形状は、放物線となります。

8) 積層型ラジオクロミックフィルム:

 荷電粒子やX線などの放射線を浴びることにより、黒化するフィルム上の検出器です。フィルム上であることから、放射線を当てることで、空間分布が計測できること、及びフィルムを何枚にも重ねることで、各々のフィルムが計測した放射線量より、放射線のエネルギースペクトルを得ることが可能となります。

9) 流体シミュレーション:

 水や空気などのような流体の動きを再現するシミュレーションのことです。流体の動きを記述する流体方程式を数値的に解くことで解が得られます。高強度レーザー光を物質に照射した際に生成するプラズマは流体として取り扱うことが出来ます。

10) PIC シミュレーション:

 物質は小さな粒子(原子、電子、イオンなど)が集まってできています。レーザーと物質の相互作用を考える際に、レーザーのエネルギーがあるしきい値を超えると、流体的な取り扱いが適当ではなくなり、各々の粒子の動きや、粒子同士の相互作用を取り扱う必要が出てきます。そのような場合には、各々の粒子の運動や粒子同士の相互作用、そしてレーザーと粒子の相互作用を記述する、マクスウェル方程式や運動方程式と呼ばれる方程式を、計算機によって数値的に解き、実際に起こっていることを再現します。

11) 重粒子線がん治療:

 がんの放射線治療法の中の一つです。炭素イオンを加速器で、光速の約70%のエネルギーにまで加速し、がんの病巣に狙いを絞って照射することで、周りにある正常細胞を死滅させることなくがん細胞のみを死滅させる最先端の放射線治療法です。​

【掲載論文情報】

タイトル:Enhanced ion acceleration from transparency-driven foils demonstrated at two ultraintense laser facilities
著者情報:Nicholas P. Dover, Tim Ziegler, Stefan Assenbaum, Constantin Bernert, Stefan Bock, Florian-Emanuel Brack, Thomas E. Cowan, Emma J. Ditter, Marco Garten, Lennart Gaus, Ilja Goethel, George S. Hicks, Hiromitsu Kiriyama, Thomas Kluge, James K. Koga, Akira Kon, Kotaro Kondo, Stephan Kraft, Florian Kroll, Hazel F. Lowe, Josefine Metzkes-Ng, Tatsuhiko Miyatake, Zulfikar Najmudin, Thomas Pu¨schel, Martin Rehwald, Marvin Reimold, Hironao Sakaki, Hans-Peter Schlenvoigt, Keiichiro Shiokawa, Marvin E. P. Umlandt, Ulrich Schramm, Karl Zeil, and Mamiko Nishiuchi

論文URL:https://www.nature.com/articles/s41377-023-01083-9