ポイント
- 半導体集積回路は消費電力増大や配線遅延の問題を抱えており、光配線など光を利用した高速・低消費電力化の取り組みがなされている。
- 光と電気どちらでも情報を記録できる実用的な材料は無く、光と電気の高度な融合を目指す上でボトルネックとなっていた。
- 光で情報記録が可能なコバルト/白金を用いて、電流による効率的な磁化反転を実現し光電融合が可能な不揮発性磁気メモリ(注1)材料の開発に成功した。
- 光と電気信号を同時活用する高速・大容量サーバーやリアルタイム処理が必要なエッジデバイスの情報記録として期待できる。
概要
現在の半導体集積回路やメモリ素子では、微細化に伴い電力増大や配線遅延といった課題が顕在化し、光配線など高速・低消費電力化が可能な光技術との融合が進められています。今後爆発的に増大する情報を高密度かつ省電力で記録するには、光ファイバーからの光信号と集積回路からの電気信号どちらを用いても情報の書き込みおよび読み出しができる新たな材料が必要です。
東北大学大学院工学研究科の好田誠教授(量子科学技術研究開発機構量子機能創製研究センター グループリーダー)、新田淳作名誉教授、柳淀春博士後期課程学生(研究当時)らは、韓国科学技術院(KAIST)およびマサチューセッツ工科大学(MIT)と協力して、単純な強磁性/非磁性2層構造である単結晶コバルト/白金構造が外部磁場を用いなくても電流注入で磁化反転が可能であることを示しました。コバルトと白金の積層構造は、光照射によりコバルトの磁化が反転する材料としてこれまで知られていましたが、無磁場で電気的に磁化反転ができることは分かっていませんでした。光で情報記録が可能であるコバルト/白金構造が、今回電気でも効率的に情報記録できることを示し、光ファイバーからでも電気配線からでもデータを蓄積できる光電融合が可能な不揮発性磁気メモリ材料の開発に成功しました。
本手法により、光と電気信号を同時活用する高速・大容量サーバーやリアルタイム処理が必要なエッジデバイスの記録材料として期待できます。
本研究成果は、2023年7月2日付(ドイツ時間)で材料分野の専門誌Advanced Functional Materialsにてオンライン公開されました。
詳細説明
研究の背景
あらゆる場所で通信を可能にする第6世代移動通信や膨大なセンサーや機器がネットに同時接続される情報通信社会では、情報量の爆発的な増加が見込まれるため、光の大容量・高速化と電子の低消費電力化を同時活用できる情報処理・記録技術が求められています。電気で動く半導体と光配線の間には、光情報を一時的に記録し半導体集積回路に伝送、そこで処理された情報を再度記録する必要があるため、光でも電気でも情報を記録できる材料が求められていました。
強磁性体を記録媒体として用いる不揮発性磁気メモリでは、磁化方向の上向きと下向きを反転させ情報を記録させます。光を照射することで磁化反転できる材料としてコバルト/白金構造が知られており、光電融合の不揮発性磁気メモリ応用として研究がなされてきました。しかし、コバルト/白金構造において電気的に磁化反転を行うには、外部磁場を印加しなければならならず、光と電気の高度融合を実現する上でボトルネックとなっていました。
今回の取り組み
東北大学大学院工学研究科の好田誠教授(量子科学技術研究開発機構量子機能創製研究センター グループリーダー)、新田淳作名誉教授、柳淀春博士後期課程学生(研究当時)らは、韓国科学技術院(KAIST)およびマサチューセッツ工科大学(MIT)と協力して、コバルト/白金構造を用いて外部磁場不要の電流注入磁化反転(注2)に成功しました。
今回用いた単結晶(注3)コバルト/白金構造では(図1(a))、磁化容易軸(注4)方向が薄膜全体では膜面に垂直方向に揃っていますが、局所的に面内方向に傾いた磁化を持つ領域が存在することを明らかにしました。この磁化の傾きと磁化のねじれを誘起する界面ジャロシンスキー守谷相互作用(注5)が組み合わさることで、外部磁場不要の電流注入磁化反転を可能にしました(図1(b))。強磁性体/非磁性体二層構造のみというシンプルな構造で磁化反転が実現できるため、デバイス設計・作製・プロセスが飛躍的に単純化できる可能性があります。さらにコバルト/白金構造は、光照射により磁化反転ができる材料として知られていることから、光でも電気でも情報を記録できる材料として光電融合(注6)インターフェースに利用できる不揮発性磁気メモリとして期待できます。
今後の展開
今回電気でも効率的に情報を記録できることを示したことで、高速・低消費電力で電源を切ってもデータが消えない不揮発性磁気メモリを活用した光電融合インターフェースが実現できます。特に光信号と電気信号を同時活用する高速・大容量サーバーにおけるデータバッファメモリ(注7)や自動運転など大量の情報をリアルタイムで処理するエッジデバイスの一次データ処理メモリとしての期待が高まります。
図1. (a)単結晶Co/Pt磁化反転素子の模式図と(b)多結晶および単結晶Coを用いた場合のスピン注入磁化反転結果。単結晶Co/Pt構造のみ外部磁場なし(Bx=0)で磁化反転している。
謝辞
本研究は科研費(JP15H05699, JP25220604, JP15H02099, JP25220604,JP15H05854)の支援を受けました。
用語解説
電流を流すことでスピン流を生み出し、このスピン流を強磁性体に注入することで磁化の向きを反転させることができます。
原子配列の向きが一方向に揃い等間隔に原子が並んだ構造のことを言います。
強磁性体薄膜の磁化が向きやすい方向(軸)のことを意味します。薄膜面内方向を向きやすい場合は面内磁化容易軸、面直方向を向きやすい場合には面直磁化容易軸と言います。
磁性体中の隣接する磁気モーメント間の相互作用のことで、 隣接する磁気モーメントの方向をずらし、磁気モーメントの空間的な構造にねじれを与えようとします。この相互作用によって磁化を特定の方向のみに回転させることができます。
光と電子を同時に活用することで電子だけもしくは光だけでは困難な集積回路や小型集積回路を実現するためのコンセプト。
異なる種類の機器や回路の間でデータをやり取りするときに、処理速度や転送速度の差などを補うためにデータを一時的に保存しておく記録素子のこと。
論文情報
タイトル:Deterministic current-induced perpendicular switching in epitaxial Co/Pt layers without an external field
著者: Jeongchun Ryu*, Can Onur Avci, Moojune Song, Mantao Huang, Ryan Thompson, Jiseok Yang, San Ko, Shutaro Karube, Nobuki Tezuka, Makoto Kohda, Kab-Jin Kim, Geoffrey S. D. Beach, and Junsaku Nitta**
*筆頭著者:東北大学大学院工学研究科 柳 淀春
**責任著者:東北大学大学院工学研究科 名誉教授 新田淳作
掲載誌:Advanced Functional Materials 2023, 2209693
DOI:10.1002/adfm.202209693
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/adfm.202209693