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プレスリリース

3GeV高輝度放射光施設ナノテラスの最新円型加速器において3GeV電子蓄積に成功

掲載日:2023年7月14日更新
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ポイント

  • 線型加速器で3GeVに加速された電子が最新設計の円型加速器に入射され周回を続ける「電子蓄積」に成功し、電子ビームモニタ用の放射光を観測
  • 本成果は周長349mに配置された約400台の精密電磁石を髪の毛の太さの半分程度(0.05mm)の高精度で設置する技術等、最新技術を駆使して達成
  • 今後は、蓄積電流の増強へ向けた各種調整運転を予定しており、世界最高レベルの放射光施設運用開始に向けた高輝度電子ビーム調整を継続

概要

 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長:小安重夫、以下「QST」)は、官民地域パートナーシップ1)により産学の幅広い研究者への共用を目的とした世界最高レベルの放射光2)施設ナノテラス3)の建設・整備を進めています。今般、ナノテラス円型加速器への3GeV(ギガ電子ボルト)4)電子の入射・蓄積に成功しました。
 線型加速器で生成した3GeV高密度電子ビームの円型加速器へ向けた輸送を令和5年5月29日に開始し、6月8日には円型加速器に入射して約300周回させることに成功しました。その後、電子ビーム入射軌道の詳細な調整と共に、蓄積用の新型加速空胴の調整を行い、6月16日には入射した3GeV電子が円型加速器を周回し続ける電子蓄積に成功し、電子ビームモニタ用の放射光も観測しました。最新の円型加速器設計であるMBA5)(Multi-bend achromat)ラティスを国内で初めて採用し、周長を大幅短縮して建設コストを削減すると共に、高輝度性能の指標となる電子ビームエミッタンス6)1.1nmradを実現します。綿密な設計に基づき総数約400台の精密電磁石を開発・製作して円型軌道上に0.05mm以下の高精度7)かつ高密度8)で設置する技術、電子蓄積用の新型加速空胴9)や円型加速器へ電子ビームを精密に入射する技術、円型加速器の周回軌道上に沿った112箇所で電子ビーム軌道を0.1mmの高精度かつ高速で測定する技術等の開発を集中的・効率的に進めることで、3GeV電子蓄積に1.5ヶ月早く成功し、ユーザー運転に向けた蓄積電流の増強に十分な時間を確保することに貢献しました。
 ナノテラス円型加速器での3GeV電子蓄積の成功は、目標の高輝度放射光源性能達成に向けた大きなステップです。今後、蓄積電流を増やすための真空焼出し運転を行うとともに、より安定に電子蓄積を行うための詳細調整を進め、挿入光源から初めて放射光X線を発生させるファーストビーム、さらには令和6年度の運用開始に向けて加速器システムのブラッシュアップを進めます。

研究開発の背景と目的

(1)放射光施設について

 光速に近い速度で走る電子が磁石等でその軌道を曲げられたときに発生する、非常に輝度の高い「放射光」X線利用は1990年代に本格化しました。物質構造解明などを目的として、8GeV電子加速器を用いたSPring-8を始め、米国のAPS(7GeV)、欧州のESRF(6GeV)など大型放射光施設10)が相次いで建設され、主に硬X線波長領域の放射光を提供し、多様な科学分野で多くの研究成果創出に貢献してきました。2000年代以降になると、英国、スペイン、台湾など世界各地で3GeV級電子加速器を用いた中型放射光源が多数建設され利用が進みました。基礎科学から産業利用まで軟X線11)での観察が必要な対象が増大している中、この分野で日本がリードすることを目指して、軟X線に強みを持つ世界最高レベルの3GeV高輝度放射光施設ナノテラスの整備を官民地域パートナーシップで推進することが決まりました。ナノテラスは物質や生命の機能をナノレベルで可視化し、学術及び産業界における研究開発の仮説検証サイクルの促進に貢献する「巨大な顕微鏡」として期待されています。

(2)3GeV高輝度放射光施設ナノテラスの加速器

 放射光施設は、電子に加速エネルギーを与える線型加速器、加速した電子ビームを蓄積すると共に放射光源となる円型加速器、そして放射光実験の場となるビームラインで構成されています(図1参照)。QST次世代放射光施設整備開発センターが2019年度より宮城県仙台市で整備を進めているナノテラス加速器は、SPring-8の1/4程度の周長349mの円型加速器を用いたコンパクトな施設を特徴とし、光源性能としては軟X線領域で既存国内施設を約2桁上回る世界トップクラスの高い放射光輝度(単位面積・立体角・時間当たりの光子数)性能実現と高い光源安定性を目指しています。
 ナノテラス円型加速器に3GeV電子が蓄積されると、1秒間に約86万周回して放射光を発生しますが、円型加速器に3GeV電子を入射するだけでは蓄積されません。放射光発生によるエネルギー損失で、徐々に周回軌道が内側にシフトし最終的には失われるためです。このエネルギー損失を補填するため、正負の交互電場を高周波で発生する蓄積リング用加速空胴を軌道上に設け、適切なタイミングで入射すると、3GeV入射電子のエネルギーがほぼ一定に保たれて周回し続ける電子蓄積状態を維持することが出来ます。QST次世代放射光施設整備開発センターは、高性能・高安定な3GeV円型加速器の設計・製作・据付後の最初の大きなステップとして電子蓄積を目指し調整を進めてきました。

ナノテラス放射光施設の図
​図1 ナノテラス放射光施設

ナノテラス円型加速器の図
​図2 ナノテラス円型加速器

ナノテラス円型加速器トンネル内の様子
​図3 ナノテラス円型加速器トンネル内の様子

(3)高性能3GeV円型加速器の開発​

 QST次世代放射光施設整備開発センター加速器グループは、ナノテラス円型加速器の研究・開発において、高性能・高安定性だけでなく建設・運転維持費の低コスト化も配慮して設計・検討を行いました。図2、3に示すナノテラス円型加速器は、3つの主装置:➀ 線型加速器から円型加速器への電子ビーム入射部、➁ 電子ビームを円型加速器の理想軌道周囲に閉じ込め、その高輝度性能を決定づけるMBA磁石列(図4)、➂電子ビームエネルギーを3GeVに維持して電子蓄積を実現する加速空胴(図5)と蓄積電子の放射光モニタ部で構成されます。
​ 最上流の線型加速器からビーム輸送路を介して3GeV高密度電子ビームを安定に入射部に導くことが極めて重要であり、そのための調整を進めてきました。➀では入射電子ビームの到着時間に合わせてパルス磁場を印加し、入射ビームを円型加速器に導きます。ナノテラスの円型理想軌道は64台の偏向磁石12)で形成され、電子ビームは160台の四極磁石13)により円型理想軌道の周囲に閉じ込められて周回します。安定な周回実現のため、磁石列は16回の高い対称性を持つユニットで構成されています。1ユニットは4台の偏向磁石と10台の四極磁石からなるMBA磁石列となっています。従来の1ユニットあたり2台の偏向磁石で構成するDBA(Double-bend achromat)型に比べて高輝度電子ビーム実現可能なことが特徴です。DBA型で同様の高輝度性能を得るには、大幅に周長の長い円型加速器が必要となるため、装置・建屋の建設・維持コストの大幅な削減にも繋がりました。
 各ユニットは5.4mの長直線部を有し、16本の長直線部のうち最大限の14本(ビームラインとしては短直線部も合わせて28本)にアンジュレータ14)放射光源を設置して実験ユーザーに提供します。加速器用として必須の2本を➀電子ビーム入射部と➂蓄積用の加速空胴に用います。1本の長直線部に加速空胴を設置するため、電子ビームの進行方向にコンパクトな新型のTM020モード加速空胴(周波数508MHz)を世界に先駆けて導入しました。今回の蓄積試験は、本加速空胴の実電子ビームによる初めて動作試験でもありました。
 円型加速器内の電子ビームの軌道情報は1ユニットあたり7箇所(全周で112箇所)に分配されたビーム位置モニタで周回毎に測定します。電子ビームが約0.001ミリ秒で1周する間に、その位置を0.1mmの精度で測定する必要があるため、高速・高精度な最新のビーム位置モニタを導入しました。
 3GeV電子の入射試験は、最初は加速空胴に電場を印加しない状態で行い、電子ビームが約300周回することをビーム位置モニタで観測に成功しました。次に加速空胴に電場を印加し、入射3GeV電子ビームの加速空胴電場位相に対するタイミングを、ビーム位置モニタの電子ビーム周回数が増える方向に調整したところ、周回を継続する3GeV電子蓄積に成功しました。加えて、電子ビームモニタ用の3極ウィグラー15)から放射光を観測しました。

MBA(Multi-bend achromat)磁石列
​図4 MBA(Multi-bend achromat)磁石列

蓄積用加速空胴の写真
​図5 蓄積用加速空胴

技術開発の内容と成果

(1)MBA(Multi-bend achromat)磁石列

 円型加速器の磁石列ユニットには最新のMBAラティス(加速器における磁石コンポーネントの並びの事)を導入しました。電子ビームは偏向磁石内で空間的な広がりを生じます。この広がりは光のプリズム分散と同様にビーム軌道上の個々の電子のエネルギーの差異から生じ、放射光の輝度低下の要因となります。このプリズム分散による電子ビームの空間的な広がりは、偏向磁石内で個々の電子がランダムに発生する放射光によるエネルギー損失とプリズム分散の大きさに依存します。そこで、MBAにより電子ビームの空間広がりを抑制することにしました。MBAは、偏向磁石の細分化と四極磁石の収束レンズ機能の組み合わせにより、偏向磁石内のプリズム分散を極小化する仕組みを有します。この技術の導入により、ナノテラス円型加速器は周長の短縮によるコンパクト化と、世界最高クラスの高輝度放射光発生の両立が可能となりました。ナノテラスMBAは4台の偏向磁石、10台の四極磁石、10台の六極磁石16)で構成されます。電子ビームを円型理想軌道周囲の狭い空間に閉じ込めるため、四極・六極磁石の磁場勾配を従来のDBAよりも倍以上高める必要がありました。その結果、電子ビームが通過する容器の空間サイズは横幅30mm、縦幅16mmと縦横ともに従来の半分以下となり、精密な機器設置調整技術が必要となりました。ナノテラスでは磁石を0.05mm以下の高精度で精密設置する技術を極め、電子ビーム軌道を理想状態に近づけました。その結果、円型加速器への入射3GeV電子ビームが始めから約300周回することに繋がりました。軌道微調整用の補正磁石なしで約100kmの距離を電子が通過することを意味し、磁石の設置精度が極めて高いことを示しております。​

(2)加速空胴と放射光モニタ

 電子は円型加速器を周回すると、偏向磁石内で放射光を発生してエネルギーを損失し、軌道が内側に徐々にシフトして、真空容器内の壁に衝突して失われます。加速空胴に高周波電場を印加しない電子の周回試験では、この様子を電子ビーム位置モニタで観測し、約300周回して電子ビームが失われることがわかりました(図6左上)。
 次に、加速空胴に高周波電場を印加した蓄積試験として、空胴の位相に対するタイミングを変えながら電子ビームを入射しました。タイミングが合い始めると周回数が徐々に延び、あるタイミング範囲では電子エネルギーと軌道が一定に維持される蓄積状態となり、電子ビーム位置モニタの信号が連続的になりました(図6左下)。蓄積状態では、電子ビームの性能モニタとして利用する3極ウィグラーからの放射光も確認しました(図6右)。また、円型加速器の電子ビーム用容器の真空度が全周に渡って2桁程度増加することも観測されました。蓄積電子が円型加速器の全偏向磁石で放射光を発生し、放射光アブソーバ17)など金属から放射光刺激脱離ガスが放出されていることを示唆しております。

※本技術開発は国立研究開発法人理化学研究所及び公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の協力の下実施したものです。

蓄積時には電子ビームモニタ用放射光(可視光成分)を観測した
​図6 電子ビーム位置モニタ信号(左)。加速空胴オフで3GeV電子を円型加速器に入射すると約300周回の間に減衰して消失する(左上)。加速空胴オンで加速位相に対する入射タイミングを調整すると蓄積され位置モニタ信号が連続的になる(左下)。蓄積時には電子ビームモニタ用放射光(可視光成分)を観測した(右)。

今後の展開

 円型加速器で現在蓄積された電子数は数億個でありますが、最終目標は数千倍の数兆個です。ただし、電子数増大は手順を踏んで徐々に行う必要があり時間を要します。蓄積電子数を増やすと放射光強度も増大します。ナノテラスでは直線部に設置するアンジュレータ等を放射光源として用い、偏向磁石で発生する放射光を、全て円型加速器の真空容器内の放射光アブソーバで吸収します。蓄積電子数増大に比例してアブソーバ内に吸着されているガスが放射光刺激により脱離し、真空度が悪化します。やがて、アブソーバ内のガスが枯れて真空悪化が緩和されると、蓄積電子数を増やすことが出来るようになります。この真空焼出しプロセスを繰り返して、徐々に目標蓄積電子数まで増やしてゆきます。加えて、詳細な電子ビーム軌道調整や性能確認、X線光源となるアンジュレータの調整を行って令和6年度の運用開始に備えていきます。

用語解説

1)官民地域パートナーシップ

 国の主体である国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)と一般財団法人光科学イノベーションセンター(PhoSIC)を代表機関とする宮城県、仙台市、国立大学法人東北大学、一般社団法人東北経済連合会からなる地域パートナーで構成され、費用負担も含めた役割分担の元で整備が進められている。国の主体であるQSTは加速器と3本の共用ビームラインの整備を、地域パートナーは整備用地、基本建屋及び7本のコアリションビームラインの整備を担当している。

2)放射光

 放射光は光速近くまでエネルギー加速された電子ビームを磁石で曲げた際に進行方向に放射される電磁波であり、高輝度、かつ指向性が高く、偏光特性を自由に変えられるなどの優れた特徴をもつ。

3)放射光施設ナノテラス

 正式名称は、3GeV 高輝度放射光施設。NanoTerasuは愛称である。

4)GeV(ギガ電子ボルト)

 電子ビームエネルギーの単位。10億ボルト電圧による電子加速エネルギー。

5)MBA(Multi-bend achromat)

 磁石列単位。光学で色消しを意味するachromatは磁石列の出入り口でエネルギーの違いによる電子ビーム軌道の違いが現れない状態を意味する。磁石列に偏向磁石(bend)が含まれると磁石列内部では非achromatとなる。従来は偏向磁石を2台用いたDBA(Double-bend achromat)が主流であったが、近年4台以上のMBAを用いた放射光施設が多く建設・計画されている。

6)エミッタンス

 ビームの断面積と広がりを掛けた値で、電子ビームの性質を表す指標の一つ。エミッタンスが大きいと、全体として広がりやすい電子ビーム、小さいとシャープで良質な電子ビームといえる。

7)磁石の高精度設置技術

 同じ架台上に設置された四極磁石、六極磁石については振動ワイヤ法という技術を用いて0.05mmより十分に良い精度で磁石中心を測定し、一列に並ぶように設置する。偏向磁石や異なる架台上の磁石列については、レーザートラッカーを用いて0.05mm程度の精度で相対位置を測量し設置する。

8)磁石の高密度設置

 NanoTerasuでは挿入光源用の直線部を除く、円型加速器軌道に沿った磁石の占有率が70%に達する。MBA実現には、このような磁石の高密度設置が欠かせない。

9)新型加速空胴(TM020加速空胴)

 通常はビーム進行方向に加速電場を持ち加速空胴内に電磁場の節を持たないモード空胴が用いられる。モード加速空胴もビーム進行軸に沿って加速電場を生じるが、その軸の動径方向に磁場の節を持つ。これを利用してビームの不安定性を引き起こす高次モードを減衰させる新型の空胴。

10)SPring-8、APS、ESRF

 SPring-8:兵庫県播磨地区にて、1997年より共用施設として稼働している大型放射光施設。国立研究開発法人理化学研究所、公益財団法人高輝度放射光研究センターにより運用されている。

APS(Advanced Photon Source):米国アルゴンヌの放射光施設。

ESRF(European Synchrotron Radiation Facility):仏国グルノーブルの放射光施設。

11)軟X線、硬X線

 波長1 pmから10 nmのX線のうち、0.2 nmより短いものを硬X線、長いものを軟X線と呼ぶ。

12)偏向磁石

 二台の磁極が対向した磁石。電子ビームが内部を通過するとローレンツ力(左手の法則)に従って偏向する。ナノテラス円型加速器の電子ビーム軌道面を時計の3時と9時で決まる面とすると12時にS極、6時にN極が配置され、上から見て反時計回りに電子ビームは周回する。

13)四極磁石

 四台の磁極が1.5時の位置から時計回りに90度毎にNS交互に設置された磁石。電子ビームが内部を通過するとローレンツ力に従って電子ビームは収束ないし発散する。円型加速器全体としては水平面、垂直面共に収束に働く。この収束力により電子ビームは理想軌道面に沿って微小な振動をしながら閉じ込められる。

14)アンジュレータ

 小型偏向磁石の極性を交互に反転して多数並べた磁石列をアンジュレータと呼び、磁石列間隔と電子エネルギーで決まる単色波長を持つ放射光の生成が可能である。

15)3極ウィグラー

 小型偏向磁石が直線上に3列並んだ装置で発生する放射光を電子ビームモニタとして利用する。中心磁石の向きは両端と反対。パラメータ調整によりウィグラー装置通過前後の電子ビーム軌道が変化しないように設定可能で、磁場の強さを調整して硬X線発生も可能である。

16)六極磁石

 六台の磁極が12時の位置から時計回りに60度毎にNS交互に設置された磁石。四極磁石で生じるエネルギーによる収差を補償する磁石。

17)放射光アブソーバ

 偏向磁石で曲げられた際に電子が発生する放射光を受け止め吸収するアブソーバ。材質として銅などが用いられ、熱を取り除くために水冷する。