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プレスリリース

シリコンカーバイド(SiC)量子センサーの高感度化を実現! ~次世代パワー半導体の信頼性向上へ~

掲載日:2023年9月6日更新
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ポイント

  • 量子操作によってシリコンカーバイド(SiC)量子センサーの温度感度を 倍以上向上
  • これまでの手法では測れなかった100℃以上の高温領域での測定に成功
  • 電源機器等での製品化が進む パワー半導体の性能向上や品質管理に役立つ量子技術

概要 

 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 小安重夫。以下「QST」)高崎量子応用研究所量子機能創製研究センターの山崎雄一上席研究員らの研究チームは、省エネ性能や高電圧でも使用可能なパワー半導体として期待されているシリコンカーバイド(SiC)半導体の量子センサー1)を使った温度測定において高感度化を実現することで、これまで計測可能であった50℃を大きく上回る120℃までの計測に成功しました。
 SiC製のパワー半導体は、従来のシリコン(Si)製に比べて省エネ性能が高く、高電圧でも使用可能で高い動作温度にも耐える等の特長から、新幹線の電子部品に使用されるなど私たちの身の回りでも利用が広がりつつあります。QSTは、精密に制御したイオンビーム2)をSiC半導体膜に打ち込み、その内部にシリコン空孔(VSi3)と呼ばれるスピン欠陥4)(以下「SiC-VSi」)を形成する技術を持っています。SiC-VSiは、磁場と温度を同時に測定することのできる量子センサーとして機能することから、動作中のSiCパワー半導体内部の狙った場所の電流(磁場)や温度を直接観測できる唯一の技術として、動作時の詳細データ取得による耐久性等の性能向上への貢献、適切な交換時期の把握による事故防止や経済性の向上などが期待されています。しかしながら、SiC-VSi量子センサーは、温度に対する感度が極めて低く、温度情報の信号が小さくなる50℃を超える高温領域では温度測定が困難となるため、実用化に向けての大きな課題となっていました。
 今回、研究チームは、SiC-VSi量子センサーは、温度よりも磁場に対して敏感に反応することに着目し、温度を直接測定するのではなく、磁場の情報を温度の情報に変換するための量子操作5)技術を開発しました。この新たな技術を用いることで、温度測定に必要な信号強度が従来手法の10倍以上強くなることを確認し、実際に120℃超の温度測定を実証しました。さらに電気自動車等で用いられる市販のSiCパワー半導体の動作保証温度である175℃までの測定も可能であると見込めており、本成果はSiC量子センサーの実用化に向けた大きな一歩と言えます。
 SiCパワー半導体の中に直接埋め込むことが可能な量子センサーで磁場と温度を同程度の感度で測定可能とする本成果により、実際の装置で動作中の電子制御部品等の局所温度や電流を測定することで、内部の動作状態を把握することが可能になります。今後、電車や電気自動車に限らず電力制御が必要な社会インフラ等へ利用拡大が見込まれるSiCパワー半導体の信頼性向上や品質管理に欠かせない量子センシング技術として期待されます。
 ​本研究は、光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「固体量子センサの高度制御による革新的センサシステムの創出」(JPMXS0118067395)及び科研費(21H04553、20H00355)の支援を受けて行われました。本研究成果は令和5年9月5日出版(米国時間)のPhysical Review Applied誌に掲載されました。

補足説明資料

(1)これまでの成果

​ QSTでは、水素イオンやヘリウムイオンを直径1μm程度のマイクロビームとして精密に位置制御して照射する技術により、SiCダイオード中にシリコン空孔(VSi)と呼ばれるスピン欠陥(以下「SiC-VSi」)を形成し、これを量子センサーとして利用することで、動作中のSiCダイオードの内部温度測定に成功しています。(図1)(Appl. Phys. Lett. 118, 044001(2021).)
 ダイヤモンド中の窒素―空孔(NV)センターに代表されるスピン欠陥型の量子センサーでは、通常、基底準位6)と呼ばれる量子状態に対して、マイクロ波やラジオ波を用いた量子操作を行うことで磁場や温度などを測定することができます。ナノダイヤと呼ばれる非常に小さい量子センサーを用いた細胞中での磁場測定などの応用研究が知られています。
 一方、次世代半導体材料で知られるSiCを用いた量子センサーであるSiC-VSiの場合は、基底準位は温度に対して感度がないため、従来の温度測定の方法では励起準位6)と呼ばれる量子状態を用いて温度測定を実施していました。しかし、温度測定が可能な時間(励起準位の持続時間(寿命))が約6ナノ秒(1ナノ秒は10億分の1秒)と非常に短い上に、信号強度が小さくなる高温領域では、温度測定が非常に難しいという課題がありました。

電流密度が増えると温度が上昇する。
​図1. (a)SiCダイオード中への量子センサー形成のイメージ。(b)SiCダイオード中に2次元的に形成したVSiアレイ。輝点の1つ1つに多数のVSiが含まれており、それぞれの輝点を量子センサーとして利用する。(c)SiCダイオードに実際に電流を流ながら、緑丸で囲った量子センサー(SiC-VSi)で測定した内部の温度。電流密度が増えると温度が上昇する。

(2)今回の成果

 今回、SiC-VSiについて、温度測定に必要な励起準位だけでなく、温度に対して感度の無い基底準位に対して同時に量子操作を行った場合に、SiC-VSiの基底準位の信号強度が特異的に変化するという現象を発見しました。さらに、この現象を用いると、これまで、温度測定では利用できなかった基底準位の信号にも、温度情報(励起準位の量子操作の結果)が反映されていることを明かにし、温度の検出感度を大幅に改善することができました。これまでの励起準位にのみ量子操作を行う従来の手法と、基底準位と励起準位に同時に量子操作を行う今回の手法でSiC半導体の温度測定を実施した結果、信号強度が約10倍以上強くなることを確認しました。(図2)また、本手法をこれまではノイズに埋もれて測定できなかった高温領域での測定に対して適用した結果、これまでは測定できる温度は50℃程度までだったのに対して、120℃を越える温度での測定を実証しました。(図3)

 

信号強度が10倍以上強くなっていることが確認できる図
​​図2. 今回開発した手法(■)と従来手法(○)でSiC半導体の温度測定を行った結果。横軸は量子操作に用いたラジオ波の周波数、破線はローレンツ関数でのフィッティング結果を示す。今回開発した手法により、信号強度が10倍以上強くなっていることが確認できる。

 

120℃超での温度が測定できている図
​図3. 今回開発した手法で温度測定を行った結果。120℃超での温度が測定できている。

(3)今後の展開

 SiC半導体は高い省エネ性や高速動作、高電圧での駆動や高い動作温度といった特長から次世代パワー半導体として、国の半導体戦略でも革新素材として開発が進められています。SiC半導体中に形成した量子センサー(SiC-VSi)は、デバイスの特性に影響を与えることなく、動作中の内部の状態(温度や電流等)を測定することが出来るという優れた特長を持っています。今後、より高い感度が得られる量子操作の開発等を行い、実際のパワー半導体中に実装することで、従来評価されてきている電流や電圧、磁場情報を元にした性能向上や、品質管理だけでなく、温度情報を同時に測定することで異常動作時の検知などに実用されることを目指します。

​用語解説

1)量子センサー

 量子力学の法則に基づき、磁場、電場、温度等を量子状態の変化量として検出するセンサー。従来のセンサーでは測定できないような微小な領域での測定や高感度測定が可能。光子、イオン、原子などを利用したものがあるが、本稿では、ワイドギャップ半導体の中に形成されるスピン欠陥を対象としている。

2)イオンビーム

 荷電粒子を電磁気の力で加速する装置(加速器)によってエネルギーを高めたイオンからなるビームのこと。材料の加工、改質、分析などに用いられる。本研究では、直径1μm程度まで絞ったマイクロビームを試料の任意位置に照射可能な粒子線描画法を用いた。

3)シリコン空孔(VSi

 シリコンカーバイド(SiC)を構成する炭素原子およびシリコン原子のうち、シリコン原子1つをイオンビームにより弾き出すことで形成される原子の抜けた箇所の呼称。

4)スピン欠陥

 欠陥に存在する電子スピンのスピン状態を人工的に制御でき、かつその状態を光や電流を用いて読み出すことが可能な特殊な欠陥。

5)量子操作

 本研究では、スピン欠陥中の電子スピンのスピン状態を特定の周波数を持つラジオ波の照射で発生する共鳴現象により制御することを指す。

6)基底準位、励起準位

 量子力学に基づき、量子(ここでは電子)がとることの出来るエネルギー状態(準位)。最もエネルギーが低く安定な準位のことを基底準位と呼び、基底準位よりも高いエネルギーの準位を励起準位と呼ぶ。

掲載論文

Phys. Rev. Applied 20, L031001 – Published 5 September 2023

“Highly Sensitive Temperature Sensing Using the Silicon Vacancy in Silicon Carbide by Simultaneously Resonated Optically Detected Magnetic Resonance”

Yuichi Yamazaki, Yuta Masuyama, Kazutoshi Kojima, Takeshi Ohshima

DOI:10.1103/PhysRevApplied.20.L031001

出願特許

「物理量検出装置、物理量検出方法、および物理量検出プログラム」(特願2022-005281)