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プレスリリース

国際熱核融合実験炉イーターの三重水素除去設備の性能確証試験が完了-フュージョンエネルギーの安全性向上に貢献-

掲載日:2024年1月16日更新
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発表のポイント

  • 国際熱核融合実験炉イーター※1の排ガス中の三重水素※3を除去する設備(三重水素除去設備)を改良し、イーターの安全性を向上させました。
  • 改良した三重水素除去設備の性能確証試験を日本の施設で実施し、イーターで必要な三重水素除去率を満たすことを確認しました。
  • 本成果はイーターのみならず、日本の原型炉※2での三重水素の安全な取扱技術の向上にも大きく貢献するものです。

概要

 イーターは、建設及び運転を通してフュージョン(核融合)エネルギーの科学的・技術的実現性の確立を目指しており、現在、7極(日本・欧州・米国・ロシア・中国・韓国・インド)の協力により、フランスにて建設が進められています。
 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 小安 重夫。以下「QST」という。)は、イーター機構(機構長 ピエトロ・バラバスキ)と共同で、これまでイーターの三重水素除去設備の安全性の向上のための改良及び性能確証試験を進めてきました。
 三重水素(英: Tritium、記号: T)は、トリチウムとも呼ばれる、質量数3の水素の同位体であり、フュージョンエネルギーでは、この三重水素を高純度に濃縮して燃料として用います。三重水素は放射能を持つため、排気筒から施設外への排気に含まれる三重水素が環境や一般公衆に影響を及ぼさないよう合理的に可能な限り除去することが必要です。そのため、三重水素除去設備を使用し、機器や設備からの排ガスに含まれる三重水素を除去することとしています。その機能は、核融合炉においては、施設へ三重水素を導入した時から常に維持されるとともに、施設の運転中の事故時にも高い信頼性をもって環境への三重水素放出を抑制する必要があります。
 イーターの工学設計完了当時は、三重水素を取り扱う機器や設備等から排出されるガス中の三重水素を酸化させ、水蒸気の形にしてから、乾燥塔※5により吸着させて取り除く方法が採用されていました。しかし、その後の建設活動等により、イーターでは常に三重水素除去機能を維持する必要があるため、連続的に乾燥塔を使用する場合には設備・操作が複雑になり、その分、機器の故障等による機能喪失リスクが高くなることがわかりました。このリスクに対して、QSTではこれまで用いていた乾燥塔からスクラバー塔※4という新しいシステムに代える解決法を提案しました。
 スクラバー塔による三重水素除去の原理は、特殊な充填物が詰まった塔に、きれいな水(純水)を導入・散布し、三重水素を含む水蒸気を連続的に洗い流すものです。そのため、スクラバー塔を用いた場合は、必要な操作は水を塔内に導入するのみという非常にシンプルな設備となりました。これにより複雑な設備・操作による故障等の機能喪失リスクを低減し、設備の信頼性を高めることでイーターの安全性の向上を図りました。しかし、スクラバー塔は乾燥塔とは異なり、純水を用いて三重水素を除去するため、三重水素を含む排水の量が増えてしまうことが懸念されました。また、スクラバー塔による三重水素の除去は、これまで実績がありませんでした。
 そこで、スクラバー塔の充填物を水に対して親和性を持つ物質にし、塔内に純水が効率的に分散する構造にすることで、スクラバー塔に入る水蒸気量と同程度の純水の供給で三重水素を除去することを可能にし、排水量が増える懸念も払拭しました。また、日本の装置を用いてスクラバー塔を採用した三重水素除去設備の性能確証試験を実施し、イーターで想定される様々な条件においても必要な除去率を満たすことを確認しました。さらに11年間にわたる運転においても経年劣化による性能の低下がないことも併せて確認し、三重水素除去設備の長期的な健全性も実証できました。
 本成果は、イーターの安全性を向上させ、イーター計画を推進させるのみならず、日本の原型炉における三重水素の安全な取扱技術の向上に大きく貢献するものです。
 なお、本成果はイーター機構の広報誌であるITER Newsline(英語)にも掲載される予定です。

イーターの三重水素除去設備の性能確証試験に用いられた装置
​図1 イーターの三重水素除去設備の性能確証試験に用いられた装置

背景

三重水素除去設備の重要性

イーターの三重水素除去設備は、次のような安全機能を担います。

  1. 三重水素を取り扱う機器、設備、区画等からの排出ガス中の三重水素を除去する。
  2. 放射性物質による汚染拡大防止や三重水素除去のための負圧維持。
  3. 処理対象ガス中のエアロゾルや放射性腐食性生成物のフィルター等によるろ過。

 これらの機能を担う三重水素除去設備は、イーターを安全な状態に維持するための安全上重要な設備であるため、フランスの原子力規制を遵守し、その設計、製作、検査、保守等は厳格に進める必要があります。現在、日本とイーター機構が共同で三重水素除去設備の調達を進めています。​

成果の内容とその原理

三重水素除去設備のリスク低減

 今回、QSTが発案した三重水素除去設備(スクラバー塔)の原理図を図2上に、また既存の大量トリチウム取扱施設で採用され、また、イーターにおいても当初は採用を見込んでいた三重水素除去設備(乾燥塔)を図2下に示します。図2上及び図2下を比較してわかるとおり、フィルター→送風機→触媒塔※6という灰色の部分は同じですが、それ以降の三重水素を回収する部分を乾燥塔からスクラバー塔に変更しました。​

今回発案した三重水素除去設備の概念図
従来の三重水素除去設備(乾燥塔方式)の概念図
​図2 今回発案した三重水素除去設備(スクラバー塔方式、上)と従来の三重水素除去設備(乾燥塔方式、下)の概念図 (乾燥塔は3塔の切り替えのために”用語解説5-2の図7”に示すように、実際はこの概念図よりさらに複雑な配管の接続・配置になっている。)

 乾燥塔方式(図2下)は水分除去機能に優れていますが、水分の吸着容量に上限があるため、長期に使用する場合は、温度を上げて吸着した水を回収する「再生」という操作が必要です。したがって乾燥塔は「吸着」「再生」「待機」状態の3塔で構成され、図3のように3搭の状態を順番に切り替えることで連続的に乾燥塔が使用できるようにします。

乾燥塔方式による連続運転の様子
​図3 乾燥塔方式による連続運転の様子(赤色の乾燥塔は、温度を上げて吸着した水を回収している。加熱後冷却し待機状態になる。切り替えの様子は用語解説の“5-2.乾燥塔”参照)

 この3塔の切替えには多くのバルブと頻繁なバルブ操作が要求されます。長期間の運転で再生操作の回数が増えると、切替え時のバルブの故障等により除去機能が喪失するリスクが高くなるという欠点があることが分かり、このリスク低減のためのシステム変更が必要となりました。
 今回、スクラバー塔方式(図2上)を採用することにより、除去機能の維持のために必要だった乾燥塔の切替え操作は不要となり、バルブの故障等による機能の喪失のリスクがなくなり、設備の信頼性を高めることで、イーターの安全性の向上を図りました。

スクラバー塔による三重水素除去の技術的ポイント

 図4に、イーターの三重水素除去設備に採用したスクラバー塔による三重水素除去のしくみを示します。スクラバー塔では塔の上部から滴下した純水と三重水素水蒸気を含むガスを接触させて、ガス側から水側へ三重水素を移すことでガス中の三重水素を除去します。三重水素の除去性能の向上と排水量の減少のためには、水とガスを効率的に接触させる必要があるため、技術的検討の結果、スクラバー塔内に水に対して親和性の強い表面加工を施した充填物と、この充填物に均一に水を分散し、充填物がいつも水で濡れている状態を保つための水分散器を導入しました。これにより、スクラバーの上部から供給する純水の量と下部からスクラバーに入ってくる三重水素水蒸気の量をほとんど等しくすることを可能としました。​

スクラバー塔での三重水素の除去のしくみ
​図4 スクラバー塔での三重水素の除去のしくみ

三重水素除去設備の性能評価試験

 QSTでは、大量三重水素取扱施設である国立研究開発法人日本原子力研究開発機構のトリチウムプロセス研究棟において、このイーターの三重水素除去設備の性能確証試験を行いました。試験に用いるスクラバー塔の規模や試験の条件は、今後のイーター施設のフランスでの許認可申請に必要なデータを収集できるようイーター機構と共同で決定しました。
 2011年にスクラバー塔自体の三重水素除去性能を確認するための試験を開始し、また、2021年からは実際のイーターの三重水素除去設備を模擬した実験装置による性能確証試験を行ってきました。新たに導入するスクラバー塔では、可能な限り長期(2011年から2022年までの11年間)に運転することで、経年劣化による機能低下がないことの確認も行いました。
 性能確証試験の結果、イーターの通常運転で想定される条件、また、火災を含む事故の際に想定される条件において必要とされる除去率(除去率とは、入ってくるガス中の三重水素を除去した割合であり、イーターではフランスの原子力規制に則り定められた要件書において、通常運転時:99%以上、非火災の事故時:99%以上、火災時の事故:90%以上と定められています)を満たすことが確認されました。

成果の意義と今後の展開

 本成果は、イーターの安全性を向上させ、イーター計画の前進に貢献します。また、イーターの次の段階として設計が進む原型炉の安全性向上及び日本における三重水素安全取扱技術の向上にも大きく貢献するものです。​

用語解説

1. 国際熱核融合実験炉「イーター(ITER)」

 日本を含む、世界7極35か国の国際協力により、実験炉の建設・運転を通じてフュージョンエネルギーの科学的・技術的実現可能性を実証するイーター計画が推進されています。イーターでは燃料の水素を一億度以上の高温に維持し、50万キロワット(注)のフュージョンエネルギー出力を得る実験が予定されています。現在、サイトがあるフランスのサン・ポール・レ・デュランスにおいて、プロジェクト実施のための国際機関であるイーター機構を中心に運転開始に向けた建屋の建設や機器の組立が行われるとともに、各極において、それぞれが調達を担当する様々なイーター構成機器の製作が進められています。

​イーター計画に関するホームページ(日本語)
https://www.fusion.qst.go.jp/ITER/
イーター機構のホームページ(英語)

https://www.iter.org/

© ITER Organization, http://www.iter.org/
​© ITER Organization

2. フュージョンエネルギーの原型炉

 原型炉とは、実験炉イーターの成果に基づいて、次に建設される装置です。フュージョンエネルギーによって、初めて発電する装置になります。原型炉のことをDEMO (DEMOnstration power plant)とも言います。原型炉は、図6のとおり、商用炉(実用段階の発電炉)の実現に向けたイーターの次のステップと位置付けられます。 イーターの建設をしている今のうちから原型炉の概念設計を行うことによって、克服する必要がある課題や技術開発の目標が具体的になります。また、原型炉設計と並行して技術課題に取り組むことが大切であり、実験研究、炉工学や材料の研究開発を同時に進めています。

フュージョンエネルギーの研究開発計画と原型炉(DEMO)の位置付け
​図6. フュージョンエネルギーの研究開発計画と原型炉(DEMO)の位置付け
​(原型炉設計合同特別チームHPより引用https://www.fusion.qst.go.jp/rokkasyo/ddjst/

3. 三重水素

 三重水素(英: Tritium、記号: T)は、トリチウムとも呼ばれ、質量数が3である水素の同位体、すなわち陽子1つと中性子2つから構成される核種であり、半減期約12.32年で3He(ヘリウム3)へとベータ崩壊する放射性同位体です。フュージョンエネルギーでは、この三重水素を高純度に濃縮して燃料として用います。

 

4. スクラバー塔

 スクラバー塔は洗浄塔とも呼ばれ、大気汚染防止等に使われる装置で、一般的には、工場の排出ガスからのばいじん粒子や有毒ガスを除去したり、製造過程で気体に含まれる微量な化学物質を回収したりする目的などで用いられている装置です。

 

5. 乾燥塔

5-1.一般的な乾燥塔

 乾燥塔はガス中の水分を除去するものです。乾燥塔の中には水分を除去するための乾燥材が詰められています。乾燥材は微量の水分でも強く吸着できるモレキュラーシーブ(ゼオライトの一種)が用いられます。モレキュラーシーブは処理ガス中の水分濃度を数ppm(ppm:百万分率)にすることができますが(空気中の水分濃度は乾燥している冬場でも数千ppm以上あります)、吸着できる水分量には上限があります。

5-2.イーター工学設計時に用いることが想定されていた乾燥塔

 乾燥塔が吸着できる水分量を超えると水分を除去できなくなるため、待機状態の乾燥塔に切り替える必要があります。水分を吸着した乾燥塔は加熱して水分を追い出す操作(再生)により乾燥し、冷やして再度使えるように待機状態にします。したがって、一つの系統の三重水素除去設備には吸着、再生、待機のために3塔の乾燥塔と少なくとも1式の再生設備(熱いガスを発生させ乾燥塔を加熱して乾燥材に吸着した三重水素を含む水を蒸気として脱離させ、それを回収する設備)と冷却のための設備が必要です。
​ このように、乾燥塔は吸着>再生>待機という状態を繰り返すことで連続的に使用することが出来ますが、イーターで想定されている事故時には、長時間の機能維持のため乾燥塔を繰り返し使うことが想定され、再生のため加熱した乾燥塔を所定の時間内に冷却する必要がでてきます。この冷却も考慮した設計では、右図のように全部で最低18個のバルブが必要となります。状態を変更するためには、上のように12個のバルブ(赤丸のついたもの)を一斉に操作することになり、一つのバルブが故障しても三重水素除去設備の全体の機能喪失につながってしまいます。それぞれに繋がれている配管も直径が約16 cm~27cmという大きなものなので、バルブ自体も大きく、開閉操作は圧縮空気で行われます。この圧縮空気の供給を制御する機器にも信頼性が求められることになります。

イーター工学設計で用いることが想定されていた乾燥塔
​図7. イーター工学設計で用いることが想定されていた乾燥塔(〇が切り替え時に操作が必要となるバルブ)

6. 触媒塔

 触媒を充填した化学反応塔です。ここでいう触媒塔は、三重水素を触媒で酸化して水蒸気状の三重水素へ転換する機能を持っています。三重水素の化学形態は、水蒸気(水)と水素、炭化水素等があります。スクラバー塔では水蒸気状の三重水素のみを回収しますので、触媒塔は水蒸気以外の三重水素を触媒で酸化して水蒸気状の三重水素へ転換します。イーターで使用予定の触媒は白金やパラジウムといった貴金属をアルミナ等の母材に付着させたもので、既存の三重水素取扱施設の三重水素除去設備で使用されている触媒と同種のものです。触媒塔は最も酸化温度が高いメタンを水蒸気へと転換できるように500℃程度で運転します。