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プレスリリース

微小ナノダイヤモンド量子センサで安定的に温度計測実現 ― 細胞内などの微小領域での量子センシングに期待 ―

掲載日:2024年5月16日更新
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京都大学QST横ロゴダイセル令和6年5月16日
京都大学
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
株式会社ダイセル

概要

 水落憲和 京都大学化学研究所教授、蘇梓傑 同博士課程学生(当時、現:量子科学技術研究開発機構(QST)量子生命科学研究所 博士研究員)、藤原正規 同特定研究員、五十嵐龍治 QST量子生命科学研究所チームリーダー、株式会社ダイセルらの共同研究グループは、独自に開発した爆轟(ばくごう)ナノダイヤモンド中に、強く安定した光検出磁気共鳴(ODMR)信号を持つ窒素-空孔(NV)中心を多数計測することに成功しました。これにより、NV中心を含む爆轟ナノダイヤモンドでは初めて温度感度計測を実現しました。開発した爆轟ナノダイヤモンドの粒径は約11 nmで、温度感度を計測したダイヤモンドセンサとして世界最小径です。
 NV中心は、ODMR信号を利用することで温度、磁場、電場などを高感度に計測できるため、優れた量子センサとして幅広い分野で注目されています。生命科学分野では、NV中心を含むナノダイヤモンドを細胞核やミトコンドリア等の細胞小器官に導入できれば、微小領域における高感度計測が期待できます。ただし、これまで生体計測に用いられてきたナノダイヤモンドの粒径は主に100 nm前後で、細胞膜や核膜へのダメージを抑えて細胞深部に導入するには粒径30 nm以下が要求されます。小粒径のナノダイヤモンドの合成は爆轟法が有力ですが、従来の爆轟ナノダイヤモンドはNV中心の濃度が低い、ODMR信号が低く不安定、といった問題がありました。今回実現したNV中心爆轟ナノダイヤモンドを用いることで、今後、細胞内などの微小領域での量子センシングが期待できます。
 本研究成果は、2024年5月10日に、国際学術誌「APL Materials」に掲載されました。

爆轟ナノダイヤモンド中のNV中心を用いた温度計測
​図: (上) 爆轟ナノダイヤモンド中のNV中心を用いた温度計測。 (下) 爆轟ナノダイヤモンドの粒径は約11 nmと核膜孔よりも小さく、細胞核、ミトコンドリア等への導入や温度計測が期待できる。

1.研究の背景​

 近年、ダイヤモンド中の発光中心が様々な分野で注目されています。発光中心とは結晶内の特定の不純物や欠陥からなる発光体で、不純物と欠陥の種類に応じて様々な特性を持ちます。最も著名な発光中心は窒素-空孔(NV)中心です。NV中心は、負電荷の状態(NV-)において、室温で操作可能な電子スピンを持ち、光で電子スピン状態の初期化と読み出しが可能です。そのため、可視光とマイクロ波を照射して光検出磁気共鳴(ODMR)(※1)スペクトルが測定できます。このスペクトルのピーク周波数が温度、磁場、電場等に依存するため、複数の物理量を高感度に計測可能な量子センサとして期待されています。また、シリコン-空孔(SiV)中心は、鋭く安定した発光スペクトルを持ち、スペクトルのピーク波長が温度に依存するため、光だけで温度計測ができるという優れた性質を持ちます。
 生命科学の分野では特に発光中心を含むナノダイヤモンドが期待されています。ナノダイヤモンドは物理的・化学的に安定で、生体毒性が低く、表面処理によって特異的なターゲティングが可能です。ただし、これまでに温度感度が計測されたナノダイヤモンドの最小粒径は、NV中心を含むもので約50 nm、SiV中心を含むもので約200 nmでした。細胞膜や細胞核膜へのダメージを抑えつつ細胞核内や細胞小器官に導入するには粒径30 nm以下が望まれ、更なる小粒径化が要求されます。小粒径のナノダイヤモンドを合成するには爆轟法(※2)が有力です。爆轟法は一桁 nm程度の小粒径かつ球状のナノダイヤモンドを大量に合成できる利点があるためです。しかし、従来の爆轟ナノダイヤモンド(DND)は生体応用に十分な量のNV中心が含まれておらず、課題となっていました。
 我々は2022年にダイセル社が独自に開発したシリコン含有DND(Si-DND)を用いて、SiV中心による光学的な温度計測を実現しました[1]。この時用いたSi-DNDは粒径20 nmで、温度感度を報告したナノダイヤモンドとして当時の世界最小粒径です。一方、原材料の爆薬中には多量の窒素が含まれるため、Si-DND中にNV中心も形成されると考え、実際に電子スピン共鳴(ESR)(※3)スペクトルからNV中心が十分に存在することが示唆されました。しかし、NV中心のODMRスペクトルは確認できず、その原因も不明でした。NV中心のODMRスペクトルは、温度計測を含め、生体内での高感度な量子センシングを実現するために極めて重要です。そこで、本研究ではSi-DNDのNV中心によるODMRスペクトル測定の実現とODMRを用いた温度計測を目指しました。

2.研究の手法と成果

 今回用いた試料はダイセル社が開発したSi-DND[2]を基礎としています。図1(a)はSi-DNDを透過電子顕微鏡(※4)で撮影し、合計212個の粒子を画像解析して得られた粒径分布を解析した結果です。Si-DNDの平均粒径は11.2 nm(標準偏差3.0 nm) という結果が得られました。これは、以前用いたDNDの半分程度の大きさであり、統計的に十分均一な粒子が得られている事を意味します。次にSi-DND懸濁液をガラス基板に滴下、乾燥した領域を共焦点レーザー顕微鏡(※5)で観察し、画像中の輝点(Si-DND凝集体)からODMRスペクトルを測定しました。一般に静磁場下でNV中心のODMRスペクトルを測定すると、マイクロ波周波数が約2870 MHzの時に発光強度が変化します。このとき、ODMRのコントラスト(発光強度の変化率)が高いほど高感度なセンサとして利用できます。しかし、Si-DNDに対してODMRスペクトルを測定すると、大半の輝点で発光強度の変化が確認できず、唯一反応があった輝点でも図1(b)赤線のようにコントラスト0.4%と非常に低い結果となりました。我々は実際にSi-DND中にNV中心が存在するか確認するため、ESRスペクトルも測定し、確かにNV-の存在を示すピークを確認しました。ただし、このESRスペクトルにはグラファイトや金属不純物由来と考えられるバックグラウンドも存在しました。これら不純物はNV中心の電子スピン信号に対してノイズ成分となり、ODMR信号が得られない原因と考えられます。グラファイト等を取り除く強力な方法として、近年開発された長時間の熱混酸洗浄があります[3]。これはナノダイヤモンドを硫酸と硝酸の混合液の中に入れて130℃に保ったまま3日間攪拌洗浄する方法です。洗浄後のSi-DNDに対してESRスペクトルを測定した結果、信号を妨害する不純物が除去でき、相対的にNV中心のピークが強くなりました。ESRスペクトルでは、NV-濃度が既知の試料と比較してDNDのNV-濃度を求めることができます。その結果、Si-DND中のNV-濃度は0.35 ±0.05 ppm(※6)となりました。これは既報のDNDの結果(0.11 ppm)と比較して3倍以上の高い濃度を意味します。また、今回のSi-DNDは熱混酸洗浄のみ行い、電子線照射、イオン注入、熱アニーリングといったNV中心濃度を増やすような後処理を行っていません。これらのポスト処理を適切に行えば、更なる高濃度化も期待できます。次に洗浄後のSi-DNDに対してODMRスペクトルを測定した結果、図1(b)青線のようにコントラストが15%となりました。我々は測定した輝点の約50% (80-90個の輝点中39個の輝点)でODMRの信号が確認できました。これは既報のDNDの結果(16.5%, 309個中51個)よりも3倍大きく、Si-DND中に高い頻度でNV中心が見つかることを意味します。図1(c)はODMRが確認できた輝点に対するコントラストのヒストグラムです。平均値は8.3%であり、これは他の製法で作成されたナノダイヤモンドと比較しても十分に高いコントラストを示し、ODMRによる温度計測が十分に可能なコントラストです。

Si-DNDの透過電子顕微鏡画像から求めた粒径分布ほか
図1: (a) 212個のSi-DNDの透過電子顕微鏡画像から求めた粒径分布。(b) Si-DND中のNV中心に対する光検出磁気共鳴(ODMR)スペクトル。赤線(青線)は長時間熱混酸前(後)の結果を表す。(c) 39個の輝点から求めたSi-DNDのODMRコントラストのヒストグラム。

 熱混酸洗浄によって高コントラストなODMRスペクトルが測定できたため、次にNV中心を用いた温度計測を行いました。図2(a)は共焦点画像中の輝点に対して測定した、温度295 K(青線)と313 K(赤線)におけるODMRスペクトルです。温度上昇に伴ってピーク周波数が低周波数側にシフトしています。図2(b)はピーク周波数の温度依存性を調べた結果です。試料温度に応じてピーク周波数は線型に変化し、その変化率は-71.2 kHz/Kとなりました。これらの結果は先行研究で報告された変化率と良く一致し、Si-DND中のNV中心が温度センサとして利用できることを意味します。また、詳細は省きますが、この変化率が求まると、積算時間に対する温度の不確かさσTが分かり、温度感度ηTを積算時間1秒当たりの不確かさとして定義できます。この値が小さいほど、細かい温度変化を検出できることを意味します。今回測定した10個のSi-DND輝点に対し、平均でηT = 0.74K/√Hz、最も良い結果でηT = 0.36K/√Hzとなりました。これらの値は各輝点中に含まれるSi-DND凝集体中の複数のNV中心からの寄与となります。Si-DND1個当たりの温度感度を推定した結果、、平均でηT = 4.1K/√Hz、最も良い結果でηT = 2.6K/√Hzとなりました。これは10秒の積算時間に対しておよそ1 K以下の不確かさで温度変化を検出できることを意味します。また、Si-DND1個あたりに複数のNV中心が含まれれば更なる温度感度の向上が期待できます。
 最後に、このSi-DNDにはSiV中心も存在しますので、SiV中心を用いた光学的な温度計測も実施しました。図2(c)はSi-DND中のSiV中心の発光スペクトルを温度295 K(青線)と313 K(赤線)で測定した結果です。こちらは温度変化によって発光のピーク波長が長波長側にシフトすることが確認できました。図2(d)はピーク波長の温度依存性の結果です。こちらも温度に対してピーク波長が線型に変化し、その変化率0.011 nm/Kは先行研究の結果と一致しました。以上からSi-DND中のSiV中心も温度センサとして利用できることを確認できました。Si-DND中にNV中心だけでなくSiV中心も存在することは、互いに異なる発光を利用でき、多角的な温度計測ができるといった観点で重要となります。

2つの温度で測定したODMRスペクトル
​図2: (a) Si-DND中のNV中心に対して2つの温度で測定したODMRスペクトル。(b)ODMRスペクトルピーク周波数の温度依存性。(c) Si-DND中のSiV中心に対して2つの温度で測定した発光スペクトル。(d)発光スペクトルピーク波長の温度依存性。

3.波及効果・今後の予定

 小粒径かつ大量合成可能なSi-DNDを長時間熱混酸洗浄することで、高コントラストで安定したODMRスペクトルを持つNV中心を多数計測できました。また、DNDとしては初めてODMRを用いた温度感度計測も実現しました。平均粒径11. 2 nmは温度感度を計測したダイヤモンドの中で世界最小であり、統計的にも十分均一な粒子が得られました。以上のことは、細胞核内や細胞内小器官における温度計測など、NV中心による量子センシングの技術を生体試料に応用する上で重要な一歩です。特に、Si-DNDはNV中心濃度を増加させるような後処理を一切行わずに高いNV中心濃度を実現しており、適切な後処理を施せば更なる高濃度化も期待できます。加えて、Si-DND中のSiV中心も利用できることは、生体のマルチカラーイメージングや全光学的温度センシングなど応用の幅が広がるものと考えます。今後の予定としては、更なる高感度化、また実際にSi-DNDを生体試料へ導入し、バイオイメージング及び温度センシングを進める予定です。

4.研究プロジェクトについて​

 本研究は、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「量子生命技術の創製と医学・生命科学の革新」(代表者:馬場嘉信 QST量子生命科学研究所所長、JPMXS0120330644)、科学研究費・基盤A「ダイヤモンドNV中心の量子状態高度制御による量子センシング顕微鏡計測研究」(代表者:水落憲和、21H04653)の支援を受けて行われました。

用語解説

※1 光検出磁気共鳴(ODMR): 蛍光強度が電子スピン状態に依存することを利用して、磁気共鳴を蛍光強度の変化から読み取る手法。NV中心の場合、負に帯電した状態で電子スピンS=1を持つため、スピン三重項状態(ms = 1, 0, -1)を取り、静磁場下でもスピン状態に応じてエネルギー準位が異なる(ゼロ磁場分裂)。マイクロ波の周波数を掃引しながらNV中心を光励起して蛍光強度を観察すると、共鳴周波数(NV中心の場合、ゼロ磁場分裂~2870 MHz)でマイクロ波を吸収してスピン状態が変化し、発光強度が変化する。ODMRのコントラスト(発光強度の変化率)が高いほど高感度なセンサとして利用できる。

※2 爆轟法:爆薬(一般にはTNTとRDXと呼ばれる物質の混合物)を密閉した状態で起爆させることで、爆発時に得られる高温高圧環境を利用し、爆薬を構成する炭素原子から瞬時にナノダイヤモンドを生産する方法。ナノダイヤモンドの主要な合成方法の一つで、もう一つの主要な合成方法(高温高圧法で合成したマイクロダイヤモンドを破砕して小さくする方法)と比較して小粒径のナノダイヤモンドを安価に大量生産できる点が特徴。

※3 電子スピン共鳴(ESR): 異なる電子スピン状態の準位間のエネルギーに相当するマイクロ波を入射し、マイクロ波の吸収を測定する手法。一般的には特定のマイクロ波周波数を照射しながら外部磁場を掃引し、吸収の微分形を計測する。本研究では禁制遷移(電子スピン量子数変化Δms = 2)のESRスペクトルを測定した。禁制遷移は信号強度が弱いものの、負に帯電したNV中心由来の信号が他の信号と分離して測定でき、NV中心の濃度も定量的に評価できる。

※4 透過電子顕微鏡:電子線を試料に照射して対象を観察する顕微鏡。通常の光学顕微鏡では光(ランプ光、レーザー光)が照射源なのに対して、電子線を照射源に用いる。高エネルギーで電子を加速するため比較的大型装置が必要だが、通常の光学顕微鏡と比べて遥かに高い空間分解能が得られる。

※5共焦点レーザー顕微鏡:レーザー光を試料の特定範囲に集光し、その位置からの発光のみが通過できるようなピンホールを検出器前に配置した光学顕微鏡。試料位置もしくはレーザー光の入射角を掃引することで2次元画像や3次元画像が得られる。通常の光学顕微鏡と比較して高い信号/ノイズ比と優れた空間分解能を持ち、細胞等の生体試料の観察にも利用される。

※6 ppm:parts per million, すなわち100万分の1の意味。濃度等を表現するときに多用される単位。

研究者のコメント

 当初は爆轟ナノダイヤモンド中のNV中心の信号を検出することが困難だったのですが、私たちのチームはNV中心の機能向上に向けて具体的な改善点を特定できました。また、ダイセル社との協力で、材料特性を洗練することができました。これらパートナーシップからの指導と支援により、NV中心を含む爆轟ナノダイヤの機能を大幅に向上できたと思います。今後はこの爆轟ナノダイヤを使って実際の生物学的問題を解決したいと考えています。(蘇)

論文タイトル

タイトル: Small multimodal thermometry with detonation-created multi-color centers in detonation nanodiamond (爆轟ナノダイヤモンド中の複合発光中心を用いたマルチモーダル温度計測の実現)

著者: F. T.-K. So, N. Hariki, M. Nemoto, A. I. Shames, M. Liu, A. Tsurui, T. Yoshikawa, Y. Makino, M. Ohori, M. Fujiwara, E. D. Herbschleb, N. Morioka, I. Ohki, M. Shirakawa, R. Igarashi, M. Nishikawa, and N. Mizuochi

掲載誌: APL Materials DOI: https://doi.org/10.1063/5.0201154.

参考文献

[1] M. Fujiwara, G. Uchida, I. Ohki, M. Liu, A. Tsurui, T. Yoshikawa, M. Nishikawa, and N. Mizuochi, Carbon, 198 (2022) 57.

[2] Y. Makino, T. Yoshikawa, A. Tsurui, M. Liu, G. Yamagishi, M. Nishikawa, T. Mahiko, M. Ohno, M. Ashida, and N. Okuyama, Diam Relat Mater 130 (2022) 109493.

[3] F.T.-K. So, A.I. Shames, D. Terada, T. Genjo, H. Morishita, I. Ohki, T. Ohshima, S. Onoda, H. Takashima, S. Takeuchi, N. Mizuochi, R. Igarashi, M. Shirakawa, and T.F. Segawa, J. Phys. Chem. C 126 (2022) 5206.