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プレスリリース

高輝度放射光を用いて高温超伝導体中の電子の振動を解明~超伝導発現機構の解明や転移温度を高める手がかりになると期待~

掲載日:2025年4月30日更新
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ロゴQST横ロゴロゴロゴロゴ2025年4月30日
国立大学法人 東北大学
国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構
兵庫県公立大学法人 兵庫県立大学
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
国立研究開発法人 物質・材料研究機構

 


発表のポイント

  • 銅酸化物高温超伝導体を流れる電子のプラズマ振動(注1の性質を、3GeV高輝度放射光(注2施設NanoTerasu(注3を用いて解明しました。
  • 本研究はNanoTerasuの共用ビームラインで開発された世界最高性能の共鳴非弾性X線散乱(RIXS)(注4を用いた初めての成果です。
  • 高温超伝導や磁性材料の機能のメカニズムが解明されると期待されます。

【概要】 

 超伝導とは、ある特定の温度以下で金属の電気抵抗がゼロになり、電気がスムーズに流れるようになる現象です。多くの超伝導体はおよそ−200℃以下という非常に低い温度でしかこの性質を示さないため、より高い温度で超伝導を示す物質が望まれる一方、超伝導の発現機構と超伝導転移温度を高める指針は解明されていません。電気の流れや振動を詳しく調べることで、これらの課題を解決する手がかりが得られる可能性があります。
 東北大学学際科学フロンティア研究所の鈴木博人助教らの研究グループは、量子科学技術研究開発機構(QST)NanoTerasuセンター、兵庫県立大学、産業技術総合研究所、物質・材料研究機構などとの共同研究により、−163℃で超伝導を示す銅酸化物超伝導体のプラズマ振動の性質を解明しました。測定には、軟X線(注5領域の放射光を試料に照射し、跳ね返ってきた光のエネルギーを調べる共鳴非弾性X線散乱(RIXS)を用いました。本研究は高温超伝導の発現機構に知見を与えるとともに、QSTがNanoTerasuの共用ビームラインにて開発したRIXS装置の世界最高水準の性能を実証するものです。

 この研究成果は、米国物理学会が発行する学術誌Physical Review Bに2025年4月21日付で掲載されました。

【詳細な説明】

研究の背景

 金属を極低温まで冷却すると、ある温度で電気抵抗がゼロになり、ジュール熱を発生させることなく電気が流れるようになることがあります。この現象を「超伝導」と呼び、電力ロスのない送電や強力な磁場を用いた医療機器、量子コンピュータに用いる量子ビットなど、さまざまな応用が期待されています。しかし多くの超伝導体はおよそ−200℃以下という非常に低い温度でしか超伝導を示さないため、極低温環境を必要とする難点があります。
 一方、銅(Cu)の酸化物からなるセラミック材料は高い超伝導転移温度(Tc)を示すことが知られています。中でも、ビスマス(Bi)を含む銅酸化物は−163°Cという高いTcを示すため、超電導リニア新幹線の磁気浮上の技術にも用いられています。しかし、銅酸化物がなぜそのように高いTcを実現できるのか、また究極的には室温常圧下で超伝導を実現できるのかなど、超伝導には未解明の謎が多く残されています。
 銅酸化物高温超伝導体は、結晶構造に二次元的な銅酸化物層(CuO2面)を含みます。複数のCuO2面を持つ「多層系銅酸化物」では、層の数によってTcが変化することが知られていますが、中でも三枚のCuO2面を持つ物質は非常に高いTcを持ちます。その理由を理解するためには、CuO2面内での電子の動きや電荷の振動(プラズマ振動)を詳しく調べる必要があります。

今回の取り組み

 今回研究グループは、高輝度放射光施設における共鳴非弾性X線散乱(RIXS)装置を用いて、三層系銅酸化物Bi2Sr2Ca2Cu3O10(図1:Srはストロンチウム、Caはカルシウム、Oは酸素)におけるプラズマ振動を高分解能で観測することに成功しました。RIXSは、軟X線を試料に当て、跳ね返ってきた光のエネルギーを調べる手法で、電子の振動や結晶格子の振動など、物質内部で生じるさまざまな波の性質を調べることができる最先端の実験手法です。RIXS測定には、3GeV高輝度放射光施設NanoTerasuの共用ビームラインで新たに開発された2D-RIXS装置(図2)と台湾にある放射光実験施設Taiwan Photon Source のビームライン41Aを用いました。本測定に用いたBi2Sr2Ca2Cu3O10の良質単結晶試料は産業技術総合研究所で合成されました。この物質の単結晶を合成できる研究グループは世界でも限られています。
 RIXS測定の結果、CuO2面を流れる電荷の集団的な振動に対応するプラズマ振動のピークが明瞭に観測されました(図3)。2つの施設で得られたRIXSスペクトル形状は一致しており、2D-RIXS装置の光学系が設計通り作動していることが実証されました。試料角度を回転させてプラズマ振動のピークのエネルギーと運動量の関係(分散関係)を詳細に調べると、運動量ゼロで有限のエネルギーを持ち、単層系銅酸化物の場合とは異なっていることがわかりました。この特異なプラズマ振動は、CuO2面を流れる伝導電子に働く長距離のクーロン反発力や、電子の動き方に関係していると考えられ、三層系での高いTcと関連している可能性があります。

今後の展開

 今回の成果は、多層系銅酸化物の電子構造と超伝導との関係を理解する上で、大きな手がかりとなります。今後は、Tcが三層系より低い二層系や四層系との比較、さらに異なる元素を含む銅酸化物への展開を通じて、プラズマ振動と高温超伝導の相関についての理解を深めていく予定です。
 また本研究は、NanoTerasuの2D-RIXS装置を用いた初めての成果であり、軟X線領域の高い光強度と世界最高水準のエネルギー分解能を実証するものです。日本国内でのRIXS測定法の確立により、物質科学研究に新たな道が開かれました。
 本研究をリードした鈴木助教は、「今回得られた知見は、人工的に制御された量子材料開発や、より高いTcを持つ超伝導体の探索にもつながることが期待されます。特に近年発見されたニッケル酸化物超伝導体との比較により、高温超伝導の普遍的理解につながります。また、確立したRIXS測定法を応用することにより、広範な物質科学分野への波及効果も期待されます」と、今後の展望を語っています。

三層系銅酸化物の結晶構造
​図1. 本研究で測定した三層系銅酸化物Bi2Sr2Ca2Cu3O10の結晶構造。
超伝導が発現する二次元的なCuO2面が三枚ずつ積み重なる構造を持つ。

 

NanoTerasu 共用ビームラインBL02Uの共鳴非弾性X線散乱装置(2D-RIXS)
​図2.  NanoTerasu 共用ビームラインBL02Uの共鳴非弾性X線散乱装置(2D-RIXS)。
入射X線はビームラインを通って試料に照射される。試料で散乱された出射X線を分光し、スペクトルをCCDで観測する。

 

RIXSスペクトルの比較
​図3.  NanoTerasuとTaiwan Photon Source(TPS)で得られたBi2Sr2Ca2Cu3O10のRIXSスペクトルの比較。それぞれのピークの起源が図示されている。
0.76電子ボルト近傍のピークは電子の集団的なプラズマ振動、2.2電子ボルト近傍のピークは銅の3d電子軌道間の遷移、5.55電子ボルト近傍のピークは酸素の2p軌道から銅の3d軌道への遷移に由来する。
異なる2つのRIXS装置で取得されたスペクトル形状は3電子ボルト以下でよく一致しており、NanoTerasuの2D-RIXS装置の光学系が設計通り動作していることが実証された。

【謝辞】

 本研究は、JSPS 科学研究費助成事業(JP19H05823, JP20H01856, JP22K13994, JP22K03535)、量研-東北大マッチング研究支援事業、東北大学-産総研マッチング研究支援事業、MEXT the World Premier International  Research Center Initiative (WPI)、NIMS-MANA Short-Term Invitation Programの支援を受けて行われました。共鳴非弾性X線散乱実験はTaiwan Photon Source一般利用課題(2022-2-010-1, 2023-2-035)、およびNanoTerasu共用ビームライン試験的共用課題(「銅酸化物高温超伝導体の集団励起の観測によるRIXS装置性能の実証」)により実施されました。

【用語説明】

注1.プラズマ振動:

 金属中を流れる多数の電子が作る振動のこと。空気の振動として伝わる音と似ている。

注2.放射光:

 光速に近い速度で運動する電子が、進行方向を磁石などによって曲げられた際に発生する連続的なエネルギーを持つ光のこと。NanoTerasu(仙台市)やTaiwan Photon Source(台湾・新竹市)のような放射光施設は、電子を3ギガ電子ボルト(3GeV)まで加速する電子シンクロトロンと、電子の軌道を磁界によって曲げ放射光を生成する挿入光源とで構成される。

注3.3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu(ナノテラス):

 国の主体機関である国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構と地域パートナーの代表機関である一般財団法人光科学イノベーションセンターによる官民地域パートナーシップという新しい枠組みによって整備・運営する特定先端大型研究施設で、東北大学青葉山新キャンパス内に立地している。最新の円型加速器設計を国内で初めて採用した第4世代放射光施設で、従来の100倍の高輝度化と高コヒーレント化を実現することで、物質構造の解析に加え、機能に影響を与える「電子状態」、「ダイナミクス」等の詳細な解析が可能。

注4.共鳴非弾性X線散乱(RIXS):

 試料に含まれる化学元素の吸収端に合わせた軟X線を照射し、散乱されて出てくる光のエネルギーを調べる分光法のこと。RIXS はResonant Inelastic X-ray Scatteringの略称。物質内部の電子の性質を調べるのに有用で、世界の放射光施設で装置性能向上の熾烈な競争が起きている。2D-RIXS装置(図2)については、QSTが2024年9月18日付で、「物質の未知の振る舞いに迫る!新世代の分析技術でエネルギー分解能の世界記録を更新~NanoTerasuが2025年3月から世界最先端の分析装置を共用~」と題するプレスリリースを行なっている。
URL:https://www.qst.go.jp/site/press/20240918.html

注5.軟X線:

 波長が約1ナノメートルから10ナノメートルの間の光。

【論文情報】

タイトル:Out-of-phase Plasmon Excitations in the Trilayer Cuprate Bi2Sr2Ca2Cu3O10+d

著者: S. Nakata, M. Bejas, J. Okamoto, K. Yamamoto, D. Shiga, R. Takahashi, H. Y. Huang, H. Kumigashira, H. Wadati, J. Miyawaki, S. Ishida, H. Eisaki, A. Fujimori, A. Greco, *H. Yamase, D. J. Huang, and *H. Suzuki

*責任著者:物質・材料研究機構 主幹研究員 山瀬博之

*責任著者:東北大学学際科学フロンティア研究所 助教 鈴木博人

掲載誌:Physical Review B

DOI:10.1103/PhysRevB.111.165141

URL:https://doi.org/10.1103/PhysRevB.111.165141