2025年7月16日
国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構
発表のポイント
- 社会で幅広く利用されるテフロン等のフッ素樹脂は、原料を輸入に頼り、生産から廃棄にいたるまでのCO2排出量も多いことから、リサイクル技術の確立が課題。
- 分解しづらい特性ゆえにリサイクルが困難なフッ素樹脂の一つテフロン(PTFE)に対し、加熱しながら電子線を照射する方法で、100%分解かつ従来法に比べ分解処理時のCO2排出量の半減に成功。電気使用料の削減効果も。
- 実規模へのスケールアップにより、フッ素資源のリサイクルによる資源・環境問題解決への貢献に期待。
概要
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 小安重夫、以下「QST」)高崎量子技術基盤研究所先端機能材料研究部 ナノ構造制御高分子材料プロジェクト 出崎亮上席研究員、趙躍プロジェクトリーダーらの研究グループは、放射線照射と加熱の組み合わせにより、従来の高温熱分解法と比べて半分のCO2排出量に相当するエネルギー量でテフロン(PTFE)(注1)を100%分解かつ、従来方法に比べ分解処理時のCO2排出量を半減する技術の開発に成功しました。
PTFEをはじめとするフッ素樹脂(注2)は、機械的・化学的・熱的安定性等の優れた特性を持ち、産業利用から家庭用品まで幅広く使用されています。一方、我が国では蛍石(CaF2)(注3)やフッ化水素(HF)(注4)等の原料をすべて輸入に頼っているため安定した資源確保が難しい上、フッ素樹脂は生産から廃棄までに発生するCO2排出量(ライフサイクルCO2; LCCO2)(注5)が他のプラスチックに比べて多いという環境負荷の問題もあります。そこで、国のプラスチック資源循環戦略(注6)で示されているように、使用済みのプラスチックを廃棄するのではなく、効率よくリサイクルすることが、フッ素樹脂についても強く求められています。しかし、使用済みのフッ素樹脂の化学的なリサイクルには、まず分解することが必要ですが、従来の手法では600~1,000 ℃という高温熱処理のために多くのエネルギーを投じなければならないという課題がありました。
そこで研究グループは、これまで培ってきたフッ素樹脂の放射線反応に関する基礎的知見をもとに、新たに電子線照射(注7)を使ってPTFEをリサイクル可能な有機フッ素化合物(注8)まで効率よく分解する技術の開発に取り組みました。
研究では、放射線の照射量、加熱温度、分解を促進する触媒の添加など、様々な条件下でのPTFEの分解特性を詳細に調べました。その結果、空気中、370 ℃まで加熱したPTFEに5 MGy(注9)の電子線を照射したときに、PTFEが消失し100%分解できることを明らかにしました。1トンのPTFEを処理する場合の試算では、必要なエネルギー量は2,169 kWhとなり、従来の高温熱分解法で必要なエネルギー量4,200 kWh(注10)に比べて48%削減できることが分かりました。これにより、CO2排出量についてもほぼ半減でき、その削減量は859 kgに相当します。また、電気使用料の削減効果も見込まれます。
今回得られた成果は、放射線照射と加熱を組合せることで化学的に安定なフッ素樹脂を効率的に分解する技術を確立したものであり、フッ素資源リサイクルへの技術的ブレイクスルーとなります。今後、樹脂などフッ素製品の原料となる有機フッ素化合物の収量を高め、関連する企業との協同により実規模へのスケールアップを図ることで、資源・環境問題の解決(プラスチック資源循環戦略)への貢献を推進していきます。
この成果には、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST(注11)「フッ素社会を実現するフッ素材料の精密分解(JPMJCR21L1、研究代表者:柴田哲男)」の支援を受けて実施した研究の成果が含まれています。
今回紹介した技術開発に関する研究は、2025年6月28日付米国化学会誌「ACS Omega」オンライン版、2025年6月3日付国際学術誌「Radiation Physics and Chemistry」のオンライン版で公開されました。
1.成果の詳細
図1:空気中で熱したPTFEに電子線を照射したときの分解率
図1のグラフが、加熱したPTFEを電子線で照射すると、従来の方法(熱分解)に比べ、完全分解に要するエネルギー量が1/2で済むことを示す元となったデータです。
PTFEの分解率は、電子線をPTFEに当て続け、途中途中で測定したPTFEの重量減少率を分解率として求めています。
グラフ中、赤の曲線がPTFEを空気中370℃で加熱して電子線を照射したときの分解率です。電子線を照射し始めると、線量の増加とともに分解率が直線的に増加し、1.5 MGyを超えると、分解率の増加は緩やかになり、5 MGyで分解率は100%に達しました。
PTFEを分解したときに発生したガス成分を分析すると、酸化されたフルオロカーボン類(有機フッ素化合物:CnF2nOx)やパーフルオロカーボン類(CnF2n、CnF2n+2)が含まれていることがわかりました。
研究では、約1 gのPTFEを使いますが、工業レベルでの規模感を考慮し、1トンのPTFEを処理すると仮定して、100%分解に必要なエネルギーを試算すると、電子線の照射が2,077 kWh、PTFEの加熱が92 kWh、合計すると、2,169 kWhの電力量となりました。
加熱だけで1トンのPTFEを100%分解するのに必要なエネルギーは、4,200 kWhという報告があります。私たちが見出した方法は、これと比較すると約1/2のエネルギーでPTFEを100%分解できることがわかりました。これを分解処理時のCO2排出量に換算すると、1トンのPTFEを分解するのに従来法よりも859 kg低減できます。また、エネルギー低減により分解処理に要する電気使用料を半減できる効果も見込まれます。
電力量を求めた条件と計算式は以下の通りです。
<電子線照射の電力量>
放射線の1 Gyは仕事量に換算すると1 J/kg。さらにこれをエネルギー量に換算すると1 Jは2.7×10-4 Whです。
また、電子線はPTFEに届くまでの間に、空気やチタン箔による散乱などで減少します。これを考慮して、PTFEに届く電子線は、電子加速器から出た直後の65%と仮定しました。
5×106 J/kg×103 kg×2.7×10-4 ÷0.65 = 2,077 kWh
<PTFE加熱の電力量>
PTFEの比熱(PTFEの温度を1℃上げるのに必要な仕事量)は1.0×103 J/kg・Kです。30℃のPTFEを370℃まで加熱するので、温度差は340℃です。PTFEの重さを1トンと仮定するので、
103 kg×1.0×103 J/kg・K×340 K×2.7×10-4 = 92 kWh
<PTFEの100%分解に必要な電力量>
電子線照射の電力量とPTFE加熱の電力量を足した値が、PTFEの100%分解に必要な電力量です。
2,077 kWh+92 kWh=2,169 kWh
CO2排出量は以下のように求めました。
新電力比較サイトのwebページ(http://power-hikaku.info/tools/co2/)では、電力使用量(kWh)とCO2排出係数(g-CO2/kWh)を用いてCO2排出量を計算することができます。CO2排出係数の全国平均値は423と示されています。
電力使用量 (kWh) × 423 (g-CO2/kWh) ÷ 1000 = CO2排出量 (kg)
この式を用い、
従来の高温熱分解法:4,200 kWh × 423 ÷ 1000 = 1,776.6 kg
本研究の方法:2,169 kWh × 423 ÷ 1000 = 917.5 kg
が得られ、差し引き約859 kgのCO2排出量を低減できる見込みです。
電気使用料は以下のように求めました。経済産業省資源エネルギー庁のwebページ(https://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/energy2023/02.html)では、産業向けの電気料金平均単価が示されています。2022年度は、27.55円/kWhとなっています。この単価を用いて、
従来の高温熱分解法: 4,200 kWh × 27.55 = 115,710円
本研究の方法:2,169 kWh × 27.55 = 59,756円
となり、約5.5万円安く、処理にかかる費用を半減できると見積もられました。
2.今後の展開
今回の成果は、PTFE廃棄物を分解してフッ素樹脂合成の材料物質を作り出す、LCCO2排出量の少ないリサイクルプロセス構築の手がかりをつかんだ、という位置づけになります。
産業として成立するプロセスに作り上げていくための次のステップとして私たちは2つの課題に取り組んでいきます。
一つは、電子線でPTFEを分解する時の温度制御や、線量率(時間あたりの放射線量)やPTFEへの電子線の当て方など電子線照射条件を最適化することにより、一層の低エネルギー量での分解を目指すための研究、もう一つは、PTFEを分解したときに生成する有機フッ素化合物の収量を最大化し、ロスなく回収するプロセスやそのための装置の設計・開発に関する研究です。これらの研究を進めることにより、PTFE廃棄物を分解・資源化する技術を確立し、パイロットスケールプラント、さらには、実規模スケールプラントへの展開を、フッ素樹脂製造などに関連する企業と協同して進めていきたいと考えています。
3.研究開発の狙い
フッ素樹脂のリサイクルは、主に使用済み樹脂を新しい樹脂として再利用するマテリアルリサイクルによるものです。再利用に耐えない樹脂廃棄物が埋め立て処分されていると考えられるので、リサイクル率を向上するための有効な解決手段のひとつは、フッ素樹脂を化学的に分解・リサイクルする方法であると私たちは考えています。これまでに、フッ素樹脂を化学的に分解する方法として、アルカリを添加して熱処理する方法や亜臨界水処理する方法、光触媒法、メカノケミカル法などが報告されています(図2のルート1)[参考文献1-4]。これらは、フッ素樹脂を出発原料の蛍石(CaF2)まで戻す技術です。蛍石は、全ての含フッ素製品を製造するための原料となるので、非常に有効な化学的分解法です。しかしながら、上述のように、フッ素樹脂を製造するためには、蛍石から有機フッ素化合物を合成し、これを重合反応させる必要があります。
そこで、フッ素樹脂を600~1000℃で熱処理することにより、樹脂の原料となるテトラフルオロエチレン(C2F4)まで分解して再利用する方法が開発されています(図2のルート2))[参考文献5]。しかしこの方法は高温を必要とするため、投入エネルギーが多く、LCCO2排出量の面で課題があります。
図2:フッ素樹脂分解の既存技術と本研究のアプローチ
そこで私たちは、放射線照射を利用したLCCO2排出量が低いフッ素樹脂の分解技術の開発に取り組んでいます(図2のルート3)。フッ素樹脂に放射線を照射すると分解反応が起こることが広く知られていますが、フッ素樹脂の完全分解・ガス化を目的とした研究例はありません。さらに私たちは、フッ素樹脂に放射線を照射し、C2F4や他の有用な有機フッ素化合物(CnF2n、R-CF3、R-OCF3等のフルオロカーボン類)まで分解し、これらを樹脂だけでなく、フルオロカーボン類が使用される冷媒や医薬品等へ転換することも視野に入れ研究を進めています。
4.実験方法
これまでに行われている研究から、PTFEの分解に多くのエネルギーを必要とするのは、PTFEの加熱です。高温にすればするほどPTFEの分解は進みますが、必要なエネルギー量も多くなります。そこで、少ない加熱で完全分解するにはどうしたらよいか?ということに焦点を当てて、分解方法をデザインしました。
最初に考えたのは、少ないエネルギー量でも分解の促進が期待できる触媒をPTFEに添加して電子線を照射し、その後加熱する方法です。触媒にはニッケル系金属触媒(Ni/SiO2-Al2O3)を使いました。試してみると、PTFEの分解が始まる温度は103℃と、電子線を照射していないPTFEにくらべ、400℃以上下げられることがわかりました。しかし、分解が完全に終わる温度は600℃に近く、加熱に使うエネルギー量を大幅に削減することは難しいと考えました。
そこで、より簡略なプロセスで、かつ、必要なエネルギー量の削減が期待できる、加温した状態でPTFEに電子線を照射する方法を検討しました。PTFEの粉末をヒーターが内蔵された電子線照射容器に入れ、空気中で、30℃、120℃、200℃、270℃、370℃と温度を変えて、分解の進み方を調べたところ、図1に示したように、370℃、5 MGyの照射でPTFEの100%分解を実現できました。
図3:PTFE粉末の電子照射分解のレイアウト概略図
5.背景
フッ素樹脂の製造とリサイクル
テフロン(PTFE)に代表されるフッ素樹脂は、蛍石(ほたるいし、CaF2)を出発原料とし、無機フッ素化合物であるフッ化水素(HF)、さらに有機フッ素化合物であるフルオロカーボン類(C2F4等)を作り、これを重合反応させて合成します。
原材料となる蛍石やフッ化水素の調達は、海外からの輸入に依存しており、蛍石は2.10万トン、蛍石から作るフッ化水素(HF)は7.95万トン輸入しています(いずれも2021年の実績))[参考文献6]。
フッ素樹脂は化学的に不活性で、非濡れ性、非粘着性、そして耐熱性、耐火性、耐候性に優れ、他のプラスチックで代替できないため、輸送、化学プロセス産業、エレクトロニクス、製薬産業といった様々な産業や、調理用具などの家庭用品に広く使われています。
フッ素樹脂の国内生産量は約3.3万トン(出荷額1,282億円年、2023年の実績)[参考文献7]で、これはプラスチック全体の生産量の0.4%に相当します[参考文献8]。
代替する素材がないフッ素樹脂もまた、他のプラスチックと同様に、リサイクルによる原材料の確保(資源問題の解決)と、製造から消費の過程で発生するCO2の削減や廃棄による環境への負荷の低減(環境問題の解決)が喫緊の課題となっています。
日本弗素樹脂工業会の統計では、フッ素樹脂を製造し素材として出荷する過程で発生した廃棄物の76%がリサイクルされていますが、リサイクル方法の内訳 *1)は公表されていません。フッ素樹脂廃棄物の化学的リサイクルは、廃棄物を分解・精製して、フッ素樹脂製造の原材料として再利用するリサイクル方法です。積極的なリサイクルを進めている企業もありますが、採算ベースに乗る化学的リサイクルは実現していません。
フッ素樹脂廃棄物のリサイクルが日本に比べ進んでいるヨーロッパでも、フッ素樹脂廃棄物の化学的リサイクルは、廃棄物全量の3.4%に留まり、他のプラスチックの9%より低いと報告されています。フッ素樹脂の化学的な安定性が高く、分解して原材料物質を作るために多くのエネルギーを必要とすることが、化学的リサイクルが進まない要因の一つと考えられています。
フッ素樹脂廃棄物の化学的リサイクルの実現は、フッ素の資源循環を構築できるため、原材料の輸入量の削減にもつながることが期待できます。
*1) リサイクルの方法は、大きく、物理的リサイクル、化学的リサイクル、エネルギーリサイクルに分けられます。物理的リサイクルは、裁断などにより細かくした樹脂を、同じ樹脂を作る際に混ぜ込んで資源化する方法。化学的リサイクルは、樹脂を分解して原材料となる化学物質に変換する方法。エネルギーリサイクルは燃やすことにより熱源として材料が持つエネルギーを回収する方法です。
フッ素樹脂廃棄物のリサイクル研究
フッ素樹脂廃棄物の化学的リサイクル(再資源化)にはいくつかの先行研究があります。アルカリ添加と熱処理の組み合わせ、あるいは亜臨界水の利用により、フッ素樹脂を完全に分解(完全無機化)して蛍石と同じ化学組成(CaF2)にする研究、あるいは、600 ℃~1,000 ℃での熱処理によりフッ素樹脂を分解してフッ素樹脂合成の前物質となるTFE(- C2F4 -)を作る研究などです。
アルカリ添加+熱処理、あるいは亜臨界水による完全無機化は、必要なエネルギーが比較的少なくて済み、CaF2(蛍石)としてフッ素を回収するため、すべてのフッ素製品の材料として再利用できるメリットがありますが、フッ素樹脂を作る工程では、必要なエネルギーが多くなってしまうデメリットがあります。
一方、フッ素樹脂合成の前物質を作る方法は、そのままフッ素樹脂合成に使えるため、必要なエネルギーが少なくてすむメリットがありますが、フッ素樹脂廃棄物の分解に使う熱エネルギーが大きいデメリットがあります。
このように、先行しているフッ素樹脂廃棄物の化学的リサイクル方法には一長一短があります。
謝辞
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST「フッ素社会を実現するフッ素材料の精密分解(JPMJCR21L1、研究代表者:柴田哲男)」の支援を受けたものです。
用語解説
(注1)テフロン(PTFE; ポリテトラフルオロエチレン):
PTFEはPolytetrafluoroethyleneの略称です。米国のデュポン社が開発したフッ素系高分子であり、テフロンの商品名で販売されており、主に調理器具やコーティングに使用されています。PTFEは、フッ素原子(F)と炭素原子(C)から合成され、 -(CF2-CF2)n- という構造を取る結晶性の高分子で、生産量・使用量が最も多いフッ素樹脂です。耐薬品性が高く、摩擦係数(「滑りやすさ」の指標)は固体素材として最小クラスです。
(注2)フッ素樹脂:
分子中にフッ素原子を含む合成高分子の総称で、PTFEなど9種類があります。原料からの製造工程は、蛍石→フッ化水素→有機フッ素化合物→フッ素樹脂です。化学的に不活性で、非濡れ性、非粘着性、そして耐熱性、耐火性、耐候性に優れています。
フッ素樹脂は、生産量がすべてのプラスチック生産量の0.4%(2023年 [参考文献8])、原料出荷額が1,282億円(2023年 [参考文献9])ですが、他のプラスチックにはない優れた特性があるため、輸送、化学プロセス産業、エレクトロニクス、製薬産業といった様々な用途の産業や、調理用具などの家庭用品にも使用されています。一方、その化学的な安定性などがハードルとなり、リサイクル(資源循環)技術開発が他のプラスチックに比べ進んでいない問題もあります(プラスチックのリサイクル率:9%、ふっ素樹脂のリサイクル率:3.4%(ヨーロッパの参考値、2020年)[参考文献10])。
(注3) 蛍石:
ほたるいし。フッ素樹脂製造の原料となる鉱石で、加熱すると蛍のように光を放つ様子が名前の由来とされています。英語でフッ素(元素記号:F)を意味する fluorine は、フッ素を含む蛍石に因んでつけられました。蛍石は世界各地で産出され、中国やメキシコ、モンゴル、南アフリカ、ベトナムなどで特に多く生産されています。日本では商業的に採掘可能なほどの鉱脈はないとされています。蛍石の2021年の輸入量は2.10万トン(純分換算、財務省貿易統計)です。フッ素樹脂をリサイクルする研究では、完全無機化(フッ素原子(F)が単独で存在する状態)分解して再資源化を図るいくつかの研究が行われています。
(注4) フッ化水素:
分子式HFで表される水素とフッ素からなる無機化合物。フッ素樹脂やエアコン等の冷媒として使用されるフロン類の原料です。半導体製造プロセスにおいても利用されています。フッ化水素は蛍石を化学的に処理して作られますが、フッ化水素も海外から輸入しています。その量は蛍石の4倍に近い7.95万トン(純分換算、財務省貿易統計)です。
(注5)LCCO2:
ライフサイクルCO2の略で、製品の原料調達・製造から廃棄までのライフサイクルを通して発生するCO2量を、製品寿命1年あたりの排出量として算出し評価する手法です。ISO(国際標準化機構)が策定する組織の環境配慮に関する国際規格「ISO 14000シリーズ」の一つを構成する規格です。フッ素樹脂製造の工程では、原材料調達段階での排出量が全体の約67%を占めています。研究グループの研究戦略は、フッ素樹脂廃棄物をリサイクルして有機フッ素化合物に戻す資源循環システムを構築することで原材料調達段階の工程を削減し、LCCO2排出量の削減を図るというものです。
(注6)プラスチック資源循環戦略:
海洋プラスチックごみ問題、気候変動問題、諸外国の廃棄物輸入規制強化の幅広い課題に対応するために、政府(消費者庁・外務省・財務省・文部科学省・厚生労働省・農林水産省・経済産業省・国土交通省・環境省)が令和元年5月に策定した政策で、3R+Renewableの基本原則と、6つの野心的なマイルストーンが目指すべき方向性として掲げられています。本研究は、フッ素樹脂廃棄物の再資源化率の向上を通して戦略中の2035年までに使用済みプラスチックを100%リユース・リサイクル等により有効活用する目標達成の実現を目指しています。
(注7)電子線照射:
電子加速器は、電気を持った電子を電磁力によって加速する装置です。電子加速器で加速した電子を物質などに当てることを「電子線を照射する」と言います。フッ素樹脂に電子線を照射すると分解反応が起こりますが、電子線照射だけで分解できる割合は少なく、再資源化の実現には、効率良く分解を起こさせることに加え、フッ素樹脂製造に使用できる有機フッ素化合物を分解生成物として生じさせることが技術開発のポイントです。
(注8) 有機フッ素化合物(fluorocarbon):
炭素(C)とフッ素(F)の結合をもつ有機化合物の総称で、フッ素樹脂製造工程ではフッ素樹脂合成の直前に来るフッ素化合物です。化学的に極めて安定しており、温度変化に強く、腐食性も低い特徴を持つことから、フッ素樹脂の製造だけでなく、冷蔵庫やエアコンの冷媒、電子部品など精密機器の洗浄剤、眼科手術や肺洗浄など多様な用途に用いられています。研究グループが今後の展開として、フッ素樹脂廃棄物を有機フッ素化合物に再資源化する資源循環プロセスの構築を目指します。そのために、分解条件等の検討を行い、産業規模でのフッ素樹脂合成に使うことができる質と量の有機フッ素化合物を製造する技術の開発を計画しています。
(注9) MGy (メガ グレイ):
放射線の吸収線量を表す単位で、物質1 kgに1 Jのエネルギーが吸収されたとき、1 Gyと表します。1 MGy = 106 (1,000,000:百万) Gy。
(注10) Wh (ワットアワー):
1時間に使う電気の量(電力量)を表す単位です。1 kWh = 1,000 Wh。東海道新幹線が東京から大阪まで走るときの消費電力が約1万kW。所要時間が2時間30分なので電力量は平均で4,000 kWh(東京から静岡・浜松の間まで走行)となります。2,000 kWhは東京から新横浜の少し先くらいまでの走行に相当します。
(注11)国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST:
国が定める戦略目標の達成に向け、課題達成型基礎研究を推進し、科学技術イノベーションを生み出す革新的技術シーズを創出するためのチーム型研究。QSTの出崎亮上席研究員は、研究課題「フッ素社会を実現するフッ素材料の精密分解」の共同研究者として、2021年からPTFEを分解し再資源化する研究を進めています。
参考文献
- N. Yanagihara and T. Katoh, “Mineralization of poly(tetrafluoroethylene) and other fluoropolymers using molten sodium hydroxide”, Green Chemistry, 16, (2022). DOI: 10.1039/D2GC00797E.
- H. Hori, H. Saito, A. Manseri, B. Ameduri, “Hydroxide-ion induced complete mineralization of poly(tetrafluoroethylene-co-hexafluoropropylene) copolymer (FEP) in subcritical water”, European Polymer Journal, 221, 113575 (2024).
- L. Yang, Z. Chen, C. A. Goult, T. Schlatzer, R. S. Paton, V. Gouverneur, “Phosphate-enabled mechanochemical PFAS destruction for fluoride reuse”, Nature, 640, 100-106 (2025).
- Y. Arima, Y. Okayasu, D. Yoshioka, Y. Nagai, Y. Kobayashi, “Multiphoton-Driven Photocatalytic Defluorination of Persistent Perfluoroalkyl Substances and Polymers by Visible Light”, Angewandte Chemie International Edition, 63, e202408687 (2024).
- Dyneon (3M), “Up-Cycling. Closing the loop” (2015), https://multimedia.3m.com/mws/media/907323O/up-cycling-fluoropolymers-brochure.pdf?fn=Up-Cycling_Brochure_EN.pdf
- (独)エネルギー・金属鉱物物質資源機構、“鉱物資源マテリアルフロー2022 フッ素(F)”(2023).
- (一社)日本弗素樹脂工業会、令和5年度事業報告書 (2024).
- (一社)プラスチック循環利用協会、“プラスチックリサイクルの基礎知識2024”(2021).
- (一社)一般社団法人日本弗素樹脂工業会ウェブサイト「原料ふっ素樹脂の需給動向」http://www.jfia.gr.jp/data01.html
- Recycling and the end of life assessment of fluoropolymers: resent development, challenges and future trends: Bruno Ameduri and Hisao Hori, Chem. Soc. Rev., 52, 4208-4247 (2023).
掲載論文
タイトル:Effects of temperature on the decomposition of PTFE induced by electron beam irradiation
著者:Hao Yu, Akira Idesaki, Kimio Yoshimura, Yue Zhao, Yasunari Maekawa
著者所属:Takasaki Institute of Advanced Quantum Science (TIAQ), National Institutes for Quantum Science and Technology (QST)
雑誌名:Radiation Physics and Chemistry
DOI: 10.1016/j-radphyschem.2025.113029
タイトル:Cooperative effects of Ni catalyst and radiation on thermal decomposition behavior of PTFE
著者: Hao Yu, Akira Idesaki, Kimio Yoshimura, Yasunari Maekawa
著者所属:Takasaki Institute of Advanced Quantum Science (TIAQ), National Institutes for Quantum Science and Technology (QST)
雑誌名:ACS Omega