現在地
Home > 分類でさがす > お知らせ・ご案内 > プレスリリース > レーザー・放射光 > プレスリリース > レーザー光が引き起こす分子内電子分布の超高速変化を捉えた!- 化学反応の「オンデマンド制御」実現へ前進 -

プレスリリース

レーザー光が引き起こす分子内電子分布の超高速変化を捉えた!- 化学反応の「オンデマンド制御」実現へ前進 -

掲載日:2019年5月18日更新
印刷用ページを表示

発表のポイント

  • 振動するレーザー光の電場に応答して、分子内部の電子分布が変化する様子を、精密な実験と量子力学に基づく理論計算を用いて明らかにした。
  • レーザー光を使って分子を直接操作し、望み通りの位置やタイミングで化学反応を起こす「オンデマンド制御」の実現につながる成果。

  国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫。以下「量研」という。)量子ビーム科学部門関西光科学研究所光量子科学研究部超高速光物性研究グループの赤木浩上席研究員、乙部智仁主幹研究員、板倉隆二グループリーダーは、強いレーザー光1 ) に晒されたエタノール分子から放出される電子とイオンを精密に観測し、得られたデータを量子力学に基づく理論計算で検証しました。その結果、分子内部で電子の分布が、フェムト秒2 ) の時間スケールで振動するレーザー光の電場に応答して変化することを初めて明らかにしました。本成果は分子内部の電子をレーザー光で直接制御できることを意味しており、今後、ピンポイントで化学反応を起こす革新的な化学物質創製技術等への応用が期待されます。


 分子の中では、原子どうしをつなぐ役割を電子が果たしています。分子の中で電子がどのような分布をしているかを意味する分子軌道3 ) の形によって、分子の状態や化学反応の起こりやすさが決まります。レーザー光は電磁波4 ) であり、その電場5 ) によって分子内の電子の状態、すなわち分子軌道に直接働きかけることが可能です。分子軌道の形は、レーザー光に晒された際に、分子の各場所から電子が飛び出す確率を測定することで明らかにされてきました。しかし、分子軌道の変形を明確に捉えた研究例はありませんでした。


 そこで本研究チームが開発した、レーザー光に晒された分子から放出される電子とイオンの方向と速度を精密に計測する装置を使用して、エタノール分子を対象とした測定を行いました。レーザー光を照射して飛び出した電子とイオンの計測を行い、それぞれの方向、速度データを精密に処理した結果、分子の各場所から電子が飛び出す確率を、非常に高い精度で求めることに成功しました。実験で得られたデータを、量子力学に基づく理論計算で検証することで、振動するレーザー光の電場に応答して分子軌道の形が変化していることを世界で初めて実証しました。


 本成果は、化学結合6 ) の出来やすさを決める分子軌道の形を、レーザー光を使って直接操作できることを意味しています。この成果は将来、「分子内のこの結合を切りたい」「ここに化学結合を作りたい」などの要望に合わせて化学反応を起こす「オンデマンド制御」による、革新的な化学物質創製技術につながると期待されます。


 本研究成果はアメリカ科学振興協会(AAAS)が発刊するオープンアクセス速報誌『Science Advances』(H. Akagi, T. Otobe, R. Itakura)に2019年5月18日(土)3:00(日本時間)で掲載されます。

研究の背景

 化学反応を意のままに制御することは、光化学の大きな夢の一つです。30年以上も前から、光を使って分子内の特定の化学結合の振動に多くのエネルギーを与えたり、分子内の原子核周辺に局在する電子にエネルギーを与えるなどの方法で、狙った化学結合を切断させる研究が数多く行われてきました。しかし、与えたエネルギーが分子の中で極めて速く散らばってしまうため、十分な反応分岐比を得るまでに至っていません。本研究は、化学結合そのものを担う分子軌道を直接制御することで、あらゆる分子に使える高効率な制御法の確立を目指しています。

 分子の内部に存在する電子は、正電荷を持つ原子核が作り出す電場、すなわちクーロン電場の中に存在しています。電子がなければ原子核は正電荷どうしで反発しあい、たちどころにバラバラになりますが、分子内の電子は原子核に比べて軽くて動き回りやすく、しかも負電荷を帯びていますので、正電荷を引きつけ、原子核がバラバラにならないような接着剤の役目をしています。分子の中で電子が感じる原子核によるクーロン電場は1010 V/m(1 mmあたり10メガボルト)以上であり、これに匹敵する電場を外部から与えることが出来れば、分子軌道を直接制御できると考えられます。

 2018年のノーベル物理学賞の受賞対象となったチャープパルス増幅(CPA)法のおかげで、強いレーザー光を極めて短時間に集中できるようになり、分子内のクーロン電場に匹敵する非常に高い光電場(レーザー電場)を生成することが可能になりました。これにより、1990年代以降、レーザー電場を利用して化学反応を制御する方法が精力的に研究されるようになりました。レーザー電場の形を自在に整形する技術も発展し、反応分岐比の最適化を試みる研究も数多く行われましたが、前述のとおり、高効率なレーザー反応制御法の確立に至っていません。それどころか、レーザー電場下の分子内で、その分子軌道が影響を受けている様子を観測することさえ出来ていませんでした。

 量研関西光科学研究所では、強いレーザー電場に晒された際に分子のどの部位から電子が放出されるかを精密に測定する実験手法と、量子力学に基づく高精度な数値シミュレーション手法を開発してきました。本研究では、これらを有機的に組み合わせて、レーザー電場による分子軌道の変形について研究を進めました。

研究成果

 本研究では、第一原理計算7) に基づく高精度な数値シミュレーションをエタノール分子を対象として行い、レーザー電場(電場強度1.7×1010 V/m)の有無に対する分子軌道の変化を理論予測しました。その結果、レーザー電場の効果で、化学結合を担っている分子軌道が大きく変化することが分かりました。エタノール分子の中には複数の分子軌道が存在し、図1右下に示すように、電子が2個ずつペアを作った上で1つの分子軌道を占めています。分子から電子を引き離すのに必要なエネルギーが小さい順に、上から並べてあります。レーザー電場がかかった時に、上から2番目の分子軌道(HOMO-1 8 ) )がどうなるか、数値シミュレーションで予測した結果を図1 左に示しています。分子軌道はレーザー電場の影響を受けて変形すること、また、その変化はレーザー電場が分子のどちら方向にかかるかによって異なることが分かりました。

 

エタノール分子

 

図1 エタノール分子(右上図)の分子軌道の1つ(HOMO-1)に対する数値シミュレーション結果。中央はレーザー電場が無い時の分子軌道、その周辺にレーザー電場下における分子軌道が、電場方向ごとに描かれている。中央の軌道と比較すると、左上のピンク矢印が付いた軌道は、矢印の差す赤い部分が右下にずれている、また、右下の水色矢印が付いた軌道は、矢印が差す青い部分が大きくなるなど、明確な変化が表れている。右下の枠内は、エタノール分子の分子軌道を示す(電場が無い時)。電子を分子から引き離すのに必要なエネルギーが小さい順に上から並んでいる。

 

 数値シミュレーションで予測されたエタノールの分子軌道HOMO-1の変形(図1)を確かめるために、気体のエタノール分子に同じ強度のレーザー光(円偏光9 ) 、波長800 nm、電場強度1.7×1010 V/m)を照射し、分子の各場所から電子が放出される確率に相当する、イオン化の分子座標系角度分布を測定しました。なぜなら、強いレーザー電場下にある分子から電子が放出される場合、その電子放出確率は分子軌道の形によって決まることが知られているからです。


 今回の実験では、生成イオン種を確実に同定するため、部分的に重水素置換したエタノールCH3CD2OHを用いました。電子とイオンの3次元運動量を決定する実験装置(図2A)を用いて実験を行い、HOMO-1からのイオン化で生成する解離イオン(CD2OH+)と、同時に生成する電子の3次元運動量を計測しました。観測された電子の3次元運動量から電子が放出された(イオン化した)直後の方向を逆算することが出来ます(図2B)。また、イオン化後のCH3CD2OH+イオンがさらに壊れて出来る解離イオンの放出方向から、イオン化時の分子の向きを知ることが出来ます(図2B)。従って、同一の分子から発生した電子と解離イオンの3次元運動量を使うことで、イオン化の分子座標系角度分布を求めることが出来ます。


 実験は、超高真空の反応容器内に重水素置換したエタノールのガスを連続的に導入した条件で行いました(図2A)。反応容器内には横方向に静電場がかけてあり、生成する電子とイオンを反対方向に加速できるようになっています。反応容器の両端には、電子とイオンそれぞれの到達位置と時間を高精度に計測できる検出器が設置されており、綿密なデータ処理を行うことで、それぞれの3次元運動量を決定しました。1回のレーザー光照射で複数のエタノール分子をイオン化すると、異なる分子からの電子と解離イオンを観測してしまう恐れがあるため、10回のレーザー光照射で2個程度の分子がイオン化されるように、エタノールの導入量を調整して実験を行いました。レーザー光照射を8千万回繰り返して行い、目的の解離イオンが生成したデータだけを選別しました。さらに、イオン化時のエタノール分子の向きを精度良く決めるために、観測された解離イオンの3次元運動量を基にデータの選別を行い、約8万個の電子と解離イオンのデータセットを得ました。

(A) 電子とイオンの3次元運動量を決定する実験装置の図

図2 (A) 電子とイオンの3次元運動量を決定する実験装置の図。(B) 分子のどちらから電子が放出されたかを決定する方法。

 図3Aは、得られたデータセットから、解離イオンの放出方向を上向き(ピンク矢印方向)として得られた、分子座標系の電子の2次元運動量分布、図3Bは図3Aのデータを電子放出角度φRFPADごとに足し合わせることで得られた、イオン化の分子座標系角度分布です。実験結果から、電子は解離イオンと反対向きに主に放出されていることが分かります。

測定された分子座標系の 2次元電子運動量分布

図3 (A) 測定された分子座標系の 2次元電子運動量分布。解離イオン (CD2OH+) の放出方向を上向きとした。(B) 2次元運動量分布から算出されたイオン化の分子座標系角度分布。中心からの距離が、角度φRFPADにおけるイオン化確率に相当している。

 実験で得られたイオン化の分子座標系角度分布に、レーザー電場による分子軌道の変形の影響が表れているのかどうか、を明らかにするため、量子力学に基づく高精度な数値シミュレーションを行い、 HOMO-1 からのイオン化の分子座標系角度分布を理論予測しました(図4)。円偏光のレーザー電場に応答してHOMO-1 が変形することを考慮した数値シミュレーション(ピンク実線)は、実験結果(図4の赤い四角)をよく再現しました。一方で、HOMO-1が変形せずに元の形状を保っていると仮定したシミュレーションの結果(黒点線)は実験結果と大きく異なることから、変動するレーザー電場に応答してHOMO-1が変形することが裏付けられました。

イオン化の分子座標系角度分布の実験結果

図4 イオン化の分子座標系角度分布の実験結果(赤い四角)と理論計算の比較。ピンク実線:レーザー電場による分子軌道変形を考慮した場合、黒点線:分子軌道変形を考慮しない場合。

 

結果のインパクト

 今回の結果は、フェムト秒の時間スケールで変化するレーザー電場に追随して分子軌道が変形することを示した初めての観測例です。また、過去の実験によって、分子から引き離すことが最も簡単な、すなわち、束縛エネルギーが最も小さい分子軌道(HOMO)がレーザー電場によって変形することは示唆されていましたが、HOMOから電子を引き離しても化学結合は保たれることが多く、結合切断につながりません。今回の結果は、化学結合への寄与がより大きい、HOMOより大きな束縛エネルギーを持つHOMO-1でも、レーザー電場によって変形が起きることを示しています。結合に直接関与する分子内電子をレーザー電場で直接操作できることを示唆する成果であり、分子を選ばずに適用できる、化学反応の「オンデマンド制御」実現に向けた大きな前進です。今後、レーザー電場による電子操作の実現を目指します。

 

用語解説

1) 強いレーザー: 極めて短時間だけ光るレーザー光を小さい面積に集めることで、1秒当たり、1平方センチメートルあたりのワット数を高くすることができるようなレーザーのこと。本研究では持続時間がおよそ60フェムト秒(約17兆分の1秒)で0.1 mJのレーザー光を、直径20ミクロンの円内に集光しました。

2) フェムト秒: 1フェムト秒は1000兆分の1秒。分子振動の周期で短いもの(水素分子、塩化水素分子など)では10フェムト秒程度となります。本研究で使用したレーザー光の電場は2.7フェムト秒周期で振動しています。2.7フェムト秒の時間では、光速であっても1ミクロン進むことすら出来ません。

3) 分子軌道: 分子内の各電子の分布を表す軌道(一電子波動関数)のこと。原子における原子軌道に相当します。「軌道」というと、惑星の軌道や、電車の軌道、のように、決まった線があるような気がするかもしれません。しかし、電子は決まった線の上を運動しているのではなく、空間に存在するぼんやりとした雲のように存在しています。分子軌道の自乗が電子の存在確率を意味します。

4) 電磁波: 空間の電場と磁場の変化によって形成される波のこと。波の長さの違いで、光(紫外線、可視光線、赤外線)や電波などに区分されます。

5) 電場: 電子、イオンなどの荷電粒子に力を与える空間の性質のこと。本研究で使用したレーザー光の電場は、2.7フェムト秒(約370兆分の1秒)という非常に短い間隔で振動しています。

6) 化学結合: 物質の中の原子と原子の結びつきのこと。分子内の化学結合は、原子どうしがお互いの電子を共有して結びついています。

7) 第一原理計算: 電子1つずつの挙動を量子力学に基づいて計算し、分子の構造や性質などを予測できる計算方法のこと。分子内の原子の数や種類が決まれば、仮定や経験的条件を必要としないで高精度の予測が可能です。本研究では密度汎関数理論と呼ばれる方法を用いました。

8) HOMO-1: 分子から引き離すのに必要なエネルギー(束縛エネルギー)が最も小さい電子の軌道のことをHOMO(Highest Occupied Molecular Orbitalの略。日本語では最高被占分子軌道)と呼び、そこから必要なエネルギーが増える順に、HOMO-1、HOMO-2、・・・ と順に呼ぶのが一般的です。本研究ではHOMO-1を対象に研究を行いました。

9) 円偏光: レーザー電場の向きがレーザー1周期の間に1回転する電場を持つ光のこと。直交した偏光成分を持つ二つの直線偏光したレーザー光を、電場振動の位相を90 度ずらして合成することで、回転する電場を持つ円偏光となります。

 

みなさんの声を聞かせてください

この記事の内容に満足はできましたか?
この記事は容易に見つけられましたか?