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プレスリリース

人工股関節カップの設置強度を術中評価する技術を開発-より安全で正確な人工股関節置換術へ期待-

掲載日:2020年1月23日更新
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 慶應義塾大学医学部整形外科教室の中島大輔特任助教、名倉武雄特任教授(所属:久光製薬運動器生体工学寄附講座)、中村雅也教授、近畿大学生物理工学部の三上勝大助教、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構量子ビーム科学部門関西光科学研究所の長谷川登主幹研究員らの合同研究グループは、模擬骨を使用した基礎実験にて、人工股関節カップの設置強度を術中評価する技術の原理実証に成功しました。

 骨折や転倒などによる運動器疾患は、要介護、要支援の上位認定理由となっており、この疾患に対する治療技術の1つである人工股関節置換術(注1)の手術件数は、世界的にも年々増加傾向です。同手術においては、人工股関節カップが術後早期にゆるみ、骨盤から外れてしまう合併症が知られていますが、現在、人工股関節カップの術中設置強度評価は、カップをハンマーで叩いて設置する術者の手の感覚に頼っており、手術中に定量的に計測する技術は存在していません。

 今回、本研究チームが開発したレーザー共振周波数解析(注2)は、手術中、人工股関節カップにレーザー光を照射しその振動の周波数を測定することで、カップの骨盤に対する「うき」や「剥離」を評価することができます。また、本手法は、患者さんの身体にダメージを与えることなく何度でも評価可能な定量的評価方法です。

 今後、この革新的な技術を応用した医療診断機器を開発することで、より安全で確実な人工股関節置換術の実現に大きく寄与するものと期待されます。

 本研究成果は11月8日(ヨーロッパ中央時間)、『Sensors』オンライン版に掲載されました。

研究の背景と概要

 厚生労働省が公開する国民生活基礎調査において、運動器疾患(骨折や転倒も含む)は要介護、要支援の上位の認定理由です(参考1)。

 近年の高齢化に伴い、健康寿命延伸やQOL(Quality of Life)向上が望まれますが、人生における寝たきり期間を示す平均寿命と健康寿命の差は医療技術が発達している近年においても縮まってはいません。

 寝たきりの原因となる運動器疾患に対する治療技術の1つである人工股関節置換術の手術件数は、世界的に年々増加傾向です。同手術においては、人工股関節カップ(図1)が術後早期にゆるみ、骨盤から外れてしまう合併症が知られています。早期のゆるみを予防するためには、術中にその設置強度を正確に把握し、補強ネジの挿入などで対処することが望ましいのですが、現在、人工股関節カップの術中設置強度評価は、カップをハンマーで叩いて設置する術者の手の感覚に頼っており(図2、図3)、手術中に定量的に計測する技術は存在していません。

 これまで研究室レベルでは設置強度評価方法として、引き倒し力やトルク力を用いた機械強度による評価が行われていましたが、それらは単回のみのダメージを伴う評価方法であり、術中の評価方法としては利用できませんでした。

 今回、本研究チームが基礎実験にて開発したレーザー共振周波数解析(注2)は、ダメージなく何度でも評価可能な定量的評価方法です。

人工股関節カップ(日本エム・ディ・エム社資料より引用)

図1.人工股関節カップ(日本エム・ディ・エム社資料より引用)

 

 

実際の手術中風景

図2.実際の手術中風景

赤丸のようにハンマーを用いて手で打ち込む。

 

 

人工股関節カップ打ち込みの模式図

図3.人工股関節カップ打ち込みの模式図(日本エム・ディ・エム社資料より引用)

打ち込み棒を人工股関節カップに接続し、ハンマーを用いて手で打ち込む。

 

2.研究の成果と意義・今後の展開

 レーザー共振周波数解析は、加振レーザーにより人工股関節カップに振動を与え、計測レーザーにより振動の周波数測定を行う方法です(図4)。すでに工学分野ではトンネル壁の「うき」や「剥離」などのコンクリート内部欠陥を評価する方法として研究が開始されていますが、本研究は医学分野では世界初の応用例となります。非接触式、複数回測定可能であること、測定者間の再現性など、レーザーを用いることによる優位性は非常に高いと考えられます。

 本手法を用いることで人工股関節カップの骨盤に対する設置強度を測定でき、適切な設置が可能となります。その結果、人工股関節カップが骨盤から術後早期にゆるみ、骨盤から外れることを予防するだけではなく、術中の過度な打ち込みによる骨折や、不要な追加固定用スクリュー挿入による血管損傷などを防止することが可能となります。術中の骨折は術後の回復を遅らせ、血管損傷は致死的な合併症につながります。これらは術中の正しい評価により避けることが可能であり、本法は人工股関節置換術の安全性向上に大きく貢献することが期待されます。

本手法の模式図

図4.本手法の模式図(赤色:加振レーザー、緑色:計測レーザー)

近赤外波長の高エネルギーパルスである加振レーザーを照射することで、照射部が急加熱しわずかに蒸散(アブレーション)が生じる。それに伴い股関節カップに微弱な振動が生じる。振動による光の周波数の変化(ドップラー効果)をレーザーにて計測する。aが設置強度の強い模式図、bが設置強度の弱い模式図を示す。設置強度不足がレーザー照射時の振動の変化として検出される。

3.特記事項

 本研究は日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業(Grant number:16H03174、17J00880)と、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)橋渡し研究戦略的推進プログラム(Grant number:JP17lm0203004j0001、JP18lm0203004j0002)の支援によって行われました。

4.論文

英文タイトル:Laser Resonance Frequency Analysis: A Novel Measurement Approach to Evaluate Acetabular Cup Stability During Surgery

タイトル和訳:レーザー共振周波数解析:人工股関節カップの革新的術中評価方法

著者名(日本語表記):菊池駿介、三上勝大、中島大輔、北村俊幸、長谷川登、錦野将元、

金治有彦、中村雅也、名倉武雄

掲載誌:『Sensors』オンライン版

DOI:10.3390/s19224876

 

用語解説

(注1)人工股関節置換術:変形性関節症や大腿骨頭壊死症、外傷などによって股関節が傷ついた場合に行う手術です。いくつかのインプラント部品により構成されますが、骨と直接接触するインプラントとして大腿骨側のステム、骨盤側のカップがあります。本研究は骨盤側のカップを評価する手法です。

 

(注2)レーザー共振周波数解析:外部から与えられた振動により物体が特定の周波数で振動することを共振といいます。本研究ではパルスレーザーにより振動を与え、その振動の周波数を別のレーザードップラー振動計により測定し解析しています。

 

参考

(参考1)平成28年 国民生活基礎調査の概況(厚生労働省)

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa16/