発表のポイント
- 世界最高級強度のレーザー光を物質に照射した結果、電子の特異な振る舞いを解明し、新たな理論モデルを提唱した。
- 集光サイズが小さくなると、電子のエネルギーが一気に高くなると同時に加速領域から外れる独特のメカニズムがあることを解明した。
- この理論モデルは、レーザーを使った高エネルギー粒子加速器開発における指標となるものであり、量子メス(次世代小型高性能重粒子線がん治療装置)の実現に向けての重要な知見である。
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫。以下「量研」という。)量子ビーム科学部門関西光科学研究所(以下「関西研」という。)のドーバー・ニコラス博士研究員、西内満美子上席研究員(JSTさきがけ研究者を兼任)、榊泰直上席研究員(九州大学大学院総合理工学研究院連携講座教授を兼任)、国立大学法人大阪大学(総長 西尾章治郎)レーザー科学研究所の千徳靖彦教授、及び国立大学法人九州大学(総長 久保千春)大学院総合理工学研究院の渡辺幸信教授らの研究グループは、強いレーザー光を数ミクロン程度に小さく集光して高い強度で物質にあてたときに、電子の独特な振る舞いが発生するメカニズムを解明しました。
強いレーザー光を非常に薄い物質に集光し照射することで電子やイオンを発生し、高エネルギーまで加速する「レーザー加速」1)と呼ばれる現象を起こすことができます。レーザー加速は、従来の線形加速器と比べて100万倍以上高い加速電場を生成できることから、重粒子線がん治療装置などで利用されている加速器2)の飛躍的な小型化につながる技術として世界各国で競争して研究開発が行われています。これまでに、レーザー光の強度を高くするほど、電子やイオンは高いエネルギーに加速されることが理論的に示されていますが、実験的にはレーザー装置の安定性や繰り返しの性能が問題となり、十分に調べられてはいませんでした。
今回、我々の研究グループは、関西研で開発した高安定・高繰り返しの高強度レーザー装置「J-KAREN(ジェイ カレン)」3)を用いて、レーザー光の強度及び集光サイズと加速される電子のエネルギーの関係を世界で初めて系統的に調べました。その結果、レーザー光を集光したときのサイズが数ミクロン程度まで小さくなると、これまで信じられていた理論モデルに従わず、電子のエネルギーが頭打ちになることを発見しました。スーパーコンピューターを用いたシミュレーション解析により、集光サイズが小さくなると、光の強度が高まり電子が急激に加速されるものの、当初の理論で予測される最大エネルギーに達する前に加速が起こる領域(光電磁場4)が存在する領域)から外れてしまうという、特有の現象が起こることを明らかにしました。
また、この効果を組み込んだ新たな理論モデルを提唱しました。今回得られた知見は、より高い加速エネルギーを得るためには、適切な集光サイズが必要で、従来想定されていたよりも大きなレーザーパワーが必要であることを示しており、世界各国で競争が激化しているレーザー加速器開発にとって重要な指標となります。
今後、我々が提唱した理論モデルを用いてレーザー加速器の設計を行うことで、量研が推進する量子メス5)(次世代小型高性能重粒子線がん治療装置)の開発に大きく寄与することが期待されます。
本研究の一部は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ「極相対論的光電磁場における重元素低主量子数電子の電離機構の解明(研究者:西内 満美子)」(#)及び未来社会創造事業「レーザー駆動による量子ビーム加速器の開発と実証」の支援のもと行われました。
(#) https://www.jst.go.jp/kisoken/presto/research_area/ongoing/bunyah27-1.html
本研究成果は米国物理学会誌Physical Review Lettersのオンライン版に2020年2月27日(木)2:00(日本時間)に掲載されます。
研究の背景
普段の生活で様々に使われている電力を、もし人の髪の毛の太さほどの領域に集中させたら、いったい何が起こるでしょうか? 私たちは、超高強度レーザーを用いてこの状態を地球上で実現することができます。電子レンジが短時間で食品を温めることができるのは、マイクロ波を食品に集中させて照射するためですが、超高強度レーザーはこの原理を極限的に高めたものです。超高強度レーザーは、2018年のノーベル物理学賞を受賞したドナ・ストリックランドとジェラルド・ムルの発明で作ることができます。レーザーの持つ約100ジュール(0.02kcal)という小さなエネルギーを極短時間、極小空間に集中させれば、地球上で他のいかなる手段によっても作ることができない極限状態を作り出すことができます。このような状態に金属のかけらを曝すと、金属はたちまちプラズマ6)と化し、宇宙創成時のビッグバン直後の宇宙空間とほぼ同等の極限状態となります。
この極限状態のプラズマ中には強烈に高い電場を生成することができ、これを利用することで電子やイオンといった荷電粒子を加速し (図1)、次世代の加速器(例えば重粒子線がん治療装置等)として利用することが期待されています。既存の大型加速器では、電極に強い電場をかけることによって粒子を加速します。この手法においては、粒子を加速する加速管における放電現象や電極が破壊されることが根本的な制限となり、実用的に30メガエレクトロンボルト/メートル7)程度の加速電場にとどまっています。例えば光の速度の1/3の速さに陽子を加速しようとすると、2~3メートルの長さが必要となります。しかしながらプラズマには、はるかに高い電場をかけられるため、この既存加速器の持つ根本的な問題点を払拭することができます。実際、レーザーを用いた場合、陽子を加速する電場の強度は既存の加速器の百万倍の10テラエレクトロンボルト/メートル8)にも達します。この加速電場を用いれば、光の速度の1/3にまで加速するのにたった髪の毛の太さ(~μm)ほどの距離で十分です。この原理を用いることで、加速器を劇的に小型化でき、建設コストが下がると期待できます。
図1:超高強度レーザーによる粒子加速のシミュレーション。レーザーは図の左から灰色で示された金属ターゲットに照射され、ターゲット上に赤で示された強い加速電場が誘起される。この加速電場によって、ターゲット表面の陽子などの粒子が、高エネルギーに加速される。
しかしながら、レーザーを用いた粒子加速の手法が実際に使われるようになるには、まだ研究開発の余地が多く存在します。一つの大きな解決すべき問題点として、加速できるイオンのエネルギーが、例えば医療応用などを考えた場合にはまだ比較的低いという点があります。加速されるイオンが得ることのできるエネルギーは、加速電場の「強度」と「距離」との積で決まります。従って、問題点を解決する方法の一つとして、加速電場の強度を高めるという方法があります。加速電場の強度は、レーザー強度9)に依存すると考えられています。なぜなら、レーザーを微小領域に絞り込んで、物質に照射することで、(1)物質は一瞬にしてプラズマと化し、(2)このプラズマ中からまず高エネルギーの電子がレーザーの光で直接加速され飛び出し、(3)その結果としてプラズマ中には、加速されてプラズマから飛び出した「電子の数」と「電子のエネルギー」の積の平方根に比例する強さの加速電場が誘起される、ことが知られているからです。従来の理論においては、この電子のエネルギーはレーザーの集光強度(IL)の平方根に比例すると考えられてきました。従って、レーザーをできるだけ短い時間に、そしてできるだけ小さな空間に絞り込むことによって、できるだけ強いレーザー強度を作り出すことができれば、光で直接加速される電子のエネルギーが高くなり、結果として加速電場の強度も高くなり、イオンも高いエネルギーにまで加速されると考えられてきました。そのため、世界における高強度レーザー実験施設においては、加速されるイオンのエネルギーを向上させるため、現状可能な手段をすべて講じ、レーザーの強度をできるだけ高めることに注力してきました。
研究成果
今まで、世界中の研究者はレーザー強度をそれほど高めることができなかったために、レーザー光で電子を直接加速する際には、電子の加速が起こる空間スケールは考えられてきませんでした。しかし、今回私たちが使用したような強度(5x1021 W/cm2)にまでレーザーの強度を高めると、レーザー光によって電子があまりにも急激に加速されてしまうため、電子はレーザーの強烈な光電磁場が形成されている領域(レーザーの集光サイズ程度と考えてよい)からすぐに飛び出してしまい「十分に長い距離」加速されず高エネルギーにならない、そのために加速電場の強度も上がらない、という問題点があると考えました。
そこで、私たちはこの状況を実験的に検証するために、関西研にある世界最高級強度のレーザー装置 J-KAREN(ジェイ カレン)(図2)を用いて、陽子のエネルギーがレーザー強度に応じてどのように高くなるかを確かめる実験を行いました。実験で使用したJ-KARENレーザーのパワーは500テラワットです。このパワーはちょうど、晴れた日に日本列島に注がれる太陽光の持つパワーと同等です。パワー500TW、かつ約25兆分の1秒という極短時間幅を持つJ-KARENパルスを、約1μmという空間に絞り込むことで、約5x1021 W/cm2という強烈な電磁場を作り出すことができます。実験では、この非常に強い光電磁場に、5μmの厚みの鉄を曝し、そこから加速された高エネルギーの電子と陽子の持つエネルギーと空間分布を計測し、レーザーの集光強度と加速された電子、及び陽子のエネルギーと空間分布との間にどのような関係があるのかを調査しました(図2、3)。その結果、従来の理論では、電子のエネルギーはレーザー集光強度の平方根に比例すると考えられていましたが、集光サイズを小さくして光強度を高くした場合、従来理論に従わず加速電子のエネルギーが頭打ちになり、陽子のエネルギーも制限されることを発見しました(図3)。
図 2:世界最高強度を誇る関西研のJ-KARENレーザーシステム(左)と実験のセットアップ(右)。J-KARENレーザーがターゲットに照射され発生する電子及び陽子のエネルギースペクトルと空間分布を同時に計測した。
図 3: レーザーの強度を変化させて、電子のエネルギーをプロットした図。赤と青のデータ点はそれぞれ、(a)レーザーのエネルギーを変化させて、レーザーの強度を変化させた場合、(b)レーザーのエネルギーは一定で、レーザーの集光サイズを変化させることで、レーザーの強度を変化させた場合、に相当する。◇及び□は、スーパーコンピューターを用いて計算した結果を示す。黒い点線は、従来の理論の予想を示すが、どちらの結果も、レーザーの集光強度が1021 W/cm2を超える領域で従来の理論の予測からずれることを示している。
これらの実験結果を正確に把握するために、スーパーコンピューターを用いて超高強度レーザーとターゲットの相互作用のシミュレーションをしました(図4)。シミュレーションから求められた粒子のエネルギーは実験で得られた値を精度良く再現しました。低い強度のレーザーを用いて粒子を加速する場合と大きく異なり、超高強度レーザーは電子を小さい空間で一瞬にして高エネルギーにまで加速するために、あるレーザーの強度で電子が原理的に得ることができるエネルギーにまで加速される前に、電子は加速領域から飛び出してしまうことが分かりました。
従来の理論においては、電子がレーザーによって加速される距離(y0)は、レーザーの波長よりも十分短い長さにとどまっているため、電子はその長さの間十分にレーザーの電場を感じて加速されると仮定しています。そのため、加速された電子の持つエネルギー( )はレーザー強度の平方根に比例し √IL と表せます。今回のように極めて強い光強度下では、光の一サイクル内に電子はレーザーの波長より桁違いに長い距離(y0)まで加速されると考えられるのですが、実際には、電子が加速されるのは集光サイズ程度(rL)に制限されます。この事実を反映するために、電子が得るエネルギーを のように修正することで、実験で計測された電子の加速エネルギーを精度良く再現でき(図4右)、さらに陽子の加速エネルギーをも再現することに成功しました。
図4: シミュレーション結果 (左図) レーザーがターゲットと相互作用する場所を拡大して表示。レーザーがターゲットの表面で反射するポイントにおいて、レーザーから電子へエネルギーが効率的に与えられる(白い点線で表示された場所)。(右図)レーザーの集光サイズと強度に依存する電子の平均エネルギー。点線は、我々が導き出した新しい理論による予想。非常によく合っていることが分かる。
結果のインパクト
今回我々は、超高強度レーザーを用いたレーザー加速において加速される電子のエネルギーは、レーザーの電場強度だけでなくその集光サイズが大きな影響を及ぼすことを発見しました。この結果は、レーザー加速陽子線の高エネルギー化において、今まで考慮されていなかった根本的な問題点でした。高エネルギーの陽子を得るという目的において、高強度レーザーをより小さな空間に集めてレーザー強度のみを向上させる方法は得策ではなく、加速電場を形成する電子が加速されるに必要十分な空間領域に強い光電磁場を作ることが必要不可欠であることが明らかになりました。これらの結果は、今後のレーザー加速研究の方向性を示す重要な知見です。この方向性も含めて、例えば、重粒子線がん治療のための加速器が大幅に小型化され安価に提供されることになれば、MRIのように設置できるようになり、未来社会創造事業「レーザー駆動による量子ビーム加速器の開発と実証」の目指す、高度な重粒子線がん治療をいつでも、どこでも、誰でも享受できる社会の実現につながります。
用語解説
1)レーザー加速
高強度レーザーの作り出す非常に高い電場を利用して電子やイオンを加速する方法。プラズマを媒質とするため破壊強度の制限がなく、既存の高周波を用いた線形加速器よりも100万倍以上高い加速勾配(電界強度)を生成可能なことから、粒子線加速器の小型化に利用できると期待されています。
2)加速器
荷電粒子の加速には、電場を用います。電荷を持った粒子を電場の中に置くと、加速されエネルギーが高くなります。よく使われている二つの典型的な加速器は、1)たくさんの電極を直線上に並べ、荷電粒子を高いエネルギーまで加速する線形加速器と呼ばれる装置(リニアックともよばれる)、2)電極は一つしかないが、磁石の中で荷電粒子をぐるぐる何度も回すことにより、何度も加速する円形加速器(サイクロトロンやシンクロトロンがこれに相当)、があります。より大きなエネルギーを得るためには、その装置の大きさ(線形加速器では長さ、円形加速器では半径)を大きくする必要があること、二次的に放射される電子線やX線の遮蔽のための防護壁をより厚くする必要があることが加速器全体の大きさの巨大化という問題点を招いています。
3)J-KAREN(ジェイ カレン)
QST関西研にある超短パルス超高強度レーザーシステムです。30 Jのエネルギーを30 fs(フェムト秒=1000兆分の1秒)に閉じ込めたパルス状のレーザー光を発生することができます。この時のピークパワーは1 PW(*)(ペタワット = 1000兆ワット)に達します。世界においていくつかPW級のレーザーシステムが稼働していますが、その中でも実際に最先端の実験にPW級のレーザーパルスを供給できる数少ないレーザーシステムの一つです。
4)光電磁場
光は言うまでもなく電磁波の一種あり、電場と磁場の波から成っています。レーザーを時間的、空間的に非常に小さな空間に圧縮することで、このレーザーの持つ光電磁場を強烈に高めることが可能です。
5)量子メス(次世代小型高性能重粒子線がん治療装置)
重粒子線がん治療は、がんの治療法の中の一つである放射線治療法の中の一つです。炭素イオンを加速器で、光速の約70%のエネルギーにまで加速し、がんの病巣に狙いを絞って照射することで、周りにある正常細胞を死滅させることなくがん細胞のみを死滅させる最先端の放射線治療法です。量子メスとは、体育館サイズの大きな加速器を用いて高エネルギーのイオンを生成する重粒子線がん治療装置です。量子メスは、超伝導技術や高強度レーザーによる粒子加速技術を駆使し、加速器をバレーボールコートくらいの大きさまで小型化し、複数種のイオンの照射により治療の高性能化を目指す、次世代の重粒子線がん治療装置です。
6)プラズマ
物質が電離し、イオンと電子に分離された状態。正負の荷電粒子からなり、それらが相互作用しながら集団的に運動している状態です。一般には、蛍光灯の内部やキセノンランプ、オーロラなどでも見られます。幅広い分野で応用、研究され、工業用では、プラズマを用いた微細加工、プラズマディスプレイなどに応用され、研究用途としては、核融合で研究されたりしています。
7)メガエレクトロンボルト/メートル
陽子を百万ボルトの電位差で1メートル加速することができる電場の強度を示します。この電場で1メートル陽子が加速されれば、陽子は光速の約3パーセントの速度に加速されます。
8)テラエレクトロンボルト/メートル
1兆エレクトロンボルト/メートル。メガエレクトロンボルト/メートル(前述)の百万倍高い電場です。
9)レーザー強度
レーザー光のパワー(単位 W:ワット)を集光面積(単位 cm2)で割った値。同じパワーの光でも、小さなエリアに絞り込めばそのエリアの光の強度は高くなります。単位は W/cm2。太陽光にあたるとポカポカして気持ちよくなりますが、虫眼鏡で小さなエリアに絞り込めば黒く塗った紙を焦がすことができます。これは同じ光パワーをより小さなエリアに集めることで、光、すなわちレーザーの強度が桁違いに高くなるからです。