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プレスリリース

現状検出が困難な1cm未満の膵がんを画像化-早期膵がんを診断でき、治療にも有用な画像診断法を開発-

掲載日:2020年3月10日更新
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発表のポイント

  • がん細胞表面に高密度に存在する上皮成長因子受容体(EGFR)1)に結合するPET検査薬剤(64Cu-セツキシマブ)と、感度と解像度が高い3次元放射線検出器2)を搭載したPET装置を組み合わせた画像診断法を開発
  • 従来の画像診断法では検出できない3 mmの微小な早期膵がんをマウスで画像化
  • 難治性として知られる膵がんを1cm未満の早期に診断し、適切な治療計画の策定の実現につながる技術となることが期待される

 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫。以下「量研」という。)量子医学・医療部門放射線医学総合研究所(以下「放医研」という。)の吉井幸恵主幹研究員、田島英朗主任研究員、山谷泰賀グループリーダー、張明栄部長、東達也部長らは、難治性として知られる膵がんを早期に診断すると同時に、治療にも有用となる、微小膵がんの画像診断法を開発しました。

 膵がんは、生存率が最も低い難治性のがんの一種で、その予後を改善するため早期診断・治療を可能にする手法の開発が望まれています。特に、1 cm未満の早期膵がんの検出・治療はより高い生存延長効果が得られると報告されていますが、現状のCT検査、検査薬剤としてFDG3)を用いたPET検査、MRI検査、超音波検査のいずれも1 cm未満の早期膵がんを画像化することは困難です。

 これに対して量研では、PET検査薬剤として、膵がんなど多くのがん細胞の表面に高密度に存在している上皮成長因子受容体(EGFR)に結合する抗体(セツキシマブ)を放射性同位体の銅-64(64Cu)4)で標識した64Cu-セツキシマブを開発し、本薬剤を腹腔投与すると膵がんに特異的に高集積させられることを、これまでの研究で見出していました。また、感度と解像度を飛躍的に向上させた3次元放射線検出器を搭載することにより、従来のPET装置よりも高解像度の画像を撮像できるPET装置を独自に開発していました。

 今回プレスリリースした研究では、これらの技術を融合することで、治療にも有用な早期膵がんの画像診断法を開発できると考え、64Cu-セツキシマブを早期膵がんモデルマウスに腹腔投与し、3次元放射線検出器を搭載した独自のPET装置で撮像しました。その結果、マウス膵臓内の3 mm大の微小膵がんを明瞭に検出することができ、64Cu-セツキシマブと独自のPET装置を用いた画像診断法が早期膵がんを画像化する手法として有用であることが示されました。本画像診断法は、1 cm未満の早期膵がんを診断し、適切な治療計画を策定する上で役立つ技術となることが期待されます。

 それだけでなく、今回使用したPET装置は、検出器の並べ方を工夫することで、患者さんが装置で囲われていない開放部分から重粒子線を照射することができる設計(Open-PET5)になっています。そのため、今回の研究成果で可能となった解像度の高い撮像法と重粒子線がん治療6)を併せて用いることで、将来的には、治療時に微小ながんの正確な位置を画像で確認しながらより効果的で、患者の負担が少ない革新的な膵がん治療を提供することも期待されます。

 本研究は、国立がん研究センター等との共同研究であり、JSPS科研費19H03609の支援を受けて行われました。本成果は、英科学誌Natureの姉妹誌である「Scientific Reports(サイエンティフィック リポーツ)」オンライン版に、2020年3月10日19時(日本時間)に公開予定です。

背景

 膵がんは、5年相対生存率が10%以下と極めて低い難治性のがんです。膵がんの生存率が低い原因として、膵臓は体深部に位置するため早期発見が難しいことや、自覚症状が乏しいことが知られており、膵がんの予後改善のためには、早期診断・治療法の開発が求められています。特に、1cm未満の早期膵がんの発見・治療は、より高い生存延長効果が得られると報告されており、その手法開発は非常に重要です(Kikuyama et al. Cancers. 2018, Jung et al. J Korean Med Sci. 2007)。

 近年、血液中のがん特異的なバイオマーカーを検出する血液バイオマーカー検査7)が早期膵がん患者の有望なスクリーニング法として注目され、臨床で使用され始めています。しかし、現状の画像診断法では、血液バイオマーカーで膵がん高リスクと診断されても腫瘍位置を特定できず、確定診断並びにその後の適切な治療計画を立てることは困難です。また現在、膵がんの画像診断法としては、CT検査、MRI検査、FDG-PET検査、超音波検査などがありますが、これらの方法を用いたとしても、1 cm未満の膵がん病変の検出は困難なのが現状です。

 これに対して、吉井・張・東らは、これまでに、膵がんを含む多くのがんに過剰発現するEGFRに対する抗体(抗EGFR抗体セツキシマブ)をPET画像診断に使用できる放射性核種64Cuで標識した64Cu-セツキシマブを開発しました(Yoshii et al. Oncotarget 2018)。さらに、マウスを用いた実験より64Cu-セツキシマブを腹腔投与することで、同薬剤がマウスの膵臓内に形成された膵がん病巣に高集積することを示しました(Yoshii et al. J Nucl Med 2019)。

 また、田島・山谷らは、感度と解像度を飛躍的に向上させた3次元放射線検出器を搭載した次世代型PET装置として、OpenPETを開発、改良してきました。OpenPETは、従来の一般的なPET装置よりも解像度が高く(分解能2mm)、リアルタイムにPETを撮像しながら、装置で患者さんが囲われていない部分から、手術や重粒子線治療などを施すことが可能な世界初の開放型PET装置です。

研究内容と成果

 本研究では、これらの技術を融合し、64Cu-セツキシマブを腹腔投与し、OpenPETで撮像することで、膵臓内にある微小な早期膵がんを検出することが可能になるのではないかと考え、マウスを用いた動物実験を行いました。その結果、マウス膵臓内の1 cm未満の早期膵がんを明瞭に画像化できました。また、これまでの技術では非常に困難であった3 mm大の微小な早期膵がんの画像化にも成功しており、特筆すべき成果と言えます(図1)。

64Cu-セツキシマブ腹腔投与によるOpenPETイメージング

図1 64Cu-セツキシマブ腹腔投与によるOpenPETイメージング

左:量研が開発したOpenPET(ヒトサイズ)。

右:64Cu-セツキシマブを腹腔投与し、OpenPETで撮像したマウス膵臓内の3 mm大の早期膵がん。微小早期膵がんが明瞭に描出された。なお、肝臓は本薬剤の代謝臓器であるため、シグナルが検出される。

 

 一方、現在臨床において膵がんの画像診断に使用されているPET薬剤のFDGを静脈投与・腹腔投与した場合や、64Cu-セツキシマブを静脈投与した場合は、OpenPETを用いても、マウスに形成された早期膵がんを画像化することはできませんでした。

 これらのことから、64Cu-セツキシマブを腹腔投与してOpenPETで撮像する手法は、膵がんの早期画像診断に有用であることが示されました。また、OpenPETには患者さんが装置で囲われていない部分があるので、そこから治療(重粒子線がん治療や手術など)を施すことができます。治療時に64Cu-セツキシマブを投与してOpenPETで撮像することにより、微小膵がんの位置をリアルタイムに確認しながら、重粒子線を腫瘍に正確に治療照射する技術としても有用と考えられます。

今後の展開

 本成果を受け、現在は、64Cu-セツキシマブとOpenPETを組み合わせた早期膵がん診断法の臨床実用化を目指して安全性を確認する非臨床試験を実施中です。

 本法は、血液バイオマーカーを用いた早期膵がん患者スクリーニングで膵がん疑いとなった患者に適用することで、これまで画像診断が困難であった早期膵がん患者において、腫瘍の正確な位置決定並びに適切な治療計画策定に寄与できると期待されます(図2)。それだけでなく、本法を用いて、治療時にがんの位置を画像で確認しながら重粒子線を正確に照射することにより、より効果的で、患者の負担が少ない革新的な膵がん治療戦略を提供することも期待されます(図2)。

本技術の今後の展望

図2 本技術の今後の展望

本技術の将来的な臨床における活用例。血液バイオマーカー検査において、膵がん疑いとなった患者(赤色)に対し、まず従来の画像診断がなされる。従来法で、陰性となった早期膵がんが疑われる患者に対しては、64Cu-セツキシマブ腹腔投与によるOpenPETイメージングが行われる。これで陽性であれば、重粒子線治療へ進む。

論文タイトル

Immuno-OpenPET: a novel approach for early diagnosis and image-guided surgery for small resectable pancreatic cancer.

Yukie Yoshii, Hideaki Tashima, Yuma Iwao, Eiji Yoshida, Hidekatsu Wakizaka, Go Akamatsu, Taiga Yamaya, Hiroki Matsumoto, Mitsuyoshi Yoshimoto, Chika Igarashi, Fukiko Hihara, Tomoko Tachibana, Ming-Rong Zhang, Kotaro Nagatsu, Aya Sugyo, Atsushi B. Tsuji, Tatsuya Higashi. Scientific Reports.

用語解説

1)上皮成長因子受容体(EGFR)

EGFRとは、Epidermal Growth Factor Receptorの略で上皮成長因子受容体のこと。膵がんを含む多くのがんで高発現することが知られる。

 

2)3次元放射線検出器

次世代のPET技術開発において、量研が世界に先駆けて開発した検出器。従来の検出器が、2次元の放射線位置検出であるのに対し、検出素子の深さ方向も含めて3次元の放射線位置検出を可能とする。

 

3)FDG

18F-fluorodeoxyglucoseのこと。多くのがんではFDGを多く取り込む性質があり、がんPET診断薬として、広く使用されている。

 

4)銅-64(64Cu)

陽電子放出放射性核種であり、PET用の放射性薬剤の標識用に使用できる。

 

5) OpenPET

PETとは、Positron emission tomographyの略で陽電子放射断層撮影のこと。

OpenPETは、3次元放射線検出器を使用した高感度かつ高解像度な画像撮影が可能な次世代型PET装置で、従来の一般的なPET装置よりも高分解能を有する(分解能2 mm)。また、高速画像解析システムでリアルタイムにPETを撮影しながら、患者さんが装置で囲われていない開放部分から治療を施すことが可能。

 

6)重粒子線がん治療

炭素粒子を用いたがん治療法で、がん病巣に狙いを定めた選択的照射が可能なため、正常組織への影響が少なくがんに対する効果が高い治療法。

 

7)血液バイオマーカー検査

近年、膵がんのみならず多くのがんに対し、早期にがんの疑いがあることを予測する(スクリーニング)する手法として、血中のがん特異的物質を探索する検査(血液バイオマーカー検査)が世界各国で研究されている。膵がんに対しては、アミノ酸プロファイルを使った血液バイオマーカー検査が臨床実用化されている。